歌手・俳優の中山美穂さんが自宅で亡くなったことが分かりました。54歳でした。

俳優の中山美穂さん(54)が死去  都内の自宅浴槽で明らかな外傷はなし

歌手で俳優の中山美穂さんが東京都内の自宅で亡くなっていたことがわかりました。

きょう正午過ぎ、東京・渋谷区の自宅で歌手で俳優の中山美穂さんが亡くなっているのが見つかりました。54歳でした。

捜査関係者によりますと、中山さんが待ち合わせに来なかったため事務所の関係者が自宅を訪れたところ、浴槽内で倒れている中山さんを発見し、その後、駆けつけた医師によりその場で死亡が確認されたということです。

今のところ死因はわかっておらず、警視庁は詳しい死因を調べています。

中山さんの公式ホームページには、きょう12月6日に予定されていたコンサート「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」について、「中山美穂の体調不良の為、公演を中止する運びとなりました」と記載されていて、「ご来場を楽しみにお待ちいただいていたお客様には多大なご迷惑をおかけしますことを、深くお詫び申し上げます。誠に恐縮ではございますが、今回の決定に際し、現在いただいているご予約は全てキャンセルとさせていただきます」としている。

中山さんは1970年東京都出身。1985年にシングル「♪C」で歌手デビューし、日本レコード大賞最優秀新人賞などを受賞。またドラマ『毎度おさわがせします』でも注目を集めた。

以降、歌手・俳優として様々なジャンルで活躍し一時代を築いた。

1991年のシングル「世界中の誰よりきっと」(中山美穂&WANDS)や、「ただ泣きたくなるの」(94年)は大ヒットし、今でもカラオケの定番になっている。

映画『Love Letter』(1995年)で『第38回ブルーリボン賞』主演女優賞を受賞。日本のみならず、韓国でも大ヒットした。

プライベートでは2002年に作家でミュージシャンの辻仁成さんと結婚し、フランス・パリに移住したが、離婚し日本での活動を再開していた。妹は中山忍さん。

中山美穂さん 自宅で死亡 54歳 『WAKUWAKUさせて』『派手!!!』などの楽曲がヒット 俳優としても活躍

歌手で俳優の中山美穂さんが、自宅で亡くなったことがわかりました。54歳でした。捜査関係者によりますと、6日正午すぎ、東京・渋谷区の自宅で俳優の中山美穂さんが死亡しているのが見つかりました。警視庁は、中山さんが亡くなった詳しい経緯を調べています。

公式サイトによると中山さんは、1985年にドラマとCDでデビュー。同年、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。『WAKUWAKUさせて』『ツイてるね ノッてるね』『派手!!!』『ただ泣きたくなるの』など歌手として、多くのヒット曲を発表しました。また、WANDSとともに発表した『世界中の誰よりきっと』も話題となりました。

また俳優としても活躍し、テレビドラマでは、1985年1月~『毎度おさわがせしますⅠ』、1985年12月~『毎度おさわがせしますⅡ』、1987年4月~『ママはアイドル!』、1989年1月~『君の瞳に恋してる!A・GIRL・MEETS・BOYS』、1994年1月~『もしも願いが叶うなら』、1996年10月~『おいしい関係』、1998年10月~『眠れる森  -A Sleeping Forest-』など、数々の話題作のほか、映画などに出演しました。これまで、エランドール賞 新人賞、日本アカデミー賞優秀主演女優賞など多くの賞を受賞しています。

ファン涙「言葉がでてこない」中山美穂さんがきょう予定していた大阪のコンサート会場にファンの姿「とにかくびっくり」

歌手で俳優の中山美穂さんが東京都内の自宅で亡くなりました。

6日正午過ぎ、東京・渋谷区の自宅で歌手で俳優の中山美穂さんが亡くなっているのが見つかりました。54歳でした。

捜査関係者によりますと、中山さんが待ち合わせに来なかったため事務所の関係者が自宅を訪れたところ、浴槽内で倒れている中山さんを発見し、その後、駆けつけた医師によりその場で死亡が確認されたということです。

今のところ死因はわかっておらず、警視庁は詳しい死因を調べています。

中山さんはきょう、大阪市でコンサート「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」開催する予定だったが、公式HPで中止がアナウンスされている。

ポスターが貼られたコンサート会場には、ファンとみられる人たちが駆けつけ、涙を拭う人もいた。話を聞くと、「2時間くらい前にきて、ご飯食べてたら中止の連絡を見て風邪ひきはったんやなぁくらいで思ってました。X見たら亡くなられたと…。デビューから応援してて、5月は奈良のコンサートも行った。今回は近くで見て聞けると楽しみに思っていたのでとにかくびっくり。言葉がでてこない」と話してくれた。

別のファンは、「「向かっている電車の中で3時くらいに友達からLINEをもらった。びっくりして同い年なので。『まいどお騒がせします』時代、デビュー当初から応援していました」と話した。

中山美穂さんの死因はヒートショックか溺れた可能性も…自宅の浴槽で死亡 捜査関係者

東京都内の自宅で亡くなった歌手で俳優の中山美穂さんについて、死因は「ヒートショック」や溺れて亡くなった可能性もあることが分かりました。

6日正午過ぎ、東京・渋谷区の自宅で歌手で俳優の中山美穂さんが亡くなっているのが見つかりました。

中山さんが待ち合わせに来なかったため事務所の関係者が自宅を訪れたところ、浴槽内で倒れている中山さんを発見し、その後、駆けつけた医師によりその場で死亡が確認されたということです。

捜査関係者によりますと、現場や中山さんの遺体の状況から、浴室に入った際に急激な温度変化により体に悪影響をもたらす「ヒートショック」や、何らかの理由で浴槽で溺れた可能性もあるということです。

今のところ明らかな外傷などもなく警視庁は詳しい死因を調べています。

俳優の中山美穂さん(54)急逝 病死か 遺書や事件性を疑わせるもの確認されず 事務所がコメント発表

東京・渋谷区の自宅で、俳優の中山美穂さん(54)が亡くなったことがわかりました。入浴中だったとみられ病死の可能性があるということです。

きょう正午ごろ、渋谷区恵比寿の中山美穂さんの自宅で、関係者から「浴槽の中で亡くなっている」と110番通報がありました。

警視庁などによりますと、中山美穂さんの仕事の関係者が中山さんが仕事に姿を見せなかったことから、鍵を持っている知人と共に自宅を訪れたところ、浴室で倒れているのが見つかったということです。

その後、現場で死亡が確認されました。

遺書や事件性を疑わせる外傷については確認されておらず、病死の可能性があるとみて、警視庁などが亡くなった詳しい経緯を調べています。

中山さんは1982年、東京・原宿でスカウトされ芸能界入り。85年、テレビドラマ「毎度おさわがせします」で女優デビュー。同年「C」で歌手デビューも果たし、“ミポリン”の愛称で一躍トップアイドルになりました。

以後、ドラマ「夏・体験物語」「セーラー服反逆同盟」「ママはアイドル」などで人気を確立。歌手としても「生意気」「ツイてるねノッてるね」「WAKU WAKUさせて」などのヒット曲を飛ばしました。92年、WANDSの上杉昇とデュエットした「世界中の誰よりきっと」が大ヒット。NHK「紅白歌合戦」には7年連続で出場しました。

95年、主演映画「Love Letter」(岩井俊二監督)では各賞を総ナメにし、97年、竹中直人監督作品「東京日和」では竹中演じる写真家・荒木経惟氏の妻役を演じて、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞しました。

今日6日には、大阪市のビルボードライブ大阪で、「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」の公演が予定されていましたが、直前に公式サイトで中止が発表されていました。

■中山美穂さんの死去に関して、所属事務所がコメントを発表(事務所HPから)

関係者各位並びにファンの皆様本日12月6日に、弊社所属のタレント中山美穂が自宅で亡くなっているのが発見されました。

日頃よりお世話になっている関係者の皆様及び応援してくださっているファンの皆様に、突然このようなお知らせをすることになり、心苦しいばかりですが、あまりに突然の出来事で、弊社も驚きと悲しみで呆然としております。

なお、死因等の詳細は現在確認中です。

マスメディアの皆様におかれては、ご家族やご親族に配慮し、過度な取材・報道は厳に慎んでいただくよう切にお願い申し上げます。

中山美穂さん死去の一報に「ミヤネ屋」も騒然 代役アナ「ショックで言葉が出ないんですが…」

 女優、歌手の中山美穂さん(54)が死去したことが6日、分かった。日本テレビ系「ミヤネ屋」でも午後3時5分ごろに一報を伝えると、スタジオは騒然とした雰囲気となった。

 番組を欠席したMCの宮根誠司(61)の代役の読売テレビ西山耕平アナウンサー(40)が「ここで速報が入ってきました。訃報です。俳優の中山美穂さんが自宅で亡くなっていたことが分かりました。54歳でした」と報道。コメンテーターのガダルカナル・タカ、須田亜香里が呆然とした様子も映し出されると、西山アナは「ショックで言葉が出ないんですが…」と言葉に詰まらせながら「今日、クリスマスコンサートがあって、体調不良でキャンセルされていた、ということなんですが」と伝えた。

 タカも「驚きですね」とショックの様子だった。

俳優の中山美穂さん死亡 54歳、都内の自宅で発見 警視庁

俳優の中山美穂さんが死亡したことが6日、警視庁への取材で分かった。

 54歳だった。同庁は詳しい状況を調べている。

 警視庁によると、中山さんは同日、東京都渋谷区恵比寿の自宅で、風呂場の浴槽内に座り、上半身を前のめりにした状態で見つかった。駆け付けた医師がその場で死亡を確認した。

 中山さんは同日午前、仕事で大阪市に向かう予定だった。待ち合わせの時間になっても連絡が取れず、関係者が自宅を訪問。動かなくなっていた本人を発見し、119番したという。

 中山さんは1985年にドラマ「毎度おさわがせします」でデビューし、数々のドラマや映画に出演。歌手としても「ただ泣きたくなるの」「世界中の誰よりきっと」などのヒット曲を出した。

中山美穂さん死亡 54歳 東京・渋谷区の自宅で

俳優で歌手の中山美穂さんが自宅で亡くなったことが分かりました。54歳でした。

捜査関係者によりますと、きょう正午すぎ、東京・渋谷区にある自宅で関係者から110番通報があり、警察官などが駆けつけたところ、浴槽で死亡しているのが確認されたということです。

中山美穂さんはきょう、大阪でのクリスマスコンサートの開催を予定していましたが、「中山美穂の体調不良の為、公演を中止する運びとなりました」と中止を発表していました。

