「死者の復活」ビジネスが急拡大…生成AIで肖像権侵害、中国が野放し
「皆さん、こんにちは。また会いましたね」
3月、中国の生成AI(人工知能)大手・商湯科技(センスタイム)の年次総会。スクリーンに映った創業者の湯(タン)暁鴎(シャオオウ)氏が切り出すと、大きな拍手がわき起こった。
湯氏は昨年12月、55歳で急逝していた。スクリーンに現れたのは、生成AI技術を使ったデジタル人間の姿だ。軽妙な語り口に身ぶり手ぶりを交え、時に水を口に含みながら、総会恒例のスピーチは約8分間続いた。
まるで生きているかのようにスピーチできたのは、生前に自ら開発に携わった生成AIシステム「商湯如影」のなせるわざ。長さ数十秒の動画さえあれば声や姿、表情も極めてリアルに再現できる。湯氏と一緒に仕事をしていた男性社員は「全く区別がつかず、本人が話しているようだった」と述懐した。
2014年創業の同社はAI研究者でもある湯氏の経営手腕により、業界大手の一角にのし上がった。だが米国の経済制裁の影響などで業績は落ち込み、湯氏の死去を受けて株価は一時、2割も下落した。総会で「生き返らせた」のは湯氏の功績にすがりたいとの思惑がにじむ。
中国では生成AIの進歩に伴い、故人を動画の中でよみがえらせるビジネスが急速に広がっている。
「愛する家族とまた会える」「まばたきしてほほ笑み、話し始める」――。
ネット通販サイト「淘宝網(タオバオ)」には、そんな宣伝文句のサービスが数百件も並ぶ。南京市のベンチャー企業・超級頭脳は中国大手の生成AIモデルを活用し、これまで3000人以上の客に提供してきた。
きっかけは昨春、張(ジャン)沢偉(ズォーウェイ)代表(33)の友人からの依頼だった。亡くなった父の生成動画と対面した友人は涙を流して感謝を述べたという。
動画は1週間前後で完成し、料金は4000元(約8万8000円)から。依頼者の身元や使用目的を詳細に確認した上で引き受ける。張氏は「たとえデジタルの命であっても人の痛みを癒やすことができる」と強調する。
だが芸能人らの画像を無断で使う例が後を絶たず、倫理面だけでなく法的な問題も招きかねない。
「私がこの世を去った瞬間から、皆様の限りない愛と支援を感じてきました」。昨年7月に死去した香港出身の女性歌手ココ・リー(李●)さんが語りかける生成動画が3月、中国のSNS上で拡散した。中国のネットユーザーはこうした短編動画をシリーズ化して収益を上げ、ファンから賛否の声が渦巻いた。(●は王へんに「文」)
中国の民法では、故人の肖像や名誉が侵害された場合、家族らは加害者の民事責任を追及できると定めている。ココさんの母親の弁護士は「すでに深い苦しみにある母親やその家族に、多大な心理的負担と二次被害をもたらしている」との声明を出し、悲痛な心境と速やかな削除を訴えた。
淘宝網には今もココさんのほか女優のオードリー・ヘプバーンさん、米バスケットボールのスター選手だったコービー・ブライアントさんら故人の写真を掲げる業者が見られる。現役で活動する著名人の動画を生成・販売すれば、肖像権侵害に加え詐欺に当たる可能性もある。
著作権やITに詳しい弁護士は「AI技術を使った生成自体を直接的に規制する法律はなく、野放しに近い状況だ。法律の整備が実態に追いついていない」と指摘する。
中国は国家主導で「AI強国」を目指す構えだが、強権国家が生成AIを恣意(しい)的に乱用する懸念も大きい。絶対的な権力を持つ指導者が自身の動画をAI技術で生成し続ければ、永続的に国民を支配する道具にもなりかねず、懸念は強まっている。
生成AIの進化は止まらず、人間に近い機能さえ持つようになった。各国は規制に向けてルール作りを急ぐが、追いつかないのが実態だ。最先端の現場を取材した。