ガソリン税の上に“消費税”がかかる「Tax on Tax(二重課税)」…35年間「正当化」されてきた“法的根拠”とは【税理士解説】
与野党間の政策協議をめぐり、“凍結”状態にある「ガソリン税」の税率を引き下げるしくみ「トリガー条項」を発動させることの是非が話題になっている。
しかし、ガソリン税にはその他にも、ガソリン価格にガソリン税が含まれ、全体に消費税がかかるという「Tax on Tax(タックス オン タックス)」の問題も指摘されている。この問題は今に始まったことではなく、消費税が導入された1989年4月から、約35年にわたって存在しているが、どのような理屈により正当化されてきたのか。また、税法理論からみてどのような問題が指摘されるのか。
税法理論に明るく、YouTube等を通じ納税者の視点から税金・会計に関する情報発信を精力的に行っている、黒瀧泰介税理士(税理士法人グランサーズ共同代表、公認会計士)に聞いた。
ガソリン税は「税金の上に消費税がとられる」しくみ
ガソリン税のいわゆる「Tax on Tax」の問題について、黒瀧税理士は次のように説明する。
黒瀧税理士:「現状のガソリン価格は、『1リットル53.8円』のガソリン税がかけられた上に、さらに10%の消費税が課税されていることになります。税金の上に税金がかかるということで、『Tax on Tax』といわれます。
たとえばガソリン価格が1リットル174.8円として、うちガソリン税は1リットル53.8円なので、50リットル給油したらガソリン価格は8740円、うちガソリン本体が6050円、ガソリン税が2690円です。
消費税は874円ですが、そのうち269円はガソリン税2690円の上に課税されていることになります(【図表】参照)」
支払う税金の上に税金がかかる構造。私たち消費者からみれば「Tax on Tax」以外の何物でもないだろう。
なぜ「Tax on Tax」が35年間も通用しているのか
しかし、現に消費税導入後、この状態がまかり通っている。これは法理論上、どのように正当化されるのか。
黒瀧税理士:「実は、形式的に解釈すれば『Tax on Taxではない』とすることも、まったく不可能というわけではありません。
どういうことかというと、消費税法上、消費税の納税義務を負うのは、ガソリンの販売業者であり、消費者ではありません。『消費税相当額』を価格に上乗せするかどうかは、納税者である販売業者が自己責任で決めるしくみになっています。
したがって、形式論からすれば、『消費者は消費税を納税していないから、Tax on Taxにならない』と、言えなくもないでしょう」
しかし、黒瀧税理士は、この説明は実態とかけ離れていると指摘する。
黒瀧税理士:「年間売り上げ1000万円以下の消費税の『免税事業者』ならばともかく、ガソリンの販売業者が年間売り上げ1000万円以下であることは想定し難いといわざるを得ません。
したがって、ガソリンの販売業者はほぼ100%、消費税相当額を価格に上乗せしているはずです。それを最終的に負担するのはガソリンを購入する国民です。
しかも、この理屈だと、財務省が消費税のインボイス制度(※)を導入する際に、消費税が『預り金的な性格を有する』と強調していたことと矛盾してしまいます」
※事業者が、消費税の納税額の計算において、自身が仕入れ時に支払った消費税の額を証明する資料として、取引先から決まった様式の「適格請求書」(インボイス)の発行を受けなければならないという制度
一貫性を欠く国の「消費税の法的性質」のとらえ方
消費税のインボイス制度は、年間売上高1000万円以下の中小・零細の「免税事業者」に対して酷な制度との指摘がなされてきた。
すなわち、制度上、インボイスを発行できるのは課税事業者に限られる。したがって、免税事業者の相手方は、消費税の納税のときに、免税事業者に支払った消費税の額を納税額から控除できなくなり、免税事業者との取引を避けるようになるとの指摘である。
そうであるにもかかわらず、政府・与党は2023年10月にインボイス制度の施行に踏み切った。その主な理由が、「消費税は『預かり金的な性格を有する』」というものだった。
すなわち、一般消費者が物・サービスを購入する際に消費税を負担し、それを販売業者が預かり、最終的に納税する、という仕組みを想定している。