事務所関係者はJNNの取材に対して「報道で知った。まだ何もわかりません」とコメントしています。

<中山美穂さんプロフィール※公式HPより>

出身地:東京都生年月日:1970年3月1日

-1998年-・第12回高崎映画祭最優秀主演女優賞『東京日和』・第21回日本アカデミー賞優秀主演女優賞『東京日和』・第19回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン)主演女優賞フジテレビ『眠れる森』

-1994年-・第07回日本ゴールドディスク大賞作品賞(ベスト5シングル賞)『世界中の誰よりきっと』・第12回JASRAC賞金賞『世界中の誰よりきっと』・日本作詩家協会賞『世界中の誰よりきっと』・第20回報知新聞社報知映画賞最優秀主演女優『LoveLetter』・第17回ヨコハマ映画祭主演女優賞『LoveLetter』・第10回高崎映画祭最優秀主演女優賞『LoveLetter』・第38回ブルーリボン賞主演女優賞『LoveLetter』・第05回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン)フジテレビ『ForYou』

-1993年-・第06回日本ゴールドディスク大賞女性アイドル部門賞『Miho'sSelect』

-1991年-・第15回日本アカデミー賞話題賞『波の数だけ抱きしめて』

-1990年-・第03回日本ゴールドディスク大賞*ベストアーチストオブザイヤー

-1989年-・第26回輝け!ゴールデンアロー賞音楽賞『Witchesウィッチズ』・第02回日本ゴールドディスク大賞*ベストアルバムオブザイヤーヤングアイドルソロ部門『COLLECTION』*ベストアーチストオブザイヤー

-1988年-・第18回銀座音楽祭金賞・第15回決定!'88FNS歌謡祭グランプリ『Witchesウィッチズ』・第30回日本レコード大賞金賞『You'reMyOnlyShinin'Star』・第21回日本レコードセールス大賞LP部門

-1987年-・エランドール賞新人賞

-1986年-・第13回優秀歌謡音楽賞『WAKUWAKUさせて』・第28回日本レコード大賞金賞『ツイてるねノッてるね』

-1985年-・第27回日本レコード大賞最優秀新人賞『C』・第23回ゴールデンアロー賞最優秀新人賞『C』

中山美穂さん(54)死去 所属事務所関係者は「報道で知った まだ何もわかりません」TBSテレビの取材に答える

歌手・俳優の中山美穂さんが自宅で亡くなったことが分かりました。54歳でした。

公式サイトでは「本日、2024年12月6日(金)ビルボードライブ大阪にて開催を予定しておりました『Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live』大阪公演は、中山美穂の体調不良の為、公演を中止する運びとなりました。」と報告していました。

また、スタッフのXでは14時7分に公演中止を発表していました。

TBSテレビの取材によると、事務所関係者は「テレビの報道で知ったところ。まだなにも情報は入ってきていない」と答えています。

-1998年-・第12回高崎映画祭最優秀主演女優賞『東京日和』・第21回日本アカデミー賞優秀主演女優賞『東京日和』・第19回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン)主演女優賞フジテレビ『眠れる森』

-1994年-・第07回日本ゴールドディスク大賞作品賞(ベスト5シングル賞)『世界中の誰よりきっと』・第12回JASRAC賞金賞『世界中の誰よりきっと』・日本作詩家協会賞『世界中の誰よりきっと』・第20回報知新聞社報知映画賞最優秀主演女優『LoveLetter』・第17回ヨコハマ映画祭主演女優賞『LoveLetter』・第10回高崎映画祭最優秀主演女優賞『LoveLetter』・第38回ブルーリボン賞主演女優賞『LoveLetter』・第05回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン)フジテレビ『ForYou』

-1993年-・第06回日本ゴールドディスク大賞女性アイドル部門賞『Miho'sSelect』

-1991年-・第15回日本アカデミー賞話題賞『波の数だけ抱きしめて』

-1990年-・第03回日本ゴールドディスク大賞*ベストアーチストオブザイヤー

-1989年-・第26回輝け!ゴールデンアロー賞音楽賞『Witchesウィッチズ』・第02回日本ゴールドディスク大賞*ベストアルバムオブザイヤーヤングアイドルソロ部門『COLLECTION』*ベストアーチストオブザイヤー

-1988年-・第18回銀座音楽祭金賞・第15回決定!'88FNS歌謡祭グランプリ『Witchesウィッチズ』・第30回日本レコード大賞金賞『You'reMyOnlyShinin'Star』・第21回日本レコードセールス大賞LP部門

-1987年-・エランドール賞新人賞

-1986年-・第13回優秀歌謡音楽賞『WAKUWAKUさせて』・第28回日本レコード大賞金賞『ツイてるねノッてるね』

-1985年-・第27回日本レコード大賞最優秀新人賞『C』・第23回ゴールデンアロー賞最優秀新人賞『C』

波の数だけ抱きしめて

『波の数だけ抱きしめて』(なみのかずだけだきしめて)は、1991年に公開されたホイチョイ・プロダクションズ原作、中山美穂主演の日本映画。

バブル期に制作・企画されたホイチョイ・プロダクション三部作のひとつであり、1982年の神奈川県・湘南にあるミニFMを舞台とした若者の青春群像劇である。モデルは、1983年に湘南に実在した海岸美化を訴えるために開局されたミニFMラジオ局「FM Banana」である[2](和歌山にある同名のコミュニティ放送とはまったくの無関係)。

作品公開前年の1990年、いわゆる湘南海岸一帯で開催されたSURF90に於けるイベント放送局のサーフ90エフエム「愛称:ジョーズFM、コールサイン:JOOZ-FM、周波数:76.3MHz」から、本作品中で76.3MHzが使用されている[3]。

また、挿入歌としてJ.D.サウザーやネッド・ドヒニーなどのAORナンバーが使用された。このことから洋楽の使用許諾がなかなか得られなかったため、本作品は長らくDVD・BD化はされなかった。

登場人物の役名のうち、小杉正明と芹沢良明は、ホイチョイ・プロダクションのメンバーの名前を採用している(前者は『私をスキーに連れてって』でも用いられている役名)。

田中真理子 - 中山美穂

都内のミッション系大学に通う女子大生。茅ヶ崎のサーフショップで小杉、裕子、芹沢とともにバイトしている。大手商社のロサンゼルス支店に赴任している両親の元へ引っ越そうとしている。

小杉正明 - 織田裕二

高校時代から真理子のことが好きだが、それをなかなか告白できずに迷っている。

芹沢良明 - 阪田マサノブ

自作のミニFM送信機を作るなどの無線マニアだが、女性には興味はない。

高橋裕子 - 松下由樹

田中、小杉、芹沢の高校時代の同級生。バイクや車の運転が下手、特に停車が苦手。

吉岡拓也 - 別所哲也

大手広告代理店に勤務。愛車のVWビートルカブリオレでデートしている所、偶然ミニFMでDJをしている真理子にひとれぼれをしてしまう。そんなとき、勤務先で専売公社のサムタイムの湘南キャンペーンを企画しており、真理子がやっている茅ヶ崎のミニFMと結び付けようと必死になる。

池本 - 勝村政信

吉岡の先輩社員。

その他:前田真之輔、吉田晃太郎、阿部由美子、石田悠里、松本圭未、岩沢幸矢・二弓(ブレッド&バター)、矢島健一、二瓶鮫一、森川数間 ほか

スタッフ

製作:三ツ井康、相賀昌宏

エグゼクティブプロデューサー:村上光一、堀口壽一

プロデューサー:河井真也、茂庭善徳

原作:ホイチョイ・プロダクションズ

監督:馬場康夫

脚本:一色伸幸

時代考証:泉麻人

音楽:松任谷由実

「心ほどいて」(アルバム『LOVE WARS』収録)

「Valentine's RADIO」(アルバム『LOVE WARS』収録)

「SWEET DREAMS」(アルバム『ダイアモンドダストが消えぬまに』収録)

「真冬のサーファー」(アルバム『流線形'80』収録)

撮影:長谷川元吉

美術:山口修

照明:森谷清彦

録音:中村淳

編集:冨田功

音楽監督:杉山卓夫

洋楽コーディネイション:北澤孝

DJ指導:ミック・ボンド

助監督:冨永憲治、岡田和則、八木潤一郎、辻裕之、島田明生、兼重淳

音響効果:柴崎憲治

MA:東宝サウンドスタジオ

フジテレビアソシエイツ(協力プロデューサー):小牧次郎、石原隆、金光修

ニッポン放送アソシエイツ(協力プロデューサー):田中厳美、入江太乃士、近藤久晴、高橋正文

プロデューサー補:林万美子

現像:東京現像所

スタジオ:東宝スタジオ

製作協力:山田洋行ライトヴィジョン

特別協力:日本石油

協力:JT

配給:東宝

製作:フジテレビジョン、小学館

受賞

第15回日本アカデミー賞

優秀助演女優賞(松下由樹)

新人俳優賞(別所哲也)

話題賞俳優部門(中山美穂)

【速報】俳優・中山美穂さん死去 体調不良で6日コンサート中止

中山美穂 /「世界中の誰よりきっと」MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '93 On My Mind

君のこと / 中山美穂 New Album「Neuf Neuf」12/4発売

中山美穂 New Album 「Neuf Neuf」 全曲試聴トレーラー

中山美穂 / 世界中の誰よりきっと

中山美穂 世界中の誰よりきっと

中山美穂&WANDS「世界中の誰よりきっと&PART II」1992

中山美穂 / 遠い街のどこかで…

【HD画質】中山美穂 ただ泣きたくなるの(1994年3月23日)

【HD画質】中山美穂 WAKU WAKUさせて(1988年)

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏

中山美穂さん急死…クリスマスライブ会場でファン涙「白いツリーがこんなにも悲しく見えるなんて…」

 女優で歌手の中山美穂さんが6日、都内の自宅で死去した。54歳だった。中山さんはこの日夜、大阪市内でコンサートを行う予定で、警視庁渋谷署によると、朝に都内の待ち合わせ場所に来なかったため、事務所関係者が知人と自宅を訪問。浴室で倒れているところを発見された。所属事務所は「死因などの詳細は現在確認中です」とコメント。アイドル、女優としてトップを走り続けた中山さんの死に、日本中に衝撃が走った。

 中山美穂さんがクリスマスライブを開催予定だった大阪市北区のビルボード大阪周辺も、悲しみに暮れた。第1部開場時間の午後4時30分前には、訃報をテレビやネットニュースで知ったファン約100人が、ライブハウス前に続々と集まった。

 ライブハウスの入り口横には、コンサート開催案内の写真入りミニポスターが貼られたまま。入り口前に「公演中止のお知らせ」が掲出され、涙するファンや写真を撮る人の姿もあった。報道陣やファンで混雑するなか、警備員が立ち「写真撮影は構いませんが、立ち止まらないでください」と必死に呼びかけた。

