なぜジブリ作品は日本で配信されないのか。問われるテレビとネットの境界線
スタジオジブリのアニメ映画「火垂るの墓」が、Netflixで日本でも7月15日から配信が開始されるということで大きな注目を集めています。
実は「火垂るの墓」は昨年9月に日本以外の190の国と地域で配信を開始した結果、Netflixの非英語映画の世界ラインキングで7位に入るなど大きな話題になったのですが、日本だけ視聴できないのはなぜなのか、ネット上でも議論となっていました。
この際に、日本でも視聴を望む声がSNS上にあふれ、その月のDVDの国内売上が5倍に急増したことが、国内配信に慎重だった方針を転換するきっかけになっているようです。
参考:火垂るの墓、国内でもネトフリ配信へ 海外絶賛、響いた戦争のリアル
ネット上では今回の「火垂るの墓」の配信解禁を皮切りに、ジブリの他の作品の配信解禁を期待する声が少なくないようですが、現在のところ状況はそう簡単ではないようです。
なぜジブリ作品のほとんどを日本では配信で見ることができないのか、ポイントをご紹介したいと思います。
「火垂るの墓」の著作権は新潮社が保有
まず、今回配信が解禁された「火垂るの墓」ですが、実は映画の著作権を持っているのは、原作の小説を販売していた新潮社になります。
新潮社としては、高畑勲監督の代表作でもある「火垂るの墓」が毎年のように夏でテレビ放送でされることがなくなり、観てもらう手段がなくなってきたことから権利関係を白紙にして、Netflixとの契約に踏み切ったということのようです。
参考:毎年8月15日「火垂るの墓」がネットでバズる!テレビ放送なし、ならばNetflix…権利関係をリセットし再始動した理由 新潮社コンテンツ事業室室長の矢代新一郎氏に聞く
しかも興味深いのはNetflixでの世界配信と合わせ、ベトナムや中南米で劇場公開もされ、ベトナムでは8万5000人、メキシコは15万8000人を動員するのに成功されたそうです。
世界におけるジブリ映画人気の一端を感じる逸話と言えるでしょう。
ジブリ作品は5年前に「世界」配信開始済
では、他のジブリ作品は配信サービスで全く観られないのかというと、実はジブリ作品が配信で見ることができないのは「日本だけ」というのが現実です。
ジブリは5年前の2020年に大きく方針を転換し、アメリカとカナダにおいてはHBOと、アメリカとカナダと日本以外の国ではNetflixでの配信を開始しています。
実はジブリの「世界」配信開始に、日本は5年以上も取り残されてしまっているのです。
しかも、ジブリ作品はNetflixで毎年安定して視聴されています。
実は昨年Netflix経由で世界で話題になった「火垂るの墓」の2024年下半期の視聴数は310万を超えていますが、例えば「ハウルの動く城」は630万、「千と千尋の神隠し」は620万と「火垂るの墓」の倍視聴されています。
しかも、「ハウルの動く城」は2023年の下半期と2024年の上半期も730万視聴を超えており、安定して600〜700万以上の視聴を半年ごとに叩き出し続けているのです。
2024年にNetflixで公開されて大きな話題になった「シティハンター」が2024年上半期に1610万視聴と大ヒットした後に、2024年下半期は500万視聴だったことを考えると、5年前から配信されている「ハウルの動く城」が、日本や米国、カナダの視聴者抜きで、毎年安定して600万以上の視聴数を叩き出している凄さが、伝わるのではないかと思います。
ジブリや宮崎駿監督が配信が嫌いなわけではない?
