ファン5人の苦痛認定 マイケルさん死の賠償1ユーロ
フランス中部オルレアンの裁判所は11日、2009年の米歌手マイケル・ジャクソンさん急死でファン5人が受けた「精神的苦痛」を認め、マイケルさんの元専属医に対し、損害賠償金1ユーロ(約140円)ずつを5人に支払うよう命じた。専属医だったコンラッド・マレー元受刑者は、多量の麻酔薬を投与した過失致死罪で実刑判決を受けたが、既に出所している。
提訴したのは、仏拠点のファンクラブ会員34人。苦痛が認められたのはフランス人2人、スイス人2人、ベルギー人1人だった。
原告の弁護士は「私が知る限り、人気歌手の死に伴う精神的苦痛が認められたのは世界初だ」と強調した。ただ、この勝訴はあくまで象徴的なもので、実際の支払いは求めないつもり。
その代わり、原告は米ロサンゼルスにあるマイケルさんの墓参りを希望。一般の立ち入りが制限されている墓前への参拝を切望している。
マイケルさん元専属医に禁錮4年
米ロサンゼルス郡地裁は29日、人気歌手のマイケル・ジャクソンさんに多量の麻酔薬を投与し、死亡させた過失致死の罪で元専属医コンラッド・マレー被告(58)に禁錮4年の量刑を言い渡した。医師免許も剥奪される見通し。判決後、被告代理人は控訴する方針を明らかにした。
地裁などによると、判事は今年9月以降の公判を通して「(元専属医に)反省の色がまったく見られず、1人の人間を死に至らしめた罪は重い」と判決理由を述べた。
一方、マイケルさんの急死で2009年7月に計画されていた英ロンドン公演が中止されたのに伴い、マレー被告に逸失利益1億ドル(約78億円)を遺族に支払うよう求める裁判が来年1月に開かれることも決まった。
マイケルさんの母キャサリンさんは判決後、地裁に集まった報道陣に「公正な判事、検察、すべての関係者に感謝します。しかし、息子は戻ってくるわけではなく、命を量刑では償えない」と話した。(2011年11月30日配信)
マイケルさん元専属医に有罪評決
2009年6月に米人気歌手マイケル・ジャクソンさん=当時(50)=が急死した事件で、ロサンゼルス郡地裁の陪審団は7日、マイケルさんに多量の麻酔薬を投与したとして過失致死罪に問われた元専属医コンラッド・マレー被告(58)に有罪評決を下した。量刑は今月29日に判事から言い渡される。最高で禁錮4年となる可能性があり、同被告は医師免許を剥奪される見通し。
陪審団はマレー被告が、マイケルさんの急死までの約2カ月間、直接の死因と断定された強力な麻酔薬「プロポフォール」を不用意に連日与え続け、慎重な経過観察を怠ったと過失責任を認定。判事は「単なる判断ミスとは言えず、最終的に死を招いた」と断罪した。評決言い渡し後、マレー被告は収監された。
裁判で被告側はマイケルさんが「自ら(薬物を)致死量摂取した」と無罪を主張していた。
9月27日の初公判から40日余り。マイケルさんの死の直後から過失責任が疑われていたマレー被告に有罪評決が出た後、地裁の周りに詰め掛けた大勢のファンは「ついに正当な裁きが下った」などと喜びを爆発させた。(2011年11月8日配信)
「スリラー」革ジャン、1億4400万円
米歌手の故マイケル・ジャクソンさんが1983年の大ヒット曲「スリラー」のミュージック・ビデオで実際に着用したとされる革製ジャンパーが26日、当地で競売に掛けられ、南部テキサス州の取引業者が180万ドル(約1億4400万円)で落札した。
主催した競売商ジュリアンズ・オークションズなどによると、20万ドルの入札開始からわずか1分程度で100万ドルの大台を突破。マイケルさんを「世界的に有名にした」(競売商)ジャンパーは撮影後、マイケルさんから衣装デザイナーを長年担当した男性2人に贈られていた。(2011年6月27日配信)
マイケルさん手袋に3千万円 「ムーンウオーク」初披露時に着用
6月に急死した米人気歌手、マイケル・ジャクソンさんが26年前、ヒット曲「ビリー・ジーン」を歌いながらダンス「ムーンウオーク」を初披露した際に着用していた革手袋が21日、ニューヨークで競売に掛けられ、予想を大幅に上回る35万ドル(約3100万円)で落札された。米メディアが報じた。
ラインストーンがちりばめられたこの手袋は、「韓国製」のラベル付き。競売商によれば、最高6万ドル程度での落札が予想されていたが、香港のビジネスマンが競り落としたという。手数料を加えると、税抜きで約42万ドルの高価な買い物となる。(2009年11月22日配信)
