10年間“卒業”できなかったVAIOがノジマ傘下に入る理由

10年間“卒業”できなかったVAIOがノジマ傘下に入る理由

 既報の通り、「VAIO株式会社」の株主変更が発表された。

 2014年2月、ソニー(現在のソニーグループ)はPC事業を会社分割した上で、投資会社である日本産業パートナーズ(JIP)に事業譲渡することを発表した。同年7月に本件譲渡が実行され、JIP傘下の独立起業として現在のVAIOが誕生した。

 事業譲渡と新会社発足から10年4カ月――JIP傘下のVAIOを保有する持株会社と、JIP傘下のファンドが持つVAIOの株式をノジマが買い取ることになった。これにより、VAIOはノジマの子会社となる。

 ノジマがVAIOを買うことになると、ビックカメラやヨドバシカメラといった他の量販店と競合するのではないか、という懸念の声もある。しかし、仮にそうだったとしても、実はその影響は小さいと筆者は考える。

 この記事では、その理由を解説していく。

2014年にソニーから独立したVAIO

 VAIOの前身となったのは、1996年に製品の販売を開始(厳密には復活)したソニーのPC事業だ。PC事業を復活させたソニーは、「VAIO(バイオ)」ブランドの下でPC製品を展開していくことになる。

 ソニーはかつて、AppleやDell(現在のDell Technologies)などの米国メーカーのODM(Original Design Manufacturer)として、PCの設計から生産までを請け負っていた。その経験を生かして、新たなブランドの下でPC事業を改めて立ち上げたということになる。

 VAIOブランドの立ち上げ後、ブランド名の由来ともなっている印象的な紫(バイオレット)カラーをまとった「VAIO 505」を始めとする薄型軽量ノートPCが話題を呼んだ。VAIO 505の他にも、ソニーは後世に語り継がれるような魅力的なPCを続々と登場させた。

 魅力的なPCを続々と送り出す“ソニーのVAIO”は、日本だけでなく海外でも人気を集め、グローバルなPCブランドの1つになった。

 しかし2010年代前半、ソニーのPCの世界における販売シェアは徐々に低下し、PC事業の利益率も下がっていった。そこでソニーは2014年2月、エレクトロニクス事業の“変革”の一環として自社でのPC事業運営を終了(収束)することを決定した。

 それと同時に、ソニーはこのPC事業をJIPが設立する新会社に譲渡することも決めた。新会社は、ソニーと子会社のソニーイーエムシーエス(現在のソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)が保有するPC事業にまつわる財産/人材を引き継ぐことになった。

 その「新会社」が、現在のVAIOということになる。

 ソニーは新会社(VAIO)の約5%の株式を保有する一方で、同社の直販チャンネル(現在の「ソニーストア」)においてVAIO製ノートPCを販売するという関係を維持した。しかし、株式の大半はJIP傘下の持株会社やファンドが保有することになり、新会社の経営はJIP主導で行われることになった。

 なお、ソニーのPC事業のJIPへの売却価格は明らかにされていない。しかし、当時の状況や2014年度の通期決算における収束関連費用の状況を見る限り、売却というよりは文字通りの“譲渡”になった可能性が高い。つまり、ソニーが“損切り”のためにJIPに資産や人員ごと譲り渡した――これが当時のPC業界の認識だった。

 ただし、繰り返しになるが実際の譲渡金額は公表されていない。当時の契約書でも出てこない限り、本当のところは分からない。

いつの間にか“JIP最古参”になっていたVAIO案件

 このような経緯によって、企業としてのVAIOは2014年7月1日に事業を開始した。今年(2024年)で会社設立から10年経過するわけだが、この10年に間に何が起きたかというと、実は何も起きなかった。少し言い方を変えると、大きな赤字などは出していない一方、大きく成長した訳でもなく、安定して運営されてきた。

 若干の紆余曲折はあったものの、本社工場は10年前と同じように運営されており、今でもVAIOの主要なPCの生産を担っている。筆者も10月に行ってきたが、ちょうど新製品の「VAIO SX14-R」の製造が佳境に入った時期で、忙しく製造が行われていた。

 一時期、VAIOは主力製品の製造を外部の工場(具体的には海外のEMS/ODM)で組み立てまで実施し、安曇野工場ではカスタマイズ(CTO)に対応するのみという時期もあった。しかし先述の通り、現在は主力製品は本工場で組み立て工程を行っている他、他の製品についても本工場で全量検品を行っている。ある意味で“日本クオリティー”を担保する拠点として機能しているのだ。

