トランプの「EU産ワインに200%関税」で米ワイン産業は崩壊する
商談の席で世界最高峰の白ワイン、ピュリニー・モンラッシェを振舞って相手に気持ちよくなってもらう──こんな手はもう米国では使えなくなるかもしれない。仕事帰りにコート・デュ・ローヌのお値打ちボトルを1本買って晩酌を楽しむのも、おいそれとできなくなるだろう。
欧州連合(EU)から米国に輸入されるワインや蒸留酒すべてに200%の関税を課すというドナルド・トランプ大統領の提案は、愛国心による貿易関係のリセットと位置付けられている。すなわち、米国産ワインを後押しするために競合他社を締め出す方策だ。
「米国のワイン・シャンパン事業にとってすばらしいことだ」とトランプはソーシャルメディアに投稿した。シャンパンという呼称はフランスのシャンパーニュ地方で生産されるスパークリングワインにしか許されていないにもかかわらずだ。それはともかく、トランプの主張は、危険な欠陥のある前提条件に基づいている。米国産ワインを世界市場から隔離すれば、米国のワイン産業がなんだかんだ強化されるだろう、というものだ。
そうはならない。生産者にとっても、飲食店にとっても、小売業者にとっても。もちろん、消費者にとってもだ。
なぜか? この関税が米国のワイン生産者に利益をもたらすという仮定から検証してみよう。表向きには、典型的な保護主義だ。欧州産ワインを手の届かない代物にしてしまえば、買い手は米国産ワインに切り替えるだろう。しかし、米ワイン業界は世界から隔絶した状態で活動しているわけではない。輸入業者、流通業者、レストランのワインディレクターは、持続可能なビジネスを行うために多様なボトルのポートフォリオを組んでいる。一夜にしてEU産ワインをすべて排除してしまったら、国内生産者のための余地が増えるどころか、安定性が失われるだけだ。
たとえばイリノイ州の中規模流通業者が、自然派ワインショップ向けにボジョレー、カリフォルニア州のピノ、そしてオレゴン州の小さなワイン農園が生産しているペットナット(ナチュラルワイン)を仕入れているとしよう。米国のワイン流通網の大部分はこうした中規模流通業者が占めており、幅広い商品を取り扱うことで経営が成り立っている。仕入れるワインの半分に突然200%の関税が課されれば、彼らの利益率は崩壊する。その流通業者が廃業に追い込まれれば、米国の生産者にとっても重要な取引先が失われることになる。
ひずみはワイン業界全体に広がる
それだけではない。このような高関税は、ワイン業界の取引関係そのものをひずませる。客をもてなす側は、旧世界ワインと新世界ワイン、お手頃価格の品と高級品、馴染み深いボトルと実験的なボトルなど、バランスを考えてワインリストを作成する。シカゴやチャールストンのソムリエに、彼らが厳選したシャンパンのボトル価格が3倍になったと告げれば、顧客にコストを転嫁するか、ワインリストを縮小するかの2択にならざるを得ない。どちらも持続可能ではない。
ワイン好きの消費者も、ボルドーが値上げされたからといって代わりにソノマワインを買うとは限らない。むしろ買い控えに動き、全体的にワインを飲む量を減らすだろう。それは、米国の生産者を含むすべての関係者に打撃を与える。
現実問題として、米ワイン産業にはすでに大きな負荷がかかっている。若年層消費者のワイン離れが止まらず、内需は軟化。ワインの余剰在庫があふれた結果、米カリフォルニア州でワイン用ブドウが生産過剰となり、一部の生産者はブドウの木を引き抜いて畑を更地に戻している。気候変動により収穫も打撃を受けている。2020年のカリフォルニア州の山火事では、大量のワイン在庫が被害を受けたほか、煙でだめになった無数のブドウも廃棄された。状況は先月の山火事でさらに悪化している。すでに環境問題や世代の逆風にさらされているところに、さらに経済的な混乱を加えるのは、軽率なだけでなく戦略としてばかげている。
過去に学ぶこともできていない。第1次トランプ政権が2019年にアルコール度数14%未満のフランス産、スペイン産、英国産、ドイツ産の非発泡性ワインに25%の関税を課した際、米輸入業者はコスト削減や出荷の完全中止を余儀なくされた。多くの業者は人員を削減し、廃業したところもあった。米ワイン産業は、高関税で生まれた隙間に魔法のように繁栄することはできず、苦しんだのである。それゆえ関税は2021年に撤廃された。
経済的な自殺行為
今回提案されている新関税は、ブルゴーニュやバローロの高級ワインだけに適用されるわけではない。1本12ドル(約1800円)のピクプール・ド・ピネや15ドル(約2300円)のモンテプルチアーノ、街角のオイスターバーで人気のプロセッコなど、米国で日常的に飲まれている低価格のEU産ワインにも適用される。これらのワインがもし市場に出回らなくなったり、価格が高騰したりしたら、その穴を埋めるのはナパの高級ワインではなく、添加物を含んだ缶入りカクテルやビールになる可能性が高い。あるいは、アルコール飲料ですらないだろう。
しかも、ここまで挙げたのはEUが報復措置を取らないと仮定した場合のリスクにすぎない。現実には、EU産ワインに関税をかければ、ほぼ間違いなく米国製品への報復が待っている。バーボンをはじめとするアメリカンウイスキーや米国産ワインだ。これらも隔絶した市場で流通しているわけではない。
米国の生産者も小売業者も、ソムリエや消費者もみな、脆弱で相互依存的なエコシステム(生態系)の中で活動している。米国人がこのエコシステムの中で声を張り上げ、増税で言いなりにしたり関税引き上げで壁を築いたりすることで「勝てる」と考えるのは、間違いであるだけでなく、経済的な自殺行為だ。
米ワイン産業が今必要としているのは、投資、レジリエンス(回復力・適応力)、顧客リーチであって、人為的な優位性ではない。米国には、よりよい流通インフラが必要だ。気候変動による農業再編が進む中で、意味のある持続可能性支援が必要だ。若い消費者がワインを買えなくなるような政策ではなく、いろいろなワインを試してみようと思える政策が必要だ。そしてもちろん、米国産ワインが堂々と最高品質の欧州産ワインと渡り合えるようにしなければならない。欧州産ワインを棚から追い出すことによってではなく、それと比肩する地位を築くことによって。
これこそが産業を成長させる方法である。ものをいうのは関税ではない。卓越性だ。