「日本人には果物が足りない」 がん罹患率と死亡率が低下…ダイエットにも最適な理由とは

「日本人には果物が足りない」 がん罹患率と死亡率が低下…ダイエットにも最適な理由とは

 現代の食生活に不足しているものは何か。「野菜」と答える人が多いのではないだろうか。しかし、それ以上に摂取が求められているものがある。健康食材なのに、数々の誤解のもとで目標値の半分以下しか食べられておらず……。日本人には「果物」が足りない! 【田中敬一/つくば生命科学研究所所長・農学博士】

 肉、魚、野菜、お菓子に飲料……。現代において、日本人が手に入れられない食材や食料品はまずありません。私たちは、食べようと思えば何でも食べられる飽食の時代を生きているといえます。

 そんな恵まれた時代にあって、日本人の摂取量が圧倒的に不足しているものがあります。ありとあらゆる食情報、栄養情報が溢れているにもかかわらず、日本人がなかなか食べようとしないもの――それは果物です。

〈こう解説するのは、つくば生命科学研究所の所長で農学博士の田中敬一氏だ。

 農林水産省果樹試験場に入省し、以来、果物についての研究を続けてきた“果物博士”の田中氏は、『果物をまいにち食べて健康になる』(共著)等、果物に関する著作を出版し、世に果物摂取の重要性を説いてきた。

 イチゴ、さくらんぼ、キウイに八朔(はっさく)。春に旬を迎える果物を想像するだけで、口の中が甘くなってくるが、実はこの「甘さ」にこそ、日本人が「果物不足」に陥ってしまった要因のひとつが潜んでいるという。〉

いまの倍以上、果物を食べるべき

 昨年、健康的な生活を送るための食物摂取量の目標値を定めた「健康日本21」(厚生労働省)が10年ぶりに改訂され、1日あたりに摂取すべき果物の量は200グラムとなりました。しかし、令和元年の「国民健康・栄養調査」(同)によれば、日本人の果物平均摂取量は96.4グラムに過ぎず、目標である200グラムの半分以下で、充足率は48.2%にとどまっています。つまり、日本人はいまの倍以上、果物を食べるべきなのです。

 ちなみに、野菜の摂取目標量は1日あたり350グラムで、平均摂取量は269.8グラム、充足率は77.1%。普段の食生活で「野菜不足」にならないよう意識している人は多いかもしれませんが、野菜以上に果物が不足していることを数字が物語っています。ではなぜ、日本人はこんなに果物不足となってしまったのでしょうか。

日本人が果物を食べない理由

 昔から果物は「水菓子」とも呼ばれ、食生活における必需品ではなく嗜好品であり、「食べても食べなくてもよいもの」と捉えられてきた影響もあるでしょう。

 第2次大戦中の東條英機内閣で“果物伐採令”が出されていたことをご存じでしょうか。食糧不足に陥ったことを受け、「ぜいたく品である果物なんて要らないから切ってしまい、代わりに米を作れ」というわけです。実際は傾斜地の果樹を伐採してもそこに田んぼなんか作れないわけですが、果物がいかに軽視されていたかが分かります。

果物を取り入れたダイエット

 そして、果物不足を招いたもうひとつの原因は、嗜好品、すなわち甘い果物を食べると「血糖値が上がる」「太る」「中性脂肪が増える」といったイメージが、ダイエットブームと相まって広まってしまったことでしょう。

 しかし、これらは全て誤解です。例えば、アメリカ食品医薬品局(FDA)が果物に含まれる果糖やその他の糖分と生活習慣病との関係を調査した結果、果物に含まれる果糖は高脂血症(脂質異常症)の原因ではないとともに、肥満や心臓病の直接的な原因でもないことが判明しました。後にWHO(世界保健機関)が検証し、FDAの報告は正しいと結論付けられ、果糖などはエネルギー源として重要であるとされています。

 また、1991年にアメリカで始まった「5 A DAY(ファイブ ア デイ)」という「1日5サービング(摂取単位、果物なら1サービングは握りこぶし1個分)の果物と野菜を食べましょう」という運動によって、がんの罹患率および死亡率が下がり、アメリカで最も成功した健康施策のひとつと評価されています。

 さらに、97年に世界五大医学誌のひとつ「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された論文では、果物と野菜を多く取り入れた栄養バランスの良い食事群で顕著に血圧が下がる効果が認められました。この食事内容は「ダッシュダイエット」と名付けられ、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富な果物と野菜を多く摂取することが推奨されています。

満腹感をもたらすのはカロリーではなくボリューム

 このように、甘い果物は「ダイエットの敵」というのは全くの誤解であり、むしろダイエットに向いているとさえいえるのです。

 そもそも、どうして多くの人はダイエットに失敗するのでしょうか。それはリバウンドしてしまうからです。短期的には食事制限などの“我慢”をすることができても中長期的には続かない。なぜなら満腹感や満足感が得られないからです。