 大阪府在住の50代女性は「友達から『美穂ちゃん死んだよ』って連絡が来て…。信じられないです」と声を詰まらせた。この日のチケットを持っていた女性ファンも「久しぶりに会えるから、『愛しているよ』って言いに来たのに」と涙が止まらなかった。

 偶然通りがかったという主婦は会場の前で手を合わせ「同年代です。チケットは取っていなくて。ショックと残念な気持ちでいっぱいです。ご冥福(めいふく)をお祈りします」と静かに語った。ファン同士が互いを慰めるように、抱き合う姿まで見られた。

 白いクリスマスツリーが、寂しく照らされていた会場の入り口。あるファンは「白いツリーがこんなにも悲しく見えるなんて…」と大粒の涙をこぼした。この日のチケットは11日から順次、払い戻しの手続きが行われる。

中山美穂さん急逝:芸能人有名人の訃報と私たちのメンタルヘルス

■中山美穂さん突然の訃報:人々の反応

歌手、俳優として、多くの人に愛された中山美穂さん(54)。ミポリン。

珠玉の曲の数々が胸に残ります。

(どれも名曲すぎて、今聞くと、心が苦しいほどです)

テレビ各局が夕方のニュースのトップで報道し、SNSには、関係者からもファンからも、突然のお別れを悼む言葉でいっぱいです。海外でも哀悼のSNS投稿が相次ぎ、中国でも検索ワード1位と報道されています。

「驚きと悲しみで呆然」「訃報にファン絶句」「悲しいです、早過ぎます」「言葉が出てこない」「信じられない、信じたくない」「受け止めきれない」「うそでしょ」「ミポリンは永遠にわたしのアイドル」「震えが止まらない」「中山美穂さんが?信じられん。」「想い出はたくさん有りすぎる」「ニュース見てたら、、え?!て声出た」「ファンの方たちの悲痛なツイート見てたらさらに悲しくなりました。」「ミポリンのMidnighTaxiが死ぬほど好きだった」「仕事が手につかない、絶対にウソだ」

■死別の悲しみ

死別の悲しみはどうしようもない悲しみです。ご家族ご友人、身近な人であれば、言うまでもありません。さらに、芸能人有名人であれば、熱心はファンはもちろん、一般の人にまでショックは広がります。

今回のような突然の訃報であれば、なおさらです。かなりのご高齢になっていたり、闘病生活を続けていれば、ある程度の心の準備もできるのですが、コンサートを楽しみにしていたファンが突然の訃報を聞くことになるなんて、「悲痛」という言葉の通り、痛みを感じるほどの悲しみを持っている人もいることでしょう。

それほどのファンではなかった人々も、ネットや報道で訃報を聞き、ヒット曲の数々を耳にすれば、予想を超えたショックを受けることもあります。

また、中山美穂さんと同世代の方々は、特別なショックを受けます。大スターだった石原裕次郎さんも美空ひばりさんも52歳で亡くなられましたが、美空さんと同世代だった私の母は、報道を聞いて声を上げて驚いていました。まるで親せきがなくなったようなショックを受けていました。

■死別の悲しみによる心身の症状

直接会ったこともない芸能人の訃報であっても、強い感情的な反応が引き起こされることがあります。ショックと否認(信じられない)は、多くの人がSNSで語っています。悲しみと孤独感に襲われている人もいるでしょう。不眠や食欲不振に陥る人もいると思います。

■死別の悲しみの癒し方とメンタルヘルス

どんなに愛する人とでも、いつかお別れはやってきます。亡くなられた方は帰って来ません。死別の悲しみは、どうしようもない悲しみです。死別の悲しみは、ただ悲しむことでしか癒されません。

癒しの基本は、表現です。ショックを受けたことや悲しい気持ちを、言葉に出して表すことです。そして、その言葉を聞いてくれる人が必要です。身近な人との死別は、多くの人が共感してくれるでしょうが、芸能人の場合は共感してくれない人もいると思います。共感してくれる人に話しましょう。

今まで続けてきた日常の楽しいことは続けましょう。美味しいものを食べ、趣味の活動をしましょう。一人ぼっちにならず、人々とのつながりの中にいましょう。

ときには、情報を制限することも大切です。ニュースでもワイドショーでも、たくさんの情報が流されると思いますが、ときには、テレビを消すこと、ネットから距離を置くことも大切でしょう。

私たちの借りられた命。体を健やかに保つように、心の健康も守りましょう。ただ泣きたくなるようなときもあるけれど、世界中の誰よりも熱い夢をもって、リボンが風に揺れる大好きな季節が、またやってくることを信じて。

「ただ泣きたくなるの」「世界中の誰よりきっと」「色・ホワイトブレンド」

中山美穂さん(54)浴槽で死去…医師は「急に寒くなった朝に慌ててあたたかい浴槽に入るのはリスク」ヒートショックの可能性も

6日、東京都内の自宅で亡くなった歌手で俳優の中山美穂さん(54)について、浴槽の中で座った状態で倒れていたことが分かりました。

中山さんの死因について警視庁は、現場や遺体の状況から、浴室に入った際に急激な温度変化により体に悪影響をもたらすヒートショックや、何らかの理由で浴槽で溺れた可能性もあるということで、呼吸循環について詳しい、いとう王子神谷内科外科クリニックの伊藤博道院長にリモートで話を聞きます。

まだ亡くなった理由と断定されたわけではありませんが、特に冬に多い印象がある「ヒートショック」について詳しく見ていきます。

ここから先は、まだ死因は分かっていないため、あくまで一般論としてお伝えをしていきます。

「ヒートショック」とは、急激な温度変化によって血圧が変動し、心臓・血管の疾患が起きやすいというものです。

6日朝の東京の最低気温は5.2度でした。

──5.2度という気温だが、「ヒートショック」が起きやすいという可能性もある?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

急に寒くなりましたから、急激に寒くなったところで、入浴前にまずは体が冷えて血圧が上がる。そのあとに浴槽に入って温度が上がった時に血圧が下がる、ヒートショックが起こりやすい環境だと思います。

そして、浴槽の危険についても見ていきます。

自宅の中で最もヒートショックが起きやすいと言われているものの1つがお風呂場です。

寒い部屋や脱衣所から、暖かい浴室や浴槽に入り、そこから脱衣所に戻ってきて寒くなったりと、急激に血管が広がったり縮んだり、血圧も急激に上がったり下がったりということで、ヒートショックになってしまうことが多いといいます。

年間で全国約1万7000人ぐらいがヒートショックが要因で亡くなっているという推計もあり、交通時死亡事故よりも数としては多いともいわれているそうです。

──高齢者が非常に多い印象だが、50代の女性でも十分に考えられる?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

最近では若い方もいますし、ちょうど40代・50代になると血管がだんだん硬くなってくる。動脈硬化も進んできますので、より血圧が乱高下しやすいことがあると思います。

──脱衣所などで寒いということはよくあるが、お風呂に入るまでに異常等に気づくことはできないものか?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

外気温が低いので、寒いのは恐らくそんなに違和感がなくて、寒いから早く湯船に入って体を温めようという防御本能みたいなものが働くと、その短い期間に急激に温度が変化することが逆にあだになってしまうこともあるのかなと想像します。

──ヒートショックの初期症状みたいなもの、予兆はある?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

恐らく、最初に血圧が上がったと予想されますので、いったん頭が痛いとか、重いとかいう感じがあったあとに、浴槽の中で体が温まって血圧がドーンと下がった時には、意識がなくなってボーっとしてきていると思うんですね。ここで誰か助けを呼べれば、あるいは周りの人が気づいてくれれば少し早い対処ができたかもしれませんが、もし1人で浴槽の中で意識がなくなったまま時間が経つと、命にかかわることがあるのかなと想像します。

──初期症状の場合、助けを求めるのが一番?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

そうですね。誰かの助けを借りないと自分でリカバリーすることは難しいかもしれませんが、もし少し意識があったら、浴槽から出て、足を心臓よりも高いところに入れるなど、なりふり構わず横になって足を少し上げて、血圧を保つ。意識がとにかく完全に切れないようにして、心臓や脳の血流を保つことが大事だと思います。

──風呂の温度や浴室の温度設定は?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

一般的には41度以上の浴槽の温度はリスクといわれています。温かめのお湯が好きな人でも、39度かせいぜい40度ぐらいにする。あと最初はぬるめのお湯で入って少し温めるのであれば、リスクが少ないかなと。あとは外と内の温度差が10度以上になるとリスクがあると言われていますので、浴室も少し温める。それから浴槽のふたもできれば外して、湯気で浴室を暖めておく。こういった工夫が必要かなと思います。

──脱衣所等と浴室・お風呂の中を10度以内に収めるのが防ぐことになる?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

そうですね。目標は10度以内。

なかなか難しいかもしれませんが、脱衣所も温めるということがいいかなと思います。

橋下徹氏:

ヒートショックは暖かいところから寒いところにとばかり思っていたんですが、逆もあり得るということは本当に全く認識不足でした。

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

寒いところに行った時の血圧の急激な上昇もヒートショックで、血圧が高いので脳出血を起こしたり、大動脈解離を起こしたり、これもヒートショックの脳血管系のトラブルなんですね。

そのあとに血圧がドーンと下がる、これもヒートショックなので両方気を付ければいけないんです。

──体の状況が、不調だったり何かある時はなるべく浴槽に入ることを控えた方がいい?何か気を付けることは?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

今回、朝というのが1つあだになったのかなと。急に寒くなったこの朝に、恐らく準備の段階で湯船に入ったということを考えると、寒い朝に浴槽に慌てて入るのは少しリスクになるのかなというのは考えるところはありますね。

──ヒートショックを防ぐには?