マイケルさん未発表曲販売で合意 230億円支払い
音楽大手ソニー・ミュージックエンタテインメントは、昨年6月に死去した人気歌手、マイケル・ジャクソンさんの遺産管理団体と、未発表曲などの販売権として最大2億5000万ドル(約230億円)を支払う契約で合意した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)が15日伝えたもので、契約額は音楽業界で過去最大という。
同紙などによると、ソニー側は今後7年間でアルバム計10枚の世界発売が可能。各アルバムは、100以上存在するとされる未発表曲のほか、過去のヒット曲のリメークなどで構成され、11月にも1枚目が発売される計画という。
マイケルさんは約5億ドルの負債を残したとされる一方、死去から9カ月間で故人としては異例となるアルバム約3100万枚の売り上げを記録。遺産管理団体は手にする巨額契約金などで今年中に負債を1億ドル以上返済するという。(2010年3月16日配信)
マイケルさんの未完成20曲発見
2009年に急死した米人気歌手マイケル・ジャクソンさんが生前に手掛けたものの、未完成に終わった楽曲20曲が発見された。マイケルさんの音響技師のパソコンにあったという。仏紙パリジャンが23日、報じた。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、マイケルさんの死後、ソニーは新曲を含め10年間で最大7枚のアルバムを発売できる契約を遺産管理団体と2億ドルで締結した。
このため、この音響技師はパリジャンの取材に対し、「いまのところ曲のタイトルを書くことや、人に聞かせる権利はない」と語った。ただ「6カ月ごとの新曲発売を検討中」と述べ、将来的にはアルバムを出す可能性もあるとしている。
家族やスターが最後の別れ
6月に急死した米歌手のマイケル・ジャクソンさんが9月3日、ロサンゼルス近郊の墓地に埋葬された。埋葬に先立ち墓地の中庭で行われた葬儀には家族と生前親しかったスターら200人以上が参列。「逆境に耐え、最も偉大なアーティストだった」(黒人指導者のアル・シャープトン師)など思い思いに故人をしのび、最後の別れを告げた。
報道によれば、マイケルさんのひつぎが会場正面に安置された後、大御所のソウル歌手のグラディス・ナイトさんらが歌声を披露。葬儀の後、マイケルさんは著名人が眠る屋内の特別霊廟(れいびょう)に埋葬された。
会場周辺には国内外400人以上の報道陣が詰め掛けたが、取材は大幅に制限され、詳しい葬儀や埋葬の模様は、来月末に日本を含む各国で一斉公開される映画「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」に使われるのではないかとの憶測も出ている。
マイケルさん「他殺」と結論
6月に死去した米人気歌手マイケル・ジャクソンさんの死因に関し、ロサンゼルス郡検視局は8月28日、麻酔薬と催眠薬の複合投与によると正式発表した。司法解剖と毒物反応の解析結果として、計画性の有無にかかわらず「他殺」だと結論付けている。
これにより、致死量の麻酔薬を投与したとされるマイケルさんの専属医コンラッド・マレー氏(51)は、近く訴追される可能性が一段と強まった。
検視報告書の概要によると、心不全などの副作用が確認されている麻酔薬「プロポフォール」による「急性中毒」と、催眠薬「ロラゼパム」の投与が直接の死因だと分析。マイケルさんの体内からは、これ以外に強い麻酔薬「ミダゾラム」など少なくとも4種の薬物が検出された。
報道によれば、ロス市警などは引き続きマレー氏を故殺(計画性のない殺人)容疑で捜査。検視報告書は、当局の要請で全文の公表が見送られた。(2009年8月29日配信)
マイケルさん母と子に遺産分与
米カリフォルニア州ロサンゼルスの裁判所は8月3日、人気歌手の故マイケル・ジャクソンさんの遺産相続に絡み、マイケルさんの母、キャサリンさん(79)と遺児3人が養育費などの名目で毎月一定額を手にする権利を認める命令を下した。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)などが伝えた。
マイケルさんが2002年に作成した遺言書に従い、遺言執行人に指名された弁護士らが遺産を当面管理。この中から、長男(12)、長女(11)、次男(7)への養育費を含めキャサリンさん側に毎月一定額が支給される。分与額は不明。
