逆境の日産が繰り出す新型e-POWERは巻き返しの起爆剤となるか、「技術の日産」の矜恃を保つために必要なこと
大幅な性能向上を謳う第3世代e-POWER車で北米再投入を計画
ホンダとの提携交渉が物別れに終わった日産自動車。破談が正式に決まった2月13日に行われた第3四半期決算の席上、内田誠社長は近未来の新商品、新技術に関する情報を多数公表した。
日産の経営危機はルノー傘下入りするきっかけとなった1990年代の財務危機ともリーマンショックのような外的要因によるものとも異なる。クルマが売れないことによって営業キャッシュフローが激減し、利益が出なくなるという、いわば“営業危機”だ。
それを跳ね返して利益が出せる体制を構築するにはリストラだけでは不十分で、日産がこの先も技術競争を戦えると世間に見てもらう必要がある。悪い話が増えればその企業のやることなすことすべてが間違って見えるネガティブ・ハロー効果が生じる。それを何とか払拭したい日産にとって、“実弾”の積極開示は当然の戦略だろう。
そこで示されたタマのひとつに日産独自のハイブリッドシステム、新型「e-POWER」があった。e-POWERは2016年に小型車の旧型「ノート」に初搭載され、2020年には現行ノートで第2世代へと進化した。新型e-POWERは第3世代に当たり、欧州で今年(2025年)発売するSUVから順次投入する予定だ。
詳細な機構の説明やスペックの公表はなかったので概略だけだが、内田社長が明かした第3世代の骨子は次のとおり。
(1)総合燃費性能を第1世代から20%、高速燃費を第2世代から15%向上させ、クラストップレベルを達成する
(2)性能向上は発電専用エンジン、および電動部分の統合化によって実現する
(3)コストを第1世代比で20%削減する
第3世代e-POWERの実車がこの文言どおりの性能向上幅を達成できていれば、大いに競争力は増すだろう。
日産は過去、高級車チャネルであるインフィニティブランドから「Q50(日本名スカイライン)ハイブリッド」「M35h」など、e-POWER方式でないハイブリッドモデルを北米で販売していた。
だが、当時売れているハイブリッドカーはトヨタ自動車の「プリウス」のみで、それも日本より販売台数が少ないというハイブリッド不遇の時代。日産のハイブリッドは月販2桁と顧客の支持をまったく得られず、生産終了となった。
今日、e-POWER車は日本、欧州、中国などで販売されているが、北米ではラインアップされていない。第3世代e-POWERの完成を機に北米にハイブリッドを商品力増強の切り札として再投入するというのが日産の計画である。
■ 「燃費が悪い」は本当か、第1・第2世代のe-POWER車で検証した
ところが、本当にその作戦がうまくいくのかと疑問を呈する声も少なくない。経営危機やホンダとの経営統合交渉の流れの中で日産が市販車に投入している技術も厳しい目で見られるケースが増えた。中でも散々な言われようだったのが他ならぬe-POWERだった。
批判された最大の理由は燃費である。トヨタ、ホンダに比べて燃費が悪く、特に高速燃費では大幅に劣るとされた。「高速燃費が悪いから北米に投入できなかった」という話がメディアでも飛び交ったほどである。
確かにアメリカは日本に比べて道路交通の平均車速は格段に高い。フリーウェイの最高速度は州によって異なるが、最も遅いハワイ州が60mph(約96km/h)、主流は70〜75mph(約112〜121km/h)で、ロッキーマウンテン諸州では80mph(約129km/h)だ。
高速道路以上に日本と差があるのは一般道で、郊外では大抵55mphから60mph。速い州では70mphなどというところもある。ワイオミング州やアイダホ州などではセンターラインが引かれた普通の片側1車線道路を相対速度240km/hですれ違いながら走るのだ。
だが、そういう交通実態をもってe-POWERは高速燃費が悪いからアメリカに投入できなかったというのはいくら何でもエビデンスに欠ける。アメリカよりさらに交通の流れの速い欧州諸国でも販売しているのだから。
では、e-POWERは好燃費を出しにくいというのはまるっきりデマなのかというと、そうとも言い切れない。
