「スマホは10年使う」が新常識に?サステナブル社会目指すBack MarketとiFixitの取り組み
米国のDonald Trump大統領とその政権による関税導入の方針が二転三転したことで、株式市場は混乱に陥り、消費者はパニック買いに走り、テクノロジー製品は次々と値上がりした。ホワイトハウスが一部のテクノロジー製品の関税を延期したことで一息ついている企業もあるが、この状況が永遠に続くわけではない。急激な値上がりに消費者が対応するための秘策として、注目を集めているのが中古市場だ。
Back MarketとiFixitが提携
米国時間4月16日、リファービッシュ(整備済み)電子機器を扱うBack Marketがデバイス修理のiFixitとの提携を発表した。プレスリリースによれば、目的は「ファストテック(短命化するデバイスサイクル)と過剰消費の文化に立ち向かう」ことだ。提携を機に、iFixitの修理キットや修理ガイドがBack Marketで入手できるようになり、Back Marketはリファービッシュ品の情報をiFixitコミュニティに提供する。
Back Marketのアプリにも「Care」セクションが追加され、診断ツールを使って、自分のデバイスの状態を確認できるようになった。タッチスクリーンから加速度センサーまで、デバイスのさまざまな側面をテストすることで、メンテナンスの必要性を早めに把握できるようになる。
「もうGenius Bar(Apple Storeにある修理カウンター)に行く必要はない」と、Back Marketの製品担当バイスプレジデントのRay Ho氏はニューヨークオフィスで開催された提携発表イベントで語った。
Back Marketのウェブサイトには、ノートPCやスマートフォン、掃除機、ゲーム機など、さまざまな「認定リファービッシュ品」が並ぶ。これは「業界専門家」によって検品された整備済みの製品であることを意味するとBack Marketの品質ガイドラインのページには記載されている。例えば、同社が扱う整備済みスマートフォンは「80%以上のバッテリーヘルス、100%の充電容量」が保証されている。
リファービッシュ品には1年間の保証も付いており、価格は新品より最大70%安い。通常799ドル(日本では12万4800円)の「iPhone 15 Plus」が、本稿掲載時点では532ドル(約7万6000円)で販売されており、手持ちのデバイスを下取りにだせば、価格はさらに下がる可能性がある。
しかも、米国の消費者がBack Marketで国内の修理業者が整備した製品を購入する場合、すべてのプロセスが国内で完結するため、予測の付かない関税問題に悩まされる心配もない。
注目される整備済みガジェット
筆者は提携発表の場で、Back Marketの創業者で最高経営責任者(CEO)のThibaud Hug de Larauze氏に話を聞いた。同氏によると、今回の提携は最近の経済動向を受けたものではないという。Back Marketは創業からすでに10年(米国では8年)がたっている。とはいえ、最近の関税騒ぎによって整備済みガジェットに対する需要はにわかに高まっているという。
「この10日間で需要が急増し、3倍に跳ね上がった」と、Hug de Larauze氏は語った。
整備済みガジェットは本当に使えるのか、バッテリーが劣化しているのではないかなど、不安に思う人もいるだろう。Back Marketは、掲示板などで行われてきた昔ながらの個人間取引よりも使いやすく、親切なサービスの提供を目指している。「Craigslistに代表される個人間取引サイトは信頼の問題を解決できていない」とHug de Larauze氏は言う。「Back Marketでは必ずバッテリーのテストを実施している」
Back Marketは高品質なバッテリーの供給体制にも投資しており、リファービッシュ業者が最適な部品を確保できるよう支援することで、「修理を新たな常識としたい」と語る。サステナビリティに関しては、次の課題はソフトウェアの長寿命化だ。
電子ごみとCO2排出の問題に取り組む
iFixitとBack Marketは、電気・電子機器廃棄物(電子ごみ)の削減とCO2排出の抑制にも取り組んでいる。プレスリリースによると、「(両社は)スマートフォンの使用年数を2.5年から5年へ引き上げることを消費者に呼びかけるとともに、メーカーに対しては、すぐに端末の寿命が尽き、埋立地に送られることのないように、10年間のソフトウェアサポートの提供を呼びかけている」という。
