「低スキルの人を不要とみなす考えがAIを悪い方向に導く」ノーベル経済学賞のアセモグル教授が警鐘
2024年にノーベル経済学賞を受賞した、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学教授ダロン・アセモグル。同氏は『技術革新と不平等の1000年史』(早川書房)において、歴史上のイノベーションが多くの人に利益をもたらすことは稀であり、経済格差を助長してきた事実を突きつけている。
では、現代における最大のイノベーションの一つであるAIの発展は、多くの人にとって本当に有益なのか? アセモグルが考える「AI社会の未来」について聞いた。
AIによる大失業時代は来るのか
──ノーベル賞授賞式はいかがでしたか。
とても良かったです。とても興味深く、素晴らしい経験でした。
──日本では、AIの使用によって雇用が減ったり、社会的な混乱が生じたりするのではないかという懸念が高まっています。この懸念は杞憂に終わるのでしょうか?
AIが一部の仕事を自動化し、雇用が減る可能性はあるとは思います。しかし、近いうちに人間がやっている仕事のすべてをAIが担うとは思いません。
AIが急速に認知能力を求められる仕事を代替するようになり、やがて肉体労働を含む人間のすべての仕事を担うようになるといった主張は誇張されています。
──AIによる失業時代の到来について、私たちはそれほど心配する必要はないということですか。
心配はしなければなりません。AIについて懸念すべきことはたくさんあります。
AIを使って良いこともできれば、悪いこともできます。今後AIがどちらの方向に向かうのか、いま私たちが正しい方向を定めなければならないのです。
AIが人を支配することはない
──2024年の米メディア「ブルームバーグ」のインタビューにおいて、あなたはAI社会の「3つのシナリオ」についてお話しになり、AI投資が過熱することのリスクを指摘されました。
しかし、高度な知能を持つAIが人類を支配するといったディストピア的な未来については、そこまで踏み込んで語られてはいませんでした。
そのようなシナリオには懐疑的ですか。人間はAIと共存できるようになるのでしょうか。
AIが自律的なエージェントとなり、人間を隷属させる未来が近いうちにやってくるとは思っていません。
ですが、人間の手によってAIが誤情報や偽情報の拡散などの悪事に利用されることについては非常に懸念しています。私たちのコミュニケーション・システムや政治を害するリスクもあります。
──ではAIに対して、いまは楽観的ですか。 それとも悲観的だと感じていますか。
私は楽観的でも悲観的でもありません。AIが私たちをある方向に向かわせるわけではありません。どこに向かうか、は私たちの選択次第です。そして私たちは、AIをより有益な方向に導く選択ができるはずだとも考えてます。
こう言うと、「人類は有益な選択ができる」と楽観視しているのかと問われるかもしれませんね。ですが、ここからは私の悲観論が始まります。
AIの中心地であるシリコンバレーと中国はいま、私たちを間違った方向に追い立てています。そして、トランプ新政権では彼らが公約したように、あらゆるAI規制を撤廃しようとしており、状況はさらに悪化するでしょう。
──AIの安全性よりも利益を優先していると思いますか?
AIの安全性よりも利益を優先していることは確かです。しかし利益追求以外の要因もあります。
テクノロジー業界には物事に対する独特な考え方があり、それはときにイノベーションの推進力になりました。ですが、現在では人間、特にスキルが低い人間を「不要な存在」としてみなし、一部の人たちはAIによって力を得るという、非常にエリート主義的な態度をとっています。
これはAIを悪い方向に押しやっている、偏見に満ちたイデオロギーだと思います。
AIが新たな格差を生み出さないための政策を
──AIブームは2025年以降も加速し続けるのでしょうか、それとも頭打ちになるのでしょうか。今後、業界はどのように変化していくとお考えですか。
AIへの投資を止めるような大きな動きは起こらないでしょう。 AIには多くの期待が寄せられていますから。
2025年には、「AIを実用化するのはそれほど簡単ではない」という発見があるかもしれませんし、あるいは、「予想よりもずっと速いペースでAIが進化している」という発見があるかもしれません。
これから目にするものを、私は知っているとは言えません。AI業界の一部の人々は、新たなAIの推論能力は私たちがいま目にしているAIよりもはるかに優れていると主張しています。
もしそうなれば、私たちはAIの実用化に向けてより良い方法を見つけられるかもしれません。今後の展開を見守りましょう。
──商業用および軍事用AIへの投資は過熱しています。いま、もっと投資すべき分野がほかにあると思いますか?
軍事用AIについては、これ以上投資が過熱しないことを願っています。完全に規制されていない分野であり、非常に危険です。自律型の殺人機械を作るのに、超知能を持つAIは必要ありません。
しかし現在は、AIの基礎モデルの開発に投資の多くが向けられています。おそらく2025年もその傾向は続くでしょう。
──AIを含む歴史上の技術革新は、経済的不平等や格差を生み出すという悲観論もあります。イノベーションによる利益を公平に共有するために、現在の経済・政治システムは何を変えるべきなのでしょうか?
AIが労働者に有益な情報を与え、新しい仕事を生み出すために使われなければ、AIは社会的な不平等を拡大させるでしょう。そして、富裕国と貧困国の格差をさらに広めます。
私たちがいま必要としているのは、AIを方向転換させるための非常に積極的な政策です。単一の解決策で対応できるものではなく、多くの手段を組み合わせて実施する必要があります。
有益なAIに補助金を提供する制度を創出するべきですし、機械による自動化を暗黙のうちに企業に推進するような現行の税制度を改善しなければなりません。
また、企業へのデジタル広告税を課すことで、より競争力のある環境を作り出すことも重要です。そうすることで、テック企業が人々の個人情報をもとに収益化したり、一部の企業が市場を独占して適正な競争を妨げたりすることを防げるでしょう。
これらの施策が重要なステップになると思います。
