富士通、256量子ビットの超伝導量子コンピュータ 世界最大級
富士通と理化学研究所は、世界最大級となる256量子ビットの超伝導量子コンピュータを実現した。2021年に共同で設立した「理研RQC-富士通連携センター」において、2023年10月に公開した国産二号機となる64量子ビット超伝導量子コンピュータの開発技術をベースに、新たに開発した高密度実装技術により実現したもの。ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて、2025年度第一四半期中に企業や研究機関に向けて提供を開始する。
従来のコンピュータでは処理しきれない計算量の多い問題に対する解決策として量子コンピュータの活用が期待されているが、現行の量子コンピュータではノイズの影響を完全に排除できず、大規模計算になるほど正確な結果が得られない傾向がある。また、完全な正解が可能な誤り訂正量子コンピュータの実現には、大量の量子ビットでエラーを訂正する必要があり、この実現には少なくとも6万量子ビットが必要と予測されている。
256量子ビット超伝導量子コンピュータでは、将来の超伝導量子コンピュータの大規模化に備え、64量子ビット機の段階から3次元接続構造を採用。4量子ビットから構成される単位セルを並べることで、量子ビットの設計やレイアウト変更をせずに、量子ビット数を容易に大規模化できる構造としていた。今回開発した256量子ビット機では、64量子ビット機で確立した単位セルの設計をベースに、3次元接続構造により量子ビットチップの拡張性が担保できることを実証している。
超伝導量子コンピュータの大規模化には、量子ビットの集積化だけでなく、冷却機構も重要な要素となるが、「希釈冷凍機」と呼ばれる特殊な冷却装置により、量子ビットチップを極低温(約20ミリケルビン、-273.13℃)まで冷却。さまざまな要件を満たす緻密な設計を行ない、冷凍機内部の熱収支をバランスさせることで、64量子ビット機と同じ希釈冷凍機を使用しながら、4倍の実装密度を実現した。
これにより、ハイブリッドプラットフォームの計算能力が64量子ビットから256量子ビットへと4倍に拡大したことで、利用者は、従来よりも大きな分子の解析や、多くの量子ビットを使用したエラー訂正アルゴリズムの実装と実証実験が可能になる。また、量子コンピュータと現行コンピュータが連携して、量子と現行コンピュータのハイブリッドアルゴリズムを効率的に実行する機能も実装し、ユーザビリティを向上する方針。
富士通と理研は今後、1,000量子ビット超級の超伝導量子コンピュータを実現するために、量子ビットチップの設計や製造技術の高度化、また、高精度な量子ゲートを実現する技術開発にも取り組む。
「スパコン超える可能性も」 計算能力4倍の量子コンピューター 富士通と理研が開発
富士通と理化学研究所は22日、世界最大級となる256量子ビットの超伝導量子コンピューターを開発したと発表した。2023年に発表された64量子ビット機の技術を基盤に、計算能力を4倍に拡大した。26年には1000量子ビット機の実現に向けて開発を進めていく。
256量子ビット機は、2025年度第1四半期をめどに、富士通が提供するハイブリッド量子コンピューティング基盤で、企業や研究機関向けに提供する。従来機と比べ計算能力は約4倍に向上したことで、より複雑な分子解析や誤り訂正アルゴリズムの実証実験に活用できるようになる。
開発に携わった富士通研究所フェローで量子研究所長の佐藤信太郎氏は「量子ビットの集積化だけでなく、極低温状態を維持する希釈冷凍機内部での熱設計と高密度実装が最大の課題だった」と振り返る。従来機と同じ冷凍機を用いながら、4倍の実装密度を実現するため、熱収支のシミュレーションや増幅器の選定、配線の小型化、ハウジング設計など、細部にわたって工夫を重ね、冷却能力と消費電力のバランスを保ちつつ安定動作を実現した。
