能登地震「携帯つながらない」 被災地の通信途絶 新技術で解消なるか

能登地震「携帯つながらない」 被災地の通信途絶 新技術で解消なるか

能登半島地震から100日余り。直後に発生した大規模な通信の途絶は、救助や復旧作業に甚大な影響を与え、孤立集落では必要な情報が届かず、被災状況すらつかめないという課題が浮き彫りになった。こうした事態に備える手立てはないのか。能登半島地震を踏まえた新たな通信技術の可能性を取材した。(サイエンスジャーナリスト・緑慎也/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

孤立集落では情報も途絶 通信障害の原因は断線や停電

今年の元日に発生した能登半島地震。道路や電気、水道などさまざまなインフラが途絶えたが、その中でも大きな影響があったのが通信だ。テレビ各局のニュース動画には多くの被災者の声が残っている。

「携帯電話がね、非常時に使えない。何のための携帯電話かなという気がしてならない」(1月4日、輪島市、75歳、男性)

「携帯電話も山のずっと上のほう、ここから3キロくらいかかる頂上まで行って初めてつながるんです」(1月9日、輪島市、77歳、男性)

「母親になかなかつながらなくて。子どもを預かってもらっとった時やったし、どこにおるんやろうみたいな状況で……」(1月16日、七尾市、女性)

通信障害が起きた主な原因は断線や停電だ。地中に埋設された光ケーブルなどの回線が地面の亀裂・陥没や土砂崩れで断線、また電線も断線するなどして、停波に追い込まれた基地局が多かったのだ。地震で倒壊した基地局もあった。

通信障害のピークは1月3日頃で、総務省の報告では、この日停波した基地局は大手通信キャリア合計で800局以上に及んだ。松本剛明総務相の弁によれば、NTTドコモの場合、能登半島北部の最大7割のエリアが通信障害に見舞われたという。

特に影響を受けたのは、道路寸断や土砂崩れで外部からの交通アクセスが途絶えてしまった「孤立集落」だ。いつ食料が届くのか、水道、電気、ガスの復旧の目途は立っているのかなど、生きるうえで必要な情報がなかなか得られない状況が被災者を苦しめた。石川県の調べでは、最大で輪島市、珠洲市、穴水町、能登町の計24地区、3345人が孤立状態になっていたという。

ここで問われたのが、大規模災害時の通信のあり方だ。通信をどう維持し、どう情報共有を行うかという課題をあらためて突きつけられた。

各社はさまざまな手法で通信復旧を目指したが…

通信の復旧については、通信キャリア各社も地震発生後すぐに着手している。だが、作業はスムーズに進んだわけではない。多くの道路で崩落や土砂崩れなどが発生し、工事車両がなかなか進めなかったうえ、断線箇所があまりに多かったためだ。

そこで別の方法が模索された。海からの通信を試みたのがNTTドコモとKDDIだ。1月6日、両社は、それぞれの基地局設備をNTTグループ会社の海底ケーブル敷設船に設置し、輪島市沖合に派遣した。この船上基地局から沿岸部の町野町地区(1月11日まで)や大沢町地区(1月13日から1月17日まで)に電波を届けた。一方、空からアプローチしたのがソフトバンクだ。無線中継装置を搭載したドローンを飛ばし、輪島市門前町の一部エリアで電波を届けた。このドローンは地上の電力装置とケーブルでつなぎ、給電しながら長時間(4日以上)連続で飛行できる。

だが、今回の通信復旧にもっとも貢献したのは「スターリンク」だろう。スターリンクは、米国のイーロン・マスク氏率いるスペースXが提供する、通信衛星を用いたインターネットサービスだ。

このスターリンクを活用したのがKDDIだ。同社は1月7日、スターリンクの専用アンテナ350台を無償提供し、役所、消防隊拠点、避難所など各所に設置。日常的なデータ通信のほか、オンライン授業、オンライン診療などにも役立てられた。断線した光ケーブルの代わりの回線として自社で使ったり、自衛隊、自治体、電力会社などに提供したりした分を合わせると約700台が活用された。ソフトバンクも珠洲市役所(1月7日)、能登町役場(1月8日)、輪島市役所(1月9日)などにスターリンクの機材を設置、100台以上を無償で提供した。