しかし、実際には、黒瀧税理士が指摘したように、消費税法の仕組み上は、「消費税相当額」を価格に上乗せするかどうかは、納税者である販売業者が自己責任で決めることになっている。そして従来、免税事業者は、消費税納税義務がないことを前提に物・サービスの価格を決めていた(事実上、消費税相当額を上乗せしない額に設定していた)という実態がある。
ガソリン税と消費税の「Tax on Tax」を正当化する根拠を消費税法の仕組み(消費税は「預かり金」ではなく価格決定の参考にすぎない)に求めておきながら、他方でインボイス制度を正当化する根拠を消費税の「預り金的性格」に求めるとしたら、国の姿勢は一貫性を欠くといわざるを得ないだろう。
わが国では、税金に関する事項は国民代表機関である国会が定め、コントロールしなければならないという「租税法律主義」(憲法84条)が採用されている。もちろん、その中には、課税要件が法律で定められることのみならず、その内容・根拠が明確であることが要求される。
今後、「与野党の間」および「国会と政府の間」で、税制について活発なやりとりが行われることが想定される。ガソリン税の「トリガー条項」や「Tax on Tax」の問題が審議されるにあたり、今後、消費税の法的性格や、インボイス制度(野党の多くが「廃止」を主張している)との論理的整合性が問われることは間違いないだろう。
石破首相、ガソリン価格“10円引き下げ”の方針も…50年以上続く“暫定税率”廃止なぜ「難しい」のか?
ガソリン税の税率引き下げへ向けた動きが相次いでいる。石破茂首相は4月22日に、5月22日からガソリン価格を段階的に1リットルあたり10円引き下げる考えを表明した。また、4月24日には、自民・公明・日本維新の会の3党が、現在の税率の上乗せ部分にあたる「暫定税率」の廃止に向けた協議を行った。
【画像】ガソリン価格の推移(出典:資源エネルギー庁)
ガソリン税の「減税」については、手取り増加を掲げる政策の一環として位置づけられる一方、減税が実行された場合の代替の財源確保等の問題も指摘されている。
しかし、わが国では先進国と同様、「法律なくして課税なし」という租税法律主義が採用されている(憲法84条)。したがって、本来、上述したような経済的観点からの議論以前に、法的観点からの正当性の検証が欠かせないはずである。
なぜ、ガソリン税の「暫定税率」は廃止されず、長い間続いてきているのか。納税者の視点からYouTube等を通じ積極的に税金・会計に関する情報発信を行っている黒瀧泰介税理士(税理士法人グランサーズ共同代表・公認会計士)に聞いた。
ガソリン税は「道路特定財源」だった
ガソリン税の税率は本来、1リットル28.7円(揮発油税24.3円、地方揮発油税4.4円)と定められている(本則税率)。
しかし、現在は1リットル53.8円(揮発油税48.6円、地方揮発油税5.2円)の「暫定税率」が適用されている。本則税率よりも1リットルあたり25.1円高い。
黒瀧税理士:「ガソリン税はもともと、『自動車重量税』と並んで、使い道が道路の整備・維持管理に限定された『道路特定財源』の一つでした。
ガソリン税の税率は1974年に『道路整備計画の財源が不足している』という理由で1リットルあたり53.8円の『暫定税率』が法律(租税特別措置法)で定められ、そのまま維持されてきました」
「暫定」といいながら50年以上も続いてきたことになる。国会等で見直しの動きはなかったのか。
黒瀧税理士:「2000年代に与野党問わず『構造改革』が叫ばれ、その一環として道路特定財源の見直しが検討されました。
見直しの理由として挙げられたのが、道路の整備水準の向上、道路歳出の抑制等により、道路特定財源の『税収が歳出を大幅に上回ることが見込まれる』(※)というものでした。
そのような実態があるならば、道路特定財源(ガソリン税、自動車重量税)の廃止、あるいは、存続するにしても暫定税率の撤廃が筋だったはずです。
しかし、国会・政府はそのどちらも選びませんでした。まず、2009年以降、『道路特定財源』は使い道が限定されない『一般財源』へと組み入れられました。
また、税率は『厳しい財政事情』と『環境面への影響の配慮』を理由に、『暫定税率による上乗せ分を含め、現行の税率水準を維持する』としました」
※参照:道路特定財源の一般財源化について(国土交通省)
つまり、ガソリン税の制度目的は当初、『道路整備計画の財源の不足を補うため』だったが、道路の整備水準の向上につれ形骸化していき、最終的には『厳しい財政事情』『環境面への影響の配慮』へと変遷している。
課税目的の「すり替え」は租税法律主義に違反しないか?
