AIの進化が著しいハリウッドで若手スターが生まれにくくなるワケ

AIの進化が著しいハリウッドで若手スターが生まれにくくなるワケ

ハリウッド映画の制作現場において、すでにAIが活用され始めている。しかし、その影響で、脚本家や俳優の生活が脅かされる可能性があり、諸手を挙げて喜べる現状ではない。AIは映画を進化させるのか?それとも衰退させるのか?法整備もままならない間に、映画界で活用されているAIの現状を解説する。本稿は城田真琴著『生成AI・30の論点 2025-2026』(日本経済新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

● ついに開いた「パンドラの箱」 AIによる映画制作

 近年、テキストから動画を生成するAI技術が急速に発展している。AIスタートアップのRunwayやPika Labs、OpenAIのSoraなどが注目を集めているが、まだ数秒程度の短い動画生成にとどまっている。

 しかし、これらの技術は日々進化しており、将来的には長編映画の一部や全体を生成できる可能性がある。

 たとえば、RunwayのAIモデルは、数秒の映像クリップを自動生成し、特殊効果や幻想的なシーンを瞬時に作成することが可能である。この技術は、低予算の映画や短編映像制作において非常に有用であり、独立系映画制作の現場でも需要が高まっている。

 2024年9月に発表されたRunwayと映画スタジオLionsgate(ライオンズゲート)(注/キアヌ・リーブスが伝説の殺し屋を演じる人気アクション映画「ジョン・ウィック」シリーズで知られる映画スタジオ)の提携は、AIによる映画制作という「パンドラの箱」を開ける出来事として注目を集めた。

 この提携は、ライオンズゲートが保有する映画とテレビコンテンツのライブラリを活用し、RunwayがカスタムAIモデルを開発することを目的としている。開発されたAIモデルは、ストーリーボード作成や背景、特殊効果の生成に使用される予定で、これにより制作コストの削減が期待されている。

 映画「ジョン・ウィック」シリーズの第5弾が制作される場合、過去のシリーズのデータを基にAIがストーリーボードを生成することなどが検討されている模様だ。また、アクションシーンや特殊効果を必要とするシーンは、従来の手法では非常に高コストで危険を伴うため、AIの活用によって、そのコストとリスクの軽減が期待できる。

● 俳優も脚本家もAIに? 映画業界の労働構造に波紋

 AIが映画制作にもたらす可能性は、映像の生成にとどまらない。未来のハリウッドでは、AI技術が観客とのインタラクションを高め、映画制作のプロセスがより双方向的で分散型になる可能性がある。

 たとえば、ファンがAIを利用して自分自身を映画のシーンに登場させたり、物語の展開を変更したりするインタラクティブな映画体験が実現する可能性がある。

 また、AIは映画制作における創造的なプロセスを補完するツールとしても期待されている。従来に比べて、異なるシナリオやビジュアルの可能性を探ることは格段に容易になるだろう。

 一方で、人間だけが持つ独自の創造性の価値が、より一層高まると考えられる。感情の機微を捉えた演技や、社会的文脈を理解した深みのあるストーリーテリングなど、人間の経験や感性に基づく創造性は、依然としてAIにはまねできない。

 今後、こうした人間ならではの創造性を活かしつつ、AIの長所を組み合わせた制作スタイルが主流になっていくだろう。

 一方で、こうしたAI技術の進展は、映画業界内の労働構造に波紋を広げている。すでにヨーロッパでは俳優の声を使用し、複数の言語で音声と口の動きが同期した吹き替えを生成できるようになり、吹き替えや字幕制作の仕事が激減しているという。

 2023年にニュース等で取り上げられ、大きな話題となった全米脚本家組合(WGA)と全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)によるストライキでは、AIの使用が主要な争点となった。映画スタジオ側は、AIを活用して制作コストの削減を目指しているが、俳優や脚本家たちはAIによって自身の仕事が奪われることを懸念したものだ。