日本でジブリが配信をしない理由として、ジブリや宮崎駿監督がネットや配信が嫌いだからという噂話を理由としてあげる方がいますが、実は鈴木敏夫さんはジブリがNetflix解禁したときに宮崎駿監督に「映画の制作費をこれで稼ぎます」と伝えて説得したと話されており、鈴木敏夫さんご自身は「配信も大事なんじゃないか」と思っていると明言されています。
参考:ジブリがNetflix解禁した理由、鈴木敏夫さんが明かす。宮崎駿監督を「映画の制作費をこれで稼ぎます」と説得
このインタビューを読む限りは、ジブリ側が配信に後ろ向きなわけではないということが読み解けるわけです。
では、なぜジブリ作品は、日本だけ5年以上も配信が解禁されないまま放置されてしまっているのか。
その答えは、奇しくも2023年に株式会社スタジオジブリが日本テレビの子会社となったことで明らかになりつつあります。
2023年にジブリ作品が日本テレビグループ入りする結果となったことで、多くの方が期待したのはジブリ作品が日本テレビが運営する配信サービスのHuluで配信されるようになることでした。
参考:日テレのスタジオジブリ子会社化 「Hulu」逆襲の一手になるか:作品配信に期待の声多数
ただ、それから2年近く経った現在でも、Huluにジブリ作品は登場していません。
かなりの金額を投資してスタジオジブリを子会社化したのに、なぜ未だに日本だけ配信に踏み切らないのか。
シンプルに日本テレビ自身が、日本におけるジブリ作品の配信に前向きでないから、と考えるのが普通でしょう。
地上波で高い視聴率が取れるジブリ作品
実は、現在日本テレビが毎週放映している「金曜ロードショー」において、ジブリ作品は確実に視聴率が取れるドル箱作品となっているという指摘があります。
参考:「トトロ」でも「千と千尋」でもない…TV離れの中で札束"輪転機"と化した日テレ「金ロー」ジブリ作品視聴率1位は
5月2日に放送された「君たちはどう生きるか」に至っては、2024年以降放映作品で視聴率2位にはいったそうですし、「天空の城ラピュタ」は放送されるたびに高い視聴率を取っているそうです。
地上波放送で高い視聴率が取れるということは、その枠のテレビCMも良い値段で売ることができるということです。
つまり日本テレビとしては、ジブリ作品の配信を解禁して、地上波の視聴率が下がって広告収入が減るリスクの方が、配信を解禁するメリットより大きいと考えていると想像できるわけです。
テレビを観ない人はジブリも観れない
ただ、日本テレビのこの姿勢は、短期的な日本テレビの業績にとっては正しい判断でも、ジブリ作品の日本における視聴機会や新しいファンの獲得という視点で見ると大きなリスクをはらんでいます。
当然、現在金曜ロードショーでの視聴や録画で満足していたり、Blu-rayを購入しているジブリファンは、現在の日本テレビの方針に特に文句を言わないでしょう。
しかし、日本でも金曜ロードショーを視聴したり録画したりする習慣がなかったり、Blu-rayを再生する端末が家になかったりする家庭が増えてきています。
そうした家庭の子どもは、配信やYouTubeでジブリ作品が視聴できないために、徐々にジブリ作品を知らない子どもが日本では増えていると言われているのです。
コンテンツや作品は、継続的に新しいものを生み出し続けなければ確実にファンが高齢化して、最終的に古いコンテンツになってしまいます。
ドラえもんがアニメや映画を作り続けてファンを増やし続けていたり、ディズニーに買収された「スター・ウォーズ」が、一部のオリジナル3部作のファンには批判されつつも、「マンダロリアン」や「アショーカ」など、配信で新しいシリーズを作って若いファンを獲得に成功しているのが象徴と言えます。
参考:スター・ウォーズ「マンダロリアン」の映画化で考える、配信と映画における重心の変化
もし日本テレビが、子会社化したジブリ作品を、自分達のテレビCM収入を維持するために、日本だけ配信を行わないという判断を取り続けるようであれば、ジブリ作品は日本だけファンが高齢化してしまうリスクが大きいわけです。
日本テレビは地上波を守るのかコンテンツを守るのか
今後の注目点は、日本テレビがジブリ作品の扱いにおいて、地上波のテレビCM収入にこだわり続け、地上波のビジネスを守ることを最優先とする姿勢を続けていくのか。
ジブリ作品という世界に愛される作品を、さらに多くの人に知ってもらうためのコンテンツホルダーとしての取り組みを増やしていくのか、という点です。
現時点では、テレビCMの市場があまりに巨大な市場のため、ほとんどのテレビ会社の経営陣が自分達を「テレビの広告枠を売るのが本業の会社」と考え、テレビとネットの間に明確な境界線を引いて行動している印象が強くあります。
同様の議論は、音楽番組やドラマなど他の番組でも発生しています。
例えば韓国は、音楽番組で出演したアーティストのパフォーマンス動画をどんどんYouTubeにアップすることで、アーティストの海外での認知向上にも貢献していると言われています。
一方で日本では、おそらく音楽番組の視聴率低下を恐れてか、YouTubeにパフォーマンスの動画がアップされることはほとんどなく、世界での認知をあげたいアーティストにとって日本の音楽番組に出演する魅力が下がってきていると言われているのです。
一時期アジアで人気があった日本のドラマが韓流ドラマに席巻されたのも、実は日本のテレビ局が日本のドラマを、海外で視聴しやすいようにする努力をしてこなかったからではないかという指摘がされはじているのです。
日本のテレビ局が、Netflixのような配信サービスの普及やYouTubeの進化によって、これまで独占的な存在だった立場を失いつつ、ビジネスモデルや戦略の変化を求められているタイミングなのは間違いありません。
ある意味では、日本テレビがジブリ作品を日本でも配信できるように決断した時が、日本テレビが本気でテレビとネットの境界線を越える気になったシグナルになるのかもしれません。
まずは7月15日にNetflixで配信が開始される「火垂るの墓」の日本での反響に注目したいと思います。
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