「寝すぎる人」が「ボケやすい」ってホント…? 睡眠と認知症、最新研究で「いちばんボケにくい睡眠時間」がわかった

【最新研究】睡眠薬でムリに寝ようとすると「ボケる」かもしれない…「脳のゴミ処理システム」を発見した研究者の警鐘

脳の「掃除」がうまくいかない

人は誰でも、年をとるにつれて寝つきが悪くなり、眠りも浅くなっていく。国の調べによれば、60・70代で2割以上、80代をすぎると3割超の人が不眠症に悩むようになるという。

なんとか眠りにつくために、クスリに頼る人も少なくないはずだ。睡眠薬を飲んでいる人の割合は、80歳以上の女性が最多の21・8%。睡眠薬の市場規模も拡大の一途で、最もポピュラーな「デエビゴ」(エーザイ、一般名レンボレキサント)の売り上げは急速に伸びている。

ところがこの1月、ある論文が世界最高峰の学術誌「セル」に掲載され、医療界や製薬業界にざわめきが広がった。著者のひとりが、米ロチェスター大学医療センター教授のマイケン・ネダーガード氏。脳神経医学の世界で超一流の研究者だ。

氏が本誌の取材に応じた。

「夜に眠気を感じ、自然に眠りにつくことと、睡眠薬を飲んで眠ることは、じつはまったく違います。多くの睡眠薬は、脳の神経活動をわざと抑えることで人を眠りにつかせますが、そうすると『脳のお掃除』ができなくなってしまうのです」

かいつまんで言えば、ネダーガード氏は論文でこんな研究結果を示した。睡眠薬は、眠っているあいだにはたらく「脳のゴミ処理システム」を妨げる。そしてそれが、認知機能の低下を招くかもしれない――。つまり、「睡眠薬を飲んで無理に寝ようとすると、ボケるおそれが強まる」というのだ。

脳の「ゴミ処理システム」とは

「脳のゴミ処理システム」といっても、初めて耳にしたという人も多いだろう。まさに、ネダーガード氏が世界的に知られるようになったきっかけこそ、2012年にこの「ゴミ処理システム」を見つけたことだった。

人の身体には、血管とともにくまなく「リンパ管」がはりめぐらされており、その中を流れるリンパ液が、細胞から出る老廃物や毒素を洗い流している。

しかし脳の内部には、リンパ管は通っていない。そのため、脳の中の老廃物や毒素がどのようにして「掃除」されているのか、長年わかっていなかった。そんなある日――。

「私の研究チームで本物の脳の細胞を観察していたときのことです。研究者のひとりが、誤ってサンプルにトレーサー(生体内の動きを追跡するために使う物質)を注入してしまいました。すると、あっという間に脳の組織全体に、そのトレーサーが広がっていったのです。

そこから、脳の中ではリンパ管がなくとも、脳脊髄液(頭蓋骨の中を満たしている液体)が細胞のあいだを循環することで、老廃物を『洗い流している』ことがわかった、というわけです」(ネダーガード氏)

脳は頭蓋骨の中で、透明な脳脊髄液に浮かぶようにして固定されている。この脳脊髄液は従来、「脳を守るためのクッション」だと思われていたが、じつは「脳を洗う」機能もあわせもっていたのだ。

「寝すぎる人」が「ボケやすい」ってホント…? 睡眠と認知症、最新研究で「いちばんボケにくい睡眠時間」がわかった

人は誰でも、年をとるにつれて寝つきが悪くなり、眠りも浅くなっていく。国の調べによれば、60・70代で2割以上、80代をすぎると3割超の人が不眠症に悩むようになるという。

前編記事〈【最新研究】睡眠薬でムリに寝ようとすると「ボケる」かもしれない…「脳の掃除システム」を発見した研究者の警鐘〉より続く。

なぜ睡眠薬ではだめなのか

ここで、気がつく人もいるはずだ。認知症の原因は、脳の中にアミロイドベータとよばれる「ゴミ」がたまることだと言われる。認知症になるのは、年をとって「脳のゴミ処理」が滞るせいではないか――。

事実、そのとおりかもしれないと言うのは、米ロチェスター大学医療センター教授のマイケン・ネダーガード氏。脳神経医学の世界で超一流の研究者だ。

「アルツハイマー型認知症をはじめとする疾患には、脳の中に異常なタンパク質がたまるという特徴があります。年をとるほど、脳脊髄液の循環がうまくいかなくなり、『脳のゴミ処理システム』が衰えて、その結果、認知症になってしまう可能性が高いと私は考えています。

そして、もうひとつ重要なのが『脳のゴミ処理はほぼ、寝ているときに行われる』ということです。目を覚ましているあいだ、脳は周りの状況を理解し、身体を動かすことに100%の力を割かなければなりません。ほかの内臓や筋肉にはリンパ管が通っているので、起きているあいだでも掃除ができますが、脳はそうはいかない。ですから、眠っている間に大急ぎで掃除しなければならないのです」

ネダーガード氏の論文では、睡眠薬が脳のゴミ処理を妨げる可能性が指摘されている。しかし、眠っているあいだに脳の掃除ができるなら、自然に寝ようが、睡眠薬を使って寝ようが、問題なさそうに思える。いったい、なにがよくないのか。

「睡眠薬の多くは、覚醒をつかさどる脳内物質のノルアドレナリンを抑制して、服用した人を眠らせます。しかしノルアドレナリンは、じつは『脳のゴミ処理システム』をうまく動かす機能もあわせもっている。そのため、睡眠薬を飲むと脳の掃除が十分にできなくなるのです。