いとう王子神谷内科外科クリニック・伊藤博道院長:

急激に寒くなるというのは、天気予報で気温の予想もあるので、特に今、寒暖差が大きいため、寒い日は急激に温かい浴槽に入らないようにするとか、部屋と浴室の温度差を減らすなど十分な注意をする。

それから、お風呂に入る時に周りの人にひと声かけて連携を取り合うことを心がけていただくといいかなと思います。

「朝7時までLINEのやりとりを…」中山美穂(54)亡くなったのは自宅浴槽内だった「昨夜もインスタを更新、一体何が?」

 歌手で俳優の中山美穂(54)が、12月6日、渋谷区内の自宅にある浴槽で亡くなっているのが発見された。

「事務所スタッフと今朝7時までLINEのやり取りをしていたのが確認されています。彼女は今夜大阪でコンサートの予定があったものの、9時に新幹線に乗る予定だったが、約束の時間に現れず、連絡が取れなかったことからスタッフが自宅を訪れた。そこで浴槽内で溺れているような状態でいたのを発見し、119番と110番通報。その後、現場で死亡が確認されました」(社会部記者)

昨夜書き込まれたインスタグラムには…

 昨夜書き込まれた最新のインスタグラムにはこんな記述があった。

〈先日行ったルイーズ ブルジョワ展 写真下手すみません 2,3日心がえぐられて、一緒に行った友としか会話が出来なかった。 写真下手だけど、上手くてもなんにも表現できない〉

 現時点で詳しい死因はわかっていない。

「水の中に前屈みで顔をつけた状態で発見」“急死”中山美穂(54)“終の住処”はバーニングが提供していた「70平米ほどの部屋は、彼女好みにリフォームを入れて」

〈「朝7時までLINEのやりとりを…」中山美穂(54)亡くなったのは自宅浴槽内だった「昨夜もインスタを更新、一体何が?」〉  から続く

 12月6日、東京渋谷区にある自宅の浴槽で亡くなっているところを発見された歌手で俳優の中山美穂(享年54)。

 8日、公式サイトに所属事務所のコメントが発表された。

〈検死の結果、事件性はないことが確認されました。また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明いたしました〉

商業ビルの6階に住んでいた

 「水の中に前屈みで顔をつけた状態で発見されていて、お酒が入っていたという話もあり、浴槽の中で気を失って溺れてしまったと見られています」(社会部記者)

 中山の自宅は繁華街にある商業ビルの6階の部屋。かつて絶大な人気を誇ったスターの住処としては意外なものだった。

 ビルの所有者を調べたところ、株式会社バーニングパブリッシャーズと判明した。芸能界で強い権勢を誇るプロダクション「バーニング」グループの音楽著作権などを扱う会社だ。

 なぜ、中山がこのビルに住んでいたのか。経緯を知る中山の知人が明かす。

「彼女好みにリフォームも入れて…」

「2014年に中山さんは夫の辻仁成さんと離婚しますが、帰国後の芸能活動を再開する際にサポートしたのが、彼女の音楽関係の権利を全て持っているバーニングパブリッシャーズでした。

 当時、彼女は音楽家の渋谷慶一郎氏と交際していて、彼のマンションで半同棲状態でした。フランスに行くと言い出したり、フラフラした感じだったので、真剣に仕事に向き合うためにちゃんと拠点を用意しなくてはならない、ということで部屋を提供されたんです。70平米ほどの部屋は、彼女好みにリフォームを入れて、仕切りの無い吹き抜けの一つの大きな部屋になっています。とても気に入って約10年、この部屋で暮らしていました」

 家賃は彼女に入る印税と相殺されるかたちで支払われていたという。

 このビルに入る会社に勤務する男性が語る。

「中山さんが住んでいたのは知っていました。何回か朝方にすれ違ったことがある。朝方にひっそり帽子かぶって出かけていくんだよね。有名な人だから周囲に気がつかれないようにひっそりお暮らしになっていたんでしょうね。おそらくですが、事務所の人が迎えに来ていた。最近はあまり姿を見かけていませんでしたが」

 親子3人で暮らしたパリでの10年間を経て、東京での一人暮らしもまた、10年で幕を閉じることとなってしまった。

「ホテルのバルコニーから叫んで…」“急死”中山美穂(54)“終の住処”を提供したバーニング社長に聞いた「活動再開時の“謝罪”」《知人に見せていた“素顔”》

〈「水の中に前屈みで顔をつけた状態で発見」“急死”中山美穂(54)“終の住処”はバーニングが提供していた「70平米ほどの部屋は、彼女好みにリフォームを入れて」〉  から続く

 12月6日、渋谷区の自宅の浴槽で亡くなっているのが発見された中山美穂(享年54)。死の2日後の8日には、彼女の公式サイトに所属事務所のコメントが発表された。

〈検死の結果、事件性はないことが確認されました。また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明いたしました〉

「水の中に頭をつけた状態で発見された。浴槽の中で気を失って溺れてしまったと見られています」(社会部記者)

バーニングから提供された商業ビルの一室で暮らしていた

 中山の自宅は繁華街にある商業ビルの6階の部屋。このビルの所有者は株式会社バーニングパブリッシャーズ。芸能界で強い権勢を誇るプロダクション「バーニング」グループの音楽著作権などを扱う会社だ。中山の知人が明かす。

「2014年に中山さんは辻仁成さんと離婚しますが、フランスから帰国して日本での芸能活動を再開するときにサポートしたのが、彼女の音楽関係の権利を全て持っているバーニングパブリッシャーズでした。

 当時、彼女は音楽家の渋谷慶一郎氏と交際していて、彼のマンションで半同棲状態でした。息子のいるフランスに行くと言い出したり、フラフラした感じだったので、真剣に仕事に向き合うためにちゃんと拠点を用意しなくてはならない、ということで部屋を提供されたんです。70平米ほどの部屋で、彼女好みにリフォームを入れ、仕切りの無い一つの大きな部屋になっています。とても気に入って約10年、この部屋で暮らしていました」

 家賃は彼女に入る印税と相殺されるかたちで支払われていたという。

32歳で結婚、パリ移住の際には仕事をキャンセルし…

 さらに、中山とバーニングについてはこんな話もある。

 2002年、32歳のときに作家の辻仁成氏と結婚。翌年にはパリ移住を強行した。その際には、予定していた仕事をキャンセルしなくてはならず、事務所に迷惑をかけることになった。活動再開にあたって、芸能界のドンと呼ばれるバーニング社長の周防郁雄氏に頭を下げる必要があったという。

 12月9日、周防氏本人に聞いた。中山との思い出については、「うーん」と言葉が出てこなかったが、活動再開のときに詫びに来たのかという問いには、「僕んところには来てないねぇ」と答えた。

ホテルのバルコニーから叫んでいたことも

 ワインが好きだった中山は、恵比寿や中目黒で飲むことが多かったという。カメラマンの舞山秀一氏は中目黒のバーで、「アニキ、久しぶり」と声を掛けられた。

「彼女が30代前半のときにCDのジャケット撮影を担当した縁から仲良くなりました。お高くとまっている感じがなくて、フラットでストレートな人。パリで仕事をしていたら、『アニキー!』ってホテルのバルコニーから彼女が叫んでいたこともありました」

 その他にも、昭和から令和を駆け抜けたトップアイドル・中山美穂については、多くの貴重な証言が次々と寄せられた――。

 12月11日(水)12時配信の「 週刊文春 電子版 」並びに12日(木)発売の「週刊文春」では、中山美穂の育ての親が告白。「親友の自死」「母への愛」「田原俊彦との別れ」について明かしている。また、映画監督の岩井俊二氏が中山主演映画「Love Letter」の撮影秘話を披露、さらに9歳下の恋人ベーシストの慟哭などについて報じている。

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急死の中山美穂さん 識者見解「まだ50代…」 死因については「結論を待つべきと思います」

 精神科医の名越康文氏(64)が8日、レギュラー出演する日本テレビ「シューイチ」(日曜前7・30)に出演。6日に54歳の若さで亡くなった女優で歌手の中山美穂さん(享年54)についてコメントした。

 MCの中山秀征は「驚きました、中山美穂さんの訃報が飛び込んできたのが先週の金曜日」と訃報に触れ、同期の1985年デビューの“同期”だとしたうえで「本当にドラマも歌も大変な活躍ぶりだった。時代が変わったという、そういった象徴のアイドルだった」と紹介。名越氏も「それまでのアイドルと少し違う、鮮烈なデビューだった気がします」と振り返った。

 捜査関係者によると、美穂さんは6日、東京都渋谷区の自宅の浴槽で亡くなっているのが見つかった。死因についてまだ明らかになっていないが、捜査関係者によると、部屋には遺されたメモや薬を飲んだ形跡などはなく、施錠されていたことなどから、警視庁は事件性はないとみて、溺死やヒートショックも含めて死因を調べている。8日にも解剖の結果が明らかになる可能性がある。

 「ヒートショック」との情報が訃報直後から多く出たことに名越氏は「ヒートショックっていうのは実は大変大きな現象で、僕も調べてみると、年間1万4000人の人が命を落とされているらしいんです。15度以上の寒暖差があって、お風呂なんかに入る時に、寒いところからお風呂に入る、血管に障害起こる」と説明したうえで、「ただね、一般には60代半ば以上と思っていたので、まだ50代の中山さん、ちょっとそれは…」と疑問を投げかけた。

 「もちろん、ヒートショックという可能性は高いのかもしれないけれど、皆さんにもこの機会に、ヒートショックは気をつけないといけないと思うのですけど」としつつも、「実際には(死因が出ていない)。1人の状態でお亡くなりになっているので、その場合は全部、いわゆる検死というか、解剖などをして、死因を今日あたり調べられるのではないかと思うので、結論を待つべきだと思います」と見解を示した。

 美穂さんは6日、クリスマスコンサート「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」大阪公演を開催予定だったが、当日に中止が発表されていた。デビュー40周年来年は全国ツアーも予定しており、6日もコンサートを控えた中での訃報だった。

中山美穂さん死去 “同期”女優が悲痛のメッセージ「信じたくないし悔しくて悲しい」

女優で歌手の網浜直子が8日、自身のInstagramを更新。女優で歌手の中山美穂さん(享年54)の死去を偲んだ。

◆網浜直子、中山美穂さんの死去を追悼

中山さんと1985年に歌手デビューした同期である網浜。「美穂。また会えると思ってた あれからの美穂と私の事 話せないままになってしまったの?」と切り出すと「信じたくないし悔しくて悲しい」と深い悲しみを吐露し「どうにもしてあげらなくて泣きたくないのに勝手に 涙が出てくるけど許してね」とつづった。

最後には「いつかね いつかあの時の 続きでこっそりと一緒に歌って 泣くほど笑って 遊ぼ」と呼びかけ「それまで またね」とメッセージ。投稿には、肩を寄せ合い密着した仲睦まじい2ショットが添えられている。

◆中山美穂さん死去 5日前にライブ出演

12月6日、都内にある中山さんの自宅にて関係者から110番通報があり駆けつけたところ、死亡が確認されたという。同日にはクリスマスライブ『Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live』大阪公演を開催予定だったが、当日に公式サイトにて体調不良による公演中止を発表していた。

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中山美穂さん、死因が判明

 6日に自宅にて遺体で発見された歌手・女優の中山美穂さんの死因は、入浴中に起きた不慮の事故だったという。8日に所属事務所が発表した。

美しい笑顔…中山美穂さんフォトギャラリー

 所属事務所によると、検死の結果、事件性はないことが確認されたとのこと。「私たち一同、この突然の出来事に深い悲しみを抱えながらも、皆様から寄せられる温かなご支援とご配慮に心より感謝申し上げます。なお、報道関係者の皆様におかれましては、ご遺族および関係者のプライバシーを尊重し、取材や報道につきまして慎重にご対応いただきますようお願い申し上げます」と訴えた。

