「札束を数えてるフリしよう」メガバンクの新人研修でズルい方法を考えた行員の「驚きの30年後」

「札束を数えてるフリしよう」メガバンクの新人研修でズルい方法を考えた行員の「驚きの30年後」

● ベテラン銀行員たちが 得意とする2つの技能

 「おーい、この伝票、加算機入れてくれ」

 銀行員が得意とする数少ない技能に、加算機と札勘定がある。昔は、どの支店に配属されようとも習得すべき技能だった。

 加算機とは、卓上に置いて使用する巨大な電卓のことだ。テンキーと四足計算のボタンがあり、「ジャーナル」と呼ばれるレシート用紙に、計算過程と結果が印字される。このレシート用紙を伝票の束にクリップなどで留め、入力間違いがないかチェックする。

 主に後方にいる事務担当が使い、「テラー」と呼ばれる窓口担当者が、受付した伝票などを計算する。ベテランにもなると、ものすごい勢いと速さでテンキーを叩く。バリバリバリバリと音が鳴り響く。

 札勘定は名前の通り、たくさんの紙幣を短時間で正確に数える技のことを言う。「サツカン」と略す銀行もあると聞く。ベテランの銀行員には、札勘定を得意とする者が多い。それだけ、人前で紙幣を数える機会が多かったからだ。

 しかし、最も脂が乗り、馬車馬のように働いてもらいたい30代から40代の行員は、慢性的な人手不足により他業態からのキャリア採用で穴埋めしているため、札勘定をできない者も多い。もはやメガバンク銀行員にとっては、必ずしも必須とは言えないスキルになりつつある。銀行が早期退職を促しすぎたという致命的なミスジャッジが、人手不足になった理由のひとつだった。この辺りは拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に記してある。

 私の場合、バブル世代の大量採用時代で500人以上も同期入行がいたので、新入行員研修は日程を前半と後半に分け編成していた。いまだに入行同期で出身行も同じ者に遭遇すると「新入行員研修は前半と後半のどちらでしたか?」という質問になることが多い。かたや支店長、かたやヒラ行員のままということもある。入行から30年以上の間で、2人の運命を分けたものは何だったのだろうか。まさに悲喜こもごもである。

● 新人研修中は模擬紙幣を手に 寸暇を惜しんで札勘定の練習

 入行式後、すぐに新人研修が開始される。1クール250人、都内近郊の自社研修施設での11日間にわたる合宿となり、4人の相部屋で文字通り寝食を共に過ごした。夜は膨大な量の課題が出され、同部屋のメンバーと熱い議論を交わす。「10年後の都市銀行の勢力図を予測し、根拠と共にプレゼンをしろ」という課題には、皆が熱くなった。

 我々のグループは「都市銀行11行が合併し、日本の都銀は1行に収れんするだろう」という大胆な予測をした。さらにはアジア最大の銀行となり、銀行・信託銀行・不動産会社・証券会社を兼業でき、世界の金融機関ビッグ3に名を連ねるという、バブル期に大学時代を過ごした若者のおめでたいプレゼンだった。

 だが現実は、その後バブルが崩壊し、直ちに不良債権問題に喘いだ。都銀各行は単独では生き残れないため、合併を繰り返し、メガバンク3行にまとまったことはご存じの通り。世界トップを獲りにいくという予測とは、あまりにかけ離れた結果となった。

 そんな将来を知る由もなく、我々は相部屋で、深夜まで熱い議論を続けた。滑稽だったのは、みなが手に手に模擬紙幣を持っていたことだ。模擬紙幣とは、札勘定の練習のために使われる紙束のこと。まさか本物の紙幣を用意してもらえるはずもない。模擬紙幣は研修初日に配られた。研修期間中のどこかでテストがあるため、寸暇を惜しんで練習を重ねていたのだ。

 初日のことだ。研修インストラクターから、簡単な説明があった。

 「10分以内に5束作れ。いずれも札帯を巻き1束100枚、紙幣の肖像画の向きも揃えるように」

 合計500枚の紙束と数枚の帯封用紙が、道具箱のようなケースに入っている。

 「はじめ!」の合図でストップウォッチがスタートし「やめ!」の合図があるまでに、5束の札束を作る。500枚の紙幣の中には、意地悪なことに折れ曲がったもの、裏返しのものが数枚仕込まれており、それらを正しく直して札束を作らなければならない。

 お札の数え方は「縦勘定」と「横勘定」の2通りだ。

 「縦勘定」は札束を縦にして、右利きの人は左手の中指と薬指の間に札束を挟む。札束の下から指を縦に入れるところがポイントだ。次に、右手親指で1枚ずつ前に繰り出し、紙幣の向きや折れ曲がり具合を確認しながら枚数を数える。最後の1枚を、パチンと音をたてるのが習わしになっている。

 「横勘定」は左手に紙幣を持ち、パーッと扇子のように横に開き、5枚ずつ右手で数える方法で、上手な人の手さばきは見事で美しい。なんとも銀行員らしい所作である。ただ、こちらは開くだけなので、金種の区別や向きは確認できず、あくまで枚数を数える方法になっている。

● 難しすぎる「横勘定」に 苦戦する新入行員たち

 テストではこの「縦勘定」と「横勘定」を両方行い、帯封で留めなければならない。10分で5束というのは、時間があるようでないものだ。インストラクターの指導は全く具体的ではなかった。

 「いいか、よく見てろ。ほら」

 「横勘定」で、札束を自慢げに開いてみせる。しかし、どうやるのか具体的なレクチャーはない。「何回も何回もやると、そのうち開く」というのが彼の説明だった。

 念ずれば開く…。もはや超能力か?