私たちの研究では、マウスに睡眠薬のゾルピデム(商品名マイスリー)を投与したところ、投与していないマウスよりも早く眠りにつきましたが、『脳のゴミ処理システム』の働きは30%も落ちていました。睡眠薬を使って眠ると、目覚めても疲れが残っている感じがしますが、それは脳のリフレッシュができていないせいなのでしょう」(ネダーガード氏)

「7時間」がちょうどいい理由

もちろん氏の研究成果は、これからほかの研究者に反証される可能性もある。これをもってすぐに、睡眠薬を飲むのをやめるべきとも言えない。

一方で、認知症専門医の肌感覚と合致するところもあると言うのは、メモリークリニックお茶の水院長で精神科医の朝田隆氏だ。

「少なからぬ医者が、睡眠薬を飲んでせん妄状態になった高齢者を診た経験があります。そのため2000年代以降は『睡眠薬は認知症のリスクを高める』と言われていましたが、2020年前後にはそれを否定するような研究も次々と出てきました。ですから現時点では、睡眠薬はいいとも悪いとも言いきれません。

ただし今回の論文は、睡眠薬が脳内の老廃物の沈着と関係していることを指摘した、おそらく世界初の研究なのでインパクトが大きい。今後、さらなる検証が行われていくでしょう」

近年では、日本でも「睡眠と認知症」の関係について研究が盛んになっている。とくに興味深いのが、2022年に大阪公立大学の研究者が発表した「睡眠時間が6時間未満の人や、高血圧などの疾患があり8時間以上寝ている人は、認知症リスクが高い」という論文だ。朝田氏が言う。

「ほかの研究でも、『睡眠時間が7時間の人が最も認知症になりづらい』という報告が多数ありますから、詳しいメカニズムまではわかっていませんが、『睡眠時間は長すぎても短すぎてもよくない』ということは、ほぼ確実と言えるでしょう。

実際に患者さんを診ていて感じるのは、睡眠時無呼吸症候群で夜中に目が覚めてしまう人は、認知機能が低下しやすいということ。脳にしっかりと酸素が回らない状態が長年続くため、『認知症の下準備をする病気』だと言えます」

クスリに頼らず寝付く方法

また、国立長寿医療研究センターと味の素による2023年の研究では、「睡眠時間が長く、かつアミノ酸の摂取量が少ない高齢者は認知障害を発症しやすい」ことがわかっている。アミノ酸は大豆などの豆類や肉、卵、乳製品に多く含まれているため、睡眠の不調を抱えている人は、これらの食品を多めに摂ることが、認知症の予防につながるかもしれない。

では、「睡眠の質」をよくして、「脳のゴミ処理システム」をうまくはたらかせるには、どんな方法があるのか。鳥取大学医学部保健学科・認知症予防学講座教授で、日本認知症予防学会理事長の浦上克哉氏が言う。

「いちばん大事なのは、睡眠のリズムをしっかりとつくることです。とくに高齢になると、昼間にあまり活動しないせいで夜に眠れない人や、寝る時間が早すぎるために、夜中に目が覚めてしまう人が少なくありません。

寝る直前に運動をすると、かえって目が覚めてしまいますから、夕方に散歩などの軽い運動をして、夜10〜11時くらいに床につけば、朝まで目覚めずに眠りやすくなるはずです。

また、私が患者さんによく勧めるのは、睡眠薬よりもアロマセラピーです。鎮静作用のある真正ラベンダーやスイートオレンジの香りのアロマオイルを嗅ぐと、脳の活動が落ち着いて深く眠れる。はなから『そんなの、効くはずがないだろう』と決めつけてしまう人もいますが、過去に診た中には、アロマで睡眠薬の量を減らすことができた患者さんもいました」

睡眠とは、いわば脳をメンテナンスする時間だ。質のいい眠りこそ、認知症予防の基礎の基礎だと心得よう。

なぜ生物は「寝ないと生きていけない」のか? 東大若手研究者が見つけた「睡眠の起源」を解明するカギ

脳がない生物も「眠る」

なぜ私たちは眠るのか――。このシンプルだが難しい問いに真っ向から挑む、若き研究者がいる。昨年末に『睡眠の起源』(講談社現代新書)を上梓した金谷啓之氏だ。

金谷氏は2020年に「脳を持たない原始的な生き物でも眠る」ことを初めて解明して、世界的な反響を呼んだ。

「淡水にすむヒドラという生物は、人間のような脳は持っていませんが、日に何回か動かなくなります。しかも、その『睡眠』を邪魔すると、細胞の増殖率が低下するといった現象が起こる。単純な生物でも、眠らなければ健康に生きることはできないと言えるでしょう。

なぜ私たちは眠るのか

生き物にとって、睡眠とは『起きている間に溜まった負債を清算する』ために欠かせない行動ではないか、と私は考えています。

野生の生物には、キリンやシマウマのように数分ずつ細切れで眠ったり、猫のように浅い睡眠を長時間とる動物が多いですが、人間ほど深く、かつ長く眠る動物はほとんどいません。脳の機能が発達するにつれて、睡眠の重要性も増していく、ということかもしれません」

人は高い知性を得たために、しっかりと眠らなければならなくなった。長く深い睡眠こそ、「人間らしく生きる」ための必須条件なのだ。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