また、同日の審理では、3人の養育権をキャサリンさんに帰属させ、長男と長女に関しては、マイケルさんと99年に離婚した実の母親のデボラ・ロウさん(50)に面会を認める先の合意が正式に成立した。(2009年8月4日配信)
遺体に多数の注射跡
米国の報道機関は7月8日、急死した米歌手マイケル・ジャクソンさん(写真)の遺体には多数の注射跡が残っており、強力な麻酔剤を常用していた可能性があると報じた。
CNNとABCの両テレビは遺体の調査に関係している筋の話として、死後の検査で、マイケルさんの遺体には多くの注射跡があり、何本かの血管がつぶれていたと伝えている。CNNは、これらの注射跡はディプリバンのような麻酔剤を注射した跡と酷似しているとしている。
ディプリバンは大きな手術の際などに患者に使用される麻酔剤だが、報道によると、マイケルさんの自宅からディプリバンの瓶が数本発見されているという。専門家は、ディプリバンは熟練した麻薬専門医だけが使用できるもので、マイケルさんの自宅になぜこれがあったのか分からないと述べている。
マイケルさんのところで働いていた栄養士は先週CNNテレビに、マイケルさんからディプリバンを買ってきてほしいと懇願されたことがあると語っている。
マイケルさんに最後の別れ
急逝した米歌手マイケル・ジャクソンさんの追悼式が7月7日、ロサンゼルス中心部の屋内競技施設「ステープルズ・センター」で開かれ、不世出のスーパースターの早すぎる死に集まった大勢のファンが冥福を祈った。会場には抽選で当たった約1万7000人が参集。施設周辺にもファン数千人が詰め掛けた。
追悼式の模様は米3大ネットのほか、各国放送局が中継し、全世界のファンが視聴した。人種や音楽のジャンルを超えて幅広い人気を獲得したマイケルさんの功績をしのんだ。
式では、スティービー・ワンダーさん、マライア・キャリーさん、ライオネル・リッチーさんら著名歌手がマイケルさんの曲などを演奏し歌った。プロバスケットボールチーム、ロサンゼルス・レーカーズのコービー・ブライアント選手、長年の友人だった女優ブルック・シールズさんら各界著名人も多数出席し、マイケルさんへの思いを語った。
式の最後には、ジャクソン家のメンバーが舞台でファンに感謝した後、マイケルさんの長女パリス・キャサリンさん(11)ら子供3人が初めて公の場に登場。キャサリンさんは「これまでずっと最高のパパでした」と泣きながら語った。
追悼式は同日午前10時(日本時間8日午前2時)すぎから約2時間半にわたって開催された。ロス市警によると、市警の3分の1に相当する警官約3000人が警備に当たり、大きな混乱はなかった。
これに先立つ同日午前、ジャクソン家による密葬が行われた。マイケルさんのひつぎはステープルズ・センターの舞台前に置かれ、同日中にも改めてロス市内の墓地に移され、埋葬される見通し。(2009年7月8日配信)
D・ロスさんも後見人候補に
急死した米歌手マイケル・ジャクソンさんの遺産相続などに絡み、マイケルさんが2002年に作成したとされる遺言書が7月1日、代理人によってロサンゼルス郡裁判所に提出された。遺言書はマイケルさんの母キャサリンさんを3人の子供の後見人とし、キャサリンさんがその任を果たせない場合、歌手ダイアナ・ロスさんにその役割を担うよう要望している。
遺言書はまた、遺産のすべてをジャクソン家の家族信託に移管することや、長男(12)、長女(11)の母親である前妻デビー・ロウさんを相続や養育権の対象から外すことを求めている。
一方、マイケルさんの遺体をサンタバーバラ郡にある元邸宅「ネバーランド」に移し、葬儀の後、同所に埋葬することが検討されたが、用地使途の制限や道路事情から困難な情勢。このためマイケルさんはロサンゼルス近郊に埋葬されるとの見方が強まっている。葬儀などの日程は未定。(2009年7月2日配信)
黒人音楽の殿堂で追悼
米ニューヨーク・ハーレム地区にある黒人音楽の殿堂、アポロ劇場で6月30日、急逝したマイケル・ジャクソンさんの追悼会が行われ、雨の中、詰め掛けた数千人のファンが冥福を祈った。
米メディアによると、黒人市民運動家のアル・シャープトン師が「マイケルは隔離された音楽の壁を打ち壊した」と述べ、黒人音楽を発展させ世界的ヒットにつなげた功績を称賛。ファンらは劇場周辺で「ムーンウォーク」を披露するなど、それぞれの方法で突然の死を悼んだ。