 しかし冷静に考えると、投資会社がカーブアウトされた(切り出された)事業を10年を超えて保有しつづけている(≒売却先を見つけられなかった)という事実は、VAIOの事業成長がJIPの期待ほどではなかったということを意味する。期待通り、あるいは期待以上に成長しているのであれば、高く買ってくれる売却先がすぐに見つかるはずだからだ。

 JIPによるカーブアウト事案としては、2014年にNEC(日本電気)から買収したNECビッグローブの事例も有名だ。NECは直営でインターネットサービスプロバイダー(ISP)サービス「BIGLOBE(ビッグローブ)」を運営していたが、2006年7月にISP事業を「NECビッグローブ」として分社した。

 JIPは2014年3月末にNECビッグローブの全株式をNECから取得し、NECビッグローブの商号は翌4月に現在の「ビッグローブ」となった。

 そして2017年1月末、ビッグローブはKDDIに売却され、現在ではKDDIグループのISP/MVNOとして活動を継続している。JIPは買収から3年弱で売却に成功したことになる。

 JIPのWebサイトを見る限り、VAIOは最も長く「投資中」のフェーズから脱せていなかったことは否定できない。“卒業”するきっかけを見いだせなかったのだ。

 もちろん、ISP/MVNO事業を手がけるビッグローブと、ハードウェア事業を手がけるVAIOでは、投資期間なども違っていて当然だし、直接比較することには無理があるかもしれない。

 しかし、投資会社から見れば「そんなの関係ねぇ」ことは否定できない事実でもある。10年以上も売れなかったという事実は、軽くない。

ここ数年で急速なV字回復を実現し急成長したVAIO

 長年投資中フェーズにあったVAIOだが、ノジマが2025年1月に特定目的会社(SPC)を通して買収することになった。手法としては、ノジマのSPCがJIP傘下の持株会社(VJホールディングス3)を買収した上で、同SPCがJIP傘下のファンド(JIPキャピタル事業成長パラレル投資事業有限責任組合)が保有するVAIO株式も引き取ることで、合わせて約93%のVAIO株式を間接保有することになる。

 ノジマが取得にかける予定の費用は112億円で、内訳は株式譲渡にかかる分(持株会社の買収+株式譲受)が111億円、その他の費用(アドバイザリー費用など)が約1億円とされている。

 そうなると、次に浮かんでくる疑問として「ノジマ(あるいは今回は明らかになっていない他の売却候補)にとって、『10年卒業できなかったVAIO』のどこが魅力的だったのか?」という点が挙げられる。実は、買収に当たってノジマが公表した適時開示情報にそのヒントが隠されている。

 この適時開示情報には、VAIOの過去3年間における決算状況が記載されている。以下にまとめたのでよく見てみてほしい(同社の会計年度は6月1日~翌年5月31日となっている)。

 これを見て分かる通り、2022年5月期は純利益が3億2900万円の赤字だったのが、2023年5月期には7億1900万円の黒字、2024年5月期には9億8500万円の黒字と急速にV字回復している。それに貢献しているのが、サービスを含めた総売上高を示す「売上収益」だ。2022年5月期から2期(2年間)で、実に約1.87倍に増えている。

 2023年6月~2024年5月の2年間は、PC産業はよくいえば「停滞期」、悪くいえば「マイナス成長期」だった。JEITA(電子情報技術産業協会)が発表した2023年度(2023年4月~2024年3月)のPC総出荷台数(※1)は668万2千台と、前年度比96.8%のマイナス成長となった。

(※1)JEITA加盟社のみの集計値(Apple Japanやデル・テクノロジーズなど、未加盟社のデータは含まれない)

 そういう市場環境の中で、VAIOはどうだったのだろうか。7月にVAIO設立10周年を迎えた際に、筆者が同社の林薫氏(取締役執行役員)にインタビュー取材で尋ねたところ、「直近の会計年度は、2期前と比較して売上高も台数も2倍になっている」と述べていた。これは、ノジマの適時開示情報に掲載された情報とほぼ合致している。

 つまり、こうした売上高の拡大は簡単にいうと本業であるPC事業で成功を収められた成果ということになる。市場がマイナス成長の中でも、VAIOは着実に成長している――そういうことだ。