佐藤氏は「冷却、実装、製造の三位一体で取り組んだチャレンジ。大規模な量子計算を実現するための重要なステップだ」と強調する。一方で、「量子ビットの数を増やせばそれだけで性能が上がるわけではなく、エラーの影響をいかに抑えるかが今後の鍵になる」と、誤り訂正技術の開発の重要性も指摘した。
理研量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長は「現時点ではスーパーコンピューターの性能が優れているが、量子コンピューターが誤りを克服できれば、数万ビット規模でスパコンを超える可能性も出てくる」と期待を示す。
富士通と理研は今回の成果をもとに、26年には1000量子ビット級の超伝導量子コンピューターを開発したい考えだが、大規模化にはコストの課題ものしかかる。佐藤氏は「性能追求だけでなく、量産性や価格の低下も社会実装には欠かせない。ベンダーとの連携を通じて、実用性と経済性の両立を目指していく」と語った。
お台場の未来館で「量子コンピュータ」を体験した 宇宙観測の最前線も公開
日本科学未来館(未来館)は、4月23日に2つの新しい常設展示「量子コンピュータ・ディスコ」と「未読の宇宙」を公開しました。同館では10年以上ぶりという大型のリニューアルで、研究の最前線が体験できるようになっています。ここでは一般公開前日に行なわれた関係者向け内覧会の模様をお伝えします。
所在地は東京都江東区青海2-3-6。最寄り駅は新交通ゆりかもめ「東京国際クルーズターミナル駅」(徒歩約5分)、「テレコムセンター駅」(徒歩約4分)。開館時間は10時~17時(火曜と年末年始は休館)。入場料は大人630円、小学生~18歳210円、未就学児無料。土曜日は小学生~18歳も無料です。
■ 量子コンピュータをDJで体験!
今回の大きな目玉が3階にできた「量子コンピュータ・ディスコ」です。最近ニュースなどで耳にすることが多くなった量子コンピュータの仕組みをDJのような操作で体験できる展示になっています。
量子コンピュータ・ディスコは壁で仕切られた中に作られており、まず入り口には量子コンピュータの振る舞いを歌詞にした「量子コンピュータのうた」というラップミュージックが流れていて、DJ体験への気分を高めてくれます。
続いての「ダンスフロア」が量子コンピュータ・ディスコの心臓部。体験マシンで曲を選択してダンスフロアに流すことができます。
ドラゴンクエスト序曲や残酷な天使のテーゼといったゲーム音楽やアニメソングなどの身近な曲が用意され、表示される8曲から1曲を最終的に選ぶ操作をします。
体験マシンに「量子ゲート」というパーツをはめ込むことで、曲の選択が可能になります。量子コンピュータは1つの量子ビットに1と0の両方が存在する「量子重ね合わせ」状態を使うのが従来のコンピュータ(古典コンピュータ)との大きな違いです。
体験マシンでは、この量子重ね合わせを「複数の曲のミックス」として表現し、実際の量子コンピュータ同様に確率によってどの曲がフロアに流れるかが決定されるようにしました。曲ごとの確率などはディスプレイに表示されます。
このマシンは結構本格的な作りになっていると感じました。というのも、実際の量子コンピュータ向けプログラミングで使うゲートが記号も含めてほぼそのまま採用されているからです。ビット反転は「Xゲート」、量子重ね合わせを作るのは「H(アダマール)ゲート」といった具合です。
現在は量子コンピュータの実機を動かせるクラウドサービスがあるので、ここで学んだ量子ゲート操作の知識をそうしたプログラミングで活かせるようにしたとのこと。ここで興味を持ったら、実機の操作にもチャレンジしてみるとより理解が深まると思います。
さて体験マシンによる操作の実際ですが、レッスン、トライ、フリーというコースが選択できます。まずはレッスンコースのチュートリアルで基本が学べる流れになっています。
量子ビットを学ぶ前に従来のビット(古典ビット)についての解説もありました。古典ビットは3ビットで8通りが表現できますが、8つ全てのパターンを作らないと8曲を聴くことができません。また、1度に聞くことができるのは1曲に限られます。