ジャクソンさんは1967年、ボーカルグループ「ジャクソン5」の一員として同劇場のコンテストに出場し、スターダムにのし上がった。(2009年7月1日配信)
財産は母と子供に 7年前遺言
6月30日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、急死した米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんが2002年に作成した遺言が存在すると報じた。遺産を母親のキャサリンさんと3人の子供、慈善事業に分与するという内容で、分与の対象に父親のジョーさんは含まれていないという。
この遺言は7月2日にも、ロサンゼルス郡裁判所に提出される可能性があり、遺産処分をめぐる今後の法手続きなどに大きな影響を及ぼすこともありそうだという。
ジャクソンさんの両親はこれまで、法的に有効な遺言はないと説明しているが、同紙によると、02年の遺言はジャクソンさんが起草し、1980年から2006年までジャクソンさんの主任弁護士を務め、死の直前に再び雇われたジョン・ブランカ氏が作成した。
ジャクソンさんは総額5億ドルとされる負債を残して死去したが、音楽版権など資産は7億ドル以上ともいわれる。死後、CDなどの売り上げが再び急増しており、資産総額はさらに増えるとみられている。(2009年7月1日配信)
マイケルさん母と子に遺産分与 養育権も母に
米カリフォルニア州ロサンゼルスの裁判所は3日、人気歌手の故マイケル・ジャクソンさんの遺産相続に絡み、マイケルさんの母、キャサリンさん(79)と遺児3人が養育費などの名目で毎月一定額を手にする権利を認める命令を下した。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)などが伝えた。
マイケルさんが2002年に作成した遺言書に従い、遺言執行人に指名された弁護士らが遺産を当面管理。この中から、長男(12)、長女(11)、次男(7)への養育費を含めキャサリンさん側に毎月一定額が支給される。分与額は不明。
また、同日の審理では、3人の養育権をキャサリンさんに帰属させ、長男と長女に関しては、マイケルさんと99年に離婚した実の母親のデボラ・ロウさん(50)に面会を認める先の合意が正式に成立した。(2009年8月4日配信)
マイケルさん母を当面の後見人に
米ロサンゼルス郡地裁は6月29日、急死したポップス界の帝王、マイケル・ジャクソンさんが残した2男1女に関し、マイケルさんの母キャサリンさんを当面の後見人に認める決定を下した。同地裁は7月6日(日本時間同7日)にキャサリンさんを呼び、資格の可否を改めて審査する。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)が伝えた。
報道によれば、キャサリンさん側は地裁に提出した資料で、マイケルさんの元妻で3人の親権獲得を希望しているとされるデボラ・ロウさんに言及。「(子供は)ロウ氏とは疎遠で、その親権獲得は有害」と訴えた。その上で、キャサリンさんはマイケルさんと共に子供たちを世話しており、「長年にわたる関係が成立している」と強調した。
マイケルさんは1996年に当時看護師のロウさんと再婚。ロウさんとの間にプリンス・マイケル君(12)、パリス・キャサリンさん(11)をもうけたが、99年に離婚した。このほか、代理母が出産した次男プリンス・マイケル2世君(7)がいる。(2009年6月30日配信)
CD、DVDに注文殺到
急逝した米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんのCDやDVDが爆発的な売れ行きを示している。販売元のソニー・ミュージックエンタテインメント(東京)には死去が伝わった6月26日以降、購入注文が殺到。29日正午までのわずか3日余りで注文総数はCD、DVD合わせて約30万枚に上った。販売大手HMVジャパン(同)には、未発表作品のリリースを求めるファンの声も多く寄せられているという。
ソニー・ミュージック経営企画グループの高橋由和ゼネラルマネージャーは、こうした過熱する売れ行きについて「新作でも10万枚以上売れる例は多くない昨今、異例の注目度だ」と話す。
