「チップ製造能力がAI競争の勝者を決める」とElon Musk氏
実業家で米国政府効率化省を率いるElon Musk氏は「最先端の半導体生産能力を支配する国が、AIを巡る競争で勝利する」と確信している。
Musk氏は、2025年3月17日(米国時間)に行われた米上院議員Ted Cruz氏とのインタビューの中で「今後数年で、米国が勝利を収めるだろう。その後、誰がAIチップの製造をコントロールするかが問題だ。AIチップの製造工場は、誰が支配するのだろうか。もしその多くを中国が支配するのであれば、中国が勝利することになる」と述べている。
Musk氏は「現在、台湾のTSMCが全てのAIチップを製造していて、これは米国にとって国家安全保障上の問題だ」と述べる。
Musk氏は、AIに大きく賭けている。Reutersが2025年3月に報じたところによると、Musk氏が立ち上げたAIスタートアップのxAIとNVIDIAは、Microsoftや投資ファンドであるMGX、BlackRockなどが支援するコンソーシアムに参加し、新技術の支配を巡る競争において米国のAIインフラの拡大を目指していくという。Musk氏がCEOを務める自動車メーカーのTeslaは、自動運転向けトレーニングモデルを開発する同社のスーパーコンピュータ「Dojo」用AIチップの製造を、台湾のTSMCに委託している。
Musk氏はCruz氏に対して「現在、最先端AIチップの100%が台湾製だ。もし近いうちに中国が台湾に侵攻すれば、世界は最先端AIチップへのアクセスを絶たれてしまうだろう」と語っている。
中国は、台湾周辺での軍事演習をエスカレートさせている。台湾は米中間の技術戦争の中心であり、激しい戦いへと発展していく可能性がある。
Musk氏は「AIチップの供給は国家安全保障上極めて重要だが、われわれは十分な対応ができていない」と述べる。
アナリストもMusk氏に同調 「AIチップの台湾依存は極端」
SemiAnalysisのアナリストであるJeff Koch氏は米EE Timesの取材に応じ「米国の国家安全保障やAIチップ、台湾などに関するMusk氏の見解は正しい」と述べている。
Koch氏は「台湾へのリスク集中度は、エレクトロニクス全般、特にAIチップに関してかなり極端だといえる。最先端ロジックだけでなく、広帯域幅メモリ(HBM)や先進パッケージングなどにも問題がある。この3つの全ての生産能力が重要な鍵となるが、米国は、少なくともTSMCの『N3』や『CoWoS』のような商業的に重要なプロセスに関しては、生産能力がほぼないに等しい」と述べている。
ドナルド・トランプ米大統領は、新設された政府効率化省(Department of Government Efficiency)を主導する右腕としてMusk氏を起用していて、同氏の話には耳を傾けるだろう。トランプ大統領は2025年3月、TSMCが米国アリゾナ州フェニックスの製造工場に1000億米ドルの追加投資を行う予定であることを発表し、台湾への依存を低減していくとしている。
しかしTSMCは、アリゾナ州への新たな投資について、技術ロードマップやタイムフレームをまだ明らかにしていない。
Koch氏は「莫大な金額の投資に対し、曖昧なコミットメントを示すだけでは不十分だ。時期やプロセス技術、生産能力を明示しなければならない。米国が、中長期的にAI能力の欠如に直面することはないという確信を得るためには、詳細な情報が必要だ」と述べる。
「2030年まで台湾依存の低減は難しい」
経営コンサルティング会社のAlbright Stonebridge Groupでテック企業のアドバイザーを務めるPaul Triolo氏は、EE Timesの取材に対して「NVIDIAのほぼ全ての最先端GPUの他、GoogleやAWS、Metaといった主要プレーヤーの各種AI ASICは、TSMCが台湾で生産している」と説明する。
「このような重度の依存はすぐには低減されないので、2030年までは大きな進展は見られないだろう。そして、依存の低減はTSMCのアリゾナ工場投資が順調に進み、IntelとSamsung Electronicsがこの分野で競争力を持つようになればの話だ」(Triolo氏)
IntelとSamsungが米国での生産開始を遅延させたことは、バイデン政権が策定した米CHIPS法(CHIPS and Science Act)の刺激策の結果が期待を下回る可能性があることの表れだ。両社はこれまで、AIの波に乗り遅れている。
Koch氏は「AIチップ製造の米国導入には何年もかかるだろう。米国政府は、主要な生産能力を導入するために、引き続き半導体メーカーにインセンティブを提供し、圧力をかけていく必要がある。さもなければ、われわれはAIチップ市場におけるリードを奪われるだけでなく、5年の間に中国に後れを取るというリスクに直面することになる」と述べている。
Triolo氏は、AI競争を米中間の競争と定義することにはリスクがあると考えている。
「一部では『汎用人工知能(AGI)や高性能機械学習(AML)で一番乗りを果たせば、勝者が決定的な戦略的優位性を獲得できる』とする主張があるが、これは危険な見解だ。なぜなら、AGIやAMLのためのハードウェア拠点は、この先も中国本土のすぐ近くに存在する台湾であり続けるからだ。これを巡るレトリックがさらに広がれば、米国が中国企業に対する規制を強めていることも相まって、台湾を巡る紛争の危険性が大幅に高まり、壊滅的な結果を招くことになる」(Triolo氏)
他のアナリストたちは「Musk氏がAIチップを巡る台湾への過度な依存について強調しているのは正しいことだ」と述べる。
技術調査会社TechInsightsの副会長を務めるDan Hutcheson氏は「Musk氏が言っていることは、私が過去10年以上にわたり主張してきたことと何ら変わりがない。Musk氏の見解は、単に現実的な政治分析の観点からのものである」としている。