 中山さんは1985年に歌手デビューし、同年のドラマ「毎度おさわがせします」、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などに出演。日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。その後も女優・歌手として活動を両立させ「ママはアイドル!」(1987)、「君の瞳に恋してる!」(1989)、「すてきな片想い」(1990)などに出演。ドラマ「誰かが彼女を愛してる」(1992)の主題歌「世界中の誰よりきっと」(中山美穂&WANDS名義)や「もしも願いが叶うなら」(1994)の主題歌「ただ泣きたくなるの」など数々のヒット曲でも知られた。

 1994年に映画『Love Letter』でブルーリボン賞などを受賞し、1998年には『東京日和』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。そのほか映画では『波の数だけ抱きしめて』(1992)、『サヨナライツカ』(2009)、『新しい靴を買わなくちゃ』(2012)、『蝶の眠り』(2017)、『ラストレター』(2019)などに出演した。54歳だった。


不慮の事故とは。?!だよ。他殺などの事件では無い事は理解できたが。報道が雑だな。というか,警察も所属事務所も親族も,それ以上の詳細を発表していないのか検死しても判明できなかったのか。できれば,せめて病死(急性の脳や心臓疾患)とか,転倒して気を失い浴槽の水で溺死してしまったくらいは報道して欲い。そうでないと,一般人への注意喚起にはならない。

これだけ世の中の注目を集めてることなので、亡くなった原因を具体的に教えてくれば多くの人たちがそれに対して注意できるし、予防できる。一つでも亡くなるはずだった命が助かるなら、とてつもなく意義のあることだと思う。中山美穂さんもそれを望むはず。

溺死なのか心筋梗塞的なものなのかまで知りたいとは思わないけど不慮の事故って死因と表現するのが適当なのかね

と疑問に思ってしまった

飲酒後の入浴だったとかヒートショック的な事だったとかまで聞けたら注意喚起的な事にはなったのかもね

「あまりにも綺麗なままで…」中山美穂さん 不慮の事故死でも安らかだった「最期の表情」

「警察で対面した関係者によれば、美穂さんの遺体に、妹の忍さんがそっとステージ衣装をかけていたそうです」(中山さんの知人)

12月6日、東京・渋谷区内の自宅の浴室で亡くなっているのが発見された中山美穂さん(享年54)。8日、警視庁で検視がおこなわれ、同日夕方には所属事務所が公式サイトで《検死の結果、事件性はないことが確認されました。また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明しました》と発表した。

8日には歌手デビュー同期の工藤静香(54)、森口博子(56)、10日には石田ゆり子(55)といった同世代の有名人女性たちが追悼のコメントを発表していた。

《誰もが憧れ、そして親しみを持った彼女の“あの笑顔”を偲びつつ中山美穂さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます》(工藤)

《同期で同じキングレコードの美穂ちゃんが…。何かの間違いであってほしいと思います。コロナ禍前に電話で“久しぶりにご飯でも行きたいね”って、話してたので信じられません。仲間とのこんなお別れ、本当に辛すぎます。歌番組やドラマで共演した時の優しさ、本名で呼んでくれた事、美穂ちゃんの控えめな笑顔、忘れられません》(森口)

《何年か前、小さくて素敵なフレンチレストランでばったりあった時美穂ちゃんは、1人で颯爽とやってきて、私をみつけて、ゆりちゃん、と小さな声で言ってにっこり笑った。あの笑顔が忘れられないのです。ほんとうに綺麗な笑顔でした。みぽりん、心の中でそう呼んでます。残念です。早すぎます》(石田)

3人とも中山さんの笑顔を思い出していたようだ。前出の知人は言う。

「対面した関係者は当初、『“浴室で亡くなった”と聞いたので、溺れてさぞ苦しかったのでは…』と心配していたそうです。苦しそうな姿を覚悟して対面したところ、顔があまりにも綺麗なままで、とても驚いていたそうです。天国に召されるときまで、神に選ばれたアイドルだったんでしょうね……」

所属事務所によれば、葬儀の日時や場所については非公表で、後日改めてお別れの場を設けることが検討されているという。あの笑顔は永遠に消えない――。

【入浴中に不慮の事故】「体の一部がもぎ取られる」「誰より会いたい」急逝・中山美穂さん(享年54)がSNSに心境を吐露していた“世界中の誰より愛した人”への想い

 俳優で歌手の中山美穂さんが12月6日、54歳という若さで天国に旅立った。浴槽でなくっているのが発見され、死因については「入浴中の不慮の事故」と発表された。昭和アイドルの全盛期を彩り、平成のヒットドラマを支えた雰囲気ある演技や歌……“ミポリン”の愛称で親しまれた彼女に再び逢うことは叶わなくなってしまった──。

【写真】ヘベレケになり男性に抱きつく中山美穂さん、音楽家・渋谷慶一郎氏との極秘デート姿、かつての恋人・野口強氏らほか

 中学1年生の時に原宿でスカウトされ、14歳で芸能の世界に身を置き、一線を走り続けてきた中山さん。アイドル、そして女優、アーティストとしての輝かしい功績の影で、39年間の芸能生活は激動そのものだった。

中山さんの“初ロマンス”のお相手は

「1985年に放送されたドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)でツッパリ少女役を演じて、アイドル“中山美穂”は鮮烈な女優デビューを果たしました。ファミコンが流行った1987年にはソフト『中山美穂のトキメキハイスクール』が発売され、ゲーム中に登場する電話番号に電話を掛けると、中山さん本人の音声で先に進むためのヒントやメッセージが聞ける触れ込みでしたが、彼女の声を聞こうとしたファンの間違い電話が増えてしまい、社会問題となりました」(スポーツ紙記者)

 そんな人気絶頂期、中山さんは自身にとって初めての“初ロマンス”が報じられることに。お相手は、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めていたアイドル・田原俊彦(当時26)だった。

「1988年に写真週刊誌に田原さんとのデートが報じられ、1991年にはふたりでハワイへの婚前旅行をワイドショーがキャッチしました。中山さんは子どもの頃から彼のファンで、当時ラジオで『恋してまーす。私は思ったことはパッとやっちゃうタイプ。明日でも結婚するかも』と発言し、ゴールイン間近と思われましたが、直後に破局しました」(同前)

 田原との失恋を乗り越え、22歳となった中山さんは1989年から3年連続でフジテレビのドラマに出演。アイドルから女優へと転身を遂げた彼女を支えることになったのは、4つ年上の作曲家・井上ヨシマサ氏だった。1991年、自身の楽曲『rosa』を井上氏が担当したのがきっかけとなり交際に発展したが、その恋も長くは続かずピリオドを打った。

木村拓哉の紹介で交際したことも

 アーティスト活動とも向き合っていた中山さんは、1992年にWANDSとコラボした『世界中の誰よりきっと』が180万枚のミリオンヒットを記録。NHK紅白歌合戦に出演し、1994年まで7回出場した。女優として最盛期を迎えていた中山さんは1998年に当時SMAPの木村拓哉とドラマ『眠れる森』(フジテレビ系)で共演。その頃、出会ったという人気スタイリストで元モデルの野口強氏と交際をスタートさせた。

「中山さんは常々『カッコいい女性でいられるために30歳まで結婚はお預け』と話していました。しかし、29歳で6歳年上の野口さんとの交際が始まり、彼女の所属事務所も『交際中と聞いています』と前向きなコメントを出すなど、彼女は真剣に結婚を考えていたのかもしれません。しかしその後、交際が進展することはありませんでした」(芸能プロ関係者)

元夫・辻仁成氏との出会いと別れ

 デビュー以来、中山さんは交際相手については周囲に知らせず、自身のペースを貫き、ときには事務所スタッフと口論することもあったという。そんな彼女は突然、32歳で電撃結婚を発表して世間を驚かせた。

 伴侶に選んだ相手は、女優の南果歩と離婚して間もない芥川賞作家の辻仁成氏だった。

「中山さんは自身のホームページで《新しい人生を迎えました。私は宝物を見つけました。一人旅をしてきましたが、これからは共に歩いていく人がいる喜びでいっぱいです》と、胸中を報告していました。

 馴れ初めは雑誌の対談、そして辻氏原作の映画『サヨナライツカ』の主演を彼女に抜擢されたこと。結婚後には夫婦でフランスに移住し、中山さんは33歳で待望の長男を授かりました。女優業をセーブして、数年間は子育てに専念していました」(同前)

 2014年、久しぶりの仕事で帰国した中山さんは、報道陣に10歳となった長男が自身の曲を歌っていることを楽しげに打ち明けていた。だが、夫の話題には触れることなく、後日、離婚に向けて話し合いをしていることが明らかに。親権は辻が持つことになった。

「親権問題などの協議中、中山さんと音楽家・渋谷慶一郎氏との手繋ぎデートが報じられました。長男の親権譲渡が離婚承諾の条件だったため、中山さんは結婚生活12年で終止符を打つ決断をしたのです」(同前)

埋められなかった「心の穴」

 44歳となった中山さんは報じられてきた交際歴で、初めて年下の渋谷氏を新たなパートナーに、人生を歩み始めた。

「半同棲していた渋谷氏のSNSに頻繁に写り込むなど、それまでとは違ってオープンな交際を続けていたようです。しかし、交際から1年半が経った頃、中山さんがSNSで息子さん、そして渋谷氏への思いを次第に吐露するようになったのです」(同前)

 現在すでに削除されているが、当時の投稿は《息子に色々買ってきたんだけど最近は直接渡せず》《選択肢が二つしかなくて。誰よりも息子に会いたい》《体の一部がもぎ取られた感じに慣れないと》といったものだった。さらに、《ひとりでいるほうがストレスないならそれがいい》などと渋谷氏との決別を思わせる発信もしていた。

「2014年の離婚から辻さんと海外で暮らす愛息のことをずっと思い続けていたようです。保育園の先生になることが夢だった中山さんにとって、愛息子と会えない心の穴は埋められず、すれ違いが続いていた渋谷氏との別れを選んだようです」(同前)

 離婚から10年──54歳で天国へと旅立った中山さん。世界中の誰よりも愛した子どもを思い続けていたに違いない。

中山美穂さん 死因は入浴中の事故 医療ジャーナリスト4つの可能性指摘

 6日に東京都渋谷区の自宅マンションの浴室で死亡した状態で発見された女優で歌手の中山美穂さん(享年54)の死因について、所属事務所は8日、「入浴中に起きた不慮の事故によるもの」と発表した。事件性はない。解剖を終えた中山さんの遺体は、自宅に無言の帰宅。また、元夫でミュージシャン、作家の辻仁成氏(65)がブログで心境をつづった。