「B2B特化」が奏功した急成長に「B2Cメイン」のノジマが目を付けた

 この急成長は、どのようにして遂げられたのだろうか。その鍵は、VAIOが近年法人向け(B2B)市場に力を入れていることがある。

 先述のインタビューの中で林氏は「VAIOのPC出荷台数のうち、(時期によって変動はあるものの)おおむね80~85%が法人向けである」と説明した。つまり、現在のVAIOのPC事業の“主戦場”は法人向けなのだ。

 このこともあり、同社のPC開発体制は法人向けファーストが貫かれている。法人ユーザーが求める機能を実装してパッケージを構成した上で、それを個人向け製品にも展開する形になっている。

 最新モデルのVAIO SX14-R/VAIO Pro PK-Rを例に取ると、法人向けモデルであるVAIO Pro PK-Rがあくまでも“先”にあり、それを個人向けにリパッケージしてVAIO SX14-Rが生まれた――そういうことになる。

 法人向け優先であることの象徴が、両モデルに搭載されている「VAIOオンライン会話設定」というツールアプリだ。両モデルの3次元ビームフォーミングが可能なマイクを利用することで、より高度なノイズキャンセリングを実現している。

 こうした機能は、Microsoft TeamsやZoomで日々ビデオ会議しているビジネスパーソンにとって非常にありがたい機能で、VAIOオリジナルだ。

 日本の個人向けPC市場というのは、世界的に見て非常に特殊だと言われている。「個人ユーザーがプライベートで買う」というよりも、「ビジネスパーソンが個人で(仕事で使う)PCを買う」というパターンが大半を占めているのだ。「ビジネス(法人)向けモデルを作れば、それを個人向けにも販売できる」と考えれば、VAIOの商品戦略は理にかなっている。

 そうなると、冒頭に挙げた「他の量販店での取り扱い問題」の答えが見えてくる。

 VAIO PCの売り上げのうち、量販店で販売される分は多くの人が考えているよりも少ないと思われる。個人向けの「約15~20%」の台数の多くはVAIOの直販サイトかソニーストア経由で販売されている状況だ。ゆえに、仮にノジマの競合量販店がVAIO製品の取り扱いをやめたとしても、それによる販売台数減は想像以上に軽微なものとなるだろう。

 もっとも、現実的に考えれば、量販店は「売れるなら製品を置き、売れないならば置かない」というだけである。店頭で売れるPCを作り続ける限り、VAIOのPCは扱い続けるだろうし、そうでなければ消えていくだけの話だ(ゆえに、VAIOは量販店のニーズにかなうような製品を今後も出し続ける必要はある)。

 その上で「VAIOの今」を見ると、ノジマがVAIOを買うことを決めた理由も見えてくる。ノジマの2024年3月期の決算資料を見ると一目瞭然だが、今のノジマグループは個人(B2C)向けビジネスが中心となっている。グループの総売上7613億円のうち、自社で手がける家電量販店事業が2678億円、子会社(ITX、コネクシオなど)を通して手がけるキャリアショップ事業が3465億円と、両事業だけで約80%に達している。

 近年、ノジマはISP事業を手がけるニフティを買ったり、キャリアショップ事業を手がけるコネクシオを買収したりと、大規模な買収戦略によって事業の多角化を進めている。しかし、買収した企業はいずれもB2C/B2B2Cがメインである。

 B2C事業中心のノジマグループにとって、売上高の80~85%が法人向けというVAIOは補完性の高い事業(会社)ということなる。既に構築されているVAIOの法人向け販売網を活用/拡充することもできるし、自社が持つ店舗を個人/法人双方のサポート拠点として活用することもできるだろう。VAIO側にとっても、ノジマグループのリソースを活用できるのはメリットがあるといえる。

 ノジマにしてみれば、法人向けに強みがあり、堅調ながらも成長を遂げている事業(会社)を112億円で入手できる。率直にいえば、同社の経営陣は“安い買い物”だったと考えているのではないだろうか。

ノジマが約112億円でVAIOを子会社化 2025年1月6日付で(予定)

 ノジマは11月11日、取締役会においてVAIOの発行済み株式の93%を取得すること決議した旨を公表した。予定通りに手続きが進むと、2025年1月6日付でVAIOはノジマの子会社となる。