こうした衛星通信の当座の助けを借りながら、通信各社は復旧作業を進めた。そして、ソフトバンクは2月27日に能登半島地震の被災地全域で、NTTドコモ、KDDI、楽天モバイルは3月22日に、無人の島や立ち入り困難な一部地域を除くすべての通信エリアで応急復旧が完了したと発表した。

停電時も地域間だけで通信できる「網の目」状ネットワーク

災害発生時には、被災者からの救助要請や自治体からの避難指示など通信ニーズの切実さが増す。だが、孤立集落で通信障害に見舞われると、同じ集落の近隣住民の間でさえ連絡が取りにくくなってしまう。

実は、そうした通信危機を見越した技術開発が行われている。

停電しても、また断線などで基地局がダウンしても、地域一帯での通信機能を維持するシステム。情報通信研究機構(NICT)レジリエントICT研究センターが開発した「ナーブネット(NerveNet)」だ。

通常の携帯端末(スマートフォン)の通信はこんな仕組みだ。端末を使って情報を送信しようとすると、端末は周辺にある基地局に接続する。次にその基地局から交換局へ、さらにインターネットへつながる。要は枝葉から幹へ、放射状の周辺から中央に向かって接続する形だ(受信する場合は逆のルートをたどって端末に情報が届けられる)。

だが、この仕組みでは、中央へ向かう途上のどこかで回線が遮断されると、枝葉である地域内や地域間で通信ができなくなる。

それに対し、ナーブネットのネットワークは中央への道が閉ざされても、地域だけで通信が可能だという。システムを開発したレジリエントICT研究センターのセンター長、井上真杉さんはその要諦を「網の目(メッシュ)状」だと言う。

「交通の場合、一般の道路はメッシュ状にできています。だから、どこかが通行止めになっても、迂回路をたどれば目的地に着けます。私たちが研究開発したナーブネットは、まさにそんな道路網のような構造を持つネットワークシステムです」

つまり、ナーブネットは中央を介さず、地域間の分散化されたネットワークだけでも通信が成立するシステムなのだ。

ナーブネットの基地局は、交換局やネットワーク用コンピュータなど何役もこなす。複数設置して互いに無線や有線でつなぐことができるので、一部の通信経路が使えなくなったとしても、瞬時に別の通信経路に切り替えられ、通信が確保される。

「さらに基地局はデータベースやサーバー機能も備えるので、インターネットの途絶でクラウドサービスが利用できない場合でも、ナーブネットのネットワーク内で通話やメッセージ交換などアプリケーションを実行することもできるのです」

大量のデータを処理できるわけではない。しかし救援要請、近隣の家族・知人との連絡、行政からの避難指示、支援物資の案内など、緊急時に求められる情報のやり取りは十分可能だという。

すでにこのシステムを導入した自治体もある。その一つ、和歌山県白浜町は2015年5月に全国で初めてナーブネットの実証実験を実施し、2022年12月に本格運用を始めた。町内15カ所に、基地局ユニットを導入している。

同町は南海トラフ地震の被害想定エリアに含まれる。四方を山と海に囲まれた沿岸部に複数の集落が点在しており、もし巨大地震と津波が襲来すれば、能登半島と同様に、多数の孤立集落が発生する可能性がある。

「町役場、病院、消防署など要所要所に基地局を設置しています。太陽光パネルと蓄電池を備えているので停電しても最低3日間は稼働しますし、天気がよければそれ以上使えます」

Bluetooth介したCOCOA方式システムで「助けて」メッセージ伝達も

今回の能登半島地震では、行政からの安否不明者の発表数が急増した日がある。

1月4日時点で石川県内の安否不明者は79人(死者81人)だった。だがその後、8日には323人(死者は168人)まで急増した。4月2日時点での安否不明者は2人(死者245人)。当時、通信や道路が途絶した影響か、情報が大きく混乱していたことは否めない。

こうした情報収集や共有のあり方について、通常の電話やデータ入力などとは異なる手法を思いついた研究者がいる。

室蘭工業大学大学院工学研究科教授の董冕雄(とう・めんゆう)さんが提案するシステムは、3つの異なる通信範囲を持つ技術から構成される。名づけて「天・地・人」。このうちの「人」が、安否不明者など人の生存確認に関する仕組みだ。