筆者はe-POWER車について2018年に第1世代ユニットを積む旧型ノートを3500km、2020年に第2世代ユニットの現行ノートの電動AWD(4輪駆動)を3600km、さらにノートの上級版派生モデル「オーラ」、ミニバンの旧型および現行「セレナ」等々、e-POWER車の長距離ロードテストを行っている。
テスト時に取得したデータをひもといてみると、こと燃費に関しては車種によってトヨタ、ホンダの同格モデルに比べて燃費スコアが低調という傾向が見られたのは確かだ。
例えば第1世代の旧型ノートの実測燃費はロングラン時が21〜24km/リットル、チョイ乗りの市街地と郊外路を組み合わせたタームで22km/リットル。同時代のトヨタ・旧型アクア、ホンダ・旧型フィットハイブリッドは共に総合25km/リットル。平均で1割前後のビハインドだった。
第1世代e-POWER車はミニバンのセレナも同様に競合モデルに実測燃費で後れを取っていた。
給油タームごとの数値に表れないリアルドライブでの特性をもう少し細かく述べると、平坦時をそれほど速くないペースで慎重に運転すれば素晴らしい燃費スコアが出る半面、エコを気にせず伸びやかな加速感を楽しみながら走ると燃費の落ち幅が大きいという傾向があった。この特質は第2世代ノートも同様で、同じ2モーター式のフィットクロスターAWDに実測燃費で後れを取った。
■ ホンダがe-POWERと同型式の「e:HEV」の市販車採用を決めた理由
なぜ山岳路でのパワードライブや高速走行で燃費が落ちるのか。よく言われるのはe-POWERがエンジンパワーを直接動力ではなく発電のみに使うシリーズハイブリッドという形式だからというものだ。
だが、技術的に考えるとそれは正しくない。確かにエンジンが最高効率を発揮できる条件で運転しているときは、わざわざエンジンパワーを電力に変換するより直接動力に使った方が効率が良いに決まっている。
クルマは常にエンジンの効率が最も良い領域だけを使って走れるわけではない。むしろ好条件から外れている時間の方が長いくらいだ。またギアやベルトを使った変速機や動力分割機構にはフリクションロスがあり、エンジンがドライブシャフトと完全直結状態で高効率を発揮できる時以外は損失が発生するのである。
かつて「i-MMD」、現在は「e:HEV」とリネームされているホンダの2モーター式ハイブリッドは基本的には日産と同じくエンジンを発電に使う方式。エンジンパワーを直接使った方が効率が良い条件の時のみクラッチでエンジンを直結状態とし、電気モーターがエンジンのパワーアシストに回るパラレルハイブリッドとなる、シリーズ・パラレルハイブリッドだ。
直結状態になるとエンジンと電気モーターがどう作動しているかを示すエネルギーモニターの絵柄に小さい歯車のマークが表示されるので、ダイレクトドライブになる時はすぐに分かる。実際に長距離ロードテストをやってみると、その歯車が表示されるのは高速走行時であってもかなり限定的で、加速する時はよほどアクセルペダルを慎重に踏み込まないとすぐにシリーズ式に切り替わった。
トヨタ自動車はエンジンパワーを直接動力と発電への振り分けを無段階に調節できるスプリットという方式だが、1998年の初代「プリウス」時代はエンジンパワーをかなり積極的に利用していたものの、時代を追うごとにエンジンが定速回転してバッテリーに電力を蓄える、シリーズ式に近い制御に変わってきている。
つまり、日産のe-POWER車がオンロード燃費でライバルに後れを取っていたのはハイブリッドの形式ではなく、ほかに原因があるのではないかと考えた。
前述のホンダの2モーターハイブリッドのエンジニアは、シリーズ式を市販車に採用すると判断したのは発電→電気モーター駆動の効率を80%台後半に引き上げるメドがついたからと説明していた。
変換効率80%台後半といえば、トルクコンバーター式AT(自動変速機)やCVT(無段変速機)より上。ハイブリッドであれば非ハイブリッド車には使いにくいような高効率エンジンで動かすことができるので、効率は十分に高められる。そのエンジニアはパラレルモードについては取りこぼしを嫌っただけで、効果的にはおまけのようなものとも語っていた。