 私の相部屋にいるほぼ全員が「横勘定」できずに苦しんでいた。11日間、夜通しの共同作業で課題を仕上げながら、同時に模擬紙幣を握りしめて練習する姿は、異様に感じた。数日後、早いか遅いかは別として「縦勘定」はなんとかなった。形だけは再現できるようになった。いかに「縦勘定」を早く済ませて「横勘定」のための時間を捻出するか。これが10分で5束作るためのポイントだった。

 「なんか俺、わかってきたぜ」

 東工大の物理学専攻で、なぜ都市銀行を志望したのかよくわからない亀田君が切り出した。

 「インストラクターの左手首の回転をじっくり見ていたんだけど、あの回転の遠心力でお札が扇形に開かれるわけよ。そこで札束を反らせることによって、円運動する物体が比例して受ける慣性を利用してだな…」

 「か、亀田君?ダメだ、言ってることがよくわからないよ。いいこと思いついた!『縦勘定』は捨てようと思うんだ。数えてるフリだけするのさ」

 海野君が提案する。

 そこに、卓球でインカレに出場した経験を持つ佐竹君が、横やりを入れてきた。

 「違う違う!そうじゃないな。なんていうか、シェイクのラケットでドライブを効かせる時のスナップによく似ていて…」

 いよいよ、何を例えているのかすらわからなくなった。私の相部屋メンバーは個性派揃いだったが、最終日の札勘定テストに合格できたのは、わずか一人。「縦勘定」をごまかそうと言い出した海野君だった。

● 「数えてるフリ」を 提案した海野君のその後

 海野君はその後トントン拍子で昇格し、かなり早い段階で支店長になる。大きな支店を3店舗歴任し、今では銀行の関連会社で役員をしている。物理学専攻の亀田君は、山一証券や北海道拓殖銀行(拓銀)が破綻した時に、M銀行が破綻する確率を自分なりに計算した末、転職を選んだそうだ。卓球部の佐竹君は消息がわからない。いつの間にか社員名簿から消えていた。

 結局、要領のいい奴ほど成功するのが銀行であり、ややこしく考えたり、自分しかわからない説明しかできない者には、馴染まない組織風土だったのかも知れない。私のようなさえない凡人は、結局鳴かず飛ばずの立ち位置にしかいられないのだろう。

 研修を修了し、最初の配属店である吹田支店に赴くと、店内OJTで世話になる預金課の小川課長から、開口一番こう言われた。

 「目黒君、札勘定のテスト、落ちただろ?」

 どうやら、教育研修室から既に合否の情報が届いていたようだ。

 「ナメてんだろ…」

 課長がすごみを効かせ、吐き捨てるように追い打ちをかけた。

 「い、いいえ、あの…練習したんですが、不合格になってしまい、決してですね…」

 「もういい。ちょっと待ってろ」

 課長は、回金係へ内線電話をかけた。

 「佐渡さん?今から会議室に千円札を5束、50万円分持って来てくれないか?あと、帯封もな」

● 小川課長が見せた 札束のイリュージョン

 目の前に、角形のザルに入った札束が到着した。

 「お前は1万円札など10年早いわ。千円札で十分だ」

 課長は無造作に札帯をほどき、かき回すと、無造作に取り出して、2つの紙幣の山を作った。それらを机の上でトントンと音を立てながら、丁寧に縦辺と横辺をそろえた。2つの紙幣束を左右両手に構えてこう言った。

 「いいか、よく見てろ」

 すると、左右両手の紙幣束がきれいに扇子の形に広がった。左右同時にである。これには私も驚嘆した。マジシャンのイリュージョンかとさえ思った。ディスコ「マハラジャ」のお立ち台に立つ女の子が扇子を持つように、開いた紙幣は実に見事で美しいものだった。

 「目黒君も30年後にはできるさ」

 その後、つきっきりで札勘定のやり方を指導いただいた。何が悪いのか、どこをどうすれば直るのか、わかりやすく的を射た説明のかいもあって、30年後どころかわずか1時間後にはできるようになった。あの11日間は一体なんだったのか?

 「俺が見る限り、お前は凡人だ。普通すぎてつまらん。言ってる意味わかるか?すんなりできるわけでもなく、できないというのとも違う。まあ、普通だってこと。いいか、テストとかは落ちるなよ。みっともないからな。落ちただけで、印象が悪くなる。銀行ってのはそういうところだ。たかが札勘定、されど札勘定だな」

 あれから30年経った今。私が在籍するみなとみらい支店では、一応ではあるが、誰よりも正確に早く札勘定ができる。10年前、小川課長は肺がんを患い亡くなった。奥様からの喪中はがきでそれを知り、札勘定を指導して下さった日のことを思い出した。

 今、私は当時の小川課長と同じ職責にある。彼と同じような思いで新人に接せられているかどうかは、天国の小川課長が見定めることだ。ただ、そうありたいとはいつも思っている。

 この数十年に、数多くの辛苦があった。私は今日もこの銀行に感謝して、懸命に勤務している。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