買収の概要

 現在のVAIOは、ソニー(現在のソニーグループ)から「VAIO(バイオ)」ブランドのPC事業を分社化する形で2014年7月1日に発足した。

→ソニー、VAIO事業譲渡を正式発表

→ソニー売却のPC事業、「VAIO株式会社」として再スタート

 分社されたVAIOの株式は、日本産業パートナーズ(JIP)傘下の持ち株会社「VJホールディングス3」が91.4%を保有している。今回、ノジマは特別目的会社(SPC)を通してVJホールディングス3の全株式を取得する。さらに、ノジマのSPCは「JIPキャピタル事業成長パラレル投資事業有限責任組合」(JIP傘下の有限責任組合)からVAIO株式(全株式の1.6%に相当)を取得する。

 VJホールディングス3の買収とVAIO株式の取得により、ノジマはSPCを通してVAIO株式の約93%を保有する筆頭株主となる。ノジマによると、VJホールディングス3とVAIOの株式取得にかかる費用は約111億円、本件取引に伴う経費(アドバイザリー費用など)は約1億円を見込んでいるという。

ノジマはなぜVAIOを買収するのか?

 ノジマは横浜市に本社を構え、神奈川県を中心に家電量販店を展開している。その一方で企業買収(M&A)にも比較的熱心で、2017年には富士通からインターネットサービスプロバイダー(ISP)の「ニフティ」を買収している(※1)。

(※1)この際にニフティは「法人向けクラウド事業」と「個人向け事業」で事業分割を行い、ノジマは個人向け事業を継承した新会社「ニフティ」を買収した。なお、旧ニフティは「富士通クラウドテクノロジーズ」と商号変更した上で法人向けクラウド事業を継続運営してきたが、2024年4月1日に親会社である富士通に吸収された

 今回の株式取得について、ノジマは「VAIOの持続的な事業拡大に向けて、ブランド力と高い品質を維持しながら、VAIOの成長ポテンシャルをさらに引き出」しつつ、「(ノジマとVAIO)両者の顧客基盤を活用した双方の事業機会の創出・拡大や、当社グループの安定的な財務基盤を生かしたVAIO財務戦略の強化・推進等、それぞれの強みを生かしてグループシナジーを発揮」し、「純国産PCメーカーとしてVAIOの魅力を国内外のお客様にお届けし、IT・デジタル関連商品・サービスの提供を通じて豊かな生活に貢献する『デジタル一番星』を理念に掲げる当社グループの企業価値の更なる向上」を目指すという。

VAIOは成長フェーズへ PC事業への回帰で周辺デバイスやリファービッシュ品も投入 VAIO Pの後継モデルも!?

 「VAIOは成長フェーズに入った」

 VAIOの山野正樹社長は、今後の成長戦略を示してみせる。ここ数年、停滞していたVAIOのビジネスを、この2年で2倍以上に成長させる考えだ。そして、「カッコイイ(Inspiring)」「カシコイ(Ingenious)」「ホンモノ(Genuine)」という3つの商品理念を打ち出すとともに、本業であるPC事業への回帰を宣言した。定番PCによる裾野拡大に取り組む一方で、尖ったPCへの開発投資も推進する。

 ここでは、ポケット型の超小型PCの「VAIO P」の開発に取り組む考えも明言した。後編は、VAIOの新たな経営方針や姿勢、今後の成長戦略や製品戦略について聞いた。

VAIOの本質的な価値を3つにまとめ社員全員と共有

―― 2021年6月にVAIOの社長に就任して以降、山野社長は、どんなことに取り組んできましたか。

山野 社長に就任して社内を見回したとき、VAIOはどこを目指すのか、何をよりどころにするのか、といったことに迷いを感じている社員が多いことに気がつきました。

 ソニー時代からの社員や、VAIOが発足してから入社してきた若い社員のベクトルがあっていないという部分も感じました。そこで、社員が1つの方向性を共有するには何がいいかと考えた結果、VAIOの商品価値を理念として掲げることから始めました。

 3月29日に対外的に発表したように、VAIOでは、「カッコイイ(Inspiring)」「カシコイ(Ingenious)」「ホンモノ(Genuine)」の3つを商品理念に掲げました。なるべく多くの人に話を聞き、私自身がVAIOのPCを使ってみて感じたことを、コトコトと煮詰めながらまとめたのがこの3つの理念でした。