日産のe-POWERが形式的にはほとんど同じホンダのe:HEVに燃費で負けるのは、エンジンの熱効率が悪いかハイブリッドシステムの電力変換ロスが大きいか、あるいはその両方という仮定が成り立つ。
■ e-POWERはエンジンとの組み合わせ次第で性能は激変する
その仮定が図らずも立証されたのは、第2世代e-POWERに新鋭の1.4リットル発電専用エンジンを組み合わせた現行セレナをドライブした時だった。
旧型の燃費が大したことがなかったこともあって燃料代はシビアなものになると覚悟してのロードテストだったが、実際にドライブを開始してみると燃費は予想をはるかに上回る水準で推移した。
旧型から最も進化幅が大きかったのは高速燃費だった。東北自動車道の制限速度120km/h区間を速い流れに乗ってクルーズしてみたが、前面投影面積の大きなミニバンボディであるにもかかわらず、旧型のような燃費の落ち込みは見られなかった。
総合燃費21.6km/リットルはホンダ「ステップワゴン」のハイブリッドと互角。トヨタの現行「ヴォクシー」を試せていないのは残念だったが、似たようなドライブパターンでの総合燃費が17km/リットル台だった旧型ヴォクシー相手なら圧勝という数値である。
e-POWERの燃費が伸びないと言われていた主因はシリーズハイブリッドという形式より、1.2リットルエンジンが負荷の高い領域で効率の落ち込みが大きかったことの方が大きく影響していたと見ることができる。第2世代でもちょっとエンジンが良くなっただけで性能が激変したところを見ると、第3世代にもそれなりに期待していいのではないかというのが率直な印象だった。
筆者はあらためて第2世代e-POWERと旧式の1.2リットルエンジンの組み合わせであるオーラNISMOというスポーツハッチモデルを500km余り走らせてみた。
シリーズハイブリッドのメリットといえば、アクセル操作に対するパワーコントロールの正確さと加速の伸びやかさである。それが感動的に素晴らしいものに仕上がっていたモデルとして印象に残っているのはホンダの現行「シビックハイブリッド」だが、オーラNISMOも出力こそ小さいものの応答性の良さや加速の伸び感では負けていなかった。
助手席に座っている人も山岳路で不安感を覚えないほどにクルマの動きの分かりやすい、スポーティカーの見本のようなサスペンションセッティングと応答性の良い電気モーター駆動の組み合わせは大変気持ちの良いものだ。ノートNISMOといえば旧型の1.6リットル140馬力エンジン+6速MTの楽しさが忘れられないが、ドライビングプレジャーの方向性は意外に同じようなものだった。
実測燃費は20.6km/h。山岳路走行を多分に含んだぶん前出のノート4WDよりさらに低いスコアとなった。大いに楽しんだのだからこの燃費でも御の字と言えるが、エンジンが新鋭品に変われば2桁パーセントのオーダーで改善されることだろう。
■ ユーザーが抱く「日産ブランドへの期待」に再び応えられるか
シリーズ・パラレル式やスプリット式に比べて取りこぼしのあるシリーズ式ではあるが、メリットもある。
その最たるものはコンピュータのハードウェア、ソフトウェアを含めた電動部の設計をバッテリー式電気自動車(BEV)や燃料電池電気自動車(FCEV)と簡単に共通化できるため、本気でかかれば製品ラインアップの拡充を素早く行えること。またエンジンの駆動力との混合を計算に入れずに済むため、電動AWDの制御をより簡単に高度化できることなどだ。
日産はこのような技術の更新を進めつつ、ユーザーに対してその効能を決して誇大に陥らず、地道に周知していかなければならない。
経営危機によるブランドのイメージダウンがどの程度のものになるかは正確につかめないが、いったん悪いイメージが先行すると、たとえ良いものを出したからといってユーザーは真に受けないということは自動車業界でもよくあるからだ。
本気で「技術の日産」の矜持を見せようというのならば、軽薄なブランディング戦略ではなく、ユーザーの方が周囲に良いと言いふらすような状況を作り出す必要があるだろう。
そのためにはe-POWERやBEVなど個別の技術だけでなく、日産というブランドにユーザーが抱く期待に応える、ひいてはそれを超えるような商品を出していくことが不可欠だ。果たして今の日産にそれができるかどうか、今後の展開に注目したい。