HMVジャパンが24時間公表しているCD・DVDの総合売り上げランキングでも、ジャクソンさんの作品が上位をほぼ独占。29日夕には、上位20作品のうち過半数の13を占めた。同社ではこのため、「全国で展開する66店舗のほぼすべてで、ジャクソンさん作品の追加注文を出した」(広報)という。
一方、未発表作品については「残っている可能性は十分ある」(高橋氏)と指摘されている。リリースされれば、追悼現象に一段と拍車が掛かることにもなりそうだ。(2009年6月29日配信)
遺産絡み、親権争い浮上
米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんの急死に伴い、残された2男1女の親権争いが今後の焦点に浮上してきた。親権獲得により「養育費を目的に(ジャクソンさんの)遺産管理を主張できる」(NBCテレビ)ためで、元妻とジャクソン家の訴訟に発展する可能性がありそうだ。
ジャクソンさんには1996年に再婚した看護師の元妻デボラ・ロウさんとの間に長男(12)と長女(11)が、2002年に代理母出産により誕生した次男(7)の計3人の子供がいる。
これまではジャクソンさんが全員の親権を持つとされてきたが、27日付のロサンゼルス・タイムズ紙は、ジャクソンさんの死去により長男長女については「ロウさんが最優先の資格者になる」との法曹関係者の見解を伝えた。
ロウさんは実母が分からない次男とも同居を希望していると一部で報じられた。
これに対し、ジャクソン家は猛反発。家族の1人は芸能専門テレビ局TMZに、子供たち3人は(ロウさんと)何のかかわりもないと語り、マイケルさんの母で祖母のキャサリンさんが引き続き面倒を見ると強調。子供は全員「おばあちゃんと一緒に暮らしたい」と話しているという。(2009年6月28日配信)
資産状況、誰も把握せず
急逝した米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんは芸能活動で巨額の収入を手にし、投資にも熱心だった。一方、遊園地付きの豪邸を所有するなど生活も派手で、多額の負債を抱えており、資産状況の全容は現時点で誰にも分からないという。
米紙ニューヨーク・タイムズによれば、マイケルさんは1980年代以降、7億ドル(約666億円)を印税や公演などで稼ぎ出した。投資にも熱心で、ビートルズ作品200曲以上の版権を持つ音楽出版社の大株主だ。
しかし、ロサンゼルス近郊の豪邸「ネバーランド」の管理や美術品の購入など、生前は出費も多く、7億ドルの多くは既に残っていないもよう。出版社の株式の価値は5億ドル超に達するとされるが、負債総額も4億~5億ドル(約380億~476億円)に上るとみられている。
ただ、皮肉にも突然の死により人気がより高まるのは確実。年間3000万ドル(約29億円)の収入が発生するとの見方も出ている。負債額の確定に手間取っている間に、マイケルさんの財産は本人不在のまま膨らみ続けることになる。(2009年6月27日配信)
薬の過剰服用が原因?
米ロサンゼルスで急死したポップス界の巨人、マイケル・ジャクソンさんの代理人、オックスマン弁護士は6月26日、CBSテレビの番組に出演し、ジャクソンさんが心不全を起こした原因として、処方薬の過剰服用が背景にあるとの見方を示した。
同弁護士は「特定の個人が責められるわけではない」と断りながら、「検視報告を待ちたいが、彼が(鎮痛剤などの)処方薬を常用していたのは事実で、わたしは家族らに『飲み過ぎだ』と警告してきた」と明かした。さらに、ジャクソンさんは復活を懸けた7月の英ロンドン公演を控え、激しいダンスで痛めた足、腰の古傷が癒えなかったといい、重圧から服用量が増えた可能性がある。
一方、ロサンゼルス市警は同日、ジャクソンさんの担当医の1人に任意で事情を聴くと表明、死因との関連を調べるため車1台を押収したと発表した。ただ、事件性を示す証拠はなく、「容疑者としてではない」と強調した。
また芸能専門テレビ局TMZは、ジャクソンさんの自宅で心肺蘇生(そせい)を行った担当医が行方不明になっていると伝えた。TMZによると、担当医は蘇生中にジャクソンさんに注射を打っていたという。
遺体搬送先のロス郡検視局は同日、ジャクソンさんの司法解剖を行った。毒物反応などを詳細に調べるため、死因の特定は早くても7月下旬になる見通しだ。(2009年6月27日配信)
消防、緊迫のやりとり公表