Back Marketによると、「iPhone 13」を5年間使用し、途中でバッテリーを交換する場合、平均的なライフサイクルである2〜3年で買い替えるよりも、同デバイスに関する1年間のCO2排出量を49%削減できるという。もし10年使えれば、削減率は68%に達する。この数字はAppleの報告書、仏環境エネルギー管理庁(ADEME)の排出量調査、Fairphone 5に関する分析、米環境保護庁(EPA)の排出量計算ツールをもとに算出された。
1台のスマートフォンの製造にどれだけの資源が必要かを考えれば、循環型経済は理にかなっている。実際、修理しながら長く使うことが当たり前になっている製品も多い。「オイル交換が必要になるたびに車を捨てる人がいるだろうか」と、iFixitのCEO、Kyle Wiens氏は提携発表の場で問いかけた。
国連の報告書によると、世界の電子ごみは今後5年間で現在よりも32%増加し、8200万トンに達する見込みだ。電子ごみは鉛などの金属を含む有害物質を水系や土壌に漏出させるため、人間の健康を脅かす可能性もある。
今回の提携は、機器メーカーと修理コミュニティの優先順位の違いを改めて見せつけるものだ。iFixitは2024年にサムスンとの提携を解消した。理由は、サムスンが製品の修理可能性や持続可能性の向上に力を入れていないという懸念だ。米ZDNETのAdrian Kingsley-Hughes記者は当時、「iFixitは、アップサイクルとデバイスの再利用に向けたイニシアチブを構築したのにサムスンはこれを実行しなかったと述べた」と伝えていた。
修理する権利
iFixitとBack Marketはどちらも「修理する権利(Right to Repair)」運動に参加している。これはテクノロジー企業が製品の設計段階から修理可能性に投資し、修理を推奨することで、消費者のコストと廃棄物の削減を目指す運動だ。例えば、スマートフォンのバッテリーが本体に接着剤で固定されていると、修理業者がバッテリーを交換する際の難易度やコストが上がり、意図せずスマートフォンを壊してしまうことにもなりかねない。欧州連合(EU)では、バッテリーを交換しやすくすることをメーカーに義務づける法律がすでに施行されている。
ほとんどの場合は、現在使っているデバイスを維持または修理する方が、新たに買うよりもコスト効率は高い。関税の導入によって、今後の価格変動が予測できない現状では、なおさらだ。EUでは6月からスマートフォンや一部のタブレットを対象に、修理可能性の基準を満たし、スペアパーツを容易に入手できるようにすることをメーカーに義務づける法律が施行される。米国では法制化の動きは遅いが、iFixitはすでに多くのデバイスの専用部品のリバースエンジニアリングを終えている。
「ソフトウェアの長期サポート、修理ツールへのアクセスのしやすさ、買取サービスというサイクルがしっかり確立できていれば、デバイスは10年たっても使い続けることができる」と、Hug de Larauze氏はプレスリリースで述べた。「メーカーから通信事業者まで、システム全体が早すぎるハードウェア更新にブレーキをかけ、テクノロジーの長寿命化に取り組まなければならない」
Back Marketは、米国各州で進んでいる「修理する権利」の立法化を支援するために10万ドル(約1420万円)を寄付することも発表した。
「壊れたら買い替え」はもう古い?全米で広がる「修理する権利」がもたらす変革
米国では、消費者の権利とサステナビリティの問題が交差する、ある領域の問題で大きな節目を迎えた。2月第4週をもって、米国の50州すべてで「修理する権利」に関する州法案が提出された。この権利は、人々が自分が所有する機器を自分で修理したり、自分が選んだ人に修理してもらう法的権利を保証するものだ。
この権利を最初に法制化したのはニューヨーク州で、2022年に法案が可決され、カリフォルニア州、ミネソタ州、オレゴン州、コロラド州がそれに続いた。この法案が最後に提出されたのはウィスコンシン州だった。まだすべての州で法案が可決されたわけではないが、もはや米国内にこの法案が真剣に議論されていない州が存在しないという事実は、技術製品を持っているあらゆる人にとっての勝利であり、地球環境にとっての勝利でもある。