そこでHゲートをはめて量子重ね合わせ状態を作ると複数の曲を同時に表現できます。3つのビットそれぞれに1つずつHゲートを置くと、それだけで8曲全てを表現できることが体験できます。この状態では8つの曲が同確率で表現されているので、曲をフロアに流す「Mボタン(観測)」を押すとランダムに1曲が選ばれます。
さらに制御のゲートや曲の聞こえる位置を回転させる(位相回転に相当)操作などを通して目的の曲の確率を上げ、最終的にフロアに流すことができます。
体験マシンは3量子ビットですが、最大15ステップまでのプログラミングが可能。今回使ったゲート以外にも色々なゲートが用意されており、習熟すればフリーコースで高度なコントロールもできるそうです。
体験マシンは5台あり、1回の体験時間は10分。入ったところで整理券が受け取れるので発行してからトライできます。量子コンピュータは量子力学を扱うこともあって、基本的な概念の把握もなかなか難しいもの。そうした中で量子コンピュータに興味を持つきっかけとしては非常に面白い体験装置だと感じました。
■ 国産の量子コンピュータチップを初公開
量子コンピュータ・ディスコでは体験マシン以外の展示も充実していました。「量子コンピュータがわかるショートムービー」では量子コンピュータとは何で、どういう意義があるのかを紹介しています。このムービーはYouTubeでも公開されており、先の体験マシンの解説もあるので予習として見ておくと良さそうです。
進んで行くと、「量子コンピュータを生んだ、計算と物理の再会ものがたり」コーナーがあります。コンピュータ発展の歴史を「計算」と「物理」という切り離せないテーマの関わりで年表形式にまとめてありました。
歴代の有名なコンピュータがレゴブロックで再現されているのも必見。ENIACをスタートに、時代が進むごとにコンピュータは小さくなり、パソコンの時代を迎えます。しかし、量子コンピュータの登場で、またコンピュータが巨大化した様子も感じることができるようにしているそうです。
そして量子コンピュータのレゴの右上には、理化学研究所が2025年に開発した144量子ビットの「超伝導量子ビット集積回路チップ」が展示されています。このチップは国内で初めて一般公開される貴重な展示となっています。同じチップを使った量子コンピュータが今後研究に使われるそうです。
ちなみに最新技術ということで、理化学研究所の要望によりチップの撮影は禁止されています。今回はチップをアップで写さないことなどを条件に特別に撮影しています。
さらに進むと、もう少し踏み込んだ量子コンピュータの仕組みについての展示がありました。1つ目は原子を使う量子ビットの動きの説明です。原子核をまわる電子の様子を砂鉄使った模型で展示しています。
2つ目は量子ビット操作の仕組み。パネルの前のレバーを操作することで映像をズームし、量子コンピュータの内部がわかるようになっていました。
3つ目はエラー訂正の説明です。量子コンピュータ実用化に向けての大きな課題の一つがエラー対策。どのようにエラーを訂正するのかをゲームで学べます。
量子コンピュータの「現在地」を表現した展示もありました。すごろくのようなパネルで、「いまここ!」という吹き出しが現在達成している部分になります。最新の論文では、1量子ビットのエラー訂正が上手くできるレベルとのことで、まだまだ実用化への道のりは長いことがわかります。
現在地を表す吹き出しは動かせるようになっていて、研究の進歩に合わせて進めていくそうです。光合成の仕組みの計算などを経て、量子コンピュータを使うことが当たり前になるのがゴールになっていました。
エリアの最後には「量子コンピュータにコレできる? ガチャ」があります。レバーを回すと量子コンピュータにまつわる100以上のQ&Aから1つが選ばれて表示されます。多数の質問を事前に集めて回答を用意しておくことで、来館者が思うであろう疑問に答えられるようにしたそうです。
■ 世界のデータがまるわかり! 「ジオ・スコープ」が一新