米ロサンゼルス市消防当局は6月26日、心不全で急逝したマイケル・ジャクソンさん宅から通報を受けた際の音声通話記録を公表した。約2分間の緊迫したやりとりで、ジャクソンさんの担当医師がベッド上で単独で蘇生(そせい)措置を試みていたことなどが分かった。
25日午後零時20分ごろとされる通報では、若い男性とみられる切羽詰まった声が救急車を要請。ジャクソンさんの氏名を伏せながら、「男性が1人、呼吸停止している。蘇生を施してはいるが」と混乱した様子で語った。
「年齢は」「50歳だ」「意識、呼吸は」「呼吸していない。意識もない」というやりとりの後、マニュアルに沿って患者を床に下ろすよう求める係官に、男性は「担当医が心肺蘇生を試みているが、まったく反応がない」と上ずった声を返した。
係官が「何が起きたか見ていた人はいるのか」と問い掛けると、男性は「担当医しかいない」と返答。係官が「もうすぐ(救急車が)着く」と平静を呼び掛けたが、男性は「医師が(ジャクソンさんの)胸を押してるのに。お願いだ…」と声を絞り出した。(2009年6月27日配信)
マイケル・ジャクソンさんが死去
米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんが6月25日、ロサンゼルスの病院で死去した。50歳だった。
米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)が当局者の話として伝えたところによると、死因は心不全。各種報道によると、ジャクソンさんはロサンゼルス近郊の自宅で心臓発作を起こし、同日昼(日本時間26日未明)ごろ、呼吸停止状態のまま、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)メディカルセンターに搬送、蘇生(そせい)措置を施されたものの、帰らぬ人となった。(2009年6月26日配信)
「スリラー」で金字塔
マイケル・ジャクソンさんは1958年8月、インディアナ州ゲーリー生まれ。66年に4人の兄とボーカルグループ「ジャクソン5(ファイブ)」を結成。67年のニューヨークの名門アポロ劇場など数々のアマチュア部門コンテストを制した後、69年にリードボーカルを務めたメジャーデビュー曲「帰ってほしいの」が全米チャート1位を獲得、不世出の天才児と騒がれた。
71年ソロデビューを果たし、プロデューサーのクインシー・ジョーンズ氏と組んだR&Bアルバム「オフ・ザ・ウォール」(79年)などヒット作を連発。82年発売のアルバム「スリラー」はこれまでに全世界で1億枚以上を売り上げ、不滅の金字塔を打ち立てた。ジャクソンさんは全米アルバム売り上げ最長期間トップなど数々の記録を持ち、ギネスブックに「史上最も成功したエンターテイナー」と認定されている。
成功の陰で90年代以降は奇行も目立つようになり、2003年には児童の性的虐待疑惑で逮捕、その後無罪を勝ち取り、来月13日からは再起を懸けて十数年ぶりの英ロンドン長期公演を控えていた。(2009年6月26日配信)
ロス市警、犯罪性を否定
米著名歌手マイケル・ジャクソンさん(50)の死亡宣告を受け、ロサンゼルス市警とジャクソンさん実兄のジャーメイン氏が6月25日、相次いで記者会見した。ロス市内にあるジャクソンさんの自宅前で地元テレビなどとの会見に応じた市警捜査官は、市警の関与について「著名人の死にかかわる」通常の手続きとし、犯罪の可能性に否定的な見解を示した。
ジャクソンさんの遺体は司法解剖のため、同日午後6時(日本時間26日午前10時)すぎ、同市内のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)メディカルセンターの屋上からヘリでロス郡検視局の施設に搬送された。
市警はジャクソンさんの死亡時刻などについて、同日午後零時半ごろに救急車の出動要請があり、午後1時すぎに病院に搬送、「午後2時半に(検視官によって)死亡が確認された」と語った。
直後には病院内でジャーメイン氏が記者会見し、搬送後も「およそ1時間にわたって蘇生(そせい)措置を施したが、午後2時26分(同6時26分)に死亡が確認された」と公式に明らかにした。(2009年6月26日配信)
全米でファン騒然
マイケル・ジャクソンさん(50)が搬送されたロサンゼルス市内のカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターでは6月25日、悲報を聞きつけ熱心なファンや報道関係者など数百人が詰めかけた。上空には報道各社のヘリコプターが飛び交うなど、周辺は騒然とした雰囲気に包まれた。
