「TSMCのIntelファウンドリー事業買収はない」観測筋が語る
TSMCが米国ドナルド・トランプ政権からの要請を受け、Intel Foundryの運営権獲得を検討しているというニュースが業界をにぎわせている。米国EE Timesが取材した複数の業界アナリストらによると、TSMCが経営難にあえぐ米国のライバルであるIntelの半導体製造事業を買収することはないという。
「TSMCはIntelの半導体工場施設に興味がない」
Bloombergが2025年2月、この件に詳しい人物の話を引用して報じたところによると、TSMCは米国のドナルド・トランプ政権からの要請を受け、Intel Foundryの運営権獲得を検討しているという。その数日後、Wall Street Journal(WSJ)は「Broadcomは、潜在的投資家がIntel Foundryを買収した場合、Intel Productsの買収に関心があるようだ」と報じている。
米国最大級の半導体メーカーであるIntelは、低迷する業績の回復を目指し、自らを2つの事業体に分割している。一方は製品事業で、もう一方はファウンドリー事業だ。2024年12月に当時CEOだったPat Gelsinger氏が突然退任したことで、苦境に立つ同社は今もまだ漂流しながら新しいCEOを探しているところだ。
トランプ政権は、米国半導体業界の復活を目指し、輸入半導体製品に関税を課すと宣言している。それと同時に、全世界の最先端チップの90%超を製造しているTSMCからさらなる投資を引き出すべく、台湾政府当局に圧力をかけている。エレクトロニクスメーカーや投資家にアドバイスを提供する市場調査会社International Business Strategies(IBS)のCEOであるHandel Jones氏は「TSMCとIntelの提携計画が報じられていたが、それは失敗に終わるだろう」と予測する。
同氏は米国EE Timesの取材に応じ「米国政府は、国内に2nmプロセス以細の大規模生産能力を確保したいとしているが、これは適切な考えだ。重要な鍵となるのは、TSMCが米国内の生産能力に関してどの程度コミットするのかという点だ。TSMCは、Intelの半導体工場施設には興味がない。われわれは、両社とほぼリアルタイムベースで話をしている」と述べる。
IntelとTSMCは、この件に関するコメントを拒否している。
トランプ政権の要請に関する不確実性以外、理由が無い
技術調査会社TechInsightsのバイスチェアマンを務めるDan Hutcheson氏は、EE Timesの取材に応じ「TSMCにとって、トランプ大統領の要請に関して不確実性があるという点を除き、Intelを支援する理由がない。Intelは自社ファブを運営できていて、『Intel 18A』開発も順調に進めている。Intelに必要なのは、工場を受注で満たすことだ」と述べる。
またHutcheson氏は「Intel Foundryの買収は、TSMCの収益にとって、大きな負担になるだろう」と付け加えた。
米国ワシントンD.C.に拠点を置く経営コンサルタント会社Albright Stonebridge Groupで、グローバルなテック企業のアドバイザーを務めるPaul Triolo氏は「TSMCは、地政学的に最もデリケートな位置付けにある。米国政府からの要請には、それがいかに不当な要求であろうと対応しなければならないだろう。TSMCは以前にも、中国Huaweiへの半導体チップ供給を停止し、アリゾナ工場の建設にも合意した。そして現在は、Intelへの支援について検討している」と述べる。
EE Timesが2024年に接触したアナリストらは、Intelは買収を模索するよりもAlteraやMobileyeのような非中核事業を売却する方が有利だと語っていた。
WSJおよび英国Financial Timeが報じたところによれば、Qualcommは2024年9月に、Intelに対して買収の可能性を提示したという。しかしそれ以降、この話題に進展は見られない。
Triolo氏は「TSMCは、IntelがNVIDIAやQualcomm、Broadcomのような最先端設計メーカー向けのファウンドリーサービスを拡大し、顧客として契約することをサポートできるだろう」と述べる。
「どの顧客がどのファウンドリーサービスを利用するのかは、誰が決めるのだろうか。これは簡単な問題ではない。というのも、IntelやTSMCの他、主要なデザインハウスとの間でより多くの協業が必要になるからだ。トランプ政権は、この問題を十分な時間をかけて深く検討できておらず、まだほんの初期段階の取り組みとなっている」(Triolo氏)
トランプ政権は、『米国の世界的優位性』のためなら何でもやる
台湾に拠点を置く投資銀行FCC PartnersのプレジデントであるC.Y. Huang氏によると、トランプ政権の包括的な目的は、TSMCからより多くの米国投資を獲得することだという。
同氏はLinkedInの投稿で「トランプ政権はTSMCに対し、現在計画されている2つのアリゾナ工場への650億米ドル規模の投資を、少なくとも2000億米ドルまで増額し、5つの工場に拡大するよう要請してくるだろう。その中には、TSMCにCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)先端パッケージング技術を米国に移転するよう要請することなども含まれる。TSMCは台湾では、CoWoSを使用してNVIDIAとごく一部の他の半導体メーカー向けにAIチップを製造している」と述べる。
「トランプ大統領の取引手法は、”脅迫”だけにとどまらない。”保護”と引き換えとした膨大な投資の要求や、過激な移転プロジェクトの提案など、自身が掲げる『米国の世界的優位性』というビジョンを実現するためなら何でもする意欲を見せている。半導体とAIは、米中間の対立の中核テーマであるため、トランプ大統領はあらゆる切り札を出してくるだろう」(Huang氏)