今回のリニューアルに合わせて、科学データを閲覧できる装置「ジオ・スコープ」(3階)が一新されました。もともと2011年から公開されていた展示ですが、データやUIが古くなってきたことから作り替えたそうです。
タッチパネル式のディスプレイを使って20のテーマでデータを見ることができます。「宇宙から見た雲の動き」や「世界の地震」は毎日更新される最新のデータが反映されているそうです。
今回、「世界の電力消費量」や「大気中のエアロゾルの濃度」など8つのテーマが新たに加わりました。また、「ビッグマックの価格変動」といった人間の活動に関わるテーマも新採用されています。
地図に表示される複数のテーマのデータを見比べることで、関連する様々な発見もできるとのことです。例えば「雲の量と砂漠の位置には関係がありそう」などといった具合です。
ジオ・スコープは5台あり、うち1台は視覚障害者でも理解できるように音の大小や高低で表現するモードも搭載されています(一般の人も体験可能)。
■ 壮大な宇宙観測の最前線を目の当たりに
さらに5階のリニューアルで今回誕生したのが「未読の宇宙」という宇宙観測にまつわる展示です。「未読」とは未解明を表した言葉とのこと。
巨大な観測・実験装置を使って研究者がどのように宇宙の謎に挑んでいるのかを見ることができます。様々な装置を模型などで再現することで、研究施設を凝縮したような空間にしたそうです。
入り口には「霧箱」が置かれています。宇宙から来る粒子や自然放射線の軌跡を見ることができる比較的知られた実験装置ということで、「宇宙観測への入り口」として親しみやすいことから設置されました。
リニューアルに合わせて霧箱の窓サイズがこれまでの約4倍になり、宇宙から届くミュー粒子の軌跡がより観測しやすくなっています。
内部のメインエリアには観測機器の模型が多数並んでいます。どの展示も説明を聞いたり装置を動かしたりとインタラクティブに宇宙観測の仕組みを知ることができるようになっていました。
展示解説では、生成AIを使った3つのキャラクターと自由に語り合える仕組みも取り入れています。
■ 量子力学100周年にふさわしい体験
新規常設展の公開に当たって、日本科学未来館 館長の浅川智恵子氏が登壇しました。
まず量子コンピュータ・ディスコに関して、「量子コンピュータは世界中の大学や研究機関、企業が開発競争を繰り広げている次世代のコンピュータです。実現すればスーパーコンピュータではできなかった複雑な計算が可能になり社会に大きなインパクトがあると期待されています。しかし、ほとんどの方は量子コンピュータは聞いたことがあるしすごそうだけれど、なんだかよくわからないというのが本音だと思います。今回はディスコ風のDJ体験になっていますが、これは量子コンピュータのプログラミング体験そのもの。この体験が量子コンピューターへの興味を深めるきっかけになれば幸いです」と挨拶しました。
未読の宇宙については、「最先端の天文学に挑戦しました。20世紀になって、可視光だけではなく宇宙からは膨大な電磁波が届いていることがわかりました。20世紀の終わりにはニュートリノの観測で日本がリードし、さらに21世紀になって重力波の観測にも成功しました。今回の展示では宇宙からのメッセージの美しさと、それを読み解こうとする人類の英知。それでもまだわからないところがある宇宙の秘密を感じてほしい」と話しました。
量子コンピュータ・ディスコの総合監修を担当したのは、大阪大学基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏。
「量子力学が誕生して100周年。今年は量子コンピュータを知ってもらうには非常にいい年です。私が量子コンピュータの研究を始めた頃は、100年経ってもできないと思われていました。しかし、すごくテクノロジーが進化して皆さんが使えるような時代になりました。ただ、理解するのが難しい分野でもあります。今回の体験を通じて将来量子コンピュータを作るような教え子たちが育ってくれることを目指して、展示の取り組みをさせていただきました。これから1年、2年、3年と経って、量子コンピュータがどんどん進化したねと言ってもらえるように我々研究者も頑張りたいと思います」と語りました。