 午後4時20分ごろ、死因・身元調査法に基づく解剖を終えた中山さんの遺体が車で自宅に戻った。車の周囲を関係者がシートで覆っており、棺などはうかがうことはできなかった。妹で女優の中山忍(51)も3日連続で美穂さんの自宅を訪れ、最愛の姉に付き添った。遺体が戻る前に美穂さんの自宅に到着し、車を降りると報道陣に深々と一礼した。

 所属事務所は公式サイトで「事件性はないことが確認されました」と説明。事務所関係者は「溺死だった」と話した。

 入浴中に起きた悲劇。中山さんの身に何が起きていたのか。考えられる状況について、医師で医療ジャーナリストの森田豊氏は(1)ヒートショックによる脳卒中や心筋梗塞(2)入浴中の深い睡眠(3)熱中症による意識喪失(4)持病などによる発作――の可能性を指摘した。

 (1)については「急激な気温の変化によって血圧が上下し、心臓や血管に疾患が起きるヒートショックの可能性がある」と説明。ただ検視では通常、心筋梗塞や脳卒中の症状を確認することができるため「可能性は低いのでは」と見解を示した。

 森田氏が「最も考えられる」としたのは(2)だ。「ひどい疲れの時や睡眠不足の時、激しい運動の後やアルコールを摂取していた場合は、入浴中に深い眠りに落ちて溺死してしまう場合がある」と解説。「特に湯船が広いと眠りが深くなることがある」と付け加えた。実際に中山さんは酒が好きで、自宅でよく酒を飲んでいた。

 (3)は「42度以上の湯に10分以上入浴すると、体温が38度近くまで上昇し熱中症となって意識を失うこともある」。(4)については「てんかんなどの持病を抱えており、入浴中に発作が出た可能性も否定できない」とした。

 日本中を悲しみに包んだ中山さんの急逝。遺体はしばらく自宅に安置される。所属事務所は葬儀の日程や場所は非公表とし、後日お別れの会を開くことを検討している。

中山美穂さん死因判明 ドカベンの入浴法が話題に ネット「このシーンを思い出した」「足から温めて…」

 都内の自宅の浴室で6日に死亡しているのが見つかった歌手の中山美穂さん(享年54)の死因が8日、判明した。所属事務所は警察の解剖結果を受けて「事件性はなく、入浴中に起きた不慮の事故」と発表。捜査関係者は「入浴中に溺れて亡くなったということです」と話した。

 冬場の浴室では、急激な気温の変化により血圧が変動して心臓や血管の疾患を発症するヒートショックがより一層起きやすい。

 中山さんについては、ヒートショックや入浴前に飲酒があったかどうかなど、具体的な要因は示されていないが、「入浴中の不慮の事故」との発表にヒートショック対策を考える人も多く、そこで人気漫画シリーズ「ドカベン」の入浴方法がネット上では話題となった。

 心臓によくない入浴を避けるためとして、主人公の山田太郎がまず足を温め、それから下半身を温め…などと指南する場面がある。ネットでは「山田太郎の入浴方法を思い出した」「手や足など心臓から遠い場所に湯かけて体をお湯に慣れさせるのがいいと聞いて、山田太郎のように足を温めてから入る」など、さまざまな声が上がった。

  消費者庁の分析調査によると、入浴中のアクシデントで命を落とす人は全国で年間1万9000人と推計される。65歳以上では交通事故死の約2倍という。

 中山さんは6日、東京都渋谷区の自宅の浴槽で亡くなっているのが見つかった。この日はクリスマスコンサート「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」の大阪公演が予定されていたが、午前9時の待ち合わせ場所に中山さんは現れず、不審に思った事務所関係者が自宅を訪れ、浴槽で亡くなっていたのを発見した。

【解説】急激な気温差で「ヒートショック」に注意 高齢者の死亡“交通事故の2倍”?『知りたいッ!』

【俗語】正式な医学用語ではない「ヒートショック」という言葉。明確な定義がないと思うけれど、広く使われるようになりました。医学的視点でこの用語を解説。

【中山美穂急逝】中山美穂さん54歳が自宅の浴室で急逝。原因は?2024/ 12/6現在情報が乏しい中、循環器内科医が推測。

【中山美穂急逝その2】2024/ 12/6中山美穂さん54歳が自宅の浴室で急逝。2024/ 12/7朝までの情報でお話し。頂いたコメント(ありがとうございます)などに関しても言及します。

【中山美穂急逝その3】2024/12/8 死因は「入浴中の不慮の事故」の発表。それが意味することは?

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2024.12.06

【重要】12月6日(金)「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」公演中止のお知らせ

いつも中山美穂を応援いただき誠にありがとうございます。

本日、2024年12月6日(金)ビルボードライブ大阪にて開催を予定しておりました「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」大阪公演は、中山美穂の体調不良の為、公演を中止する運びとなりました。

ご来場を楽しみにお待ちいただいていたお客様には多大なご迷惑をおかけしますことを、深くお詫び申し上げます。

誠に恐縮ではございますが、今回の決定に際し、現在いただいているご予約は全てキャンセルとさせていただきます。

プレイガイドでチケットをお買い求めのお客様は、ご自身で払い戻しの手続きをお願いいたします。

キャンセル、払い戻しの詳細・注意事項は下記をご確認ください。

ご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解ご了承のほど、何卒宜しくお願いいたします。

中止公演

「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」大阪公演

2024年12月6日(金)

1stステージ 開演17:30/2ndステージ 開演20:30

2024.12.09

「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」公演中止のお知らせ

いつも中山美穂を応援いただき誠にありがとうございます。

12月6日以降に開催を予定しておりました「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」は、すべて公演中止とさせていただきます。

プレイガイドでチケットをお買い求めのお客様は、ご自身で払い戻しの手続きをお願いいたします。

キャンセル、払い戻しの詳細・注意事項は下記をご確認ください。

ご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解ご了承のほど、何卒宜しくお願いいたします。

中止公演

「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」

■2024年12月6日(金)

1stステージ 開演17:30/2ndステージ 開演20:30

ビルボードライブ大阪

■2024年12月10日(火)

1stステージ 開演17:00/2ndステージ 開演20:00

ビルボードライブ横浜

■2024年12月15日(日)

1stステージ 開演17:00/2ndステージ 開演20:00

ビルボードライブ東京

2024.12.08

中山美穂の検死結果についてのご報告

この度の中山美穂の突然の逝去に際し、皆様から寄せられた温かいお言葉やお悔やみのお気持ちに、心より御礼申し上げます。

検死の結果について、慎んでご報告申し上げます。

検死の結果、事件性はないことが確認されました。

また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明いたしました。

私たち一同、この突然の出来事に深い悲しみを抱えながらも、皆様から寄せられる温かなご支援とご配慮に心より感謝申し上げます。

なお、報道関係者の皆様におかれましては、ご遺族および関係者のプライバシーを尊重し、取材や報道につきまして慎重にご対応いただきますようお願い申し上げます。

株式会社 BIG APPLE

ヒートショックについて解説します

追悼・中山美穂さん【トップアイドルとしての凄さ】マスコミ報道の酷さ

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《私には帰る場所がない》ライブ前の入浴中に突然…中山美穂さん(享年54)が母子家庭で過ごした知られざる幼少期「台所の砂糖を食べて空腹をしのいだ」

 あまりに突然の出来事だった──12月6日、渋谷区にある自宅の浴槽内で亡くなっていることがわかった歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。

 所属事務所は12月8日、中山さんの公式サイトで「検死の結果、事件性はないことが確認されました」と発表し、死因は「入浴中の不慮の事故」と伝えた。

 1980年代半ばから90年代にかけ“ミポリン”の愛称でトップアイドル、そして女優として活躍した中山さんだが、生前、幼少期のエピソードについてはあまり語らなかったとされている。【前後編の前編】

 そんな彼女も、2012年の自著『なぜなら やさしいまちが あったから』(集英社文庫)で自身の幼少期や家族について赤裸々に綴っていた。その中には、当時の暮らしぶりを表したような一節がある。

〈はじめましてとさようならはいつもセットだった──〉

“別れ”の連続だった幼少期

 さかのぼること1970年3月、中山さんは長野県の自然豊かな町で生まれた。ある芸能記者は言う。

「ご両親は地元でスナックを経営されていたようです。中山さんが3歳の頃におふたりは離婚しており、彼女には実父の記憶がほとんどないといいます。その後は実母と妹で女優の中山忍さん(51)と東京へ引っ越しましたが、母子家庭のためか生活が苦しく、中山さんは台所の砂糖を食べて空腹をしのいだこともあったそう。

 上京してほどなくお母さんが昼夜問わず働き詰めになり、ほとんどの時間を親戚の自宅で過ごすことになりました。

 芸能界については幼稚園に入るころからすでに憧れがあったようで、親戚の家では段ボールの上に乗って『キャンディーズ』や『ピンク・レディー』の曲を歌っていたこともあったとか」

 のちに中山さんはこの親戚を、トーク番組『A-Studio』(TBS系)で“育ての親”だと述べている。なかでも叔父にあたる男性については「本当の父親のように家族の一員として接してくれました」と語っており、忙しい母親に代わって愛情を注いでくれる大切な存在だったようだ。

 そんな“第2の父”ともいえる男性だが、中山さんの世話をしている間に若くして亡くなってしまう。幼少期の短い間で二度も“父親”を失う体験をした中山美穂さんは、前出の自著でもその存在と自身の恋愛観を重ねてこう振り返っていた。

〈思春期からの数々の恋愛は、父親を求めるような戯れでもあった。未熟と成熟を抱えながらその中心でバランスを保つことはなく、常に激しく人と向き合っていたと思う。ほとんどの大人と異性は私に、自分で学ぶことの大切さを教えてくれた〉

 この失望から束の間、中山さんにとって大きな出来事が起きる。

「中山さんが10歳くらいの頃、お母さんが秋田県出身の男性と再婚し、一緒に暮らすようになった。1982年にはその義父との間に弟も生まれており、その頃の中山さんは子どもながらに『寂しいけど、長女だからしっかりしないと』と感じていたようです。

 また両親の仕事の関係で、都内で何度も引っ越しを繰り返していたことから友人と呼べる人がほとんどいなかったともいいます。連載をしていた女性誌のエッセイでは、当時の生活を『帰る場所がなかった』というふうに語ったこともありました」

【浴槽内で不慮の事故】「愛されている名前を残した」中山美穂さん(享年54)の母親が営んだレストラン関係者が明かした在し日の思い出

 12月6日、渋谷区にある自宅の浴槽内で亡くなっていることがわかった歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。所属事務所は死因について「入浴中の不慮の事故」と伝えている。

