「JAに放出すべきでなかった」 備蓄米が消費者に届かない本当の理由 「米卸がコメをため込んでいる」という批判に業者は真っ向から反論
「備蓄米」放出開始から約2カ月たつが、コメの価格は依然として高い。政府がその原因とする物流の“スタック”はどこで起きているのか探ると、現場からは意外な声が。輸入米への期待感も高まっているが、米価が下がるのはいつなのか、その先行きを予測する。
一体いつまで続くのか――店頭に並ぶコメの価格を見て、そう嘆息したくなるのも無理はない。今月4日までの1週間で販売されたコメの平均価格は、5キロで4214円。前週からわずかに値下がりしたものの、昨夏にコメが著しく品薄になった「令和の米騒動」以降、高止まりしたままだ。
スーパー「アキダイ」の秋葉弘道代表いわく、
「大体5キロ4000〜4500円と、昨年同時期の2倍ほどの値段で推移しています。TVでコメの話題を頻繁に取り上げるため食べたくなるのか、売り上げもやや増加している」
「放出なんてすぐに底を突く」
需要が供給を上回る状態に対して、2月に政府は備蓄米の放出を決定、4月までに約31万トンが落札された。
しかし、
「価格を下げるには至っていません。江藤拓農水相(当時、以下同)は、流通段階でコメがスタック(停滞)していることを原因に挙げています」(経済部記者)
確かに、ほとんど消費の現場に備蓄米が届いていないという実情がある。やり玉に挙げられた流通を担う卸売業者は「そもそも国の見通しが甘い」と嘆く。
「備蓄米には令和5年産の古いコメも含まれ、倉庫の奥から取り出さなくてはいけません。大量の備蓄米を移送するなど前例がないわけで、現場はパニックですよ。受け取りの手続きも煩雑だし、トラックドライバーも不足しています」
この業者では20トンを発注したが、届くまでに約2カ月を要した。さらに精米・包装を経ることを考えれば、店頭に備蓄米が並ぶのは6月以降と予測する。また、その値下げ効果は限定的だとも言う。
「原則、卸売は年間契約している外食産業や加工食品企業といった、大口顧客を優先します。小売りにまで行き渡らせるには、備蓄米だけではとても足りません。日本は1カ月に約60万トンのコメを消費しますから、放出分なんてすぐ底を突きますよ」
「JAでなく、卸や小売りに放出すべきだった」
加えて近畿大学農学部の増田忠義准教授は、これまでの入札で放出されたほとんどをJA全農が落札したことが“スタック”の一因ではないかと指摘する。
「備蓄米の入札は、原則1年以内に同品質・同量のコメを政府が買い戻す条件の下で行われました。いま備蓄米をガンガン出荷して、1年後に政府に新米を返すとなれば大損です。さらに備蓄米を大量に出せば、米価が暴落するリスクもある。ある程度セーブしつつ出荷したいというのが、JAの本音ではないでしょうか」
さも価格高騰への“切り札”であるかのように放出された備蓄米だが、かように消費者の手に届きづらい事情がいくつもあるのだから期待外れだ。
「大体、入札の条件を緩和して参加する業者の数を増やしても、入札価格に上限がなければ競争で落札価格はつり上がる。実際、JAは玄米60キロあたり約2万1000円と、民間取引価格より高水準で落札しています。いくらそこに“利益を乗せない”とうそぶいても、2万1000円以下の価格で卸に売ることはできないわけです。本来であれば、卸や小売りといった、消費者に近い“川下”に備蓄米を迅速に放出すべきでした」(同)
単に出発点を誤っているだけの話だというのだ。
「米卸がコメをため込んでいる」という批判は正しいのか
一方で、大手米卸「木徳神糧」の1〜3月の営業利益が前年同期と比べ4.5倍の伸長を見せ、市場の注目を集めている。ネット上では江藤大臣の“スタック”論に釣られてか「国民が大変な時にコメをため込み、私腹を肥やしている」といった投稿まで見られるのだ。
こういった声に対して、前出の業者が反論する。
「卸売はコメを買い付けて精米、包装して売るというサイクルをいかに回すかが肝で、どこも薄利多売なのです。大量にため込んでいるなんて言われますが、そんなことをすれば空調管理費、倉庫の維持費がかさむだけ。むしろ入荷分はとっととさばきたいんですよ」
「多めに仕入れたものが、高い相場で売れただけ」
木徳神糧の業績アップについても、
「不足を見込んで多めに仕入れたものが、高い相場で売れたというだけでしょう。それに普段なら、古米を在庫処分するため特価で売り出す必要がありますが、今は入荷するなり売れていく。そういった損切りの必要もありません」(前出の業者)
好調に沸くどころか、業界内ではコメ不足の危機感が広がっているという。