未読の宇宙の総合監修を担当したのは、東京大学卓越教授の梶田隆章氏。
「未来館ではこの前身の展示にも関わらせてもらい、その時はスーパーカミオカンデを紹介しました。それから約四半世紀が過ぎ、ニュートリノ研究はハイパーカミオカンデに引き継がれようとしています。また重力波の観測も300例があり、宇宙の観測で重要な役割になっています。ニュートリノや重力波の観測は光学望遠鏡や多波長観測と連携することで、より深く宇宙を捉えることが可能になってきました。こうした手法が天文学では急速に発展しています。展示では、現在どのように宇宙の謎を調べていこうとしているのかをぜひ多くの皆様に知ってもらいたいと思います」と話しました。
“1000量子ビット”機も間もなく 富士通・理研の256量子ビット量子コンピュータが稼働
富士通と理化学研究所は、“256量子ビット”の超伝導量子コンピューターの稼働を開始したことを発表した。外部に提供されている量子コンピューターとしては世界最大級だという。
富士通と理化学研究所(理研)は、2025年4月22日、256量子ビットの超伝導量子コンピューターの稼働開始を発表した。外部に提供されている量子コンピューターとしては世界最大級だという。
この256量子ビット機は、両者が共同で設立した「理研RQC-富士通連携センター(以下、連携センター)」が開発したもので、2023年10月に公開した国産第2号機(64量子ビット機)の技術をベースとしている。量子ビット数を4倍に増強したことで、大規模なエラー訂正アルゴリズムの実証実験に取り組めるようになる。
さらに、富士通のハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて、2025年6月までに企業や研究機関にも提供を開始する予定だ。
理化学研究所の理事である川﨑雅司氏は、「さまざまな技術的な課題を克服して、量子ビット数を大幅に拡充し、計算能力を拡大した。富士通との深く、強固な連携によるもの」と説明。「連携センターの取り組みを通じて、量子コンピューターの利活用が加速していくことに期待している」と語った。
量子コンピューターの実用化を目指す「理研RQC-富士通連携センター」
今回、256量子ビット機を開発した連携センターは、2021年に富士通と理研が共同で設立した組織で、理研内で量子コンピューターを研究する20チームのひとつになる。「量子コンピューターの実用化に向けた基盤技術の確立」をミッションに、20名以上の富士通メンバーが常駐して、“同じ釜の飯を食う”体制で研究に打ち込んできたという。
連携センターについて、理研の量子コンピュータ研究センター センター長である中村泰信氏は、「ハードウェア面では、1000量子ビット級を可能にする技術の確立を進め、実際の実機を作り上げる。さらに、その先のアプリケーションレイヤーの開発にまで取り組んできた」と説明する。
連携センターでは、2023年10月、理研が同年公開した国産初の量子コンピューターを基に、国産2号機である64量子ビットの超伝導量子コンピューターを開発。この国産2号機で培った開発技術が、今回の256量子ビット機につながっている。
なお、連携センターの活動は、2025年3月末で第一期が終了し、期間を4年間延長して2025年4月から第2期を開始している。その第1期の目標として掲げられていたのが、256量子ビット機の稼働である。
64量子ビット機の冷凍機で4倍の実装密度を実現
副連携センター長も務める富士通研究所 フェロー 兼 量子研究所長である佐藤信太郎氏は、「256量子ビット機の開発は、連携センター設立当初からのターゲット。64量子ビット機の開発で道筋はできていたが、それでも課題があった」と振り返る。
まず、量子ビットチップにおいては、64量子ビット機の段階から拡張性の高い「3次元接続構造」を採用していたことで、設計やレイアウトを変更をせずに、量子ビット数を容易に大規模化できたという。