簡潔に言えば、スマホのBluetooth通信を介し、バケツリレーのように自動的に端末を中継しながら近くにいた人物の情報を運ぶ通信技術。董さんは、新型コロナの接触確認アプリ「COCOA」を覚えていますか?と問いかける。

「あれはBluetooth通信を利用して、1メートル程度の距離以内に15分以上いたアプリ利用者のデータを記録し、陽性者との接触の可能性を通知してくれる仕組みでした。私たちが考案したこの『人』システムで実行するのは、COCOAのように、近くにいる人とデータをやり取りする仕組みです。その場合、連絡先を知らない人でも近くにいるだけでデータ通信ができる。『身動きができないので助けてほしい』といったテキストメッセージを、近くを通った人に伝えることもできます」

「地」システムの通信技術では、このようにして人が運ぶ情報を、ドローンやロボットなどを使って1キロほど離れた遠隔地へ伝える。董さんらはドローンに搭載できる小型コンピュータだけで顔認識や物体検知などの高度な処理ができるシステムも開発している。さらに「天」システムで、10キロ先の低消費電力広域通信網(LPWAN)の基地局、あるいは通信衛星などのインターネットへつなげる。こうして「天」「地」「人」とデータの通信手段を変えることで、生存確認など緊急時の情報共有を目指している。

もしこのシステムが導入されれば、孤立集落でも人との交流やドローンを通じて、住民一人ひとりの被災状況などを人手を介さずシステムで確認することが期待できる。

このシステム開発のきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だったと董さんは語る。

「当時、私はカナダに留学中で、テレビで大津波の発生を知り、慌てて南三陸町(宮城県)に住む両親に電話したのですが、つながりませんでした」

両親の安否に関する情報を求める中、震災から5日後、思わぬことから両親の無事を知った。

「両親が勤めていたホテルに宿泊していたカメラマンが被災地の写真を何枚も撮ってTwitter(現X)に投稿したんです。そのツイートのおかげで両親の無事が確認できました」

この経験から「人」の通信システムを思いついたという。

「このカメラマンは通信不能の南三陸町から歩いて、途中ヒッチハイクもしながらなんと92キロ先の仙台まで移動して、写真データをTwitterにアップしていました。おかげで、人が動くことで情報の重要な担い手になることに気づかされたんです」

「孤立化」防ぐための情報共有へ通信インフラの重要性

安否不明者の把握など正確な情報の収集やデータの整理は、物資の支援と同様に必要な仕組みだが、そのシステムの構築や維持は緊急時にはなかなか目を向ける余裕がない。

「孤立した避難所には物資も医療も届かないので、それらを早く見つけて、データベースに登録し、支援につなげる必要があります」

そう語る宮川祥子さんは、一般社団法人情報支援レスキュー隊(IT DART)の代表理事だ。1月7日以来、地元の神奈川と金沢市を何度も行き来し、情報やデータ整理の支援に取り組んできた。

今回の地震では指定避難所の多くが損壊し、指定外の避難所が多く立ち上がった。宮川さんらは石川県庁内のNPOの拠点で、また全国のメンバーがリモートで参加して新たな避難所の場所や規模などのデータ整理に協力した。

「避難所の水は出ているのか、食料、暖房、トイレは足りているのか、災害時要配慮者は何人かなど、先遣隊として被災地入りした自衛隊、DMAT(災害派遣医療チーム)、民間支援団体などから得られた情報を整理しました」

背景にあるのは東日本大震災の反省だ。この時は報道量の違いなどから、余るほど支援物資が届いた避難所がある一方、支援物資が不足する避難所もあった。IT DARTは2015年8月に設立され、さまざまな団体と協力して支援の状況を「見える化」する活動を続けている。

「すぐ近くに孤立した避難所や集落があっても、その情報を知らないがゆえに支援を届けられないとしたら、支援者にとってそれほど悔しいことはありません」

その上で、宮川さんはこう語る。

「災害時に役立つITソリューションを現場のニーズに応じて提供するのが私たちの役割ですが、通信インフラは既存のものを使わざるを得ない。通信キャリア各社には、より災害に強い通信網の整備を期待したいです」

通信はいまや電気や水道と並ぶインフラの一つ。特に被災地でその重要性は一段と高まる。能登半島地震で通信の途絶がもたらした課題は、今後の災害でも起こり得る。被災地での情報の孤立化を防ぐためのテクノロジーを活用した模索が続いている。

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