メルセデスF1チームが語る、SAPやチームビューワーとのITの協働体制
モータースポーツの最高峰と言われる「Formula 1」(F1)において、ITは不可欠な要素となっている。参戦する各チームのマシンやユニフォームには、グローバルITベンダー各社のブランドやロゴが名を連ねる。チームとITベンダーの関係性は、多くのケースでパートナーという互いに密接なものだ。その実情についてドイツのMercedes-AMG PETRONAS F1 Team(Mercedes-AMG F1)、TeamViewer、SAPの幹部が第3戦・日本グランプリ(GP、4月4~6日、三重県鈴鹿サーキット)を前に国内メディアへ紹介した。
Mercedes-AMG F1はトップチームの一角を占め、2024年シーズンはコンストラクターズ(チーム)部門で第4位、2025年シーズンは第2戦中国GP終了時点で第2位と順調なスタートを切っている。チームでは、組織運営やレースのデータ活用などでSAPのERPソリューションを幅広く利用し、レースの現場および現場とチームの活動拠点がある英国との連携にTeamViewerのリモートソリューションを活用している。
まず説明を行ったTeamViewer 最高財務責任者(CFO)のMichael Wilkens氏は、2025年に創業20周年を迎えて、祖業であるITのリモート管理ツールから、現在では保守やサービスなどの多様な現場業務に至るまで多くのビジネスシーンにリモートソリューションを提供していると述べた。国内では、ソニーが業務用映像機器の遠隔保守、アマダが金属加工機械のアフターサポート、NECがサービスロボットの遠隔保守などで利用するなどITや製造分野でも数多くの導入実績があるとした。
2024年12月には、デジタル従業員体験(EX)ツールを手掛ける米E1を買収。リモートソリューションとEXを統合し、AIを活用した先進的なプラットフォームへの展開を推進していくという。E1で最高経営責任者(CEO)を務め、買収後にTeamViewer 最高商務責任者(CCO)に就任したMark Banfield氏は、EXプラットフォームについて、多様なエンドポイント機器に配備するエージェントにより従業員の状況を把握し、業務のボトルネックなどを特定して、問題解決までを図ることができると説明。米自動車大手のFordが拡張現実(AR)も活用した遠隔保守に採用して修理完了までの時間を40分短縮するなど、大規模組織での導入実績が豊富であるという。
SAPで自動車部門のグローバルバイスプレジデントを務めるHagen Heubach氏は、同社が自動車市場での拡大を重点施策の1つに位置付け、日本市場も重要であるとしたほか、Mercedesとは市販車の領域でも自動運転や電動化など多様な協業を行っているとした。Mercedes-AMG F1は、レースに勝利するだけなく市販車へも展開可能な先端技術を担っており、Heubach氏はその観点でもSAPがF1を重視しているとも述べた。ERPの基幹系業務システムのデータ、それらを集積するデータプラットフォーム、データプラットフォームからの知見や情報を活用する「Joule」などのAIプラットフォームにより、自動車業界でのデータドリブン化を推進していると語った。
では、F1チームから見てITベンダーはどんな存在か。Mercedes-AMG F1のチーム代表 兼 最高コミュニケーション責任者を務めるBradley Load氏は、「F1は世界最速の研究室。テクノロジーがあり、組織をどう運営していくかのテスト環境でもある。あらゆるレベルの競争があり、パートナーシップは単なる資金面だけではなく、真の競争優位性を獲得するためにどう協力できるかが重要になる」と述べる。
まず同チームとSAPのパートナー関係は15年に及ぶ。F1マシンやレースに関する技術面はもちろん、F1チームはレースをビジネスとして手掛ける企業でもあることから、経営や事業の面でもSAPを導入、利用しているという。「われわれが何よりもまずSAPと協力している主な理由は、15年間にわたりSAPのビジネスソリューションにより、われわれが第一にしている成果を獲得してきたからになる」(Load氏)