問題となったのは、64量子ビット機の時点でも最大サイズだった希釈冷凍機の能力で、256量子ビットでの4倍の高密度実装が可能かという点だった。超伝導方式の量子コンピューターは、極低温状態を保つ必要があり、そのための希釈冷凍機も内部の体積が限定されていた。
そこで、熱収支(発熱量と冷却能力のバランス)のシミュレーションを実施。冷凍機内で、ボトルネックになっている箇所を特定した。熱源となる増幅器を選定し直し、冷却効率を改善する新構造を設計することで、該当箇所の熱収支を4割削減している。
その他にも、チップのサイズが4倍になり、配線の数も増える中で、チップを入れるパッケージもコンパクト化。これらの新技術や工夫によって、64量子ビット機と同じ希釈冷凍機を使用しながら、4倍の実装密度を実現している。
もうひとつ解決が必要となったのが、チップサイズの増大に伴い、量子ビットの「特性バラツキ」が大きくなる問題だ。「『ジョセフソン接合(超伝導量子ビットに使われるナノレベルの微細なデバイス))』の酸化膜の厚みや状態が量子ビットの特性に影響をおよぼす。製造時のばらつきが大きくなることで、量子ビットの周波数もばらつき、結果、使い物にならなくなってしまう」と佐藤氏。
そこで、レーザー照射によって、ジョセフソン接続の酸化状態を微調整して、バラツキを抑える技術を開発。さらに特性の変化が起きていかないよう、64量子ビット機と比べて処理速度を3分の1にまで短縮したという。
これらの取り組みの結果、外部に提供されている量子コンピューターとしては世界最大級となる256量子ビット機の開発に至った。
今後は、顧客と共に、材料開発や創薬、金融領域の量子アプリケーションの開拓を推進していく。さらに、ひとつの量子チップを複数のユーザーが同時に使えるようにする仕組みなど、増強した量子コンピューターの性能を最大限発揮できるようなソフトウェア技術も開発していくという。
また、256量子ビット機の開発は、大規模な量子エラー訂正の実験に取り組むためでもある。米Googleが論文を発表した、論理量子ビット実装の検証も可能になるという。佐藤氏は、「エラーが訂正されてない状態だと、量子ビット数を増やしても有用な計算ができない。量子ビットを増やせば増やすほど、エラーの影響は大きくなる」と説明した。
見据える未来は“beyond 1024量子ビット”
富士通の執行役員副社長 CTO システムプラットフォーム担当であるVivek Mahajan(ヴィヴェック マハジャン)氏は、稼働開始した256量子ビットの量子コンピューターも「富士通としては、あくまで全体の流れのひとつだと捉えている」と語る。
同社が見据えるのは「世界最速、最高効率」の計算技術の実現だ。そのために、量子デバイスから基盤ソフト、アプリまでの全領域で、理研を含む世界有数の研究機関と手を組んでいる。
同社では、ソフトウェア技術に注力する一方で、「最適解が分からない状態」(富士通 佐藤氏)のハードウェア技術については、幅広く可能性を追求する方針だ。実際、デルフト工科大学と共同で、ダイヤモンドスピン方式での実機開発を進めている(参考記事:量子計算エラーを0.1%未満に! 富士通がダイヤモンドスピン量子ビットで誤り訂正の実現へ)。
超伝導式では、連携センター発足当初から“1024量子ビット級”を見据えて技術開発を進めてきた。チップに関しては、3次元接続構造によって更なる拡張が可能で、希釈冷凍機内の高密度化も、容積と冷凍能力のさらなる増強で解決できる見込みだ。実際に、2026年には1024量子ビット機を公開することを目標としており、「Fujitsu Technology Park(神奈川県)」の量子棟に設置する予定だという。
一方で、理研側でも、チップの性能向上に重点を置きつつ、144量子ビットシステムの評価を進めるなど、独自の研究を進めていく。連携センターとしては、誤り訂正技術の実装を大きな目標としつつ、見えてきた1024量子ビット機、そして、その先のさらなる大規模化に向けた新たな技術とアーキテクチャーの創出に取り組んでいくという。