なぜ日産「アリア」は大失敗したのか?ファンを失望させた経営陣の「最大のミス」とは
日産自動車は「アリア」を、新生・日産のアイコンにしようとしていた。が、まさかの大失敗。生産遅延もさることながら、さらに重大なミスが“致命傷”となった。試乗記も交えて考察する。
● 日産は「アリア」の失敗が 経営の迷走を物語っている
深刻な経営危機が表面化している日産自動車。危機の要因はさまざまだが、今回の危機は北米市場でクルマが売れないことに起因した営業問題の側面が強いだけに、日産車の商品力不足がクローズアップされている。
旧態化したモデルが多い、商品数自体が不足している、モデルに日産ならではの独自性が希薄、北米にハイブリッドカーを投入できていないetc…さまざまな批判があり、それらの多くは当たっている。
しかし、日産はクルマ作りの実力が低いわけではないと筆者は考える。ユーザーが日産というブランドに期待しているものは何か、真摯に見つめ直して本気で応えれば、魅力的なラインナップに再生できるだろう。
ただし問題は、それだけで難局を打開できるとは限らないことだ。純粋に商品力の問題で売れなかったのであれば、商品力を上げることで販売を上向かせることができる。ところが日産は往々にして、商品力の高いモデルについても失敗をやらかしている。その代表格となってしまったのが、BEV(バッテリー式電気自動車)の「アリア」である。
アリアの生産型が初めて公開されたのは2020年7月のこと。19年の東京モーターショーに出品されたコンセプトモデルとほぼ同じデザインは、先進性と力強さを感じさせるもので、ファンの心をつかんだ。
21年6月に限定モデル「limited」の受け付けを開始したところ、オプションなしで660万円〜790万円という高価格帯にもかかわらず、10日で4000台の受注を獲得した。
4グレードのうち最も比率が高かったのは、新型の電動AWD(4輪駆動)システム「e-4ORCE」と、91kWhの巨大バッテリーを装備した最高グレード「B9 e-4ORCE limited」で、全体の45%を占めた。BEVとしては異例のスタートダッシュである。と同時に、退潮著しい日産が依然としてそれだけの支払い能力を持つ顧客を潜在的に抱えていることも示された。
筆者は、B9 e-4ORCE limitedを1200kmロードテストしたことがある。日産がクルマを通じてユーザーにどういうエクスペリエンス、ライフスタイルを提供したいのか、明快かつ的確に表現されたモデルという印象を持った。
外装は仰々しいメッキ加飾がほとんどなく、車体の造形そのものでマッシブさを上手く表現したもの。内装は高級素材を使っているわけではないが、落ち着いた色調と圧迫感の少ない造形、そして光の差し込みが浮かび上がらせる陰影が和モダン的な空気感を体現していた。
BEVユーザーが懸念する充電の受け入れも優れていて、高性能充電器で30分充電の投入電力量は、実に50kWh(走行距離350km分に相当)に達した。超急速充電網を持つテスラを例外とすれば、最高クラスの数値である。
日産はこのアリアを、新生日産のアイコンにしようとしていたのだろう。軽自動車BEVの「サクラ」やハイブリッドカーの「ノートオーラ」に、アリアのデザインエレメントを移植したことからもその意図がうかがえる。
マジョリティユーザーの信任を得るに至っていないBEVアリアをアイコンにするには、デザインを良くするだけでは不十分だ。その存在意義を高めるため日産の開発陣は、やれる限りのことをやったのだろう。初期の注目度の高さやノートオーラ、サクラの成功はその果実と言える。
ところが、である。日産はこのアリアでまさかの大失敗をした。
生産が上手くいかず、受注開始から1カ月後には受注を停止。24年3月の再開まで実に2年半以上ものブランクを作ってしまったのだ。
BEV技術は発展途上なだけに進化も急激で、この間、世界の自動車メーカーが強力な競合モデルを続々投入。21年段階では先進的だったアリアは、ライバル車に埋没し、受注再開後も以前の勢いを取り戻すことはできなかった。
果たしてアリアは、もはや選ぶ価値の希薄なモデルになってしまったのか…。筆者はもう一度長距離ロードテストを行ってみた。
テスト車は前回と異なりバッテリー容量66kWh、前2輪駆動のベーシックグレード「B6」。ドライブルートは横浜〜鹿児島間の周遊で、総走行距離は3959.8km。