 社員の中には、VAIOとしては当然のことだと思っている人もいるかと思います。しかし、これを明確に示し、目指す商品価値として、社員全員が共有することに意味があります。もしかしたら、この理念は、VAIOに後から入ったきた私だからこそ、打ち出すことができたのかもしれません。時代の先を行くことや、他社の真似はしないことを前提に、この3つの要素が反映されている製品を市場に投入することが、VAIOの価値であると定義しました。

 「カッコイイ」は、見た目のデザインだけでなく、ブランドの歴史や機能性を含めて生まれるものです。そして、英語の表現に、StylishやCoolではなく、Inspiringを用いたのは、ワクワクする、心が動くといったニュアンスを込め、この意味をグローバルのお客さまにも伝えるという狙いがあります。

 また、「カシコイ」では、PCは人間の能力を飛躍的に高めてくれる道具であり、そこにはカシコイという要素が不可欠であるということを示しました。擬人化すると、人生の相棒になると表現できます。

 相棒といることが快く感じ、そのためには、賢さが製品の随所に詰まっている必要があります。CPUのパフォーマンスを最大限に引き上げるための放熱設計や、オンライン会議などで利用する際に、PCの前にいる人の声以外の音を除去できるように精密にチューニングしたAIノイズキャンセリング機能などは、カシコイを実現する要素です。

 AIノイズキャンセリングの賢さは使ってみると分かるのですが、他社PCに搭載されている機能と比べて、圧倒的な差があることを理解していただけとる思います。この機能をプレゼンテーションしたところ、一括導入を決定していただいた企業もあるほどです。カシコイという表現にはSmartという英語が用いられることが多いのですが、あえてIngeniousとしたのは、創意工夫に富むことや、独創的という意味を込めたいと考えたからです。

 そして、3つめの「ホンモノ」では、まがい物ではなく、高い質感や品位を持つこと、長く使っても価値が減らないことを意味しています。例えば、VAIOのパームレストは、長年使用してもプラスチックのようなテカリが目立つといったことはありませんし、美しいたたずまいにはずっと変化がありません。キートップも文字が剥げることはありません。

 確かな設計品質と、「安曇野FINISH」に裏づけられた製造品質により、丹精を込めた逸品に仕上げているからこそ、VAIOは、ホンモノを実現できるのです。ここでは、Genuineという言葉を用いましたが、この言葉には「神聖な」「純粋な」といったニュアンスがあり、世界で唯一無二のホンモノを届ける存在であることを示しています。

 このように、VAIOが開発し、販売する全ての製品が、「カッコイイ」「カシコイ」「ホンモノ」という商品理念に基づいたものになります。

 一方、2023年4月に、新たにVAIOの行動理念を制定しました。

 商品理念は私が考えてまとめましたが、行動理念は企業の根幹となり、長年に渡って順守するものになりますから、部長以上が参加する経営戦略会議で集中的に議論を行い、社員の意見を反映し、社員が共感できるものとして定めました。

 行動理念に掲げたのは、「誠実」「敬意」「自由闊達」「プロフェッショナル」「One Team」の5つです。

特にOne Teamという言葉が重要だ 新たに行動理念も策定

―― 「自由闊達」や「プロフェッショナル」といった言葉は、VAIOを象徴する言葉と理解できます。一方で、「誠実」や「敬意」という言葉を、行動規範の中に、あえて盛り込んだ意図はなんでしょうか。

山野 顧客志向やお客さまファーストという言葉を理念の中に入れる企業は多いのですが、「誠実」や「敬意」という言葉を組み合わせると、顧客志向という意味になると思います。

 社員が議論をする中で、この2つの言葉を盛り込むことが大切であるという結論に行きついたわけです。これらの5つの言葉はどれも重要であり、私自身、とても気に入っている言葉ばかりですが、特にOne Teamという言葉が重要だと思っています。

 VAIOは、とてもチームワークがいい会社です。全ての機能が安曇野に集まり、トラブルが発生した際にも、関係する部門の社員がすぐに集まって、迅速に解決に取り組むといったことが日常的に行われています。コロナ禍では部品の供給が遅れたり、部品の品質不良が発生したりといったことが起きましたが、このときにも関係部門が連携し、迅速に対応し、克服するといったことが行われてきました。