台湾は、米中間の技術戦争で板挟みになっている。台湾は、米国にも中国にも正式な国家として承認されていないが、世界最先端の半導体を提供する不可欠なサプライヤーとしての地位を確立した。
それでも真っ向から拒否はできないTSMC
Hutcheson氏は、「トランプ大統領は第1次政権において、TSMCとの間でアリゾナ州への投資契約を締結した。その取引の中には、Huawei向け半導体チップの製造を停止するという合意も含まれる。そして現在、TSMCは既にアリゾナ州への投資を行っていて、今さら後戻りすることはできない。TSMCは、この提案を検討しなければならない。これは彼らにとって真っ向から拒否することができないものなのだ」(Hutcheson氏)
Triolo氏によると、トランプ政権の今回の動きは、TSMCに交渉の余地を残しているものだという。
「TSMCはおそらく、アリゾナ工場に対する税額控除の延長など、何らかの保証を要求するだろう。また、TSMCは中国の国内需要に対応すべく、中国の工場をより先進的なプロセスノードにアップグレードすることも要求する可能性がある」(同氏)
Hutcheson氏は、TSMCはトランプ政権との交渉材料をほとんど持っていないと指摘する。同氏は「TSMCは米国から撤退し、中国を支援すると”威嚇”することはできるだろう。しかし、中国は同社売上高の10%にも満たず、縮小傾向にある。米国の工場を閉鎖すれば、耐え難いほどのコストがかかるだろう」と語った。
国家安全保障には不可欠なIntel Foundry
SemiAnalysisのアナリスト、Jeff Koch氏は、秘密保持契約(NDA)を理由にこの件に関するコメントを避けつつ、『Intelが死の瀬戸際にある』とする2024年12月9月付のSemiAnalysisレポートを示した。
同社はレポートの中で「Intel FoundryはIntelにとって最重要な部門であり、救われなければならない。Intel FoundryはIntelの未来だ。米国および西半球にとって巨大な戦略的価値がある。最先端の半導体は、消費者、産業、軍事アプリケーションに不可欠だが、西半球にはそれを大規模に生産する能力がない」と述べている。
Intelは、2025年にIntel 18Aプロセス採用チップの生産を開始し、プロセス技術をTSMCの2nmノードと同等にすることを期待している。ただIntelは、一部新製品の発売を中止などロードマップの全面見直しを行っている。
SemiAnalysisのレポートでは「台湾政府はTSMCの最新ノードの海外生産を許可しない。アリゾナプロジェクトでの5nmおよび3nmプロセスの生産能力は台湾の5分の1以下だ。そしてアリゾナは間もなく最先端から2プロセスノード遅れることになるため、国家安全保障を達成するためにはより多くの供給が必要になる」と説明している。
Intelは軍事用の最先端チップ供給で主導権を握ろうとする米国政府にとって極めて重要な存在だ。
米国防総省のRAMP-C(Rapid Assured Microelectronics Prototypes-Commercial)プログラムにはBoeingやNorthrop Grummanら軍事関連メーカーがIntelと共に参加している。IBMやNVIDIA、Microsoft、Qualcommは、Intel Foundryでの既存のRAMP-Cパートナーであり、2023年、当時CEOだったPat Gelsinger氏は「2024年後半までに『製造準備が整う』ように、Intelの18Aプロセス採用のテストチップを設計している」と述べていた。
業界関係者や政府オブザーバーによると、米国防総省は国内生産能力への投資が乏しいため、アジアの半導体供給に依存している。
CHIPS法による補助金にも影響?
トランプ大統領は、前任者のジョー・バイデン氏が制定したCHIPS法補助金を批判している。これによって、TSMCがアリゾナ州に第3のチップ工場を建設するためにバイデン政権が発表した66億米ドルの補助金および最大50億米ドルの融資が危うくなる可能性がある。トランプ大統領はCHIPS法を「非常に悪い」と評しているが、詳細は明らかにしていない。
バイデン政権はまた、CHIPS法を通じてIntelに最大78億6000万米ドルの直接資金を供与した。これは半導体メーカー向けでは最大額だ。この資金供与の条件の一つは、Intelが新会社に分離した場合も、工場の過半数のシェアを維持することである。
米国の安全保障にも、TSMCにも利益にならない取引
WSJの報道によると、Intelの暫定会長であるFrank Yeary氏が、潜在的な投資家やトランプ政権高官との協議を主導してきたという。
Hutcheson氏は「この報道が正しければ、Yeary氏はプライベートエクイティの観点から、長期的なインフラの必要性を無視した短期的な財務的解決策を提案しているように見える。この近視眼的な解決策が実現すれば、Intelの大規模なプロセス研究開発能力は空洞化し、最終的にはTSMCの活動と重複してしまうため、閉鎖されることになるだろう」と述べている。
WSJは、米国政府関係者がトランプ大統領がTSMCのような外国企業がIntelの工場を運営するような取引を支持する可能性は低いと述べたとも報じている。
Triolo氏は「トランプ政権は、外国の巨大テクノロジー企業が、米国の代表的企業の事業を運営することを容認しているという印象を避けたいと考えている。そのため、TSMCの役割には、やや問題があるようだ。また、トランプ政権が中国政府による審査を無視することを決めない限り、中国はいかなる種類の合併/買収も頓挫させる立場にあるだろう」と述べている。
Hutcheson氏も「合意に至る可能性はない」と指摘。「それはIntelの自己都合的な財務状況にとっての利益になるだけだ。米国の国家安全保障上の利益には害となる。そして、TSMCの利益にもならない。競合他社がいなくなれば独占できるのに、なぜ溺れかけている競合他社を救う必要があるのか?」と述べている。