以上を前提とすると、ガソリン税の存在意義ないしは税率の根拠について、一般財源への組み入れの際に「すり替え」が行われたことになる。
この点について、租税法律主義(憲法84条)などの法的観点からどのような問題があるのか。
黒瀧税理士:「国会で法律改正の手続きを経ている以上、形式的には『租税法律主義』に反していないかもしれません。
しかし、ガソリン税の存在意義が根本的に変化したのであれば、従前とまったく同じ税率をそのまま維持するというのは、不合理・不自然といわざるを得ません。
政府が新しい課税理由について『環境面への影響の配慮』などを挙げるならば、少なくともその『影響』の具体的内容と、それを前提として税率をいくらに設定すべきか、数値的根拠も含め、国会で緻密な審議がなされるべきだったと考えます」
「トリガー条項」も未発動
暫定税率については、ガソリン価格が高騰したときに国民の負担を抑えるための制度である「トリガー条項」の問題も指摘されている。
これは、ガソリン価格が連続する3か月で平均1リットル160円を超えた場合、税率が自動的に1リットル53.8円(暫定税率)から28.7円(本則税率)へと引き下げられるしくみである。発動すれば1リットル25.1円の「減税」になる。
民主党政権下の2010年に新規導入されたが、これまでに一度も発動されず「凍結」されたままである。
現在のガソリン価格高騰は、ロシアのウクライナ侵攻等による世界的な原油高と、円安の影響が大きい。にもかかわらず、トリガー条項は凍結されたままになっている。価格高騰への施策としては石油元売り事業者に販売価格引き下げの原資のための「補助金」を支給する対応がなされてきた。
黒瀧税理士は、トリガー条項が凍結され続ける要因を2つ挙げる。
黒瀧税理士:「第一に、2011年3月に発生した東日本大震災です。復興のための財源を確保する必要があるという理由で、特別法により凍結されています(震災特例法44条参照)。
第二に、ガソリン税が国・地方公共団体にとって重要な財源になっているという実態です。
実際に、2024年度のガソリン税の税収は2兆2339億円(揮発油税2兆180億円、地方揮発油税2159億円)と見込まれています(財務省資料参照)。
また、2022年2月に当時の総務大臣が、トリガー条項を発動した場合に地方自治体の税収が1年で約5000億円減少するとの試算を示しました」
「補助金」で対応することの限界
黒瀧税理士は、政府がガソリン価格対策として、トリガー条項を発動させず補助金で対応することには限界があると指摘する。
黒瀧税理士:「そもそも補助金というしくみ自体、一時的・緊急的な性格のものです。なぜなら、国が特定の業種の事業者に特権を与え優遇する側面があるからです。
その性質上、長期間行われることは想定されていないし、公平・平等の見地から問題があります(憲法14条参照)。
ガソリン価格の高騰は、国際情勢や、日本政府・日銀の超低金利政策に起因しており、直ちに是正される見込みはありません。一時的・緊急的性格の補助金ではなく、恒久的な制度として定められた『トリガー条項』を発動させることが理論的にも無理がなく、より適切です。
また、補助金はトリガー条項凍結と引き換えに実施されたものと考えられる以上、トリガー条項を発動させる場合には補助金はストップされるべきということになります」
法的根拠や、法理論的な適正さの検証が欠かせないはずである。そのような観点が抜け落ちないよう、国会での議論の成り行きを監視していく必要がある。