地元テレビの映像によると、ロスにあるジャクソンさんの自宅周辺では、地元警察官が交通規制を敷き、やじ馬や報道関係者を厳しく制限。近くに住むという白人母娘は、「打ちひしがれている。世界中にとって悲劇」とそろって沈痛な面持ちで語った。また、病院前ではニューヨーク出身という黒人青年が、「ダンサーを志してロスに来た。僕にとって、かけがえのない存在だったのに」とうなだれた。
ジャクソンさんが以前、邸宅兼遊園施設を構えたロス北郊「ネバーランド」に03年に招待されたという黒人の中年女性2人組は病院前で、「サイトで(死亡を)知った時、信じられなかった。こんな若さで逝くなんて」と安らかな永眠を祈った。(2009年6月26日配信)
世界に悲しみの衝撃波
米ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんの突然の訃報(ふほう)は、衝撃と悲しみをもって世界を駆け巡った。晩年は相次ぐスキャンダルが世間を騒がせたが、ロンドンで7月に予定されていた十数年ぶりの長期公演は、チケットが発売数時間で売り切れる人気ぶり。「ポップスの帝王」は復活を目前に、世界のファンに永遠の別れを告げた。
ジャクソンさんが復活の地に選んだ英国では、大衆紙サンが「ダイアナ元皇太子妃死去や(元ビートルズの)ジョン・レノン暗殺以来、世界を揺るがしたニュース」とその急逝を報道。ジャクソンさんとデュエット曲を発表したこともある元ビートルズのポール・マッカートニーさんは、ウェブサイトを通じ「純粋な心を持った才能あふれる人だった。彼の音楽は永遠に忘れられないだろう」と追悼した。
故ミッテラン元仏大統領のおいで、23日に就任したばかりのフレデリック・ミッテラン文化・通信相は、フランスのラジオで「われわれはみな、自分の中に少しばかりのマイケル・ジャクソンを持っている」とコメント。「彼は永遠の青春を生きた」と語った。
中国では悲報が伝わって数時間で、ネット掲示板に8000件を超える追悼の書き込みが寄せられ、ほとんどは称賛の声だった。ジャクソンさんの代表的アルバム「スリラー」が世界を席巻した1980年代前半は、中国の対外開放が進み西側のポップ音楽が流入した時期と重なるだけに、思い入れが強い人も多いようだ。
オーストラリアでは、テレビ各局が予定の番組を中断してジャクソンさんの死去を伝えた。ジャクソン5(ファイブ)時代のヒット曲「帰ってほしいの」の制作にも携わった音楽家ディーク・リチャーズ氏は、地元テレビで「マイケルは、常に与えられた以上の答えを出してくれた」と早過ぎる死を悔やんだ。(2009年6月26日配信)
米芸能界から続々弔意
6月25日に急死したポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンさんと親交のあった米芸能界の著名人は25日、芸能誌ピープルなど米メディアを通じて、次々に悲しみの声明を出した。
歌手のマドンナさんは「涙が止まりません」と悲嘆に暮れる胸中をあらわにした。ジャクソンさんの多くのヒット曲をプロデュースしてきたクインシー・ジョーンズ氏は、「マイケルがこんなに早く連れ去られるなんて」と音楽・エンターテインメント界の大きな損失を悲しんだ。
長年の友人だった女優のエリザベス・テイラーさんは、「悲しみにうちひしがれコメントできない」とだけ広報担当者を通して伝えた。女優のジェーン・フォンダさんも「愕然(がくぜん)としています」と大きなショックを口にした。
アクションスター出身のシュワルツェネッガー・カリフォルニア州知事は「われわれは偉大なエンターテイナー、ポップス界の象徴を失った」と嘆いた。(2009年6月26日配信)
ファン数百人、ヒット曲合唱
米ポップス界の帝王、マイケル・ジャクソンさんが6月25日に死亡宣告されたロサンゼルスの病院前では26日未明(日本時間同日夕)になっても献花に訪れる人が絶えず、不世出のスーパースターの早過ぎる死を悼んだ。
病院前にはファン数百人が集結。ジャクソンさんがアフリカの貧困救済を目的に共同で作詞・作曲した1985年の大ヒット曲「ウィー・アー・ザ・ワールド」を合唱し、冥福を祈った。