改めて乗ってみると、カーナビやボイスコマンドなど旧態化が目立つ部分があるものの、清潔感の漂うインテリアデザイン、くつろぎ感あふれる独特の空間設計、静粛性の高さなど、日産がアリアのコアバリューとして作り込んだ部分に関しては、3年たった今も色褪せていないという感があった。 航続力が良好なのも印象的だった。充電は基本的にバッテリー容量が大きいほど有利で、66kWhのB6は、91kWhのB9にかなり見劣りするだろうというのが事前予想だった。が、電力量1kWh当たり何km走れるかを表す電力量消費率(燃費ならぬ電費)と急速充電受け入れ性のバランスが良く、実走テストでのB9との差は予想よりずっと小さかった。 横浜を充電率100%で出発後、鹿児島まで1400.9kmを走る間に行った、中継充電の総時間は130分。筆者が同区間をテストしたBEVの実績値としては、BYD「ドルフィンロングレンジ」(バッテリー容量58.56kWh)の120分、フォルクスワーゲン「ID.4」(同77kWh)の127分に続く3番手。遠乗りをしたいというユーザーニーズにも十分応えられる性能である。 横浜から鹿児島までのウェイポイントを記す。
1.四日市(三重県) 375km走行、投入電力量36.1kWh
2.姫路(兵庫県) 232.1km走行、同39.0kWh
3.廿日市(広島県) 275.8km走行、同36.1kWh
4.小倉(福岡県) 191.0km走行、同11.6kWh(10分)
5.八女(同上)96.4km走行、同43.0kWh
最後は八女から230.4km走行し、充電率18%で鹿児島に到着した。
BEVとしての能力や快適性では、今でも十分ライバルと戦える実力を持っていた。一方で、どうしても見劣りするのがテレマティクスやボイスコマンドだ。
ボイスコマンドは音声認識が不正確でほとんど使い物にならず、AIによる文脈判断が可能なBYDドルフィンや、ボルボ「EX30」との差が歴然としていた。アリアはメカニカルスイッチを大幅に減らした先進的なインテリアが特徴なのだから、洗練性を上げることは急務である。
● 最大のミスは受注再開時に 大幅な値上げをしたこと
こうした弱点はあるものの、戦闘力はなお十分に有しているアリアが、なぜ存在感を失ってしまったのか。最大のミスは、24年の受注再開時に大幅な値上げをしたことだろう。特に今回乗ったB6は、539万円から659万円へと120万円も値上げした。
この価格設定は、BYD「シーライオン7 AWD」やヒョンデ「アイオニック5 ラウンジAWD」といったアジア勢のハイパフォーマンス・クロスオーバーばかりか、アリアより1割以上容量の大きいバッテリーパックを積むフォルクスワーゲンID.4をも上回る水準である。
e-4ORCEを積む上位グレードになると、ラージサイズ・クロスオーバーのアウディ「Q6 e-tron」や同「quattro」との正面対決を余儀なくされる価格帯だ。クラスが2階級も違うプレミアムセグメントを相手に、ガチンコ勝負になるような価格設定では、ユーザー離れは自明の理。下手すると、可愛さ余って憎さ百倍の感情を生みかねない。
原材料高などの事情はあっただろうが、価格設定とはライバルあってのもの。値上げしても大丈夫だと判断した幹部の責任は、重大と言わざるを得ない。
そもそも、アリアで稼働させるはずだった生産システム「インテリジェントファクトリー」が上手く稼働せず、生産遅延は分かっていたはずだ。にもかかわらず、電動部分やテレマティクスなどのアップデートを行わなかったのも、アリアの存在感をみすみす失わせしめた要因だろう。
受注停止が長期化する中、「本来なら大規模改良を行ってもいい時期なのに、初期型すら作れていないのでは時代遅れになる」と危惧する声が、販売現場のみならず日産社内からも出ていた。初期モデルの投資回収を諦めてでも、改良を行うべきだったと考える。
こうしたボーンヘッドの背景には、アリアを新生日産のアイコンにする初志を完徹できず、簡単になかったことにしてしまうボードメンバーの意志薄弱ぶりがあったと言っていい。開発陣が渾身の力を振り絞ったアリアは、間違いなくいいクルマだった。経営判断の誤りが悔やまれるばかりだ。
日産が、商品力を軸としたブランドパワー復活を目論むなら、こんな失態は二度と繰り返してはならない。