この運動を推進しているオンラインコミュニティであり、修理用部品小売業者でもあるiFixitの最高経営責任者(CEO)Kyle Wiens氏は、電子メールでの取材に対し、この節目を迎えられたことは「単なる法制度上の成果ではなく、文化の革命だ」と語った。
筆者は長年のあいだ消費者向け技術や気候変動について取材してきたが、この2つの領域が最も密接に関わり合っているのが、電気電子廃棄物(E-waste)の問題と、機器が修理できるようになることで何が解決できるかという問題だ。CCS InsightのチーフアナリストBen Wood氏は、修理する権利の法制化の機運が高まっているのは、「消費者向け電子製品に由来するE-wasteの量があまりに膨大であることへの懸念の高まりを反映している」と述べている。
2024年に発表された国連のレポート「Global E-waste Monitor 2024」によれば、人類が1年間に排出する電子電気廃棄物の量は、2022年に6200万トンに達したという。これは、40トントラックの車列で赤道一周分に相当する量だ。これによって公害のリスクが高まるだけでなく、廃棄される機器を買い換えるための新しい製品の製造にもエネルギーが消費されるため、二酸化炭素排出量も増加する。どちらも気候変動問題を悪化させる要因であり、地球温暖化や異常気象の増加に繋がる。
この問題を解決するための小さいが重要な取り組みが、私たちが購入する機器の寿命をできる限り長く使い、ゴミとして埋め立てられられないようにすることだ。残念ながら、技術製品メーカーは必ずしも消費者にそうして欲しいとは思っていない。製品を修理せずに買い換えてくれた方が、利益が増えるからだ。
AppleやサムスンなどのIT企業は、この10年ほど、メーカー自身による再生製品販売プログラムの導入や、一定程度消費者が自分で製品を修理できるようにするなど、製品寿命を延ばすための重要な取り組みを進めている。しかし、これらの取り組みは完璧からはほど遠い。
技術製品を計画的に陳腐化させる行為は、20世紀初頭の自動車メーカーにまで遡るもので、高価な製品のライフサイクルの短さは、現在でも広く見られる一般的な問題だ。技術製品のメーカーは今でも、常に消費者に次の買い換えのことを考えて欲しがっている。
心待ちにしていた新型スマートフォンを購入する時には忘れていることが多いが、その製品の動作が鈍くなって使い物にならくなったり、単純に壊れてしまったりするまでにそれほど時間はかからない。
「消費者はガジェットが大好きだが、製品が動かなくなった時に何が起きるかについてはあまり考えていない」とWood氏は言う。「製品を修理しやすくしたり、製品寿命を延ばそうとするあらゆる取り組みは、賞賛されるべきものだ」
米国中で「修理する権利」に関する法案が次々に提出される(欧州でも同様のことが起こっている)原動力になっているのが、公益団体や、農家や、専門家や、私たちのような一般的な技術製品ユーザーによる運動だ。草の根の努力が、連邦政府レベルではないとしても、米国全体に影響を及ぼしている。
Wiens氏は、「私たちが目撃しようとしているのは、計画的な製品の陳腐化よりも持続可能性が重視され、製品の使われ方を縛ろうとする企業よりも個人の権利を強くする、修理経済の再誕だ」と述べている。
同氏は、これはハイテクトラクターを修理できるようにしたいと願う農村部の農家や、IT製品に対する真の所有権を求めている都市部のITマニアが共通の目的の下に団結できる、政党や派閥を超えた問題だと付け加えた。
「法案が提出された各州のさまざまな関係者もまた、自分には理解できず、メンテナンスも、改造もできないものを『所有』しても、実際にそれを所有していることにはならず、前払い料金でレンタルしているのと変わらないことを理解している」とWiens氏は言う。
次に巨大で低品質なテレビを買い換える時や、スマートウォッチのバッテリー容量が減り、買い換えが必要だと感じた時には、別の選択肢があるかもしれないと思い返してみてほしい。住んでいる国や州にもよるが、「修理」という選択肢がすでに法律上の権利になっているか、近い将来そうなるかもしれない。その場合、皆さんがIT製品をできるだけ長く使うために手を加えることを、いかなるIT企業も邪魔することはできない。