“ミポリン”の愛称でトップアイドル、そして女優として活躍した中山さんは1970年3月、長野県の自然豊かな町で生まれた。

 両親は中山さんが3歳のときに離婚。それ以降、中山さんは母子家庭で育ち、親戚の自宅で過ごすことが多かったという。ところが、そんな彼女に大きな転機が訪れる。広く知られているように、母親が秋田県出身の男性と再婚したのである。激動の幼少期を過ごしながらも、中山さんが親を恨むようなことはなかったようだ。【前後編の後編。前編から読む】

両親が創業したレストラン「今もファンレターが…」

 所属事務所『ビッグアップル』の創業者・山中則男氏も、かつて夕刊紙の取材に「(中山さんは)オーディションには何度も落ちまくっていました。それでも本人が決してデビューを諦めなかったのは、“お父さん、お母さんに立派な家を建ててあげたい”という明確な目標があったからでした」と、その親孝行ぶりを明かしている。

 実際にデビューからしばらく経ったあと、中山さんは両親のために都内に家を購入。さらに2000年7月には義父ゆかりの地である秋田県横手市内に、ふたりが創作レストランを開業する機会を設けた。子育てが落ち着いた母親と義父はレストランの経営に携わり、中山さん本人もお忍びで通っていたようだ。店の現オーナーであるAさんを知る関係者がこう語った。

「当時、シェフとして働いていたAさんが、11〜12年前に前オーナー(中山さんの義父)からお店を引き継ぎました。最後に中山さんがお店に来たときに、『Aさんや若い人がすごく頑張っているね。そろそろ(レストランを)受け継いであげてもいいんじゃない』と話していたようで、それを前オーナーから聞いたAさんはとても喜んでいましたよ」

 経営は引き継がれたものの、創業当時から変わらない店の名前。そこには“アイドル・中山美穂”に対する、Aさんのある思い入れがあった。

「最近でも、中山さんのアイドル時代のファンクラブの方からお店のほうに年賀状が届いたりするそうなんですよ。お店の大規模な改修などもあり、これまでに店名を変えるという話もあったそうですが、携わった多くの人に愛されていると感じていたAさんはその名前を残すと決めた。

 中山さんが突然亡くなったことにAさんはショックを受けているそうですが、『お店の名前を変えなくて本当によかったと思う。(店を)受け継いだ以上は守っていきたい』と話していました」(前出・Aさんを知る関係者)

 残された家族やファンの心の中で、中山さんはいつまでも輝き続けることだろう──。

《来年は全国まわるからすごく楽しみ》急逝・中山美穂さんが“最期のコンサート”でファンと歌った「ラストソング」

 歌手で俳優の中山美穂さんが亡くなった。54歳だった。12月6日、中山さんが仕事の現場に来ず、関係者らが東京・渋谷にある自宅を訪ねたところ、浴室で倒れているところが見つかったという。

「あまりにショッキングな出来事だったため、様々な憶測が飛び交いましたが、所属事務所が8日に死因は入浴中の不慮の事故によるものだったと発表しました。警視庁が遺体を詳しく調べた結果、目立った傷はなく事件性はないと判断したとのことです」(社会部デスク)

 1985年にデビューし、『ただ泣きたくなるの』や『You’re My Only Shinin’ Star』などのヒット曲で知られる中山さん。1999年以降は俳優業に専念していたが、2019年に本格的に歌手復帰。ファンミーティンングや全国ツアーを行うなど精力的に活動をしていた。

 事故当日は『Miho Nakayama Chrismas Concer2024 in Billboard Live』大阪公演に出演するはずだった。中山さんは横浜、大阪、東京をまわるクリスマスコンサートの真っ只中で、12月1日の横浜での公演が人生で最後のライブとなってしまった。このライブに居合わせた40年来の男性ファンが語る。

「ビルボード横浜は収容人数が300人ほどの小さな会場なんです。ライブには夕方の部と夜の部があって、私は夜の部に参加しました。チケットは前売りから完売していて、往年の50代くらいのファンの方が多かったかな。最近の昭和歌謡ブームからか20代くらいの若い方もポツポツ参加していました」

 デビューから39年が経った今でも、人気が衰えていなかった中山さん。約1時間半をかけて13曲のセットリストを歌い上げたという。しかしデビューから追っかけを続けていた前出・男性ファンは、最近のライブでは変化を感じていたと口にする。

リクエスト曲に応えてくれた

「歌手活動に復帰してからは、ファンのリクエスト曲にすごく応えてくれるようになったんです。以前は美穂ちゃんの歌いたい曲を歌っていた感じだったんですけど。ぼくが大好きな『クローズ・アップ』っていう初期の曲をリクエストしていて、約35年ぶりに歌ってくれたんです。歌ってくれて喜んでいたら、それが最後になっちゃった……」

 訃報を聞き、涙が止まらなかったという男性ファン。訃報があった翌日に参加したという、中山さんの“同期歌手”のライブでは印象的な出来事があったようだ。

浅香唯も涙

「7日、8日と美穂ちゃんと同期の浅香唯さんのライブにも参加しました。唯ちゃんも美穂ちゃんの話をしながら号泣しており、私も涙がほろほろ流れてマスクがびしょびしょになりました」

 中山さんが最後にファンの前で歌ったのは、アンコールに応えた『世界中の誰よりきっと』だったという。会場はいちばんの盛り上がりを見せ、参加者全員が口ずさみ会場が一体になっていたという。

「ライブ中に美穂ちゃんがMCで、『クリスマスライブは今年で3回目だけど、毎年続けていきたいから来年も来てね!』とか『来年は40周年のコンサートツアーで全国をまわるからすごく楽しみ』と嬉しそうに話していたんです。まだ信じられず頭の中が整理できていない状態です」

 多くの人から愛された中山さん。ご冥福をお祈りします。

《中山美穂さん追悼》「1人でフラっとお店を訪れてカラオケを熱唱」六本木の飲食店で一般客とデュエット…救いとなっていた“歌の存在”

12月6日正午ごろ、歌手で俳優の中山美穂さん(54)が東京・渋谷区内の自宅で亡くなっていることがわかった。仕事の時間までに現れなかった中山さんを心配した関係者が自宅へ確認しにいき、浴槽内で動かなくなっていたところを発見したという。

 遺体には目立った外傷はなく、部屋に鍵もかかっていなかったことから、事件性はないとみられ、警察は病死の可能性も視野に捜査を進めているようだ。亡くなった当日夜にも大阪でコンサートの予定があり、あまりに突然の死に芸能界からは動揺の声があがっている。

 14歳のころに原宿でスカウトされたことから芸能界入りした中山さんだが、来年にはデビュー40周年を控えていた。ある芸能記者が言う。

「中山さんは1985年に『毎度おさわがせします』(TBS系)ののどか役でデビューし、同年6月には松本隆さんが手がけたシングル曲『C』で、アイドル歌手としても活動を始め、“ミポリン”の愛称で一躍トップアイドルの仲間入りを果たしました。歌手としてはその後、紅白歌合戦に7回出場しています。

 女優としては、出演作が次々に高視聴率を記録したことから『ブラウン管の女王』とも呼ばれました。自身の主演するドラマの主題歌をタイアップで歌い上げるなどして、ソロアイドル全盛期に女優とアイドルの“二刀流”を体現したタレントと言えるでしょう」

 中山さんはいわゆる“花の85年組”を代表するアイドルのひとりで、工藤静香(54)・南野陽子(57)・浅香唯(54)と合わせて「女性アイドル四天王」とも言われた。中山さんにとって2025年は特別な1年になるはずだった。

悩める中山美穂を救った“歌の存在”

 そんな中山さんも多忙なアイドルとして10代を乗り越え成人を迎えると、自身の個性と芸能人「中山美穂」とのギャップに悩まされるようになっていく。そんなとき、彼女の支えになったのが“歌の存在”だったという。芸能プロ関係者はこう語る。

「生前、中山さんは周りには『音楽に救われた』と話すことも多かった。デビュー当時から詞を書くことに興味があり、22歳の時には初のセルフプロデュースアルバム『Mellow』を手がけた。また曲へのこだわりが強く、徹夜でレコーディングすることも少なくなかったといいます」

 こうして中山さんは人気ロックバンドWANDSとのコラボ曲『世界中の誰よりきっと』(1992年)や『ただ泣きたくなるの』(1994年)など、ミリオンセラーとなったヒット曲のほか、数々の名曲を世に放つことになる。

 1999年以降は俳優業に専念していた中山さんだったが、歌手活動を休止してから20年の節目となった2019年に本格的に歌手として復帰していた。

《追悼》中山美穂さん、芸能界きっての酒豪だった 妹・中山忍と通っていた焼肉店店主は「健康に気を使われていて、野菜もまんべんなく召し上がっていた」

“ミポリン”の愛称で親しまれた元トップアイドルが早すぎる生涯を終えた。ステージで輝き、スクリーンでも才能を発揮した中山美穂さんは、時に奔放で、愛に正直だった。複雑な生い立ちゆえに追い求めた家族への愛情と晩年の孤高。一時代を築いたスターの人生を詳報する。

「6月のデビュー日にツアーの楽屋を訪ねたとき、彼女は『これからもライブがたくさん決まっているんだ』と前向きに話していました。若い頃からまっしぐらに仕事をしてきたし、忙しくて悩んでいる暇もなかったんじゃないかな。『じゃあ、またね』、『今度、食事でもしようね』と交わしたのが最後の会話です。クリスマスには会えると思っていたのに……残念でなりません」

 急逝した中山美穂さん(享年54)の宣伝担当を務めた元キングレコード常務取締役の竹中善郎さんは、デビュー当時から知る彼女との早すぎる別れを嘆いた。

 華やかな美貌と歌声で一世を風靡し、多くの人に愛されたスターの訃報に日本中が悲しみに包まれた。中山さんが変わり果てた姿で見つかったのは12月6日正午過ぎ。その日は夕方から大阪市内でクリスマスコンサートを行う予定だったが、生前、彼女が何よりも楽しみにしていたステージに立つことはなかった。

「当日の朝7時頃、スタッフが送ったLINEが既読にならず、待ち合わせ時刻の9時になっても連絡がつかなかった。心配した事務所関係者が自宅を訪ね、浴室で動かなくなっていた中山さんを見つけたそうです。すぐに警察と消防に通報したものの、現場で死亡が確認されました」(社会部記者)

 中山さんは、芸能事務所などが入る都内のビルの住居フロアにひとりで暮らしていた。発見された際、湯を張った浴槽の中で前かがみになり、顔を水面につけた状態だったとの話もある。