特に、F1チームの年間予算を制限する財務規則(通称「コストキャップ」)が導入された2021年以降は、SAPの活用がより重要となっているそうだ。それ以前は年間予算に制限がなく、資金力が大きなチームほど競争力の高いF1マシンを開発して好成績を達成しやすい状況にあった。現在でもそれが解消されているわけではないが、年間成績が上位のチームほど翌年に厳しいコストキャップが適用される仕組みとなっており、好成績のチームは厳格なコストコントロールをしながら競争力のあるF1マシンを開発しなければならない。
「つまり、F1は単なるレースの競争ではなく、ビジネスと製造効率の競争でもある。ビジネスが効率的であるほどにプロセスを簡素化、最適化でき、レースの現場にもより良い形で入ることができる。(F1マシンの故障や事故に備えた部品などの)生産に費やすリソースが減れば、(高性能な)パーツ自体により多くの(設計開発の)リソースを費やせるようになる」
「チームのエンタープライズアーキテクチャー、製造プロセス、財務プロセスは全てSAPに完全に依存しており、SAPによって支えられている。また、チームはクラウドドリブンへの移行を視野に入れている。効率性の変革によってチームはさらに高い成果を発揮できるようになり、生産方法や作業方法もより効率的になりリーン化が進むだろう」(Load氏)
また、TeamViewerとのパートナー関係は、特にMercedes-AMG F1のレース運営において重要なものだという。チームは、2022年から大企業向けリモートソリューションの「TeamViewer Tensor」を活用している。このソリューションは、ITのシステムやIoT機器、産業制御装置などの大規模環境における接続、制御、管理を行える。
F1全体のコスト抑制策の一環として、現在はサーキットの現場に帯同できるチームの人数が制限されており、GP開催中は現場と本部(多くは英国など欧州にある)とリアルタイムに接続して、さまざまなやりとりを行っている。
さらに、2025年シーズンは世界各地で24のGPが開催され、日本GPのように時差の関係から、現地が日中でも本部側は深夜、早朝という場合が少なくない。ほぼ毎週のように世界を移動するチームスタッフのワークライフバランスも確保しなければならず、リモートソリューションは単なる会話だけでなく、多種多様なデータのやりとり、シミュレーションの分析や結果、戦略の立案や実行、検証などに至るまで不可欠なテクノロジーとなっている。
Load氏によれば、例えば、GP開催中の練習走行から予選、決勝に向けてF1マシンの調整を最適化していくプロセスでは、F1マシンから収集する共通システムからのテレメトリーデータとTeamViewer Tensorによるチーム独自のデータを組み合わせ、TeamViewer Tensorを介して現場のエンジニアと本部のエンジニア、ドライバーがそれらをリアルタイムに参照、分析しながらシームレスにF1マシンを最適化していく。
「予選では、ドライバーがQ1、Q2、Q3(予選は決勝の出走順を3段階のノックアウト式で決める)に出走し、ラップタイムを設定している。ピットに戻ると、(ドライバーの座席周辺に)スクリーンが下り、ドライバーは自分のデータを見ながら、どこを改善すれば速くなるのかを分析する。TeamViewer Tensorがなければ、ドライバーは最後の100分の1秒を速くしたり、完璧なコーナリングのラインを見つけたりすることができず、最大限のパフォーマンスを発揮して走ることができない」(Load氏)
2025年シーズンの同チームには、エースとなる24歳で英国出身のGeorge Russell選手と、デビューしたばかりの18歳でイタリア出身のKimi Antonelli選手が在籍する。
Load氏に、両選手のデータへの向き合い方を尋ねると、「Georgeはとても精緻にデータを探求し、エンジニアとも、非常に細かい部分に至るまで確認や相談を徹底して取り組むスタイルだ。Kimiは、まだエンジニアからさまざまなことを学んでいる段階で、エンジニアのアドバイスを素直に実践している。それぞれアプローチは全く異なるが、結果としてどちらも同じパフォーマンスを獲得している。一般的にF1ドライバーは高い身体能力を持つイメージだが、実は身体能力以上にとても優秀な頭脳の持ち主だ」と明かしてくれた。
最後にLoad氏は、「現在のF1について理解してほしいのは、チームのパフォーマンスは相互に接続されたパートナーのネットワークによって推進されているということだ。TeamViewerやSAPとの相互な関係は、パフォーマンスを向上させるためにあらゆる分野で適切なパートナーが協力し合い、それが必須であることを示すまさに完璧な事例になる」と締めくくった。