米国内外の報道車両20台以上が取り囲む中、ジャクソンさんのトレードマークだった白手袋にラメ入りのコスチューム姿の黒人青年がインタビュー攻めに遭い、「歌と踊り、すべてが最高なのは彼だけさ」と語った。
6歳の長女と駆け付けた女性会社員、サラ・ポールさん(31)は、「平和、貧困、環境問題…。生きて、音楽で世界をもっと変えてほしかった」と沈痛な面持ちだった。
病院から2キロほど離れたジャクソンさんと親族が住む邸宅前でもロウソクやポスター、ファンらの手紙があふれた。ニューヨークから駆け付けたという俳優の卵、ブライアント・ビンセントさん(28)は、「人種、年齢、宗教を超えて感動を与えてきた。このともしびは絶やしちゃいけない」と話した。(2009年6月26日配信)
M・ジャクソンさんの歩み
1958年 インディアナ州ゲーリーで誕生(8月29日)
82年 アルバム「スリラー」発売
84年 CM撮影中、頭部に大やけど
85年 アフリカ救援で「ウィ・アー・ザ・ワールド」共作
94年 故エルビス・プレスリーの一人娘リサ・マリー・プレスリーさんと結婚(96年離婚)
96年 看護師デビー・ロウさんと再婚(99年離婚)
2002年 ベルリンのホテルのバルコニーで、生後9カ月の息子をぶら下げるようにしたとして非難を浴び謝罪(11月)
03年 少年への「みだらな行為」を理由に逮捕(11月)
05年 米陪審、全面無罪の評決(6月13日)
09年 英国で会見、7月のコンサート再開を宣言(3月5日)
同年 死去(6月25日)
(2009年6月26日配信)
主なヒット曲
M・ジャクソンさんは、69年にリードボーカルを務めたメジャーデビュー曲「帰ってほしいの」が全米チャート1位を獲得。82年発売のアルバム「スリラーは全世界で1億枚以上を売り上げた。
主なヒット曲
〔ジャクソン5〕帰ってほしいの▽ABC▽小さな経験▽アイル・ビー・ゼア▽ベン(1969~71年)
〔アルバム「スリラー」(82年)〕ガール・イズ・マイン(ポール・マッカートニーとのデュエット)▽ビリー・ジーン▽今夜はビート・イット▽スリラー
〔アルバム「バッド」(87年)〕キャント・ストップ・ラヴィング・ユー▽バッド▽マン・イン・ザ・ミラー▽ダーティー・ダイアナ▽ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール
〔アルバム「デンジャラス」(91年)〕ブラック・オア・ホワイト
〔アルバム「ヒストリー」(95年)〕ユー・アー・ナット・アローン
〔その他〕セイ・セイ・セイ(83年、ポール・マッカートニーとのデュエット)▽ウィ・アー・ザ・ワールド(85年、アフリカ救援のため歌手多数の共作)
(2009年6月26日配信)
波乱に満ちた生涯
6月25日死去した米国のポップス歌手マイケル・ジャクソンさんは、少年時代にボーカルグループ「ジャクソン5(ファイブ)」の一員として人気を獲得、その後、繊細さとパンチを併せ持つ歌声でスーパースターに上り詰めた。しかし、晩年はさまざまなスキャンダルにまみれるなど、40年以上にわたり米音楽界に君臨した〝ザ・キング・オブ・ポップ〟の生涯は波乱に満ちていた。
ジャクソンさんは米インディアナ州の貧しい家庭に生まれた。地元のイベントなどで歌の才能を発揮し、「ジャクソン5」では愛らしい容姿と歌声でグループのアイドル的存在となった。
1971年にソロデビューを果たした後は大人の歌手への脱皮を図り、「オフ・ザ・ウォール」「あの娘が消えた」「スリラー」などが大ヒット。従来の黒人音楽の枠にはとどまらない幅広い音楽活動は共感を呼び、ポール・マッカートニーや映画監督のスティーブン・スピルバーグ、NBAのマイケル・ジョーダンなど、さまざまな分野の著名人とのコラボレーションを実現させた。(2009年6月26日配信)
スターの威光、最後まで
一方で、難民救済や環境保護などの社会活動にも熱心に取り組み、ノーベル平和賞の有力候補と目されたことも。その半面、エルビス・プレスリーの娘のリサ・マリーさんとの結婚、離婚や少年への性的虐待疑惑(裁判では無罪判決)、レコード会社との対立などのスキャンダルにも巻き込まれた。
90年代半ば以降、CDリリースは途切れがちになったが、2001年にはソロ歌手としてロックの殿堂入り。今年7月に十数年ぶりにロンドンで開く予定だった「最後の公演」は、チケットが数時間で完売するなど、〝スター〟の威光は最後まで消えることがなかった。(2009年6月26日配信)