● 俳優が現場にいなくなる? トム・ハンクスも若返るAI革命

 特に問題となったのは、AIが俳優のデジタルツイン(仮想的な分身)を生成し、それを映画やテレビ番組に登場させる技術である。これにより、俳優が物理的に撮影現場にいなくても、AIが彼らの演技や声を再現できるようになる。

 この技術が進化すれば、俳優の存在が不要になり、デジタル化された俳優の権利や報酬に関する新たな問題が生じる可能性がある。

 こうした状況の中、2024年10月にカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が、AIの使用から俳優を保護する新たな法律に署名した。

 この法律は、俳優の声や映像が許可なくAIで再現されることを防ぐことを目的としており、AI技術が急速に進化し、映画業界での利用が拡大する中で、俳優のデジタル権利を強化する重要な一歩として注目を集めている。

 1994年に公開された映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』のロバート・ゼメキス監督、俳優のトム・ハンクス、ロビン・ライトの3人が再びタッグを組んだ映画『Here』(2024年11月公開)では、トム・ハンクスとロビン・ライトがティーンエイジャーから80代までの年代を演じている。

 現在、60代後半のトム・ハンクスと50代後半のロビン・ライト本人がティーンエイジャーを演じるのはさすがに無理がある、そう考えるのが普通だが、実は2人の若返りを実現するために使用されたのが、「Metaphysics Live」と呼ばれる生成AIツールである。

 似た風貌の若手俳優に若い頃を演じさせるのではなく、AIによって若かりし頃の本人がほぼ再現できたことで映画ファンからは概ね好評のようだ。こうした技術によって、実年齢に関係なくさまざまな役を本人が演じ続けることができれば、一流の俳優は地位を固めることができるかもしれない。しかし、その一方で若手俳優はチャンスを掴む機会が減少する恐れがある。

 このままAI化が進めば、将来的には映画やテレビの制作において、主要な俳優とサポートキャストのみが雇用され、その他の脇役や背景キャラクターはすべてAIで生成されても不思議ではない。このような未来が現実となれば、映画制作における労働力構造が根本的に変わることになるだろう。

● Youtubeや海賊版まで学習? AI映画制作に著作権侵害訴訟続出

 AIが完全に映画制作を主導するには、労働問題以外にも課題が残っている。現段階では、AIが生成する映像は予測が難しく、映像の品質やストーリー展開の一貫性を保つためには人間のクリエイターが重要な役割を果たしている。また、AIが生成する映像や素材には、著作権の問題が伴うこともあり、適切な許可を得ずにデータが使用されることに対する批判も根強い。

 Runwayをはじめとする動画生成AIを開発する企業は、YouTubeなどに公開された映像をトレーニングデータとして使用しており、これに対する著作権侵害の訴訟が増加している。たとえば、Runwayは2024年7月に米国のニュースメディアである404 Mediaによって、「Runwayは人気のYouTubeクリエイターやブランドの動画数千本、さらには海賊版映画をトレーニングに使用している」として告発された。トレーニングのために使用されたとされるYouTubeチャンネルには、ピクサー、ディズニー、ネットフリックス、ソニーなどのチャンネルが含まれている。

 AIが映像生成を支援するためには、大量のデータが必要となるため、データの使用に関する法的な枠組みの整備が不可欠である。

結論

 AIの進歩は止められず、すでに多くの制作現場でAIが活用されている現状から見ても、AIのハリウッド進出は今後さらに進展することが予想される。しかし、技術の進展に伴う労働問題や著作権問題に対応するための法整備、さらには俳優を保護する枠組みの強化が求められている。カリフォルニア州の新たな法律は、AI技術の進化とともに俳優の権利を守る上での重要なマイルストーンとなるだろう。

 一方で、AIは映画の制作プロセスそのものも変革しつつあるが、プロセスを効率化し、制作コストの削減や新たな表現方法を提供するだけでなく、人間の創造性を補完し、拡張するツールとしても位置づけられるべきである。最終的に、AIと人間の協働によって生まれる新しい表現が、ハリウッドの未来を形作っていくことになるだろう。

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