 こうしたことを、きちっとできる会社は少ないといえます。特に企業規模が大きくなると、拠点が分散したり、階層が増えたりといったことで、対応にも時間がかかってしまうことが一般的です。VAIOは企業規模が大きくなっても、VAIOの強みであるOne Teamの姿勢を保ってほしいという、将来の姿への期待も込めています。

 One Teamを維持するために、これまで以上に情報共有を密に行うための仕組みも用意しています。社内ポータルサイトを刷新したのもその一例です。また、安曇野にいる設計部門と、都内にいる営業部門との連携を強化すべく、隔週で情報交換会を行っています。設計部門はVAIOのモノ作りのこだわりを営業部門にしっかりと伝え、営業部門はお客さまからのフィードバックを設計部門に伝える。これによって、もっといい製品が開発でき、もっといい営業活動が行えるようになります。

 安曇野のチームは「作ることが役割」と思っていて、それに専念している傾向が強かったので、東京ではこんなダイナミックなことが起きているとか、こんな商談が獲得できたという話に対しては、やや興味が薄かった部分もありました。設計部門と営業部門が、お互いの仕事も自分事として捉えることで、One Teamとしての一体感がより高まることなります。

VAIOの新事業は「飛び地」だから失敗する 経験したから分かったこと

―― 山野社長は三菱商事に入社し、米国駐在後、三菱商事投資先のコンサルティング会社やコールセンター企業の社長などを経験した他、三菱商事のITサービス事業本部長、シンガポール支店長なども歴任しています。テレコム業界やIT業界を中心に多数のグローバル事業の開発、事業投資、アライアンス構築を手掛けてきましたが、これらの経験は、VAIOの経営にどう生かされていますか。

山野 製造業に関わるのは初めてなのですが、実は、若い時に携帯電話事業に携わったことがあります。三菱電機製の自動車電話や携帯電話を米国で販売する事業を担当し、そのときに工場とはかなり緊密なやり取りをしていました。

 PCと携帯電話はかなり近い部分があります。量産を前提とした電子機器であり、販売ルートの構造も似ており、需要予測をもとに部材調達や生産予測を行うという点も同じです。VAIOに来た時には、少し懐かしさも感じましたよ(笑)。

 また、これまでの経営の経験をもとに、最適な意思決定のプロセスをVAIOに取り入れたり、仕組みを再構築したりといったことにも取り組んでいます。VAIOでは、ニュービジネス(NB)事業を止めましたが、三菱商事時代に「飛び地」のビジネスをやると必ず失敗するという経験と学びから、確信のもとに決定したことです。私は海外経験が長いですから、これからの海外事業の成長に向けて、経験を生かせる部分は大きいと思います。

―― VAIOは、ほぼ2年ごとに社長が交代してきた経緯があります。山野社長が、経営トップとして果たす役割とは何でしょうか。

山野 私の役割は、持続的な成長基盤をVAIOに構築することです。社員にも、そう宣言しています。ソニーから独立したVAIOは、さまざまな課題を克服しながら、ここまで事業を継続してきました。

 しかし、この方向性でやっていけば、隆々とした会社に成長できるという確信が持てていない状況にあったのも事実です。成長していくという確信を、社員が持つことができる企業にしなくてはならないですし、逆に確信が生まれれば、それに向けて動き出し、やり遂げる力があります。その確信を植えつけることが私の役割です。

 理念をしっかりと作ったというのも、そのための活動の1つです。また、SFA(セールスフォースオートメーション)を導入し、営業管理を徹底するとともに、部材の手配や調達、生産計画の立案、販売計画をシステム上で紐づけるようにしたことで、経営の効率化と経営基盤の強化ができました。これも、次の成長に向けた取り組みの1つになります。

―― VAIOは、2022年5月期の売上高が前年比3%増の224億円、営業損益は2億円の赤字となりました。赤字は2015年5月期以来、7年ぶりです。その一方で、2023年5月期は、前年比1.6倍の成長を見込み、過去最高の業績となる他、2024年5月期にはさらに販売台数で1.5倍の拡大を目指しています。成長路線に舵を切ったといっていいですか。

山野 VAIOは成長フェーズに入りました。今までは、VAIOが持つポテンシャルを生かせていなかったという反省があります。しかし基盤が整い、本業にフォーカスし、成長を牽引するための製品も出来ました。