「8日に死因・身元調査法に基づく解剖が行われ、所属事務所が入浴中の不慮の事故だったと発表しました。遺体に目立った外傷はなく、玄関が施錠されていたことなどから、事件性はないとみられています」(前出・社会部記者)

 12月1日、神奈川・横浜で行われたクリスマスコンサートで中山さんは『You’re My Only Shinin’ Star』や『世界中の誰よりきっと』など自身のヒット曲を熱唱。MCでは2025年に未公表の大きな仕事があることなどをうれしそうに語っていたという。

 2025年のデビュー40周年に向けて、精力的に活動していた中山さん。彼女の近況を知る関係者は口々に「変わった様子はなかった」と言うが、彼女は人知れず葛藤を抱えていた。終の棲家となってしまった70平米の部屋で、希代のアイドルが最期に見た光景とは──。

「眠れない」と打ち明けていた

「中山さんは長年、子宮筋腫を患っていましたが、10年近く前に完治し、ほかに大きな持病はなかったそうです。健康には人一倍気を使い、お風呂にデトックス効果のある入浴剤を入れてリラックスするのが習慣になっていました。本を読みながら長時間つかることもあったそうです」(芸能関係者)

 歌や撮影の仕事があるときは、風邪で喉を痛めることがないよう、人に会わないようにしていたほどプロ意識が強かった。一方で、若い頃はたばこを吸い、芸能界きっての酒豪で鳴らした。オフの日にバーをはしごするのは日常茶飯事で、仕事中にシャンパンやワインを飲むこともあり、本人も酔うと「100倍明るくなります。楽しくて楽しくてしょうがない」と語っていた。妹の中山忍(51才)と頻繁に訪れていた焼き肉店の店長が語る。

「忍さんはお酒を飲まないのですが、美穂さんはお肉にあわせて、よく赤ワインを召し上がっていました。銘柄にこだわりはなく、店がおすすめするセレクトワインです。健康に気を使われていたので、もちろん野菜もまんべんなく召し上がっていた印象です。

 最後にいらっしゃったのは3か月ほど前。バンドのメンバーや関係者のかたたちと一緒にいらして、いつもと同じ様子でお元気そうにされていたので、今回のことには本当に驚いています」

 気にかかるのは、亡くなった日の午前2時半頃に、中山さんが所属事務所の関係者に仕事に関するメールを送信していたことだ。2024年9月に出演したバラエティー番組で、中山さんは「なんかだんだん眠れなくなってきちゃって……」と不眠の悩みを打ち明けていた。

「MCのマツコ・デラックスさんが『寝れないですよ。最近本当に』と相槌を打つと、『起きちゃいますね。寝れないし起きちゃうし』と、体内時計の乱れを訴えていました。事故の日も状況的に入浴した時間は深夜3時頃とみられ、安眠障害や中途覚醒に悩まされていた可能性も指摘されています」(前出・芸能関係者)

《生まれ変わっても私のままで…》急逝の中山美穂さん、追い求めた自由な生き方と「等身大の恋」 最近は妹・中山忍と「結婚はもういいかな」と言って支え合っていた

 元トップアイドルの突然の訃報に日本中が悲しみに包まれた。中山美穂さん(享年54)が12月6日の正午過ぎ、自宅の浴室で亡くなっているところを所属事務所スタッフに発見された。8日に死因・身元調査法に基づく解剖が行われ、所属事務所は入浴中の不慮の事故だったと発表した。一時代を築いたスターの人生をたどる。【前後編の後編】

「恋に恋してる恋じゃない」

 中山さんは1982年、中学1年生のときに東京・原宿でスカウトされて芸能界に入った。幼い頃からキャンディーズやピンク・レディーに憧れ、歌手になることを夢見ていたという。中山さんの宣伝担当を務めた元キングレコード常務取締役の竹中善郎さんが言う。

「当時はアイドル全盛期。大勢の子がオーディションを受けに来ましたが、元気よく『おはようございます!』と言う子が多い中で、彼女は物静かで口数も少なかった。目鼻立ちのハッキリした顔と寡黙な雰囲気がアンバランスだなと思ったのを覚えています。

 当時は事務所もまだ小さかったけど、レッスンを真面目に受けて、デビューに向けて一生懸命やっていました。言葉にこそしないものの『私は負けない』という気持ちがこちらにも伝わってきたほどです。過労で倒れたこともありましたが、芯が強く、決して弱音を吐くことはありませんでした」

 生い立ちは複雑で、実の父親の記憶はほとんどない。親戚や祖母の家をたらい回しにされ、引っ越しや転校を繰り返した。中山さんは一時期、離れて暮らしていた母親への思いを著書『なぜなら やさしいまちが あったから』で次のように振り返っている。

《私は母に対する幼少期の記憶があまりない。母なりに一生懸命生きていくために私はあらゆる家に預けられていた。ほんの数枚のモノクロ写真に写る、母に抱かれた自分を見ては、そこに自分なりの物語を思い浮かべていた》

 もっとも、14才で芸能界に入ってからは忙しい日々が続き、境遇を悩む時間はなかった。

「ブレークのきっかけは1985年に出演したドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)でした。髪を脱色し、自分を“オレ”と呼ぶ不良少女役が話題を呼び、オンエアの翌日からファンに追い回される怒濤の日々が始まったのです」(芸能リポーター)

 同年、シングル『「C」』で歌手デビュー。当時は「おニャン子クラブ」を中心に大人数のアイドルグループがもてはやされていたが、“ミポリン”の愛称で親しまれた中山さんはソロでも存在感を発揮し、浅香唯、工藤静香、南野陽子と並び「アイドル四天王」と呼ばれた。

 子供の頃からの夢は叶ったが、多感な時期に事務所から恋愛を禁止されたことに中山さんは反発した。1988年に、旧ジャニーズ事務所のトップアイドルだった田原俊彦(63才)との“半同棲”をスクープされ、「(田原は)白馬に乗った王子様。仕事をやめたら、きちんと家庭に入るのが合っていると思う」と結婚願望を打ち明けている。

「1991年には事務所に無断で2人でハワイ旅行に出かけたことも大きな話題になりました。当時は20才になったら芸能界を引退することも考えていたそうで、恋をしていることを隠そうともしない。その後も大胆な行動を繰り返していました」(前出・芸能リポーター)

 田原とはハワイ旅行の後に破局したが、同年、自身のヒット曲『Rosa』を手がけた作曲家との“熱愛”が発覚。そのときも、中山さんはマイペースを貫いた。

「交際をとがめるマネジャーと激しい口論になることもあったそうですが、『恋に恋してる恋じゃなく、等身大で恋をしている』と大胆発言。その後もサッカーの元日本代表の中田英寿さん(47才)との深夜デートが目撃されたり、有名スタイリストと結婚秒読みと報じられるなど、多くの恋愛を経験してきました」(前出・芸能リポーター)

 女優としても高く評価されていた中山さんは、1989年に『君の瞳に恋してる!』(フジテレビ系)に主演して以降、“月9ドラマ”の常連となり、本格的な女優に転向してからは、いっそう自由な生き方を追い求めるようになった。

「息子くんに寄り添っていた」

 私生活で転機が訪れたのは2002年。雑誌の企画で知り合った作家の辻仁成氏(65才)との対話を中山さんは「孤独な魂同士の握手」と表現し、出会った瞬間、恋に落ちたという。

「交際8か月のスピード婚でした。婚姻届を出すときは、母親以外の誰にも告げなかったそうです。芸能界における“ルール違反”とされたため、映画の撮影が中断されたり、CMの契約がストップしたりと仕事に多くの影響が出ましたが、中山さんはひるむことなく、自分の愛を貫こうとしました」(前出・芸能リポーター)

 日本の喧噪から逃げるようにして辻氏とフランスに移住した中山さんは2004年にパリで長男を出産。5年近く芸能活動を休止して収入が途絶えると、デビュー以来、自分の資産を管理していた母親と決別。蓄えを取り崩して親子3人の絆を守ろうとした。しかし、幸せな生活は長くは続かなかった。

「2014年に辻さんと離婚した原因はさまざまあるようですが、そのひとつが辻さんの風貌の変化でした。短髪だったヘアスタイルをストレートのロングヘアにして、奇抜なファッションに身を包む彼の姿勢を中山さんは快く思っていなかった。彼女の方から離婚を切り出し、話し合いを重ねた末に辻さんから突き付けられた条件が親権を手放すことだったのです」(別の芸能関係者)

 両親の離婚を知った長男は、父親と暮らすことを希望したものの、母親が恋しくて、ぬいぐるみを涙でグショグショにしたこともあったという。日本に戻った中山さんは芸能活動を再開し、再び第一線に返り咲いた。「家族を捨てた」と批判されたが、わが子を思わない日はなかったという。

「息子さんには『いつも愛していることは伝えているし、できるだけそばにいることも伝えています』と語っていました。しかし、辻さんの許可がない限り、お子さんと会うことはできなかったそうで、寂しさを周囲に打ち明けたこともあります。この頃から酒量も増えていったように思います」(前出・別の芸能関係者)

 訃報から2日後、辻氏はブログに心境を綴った。

《某月某日、不意の悲しい知らせがあり、昨日は日記をお休みして、一日、祈っていたのである。そして、息子のことが心配なので、昨日はずっと息子君に寄り添っていたのだ(中略)。息子も頑張っているので、そっとそっと、見守ってやって頂けると、まじで、父ちゃんは嬉しいのである》

 辻氏との離婚後、中山さんはパリで親しくなった音楽家の渋谷慶一郎氏と同棲したが、けんかが絶えずに破局している。行き場を失った彼女に手を差し伸べた事務所関係者が用意したマンションが、現在の自宅だった。

 最後の恋がスクープされたのは2024年元日。ツアーに帯同していたバンドメンバーで、9才年下のベーシスト・永田雄樹氏(45才)との交際が報じられ幸せを取り戻した矢先に事故は起きた。

「永田さんとは“互いを尊重した大人の関係”で、中山さんは本当に居心地がよさそうでした。妹の忍さんも独身でしたが、晩年は2人して“結婚はもういいかな”と言い合って、姉妹で支え合っている感じが強かった。誰もがうらやむほど姉妹仲がよくて、このままずっと2人とも楽しく仕事を続けていくんだろうと思っていたのに……」(前出・別の芸能関係者)

 2023年8月に出演した番組で「生まれ変わったら、もう1回芸能界に入りますか」と質問された中山さんは、「入ります。私のままで」と即答。「60才になったとき、カッコいいおばあちゃんでいたい。60はまだ若いか。ずっとずっと続けていたい」と話していた。人一倍寂しがり屋で「サヨナラ」という言葉を何よりも嫌っていた中山さんは、誰にも何も言わず、ひとりで静かに旅立った。

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