「相場がいつ下がるともしれませんから、今のうちに売りたいのが本心です。とはいえ、新米が出る前の7月にコメが無くなれば、昨夏の二の舞となる。どの業者も普段の1割増しほどでコメを確保し備えているはずですが、それを“スタック”だの“ため込んでいる”だの言われたらたまりません。そもそも相場を操作できるほどのキャパシティーを持つ業者なんて、まずいないのです」(同)
あわせて高騰の恩恵に浴しているとうわさされるのが、生産者たるコメ農家だ。
実際、北海道のある農家に尋ねてみると、
「確かに去年は概算金(JAが農家に提示する前払い金)が60キロあたり2万1000円程度で、前年比5割ほど高かった。そこから今年はさらに2割ほど高くしてくれるという話です。これまでが安過ぎたので“今の米価でようやく暮らしていける”と語る同業も多い」
「米価がどっちに転んでもコメ農家を続けるのは厳しい」
そのJAの概算金より、高値を提示する問屋もいる。
「東京や関西など一大消費地から来て“一俵(60キロ)3万円で売らないか”と農家に声をかけて回っているみたいです。昨秋、JAは1万7000円程度を概算金としていたのですが、その後、早期入荷すればプラス3000円払うと言い出すなど二転三転して、農家の信頼を失いました。概算金以上の値段で即現金化してくれるとなれば、高騰の一因になると知りつつも、なびく農家は少なくないと思います」(前出の農家)
卸売業者と同じく増益ではあるものの、先行きには不安を覚えているという。
「この2年が良かっただけで、来年以降もこの米価とは思えない。高齢の農家では今回の増益を農機のリース代など負債の返済に回し、廃業する人もいます。もちろん今の米価が続けばうれしいですが、そうなれば消費者がコメ離れするかもしれません。米価がどっちに転んでもコメ農家を続けるのは厳しい状態で、素直には喜べません」(同)
「2026年秋ごろまでは今の高値水準が続く」
当の農家にも先行きが見えないコメ価格。
元農水官僚でキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は「来年の新米が出る2026年秋ごろまでは今の高値水準が続く」と推測する。
「一部のJAは農家が離れて集荷率が下がらないよう、高値で今年の概算金を示しています。仮払い金とはいえ、後から“米価が下がったので返金を”と要求すれば、農家は来年からJAの集荷に応じない。すでに示した以上、この価格は死守するでしょう。そうなれば、卸や小売りもそれに伴った値を付けざるを得ず、米価は高止まりしたままです」
つまり今秋に新米が出回っても、価格の低下は望めないというのだ。それならばと輸入米に活路を見いだす向きもある。今月11日には、石破茂首相が日米の関税交渉に関して、コメの輸入拡大も選択肢の一つだとの認識を示した。
「輸入するにはあまりに高額の関税が」
この点について山下氏は、
「現在の制度下では、政府は無関税で年間77万トンのコメを輸入しており、そのうち主食用米の枠は10万トン。仮に多少この枠を拡大できても、価格の下落につながらない」
民間輸入も急拡大し、今年度の輸入量は過去最高だった昨年度の20倍に達する見通しだというが、
「全体の消費量からすれば微小です。加えて、コメには1キロあたり341円と、大量に輸入するにはあまりにも高額の関税がかかる。国内の米価がさらに上昇しない限り、大きな存在感を示すことはないでしょう」(同)
「コメは国防の最重要カード」
東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授も、安易に輸入米に頼る流れに警鐘を鳴らす。
「自給率がほぼ100%のコメは、食料安全保障の観点から見ても国防の最重要カードです。それを米国に対して初めから切っては、交渉にもなりません。コメまで自給率が下がってしまえば、いよいよ日本は他国に食料を止められたら終わりという国になってしまいます」
高止まりする米価については、
「そもそも令和5年度の不作に端を発します。生産力を高めなくては米価は下がらないし、下がってもいつかまた同じことを繰り返す。現状、輸出米を作る農家には10アールあたり4万円の補助金が出ます。政府は今こそ素直に国内にコメがないことを認め、これをむしろ国内向けのコメを作る農家に渡して、増産体制を整えるべきです」(同)
「農家からの直販など、生産者・消費者双方が折り合える価格での取引を」
消費者にできることはあるのか。
「農家からの直販など、生産者・消費者双方が折り合える価格での取引の仕方を探るべきです。国産米の市場を維持することが、日本の食を守ることにつながります」(近畿大学農学部の増田忠義准教授)
まだまだ続きそうなコメ価格の高止まり。消費者から生産者まで、慎重な選択が迫られている。