 2022年5月期の赤字は、PC需要の低迷に加えて、半導体不足によるキーデバイスの入手が困難になったり、部材価格が高騰したり、中国ロックダウンの影響によるサプライチェーンの混乱といったことがあり、新製品の発売も遅延しました。また、急激な円安の進行も業績悪化の要因となりました。

 実は2022年度から、3カ年の中期経営計画をスタートしているのですが、計画策定時点に比べると、依然として20円以上の円安になっています。このままでは現実的な計画ではなくなっているので見直す必要があると思っています。しかし、売上高については、今年度は計画を上回るペースで成長を遂げています。2023年5月期の売上高は300億円台後半に、2024年5月期には500億円から600億円の売上高を目指します。

 ただ、売上高500億円の規模では、まだ景色は変わりません。景色が変わるのは1000億円になってからです。1000億円という規模にならないと、いろいろなところで土俵の上には乗りづらい状況が続くことになるでしょう。そのためには、プレミアムPC市場でのビジネスだけでなく、スタンダードPC市場でもしっかりと存在感を発揮する必要があります。500億円は通過点にしか過ぎません。

国内シェアは最低でも5%を目指す 海外ビジネスは1度リセット

―― 市場シェアという観点での目標はありますか。

山野 「定番」と呼ばれるPCをラインアップするわけですから、シェアは1つの指標になります。現在、個人向けPCでは約1%、法人向けPCは2%だったものが、ここにきて3.5%程度に拡大しています。最低でも5%のシェアを獲得したいと思っています。

―― 海外事業についてはどんな取り組みを進めていきますか。

山野 ソニーから独立後、海外ビジネスは限定的な展開に留めています。今は海外事業比率は5%弱であり、また、海外で販売しているVAIOブランドの商品は、VAIOの設計/製造ではなく、ライセンス型の製品が大半を占めているという状況です。

 今後は海外市場に向けても、自社製品の販売を増やしていきたいと考えています。しかし、単にボリュームを追うビジネスではなく、VAIOの価値を届けることを軸に置いた形で海外ビジネスを進めます。

 海外には今でも根強いVAIOファンがいます。「カッコイイ」「カシコイ」「ホンモノ」という3つの商品理念に英語によるワードを用意したのも、海外市場に対してVAIOの価値を正しく伝えたいという思いがあるからです。海外事業は、これまでの取り組みを1度リセットするといった姿勢で取り組み、市場も選び、売り方も工夫しながら加速していきます。

 BtoC向けであればECの活用を重視し、BtoB向けにはチャネル開拓を強化します。2022年のような急激な為替変動がこれからも起こることを想定すれば、海外事業比率を50%にまで引き上げておくことが理想だといえます。長期的な目標として、継続的に海外事業比率を高めていくことに力を注ぎたいですね。まずは、2024年5月期を目途に、海外事業比率を10%ぐらいには引き上げたいと思っています。

PCアクセサリーも展開 VAIOのリファービッシュ品も提供予定

―― VAIOでは、PC以外のNB(ニュービジネス)領域に力を注いできた経緯があります。この分野への取り組みは1度止めるという方向性を打ち出していますが、今後はどうなりますか。

山野 VAIOのモノ作りの強みを生かすことでスタートしたニュービジネスですが、残念ながら、これは大きな果実にはなりませんでした。むしろ、このままリソースを投入していくと、本業がおかしくなるという状態でもありました。

 2021年6月に社長に就任した私の判断は、もう1度PCへリソースを集中し、本業でもっと大きな存在になってから、改めて枝葉を広げていくということでした。ですから、私は、社長就任からかなり早いタイミングで社内に「本業回帰」を宣言しました。EMS事業によるロボット、VFRを通じたドローンなどの事業は1度止めて、VAIOは本業であるPCに力を注ぎます。

 ニュービジネス事業に携わっていたエンジニアも、PC事業に関わってもらうようにし、本業を加速できるようにしました。そして、ニュービジネスという範囲を、PC周辺領域に絞り込んで、そこに力を注ぐことも考えています。

―― PC周辺領域というのは具体的には何でしょうか。

山野 1つはアクセサリーです。PCはアクセサリーを組み合わせることでライフスタイルの提案ができたり、ビジネスシーンでの活用を高度化できたりします。実は、新製品の「VAIO F14/F16」では、オリジナルで開発したワイヤレスマウスが付属していますが、これは、操作性を追求した最適な形状を追求し、クリック時の静音性や操作時の感度などにもこだわっています。