 満腹感や満足感を得るのに重要なのは、実はカロリーではなくボリューム、つまりその食材の「かさ」です。カロリーの多寡に関係なく、「大きな食材」を食べればお腹は膨らみ、満腹感・満足感を得られて食べ過ぎ防止につながる。その点、野菜や果物には水分や食物繊維が多く含まれていて、食物繊維は保水性、保形性がありますから、そもそも野菜や果物はかさが大きめで、満腹感・満足感を得やすい食材といえます。

アルツハイマー予防にも

 その点、野菜もダイエットに有効といえますが、果物は生で食べる場合が多いのに比べると、野菜は調理するケースが多い。すると、加熱などの過程で水分が外部に出ていき、同時に食物繊維が破壊されて縮み、かさが奪われてしまう。ダイエットには果物が最適といえるゆえんです。事実、アメリカ農務省(USDA)の調査では、果物の摂取量が多い人ほど統計的に有意に肥満の人の割合が少なく、一方、野菜の摂取量では有意な差が出なかったと報告されています。

 ダイエット以外でも、果物の積極的な摂取は健康増進に役立ちます。例えば、アルツハイマー型の認知症の予防です。果物に豊富に含まれるビタミンCやビタミンEを多く取った人のほうがアルツハイマー型認知症の発症率が低いことが分かっています。

 また、アメリカのワシントン州シアトルで65歳以上の1800人超を対象にした疫学調査では、コップ1杯(約240ミリリットル)の果物・野菜ジュースを週3回程度飲む人は、週1回の人と比較した場合、アルツハイマー型認知症の発症リスクが73%も低いとの結果が出ています。認知症は加齢に伴う酸化ストレスや炎症反応が原因のひとつとされ、果物にはビタミンC、ビタミンE、ポリフェノールといった抗酸化成分や抗炎症成分が豊富だからだと考えられます。

地中海式ダイエットで…

 さらに、果物は精神状態にも良い影響をもたらします。オーストラリアの研究では、中等度から重度のうつ病患者を対象に、野菜や果物が多い食事メニューとして知られている地中海式ダイエット療法を受けた群と、一般的な食事療法を受けた群を比較した結果、前者はグループの32%で症状の改善が見られたものの、後者では8%にとどまりました。

 では、なぜ果物はこうした健康増進効果をもたらすのでしょうか。果物に多く含まれるものとしては、ビタミン、ミネラル、食物繊維、ポリフェノールなどが挙げられます。こうした栄養素が個々の病気や症状に有効なのだと考えられますが、一方で、「果物を食べていることそのもの」が健康増進効果をもたらしているとも考えられます。

 野菜でいうと、人参などに豊富に含まれているβカロテンを多く摂取している人は胃がんなどのがんになりにくいという疫学調査が存在します。ならばと、βカロテンのサプリメントを摂取すればがん予防に効果的かといえば、かえって有害であるケースが明らかになっています。この事態をどう理解すればいいのでしょうか。

 βカロテンの摂取量は、つまりは「野菜を多く食べていること」のひとつのメルクマール(指標)だったと捉えることができます。そう考えると、がん予防に貢献したのは「βカロテンの摂取量」ではなく、それが示唆するその人の「野菜そのものの摂取量」だったといえる。要は、βカロテンに限らず、野菜に豊富に含まれる栄養をバランスよく摂取したことががん予防の結果をもたらしたと考えられるのです。

とにかくたくさん食べるべき

 果物も同じです。コラーゲンの合成には、アセロラやイチゴに多く含まれるビタミンCが必須であるため、ビタミンCが不足するとコラーゲンでできている血管は脆くなるといった具合に、果物に含まれる個々の栄養素と健康との「因果関係」は分かっています。しかし、それよりも何よりも、果物を多く食べることで、果物が豊富に含むビタミンやミネラルなどを種類を偏らせることなく、バランスよく摂取できること自体が、健康をもたらしてくれると考えられるのです。

 したがって、目標摂取量の半分にも満たない果物をとにかくたくさん食べることが重要なのです。野菜は「もっと食べろ」とは言われるものの「食べ過ぎだ」と叱られることはありません。それなのに果物は、太る、甘いから体に悪いといった誤解のせいで「もっと食べろ」とは言われない……。

“果物差別”でせっかくの健康増進の機会を逸してしまっては、こんな不幸なことはありません。

田中敬一(たなかけいいち)

つくば生命科学研究所所長・農学博士。1949年生まれ。弘前大学大学院農学研究科修士課程修了。元文部科学省科学技術・学術審議会専門委員。園芸学会功績賞受賞、科学技術庁長官賞研究功績者表彰。『果物をまいにち食べて健康になる』(共著、キクロス出版)などの著作がある。

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