 これだけこだわったマウスを用意したのは、これからVAIOはアクセサリーの展開にもこだわっていくという隠れたメッセージだと思ってください。2023年6月からスタートする新年度には、新たなアクセサリー製品群を投入する計画です。

 2つめはサービス関連の強化です。VAIOを利用する上での各種サービスであり、既に安全で快適なリモートワークを実現するVPNサービス「ソコワク」の提供などがあります。PC事業の成長に合わせて、VAIOならではのサービスを用意していくことになります。

 そして、3つめがリファービッシュPC(認定中古PC)への取り組みとなります。環境に対する関心が高まる中で、PCメーカーといえども、新品だけを売っている時代ではなくなってきました。

 具体的には、法人ユーザーが3年使用したものを下取りして、メーカー品質のもとでキチッと整備をして、メーカー認定中古PCとして販売していくものになります。安曇野の拠点を活用した整備が可能ですし、VAIOをより多くの人に利用していただくことにもつながります。

 リファービッシュPC は、2023年度後半から試験的に開始しようと考えていますが、本格化するのは2025年以降となります。リファービッシュPCを事業化するには、それだけのPCを仕入れる必要があります。ようやく2022年ぐらいから法人向けにまとまった台数が導入されはじめています。これを下取りできるのが3年後です。そこを目指して準備を進めていきたいですね。

 このように、PCに近いところで、VAIOがやらなくてはならないことは多いですし、この領域で新たなビジネスを進めていくことが、今のVAIOには大切だと思っています。現時点では、どれぐらいのビジネスに成長させていくのかといった具体的な目標はありません。ただ、本業が拡大すれば、それに伴って、アクセサリーやサービス、リファービッシュPCといった事業も拡大していくことになります。

「VAIOは他社と違う製品を届けてくれる」と言われたい

―― 今後、VAIOはどんな企業を目指しますか。

山野 「カッコイイ」「カシコイ」「ホンモノ」という、VAIOならではの価値を製品として届けることにこだわり、それによって仕事の生産性を高め、社会課題の解決にも貢献していきます。ただし、VAIOのシェアはまだ低く、この価値をもっと多くの人たちに届けなくてはいけません。シェアナンバーワンではありませんが、キラリと光るPCを出し、多くの人から「VAIOは他社と違う製品を届けてくれる」と言われるPCメーカーになりたいですね。

―― 現時点では、どの程度まで達成されていますか。

山野 まだ3合目ぐらいですね。定番PCを投入したことで一歩進みましたが、大切なのは、定番PCを出したことではなく、定番PCに対するこれからの評価です。VAIOが投入した定番PCの良さが伝わらなくては、意味がありませんし、私たちの挑戦は失敗したことになります。

 VAIOの全ての社員が一緒になって、定番PCを成功させる努力をしなくてはなりません。まだまだやることは多いですね。そして、定番PCでシェアを獲得したら、その成果を元に「VAIO SX」シリーズをより進化させ、さらに、「VAIO Z」や「VAIO P(VAIO Type P)」といった尖った製品の次の開発につなげていくことになります。

―― えっ、VAIO Pもやるんですか?

山野 はい、VAIO Pもやりたいですね。また、決めてはいませんが、PCの周辺領域という意味では、ゲーミングPCやビジネス向けハイパフォーマンスコンピューティングといった市場もターゲットになるかもしれませんし、ここではVAIOとは別のブランドという検討があるかもしれません。

 さらに、ソニー時代のVAIOを知らないという若い世代の人たちがPCの購買層になってきていますから、新たな顧客層に対する訴求も重視していきます。可能性はさまざまです。

 定番PCによって裾野が広がれば、高い山が作れます。今は定番PCで裾野を広げることに力を注ぎ、次にプレミアムPCで高い山を作り、そして、また裾野を広げるという作業を繰り返していきます。山登りは上を見ると、まだ先がこんなにあるのかと思い、苦しいだけです。

 しかし、着実に一歩一歩登っていき、振り返ってみたらこんな高いところまで来ていた、こんないい景色が見られたという感動にこそ楽しさがあります。高みに向かって歩みを止めないことが大切です。

 VAIOは本業にフォーカスしながら、成長フェーズへと踏み出しました。裾野が広く、高い山を、歩みを止めずに一歩一歩登っていきます。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