なぜ地味な家庭料理「豚汁」が外食でブームに…「令和の価値観」にマッチしている“納得の理由”

なぜ地味な家庭料理「豚汁」が外食でブームに…「令和の価値観」にマッチしている“納得の理由”

「豚汁」がソウルフードの地位を築くまで

 冬に多くの人が引き寄せられる料理と言えば、温かい汁物。その中でも、豚汁はテッパンだろう。家庭料理として根づいているからか、牛丼チェーンや定食屋などでも、寒い季節は豚汁を推すことが多い。

 そんな豚汁が最近、流行している。2019年秋、東京・大手町に1号店を開業し、今は東京・横浜・大阪の5店を展開する豚汁専門店「ごちとん」は、しばしば行列ができる。また、大阪・本町で2021年にハイボールスタンドがランチタイムを豚汁専門店にし、東京・神楽坂でも同じ年に不動産屋が豚汁定食専門店を開業するなど、続々と豚汁の店がオープンしている。

 なぜ地味な家庭料理の豚汁が、外食でブームになるのだろうか? 

 ごちとんのメニューには、豚肉と豆腐がたっぷり入った豚汁定食のほか、チゲ、豆乳汁、味噌バターコーン、もつ煮込みなど、味噌仕立ての汁物が定番メニュー。このラインナップから気がつくのは、味噌を使った汁物はいわゆる味噌汁以外にもたくさん身近にあることである。

 例えば明治時代に登場し、戦後にすっかり国民食になったラーメンの代表は、醤油味の東京ラーメン、とんこつ出汁の九州ラーメン、そして味噌仕立ての札幌ラーメンだ。高度経済成長期に、サンヨー食品が「サッポロ一番みそラーメン」を発売し、チェーン店の「札幌ラーメン どさん子」(現在は「どさん子」)が各地にできたことで全国区になり、根強い人気を誇る。

 もつ煮込みは長らく、庶民が集う居酒屋の定番メニューである。すでに明治時代にもその手の料理が出されていたことが、当時のジャーナリスト、松原岩五郎が書いた『最暗黒の東京』(講談社学術文庫)からわかる。

 豚汁の発祥については諸説あるが、鹿児島では江戸時代から食べられていた、と言われている。薩摩藩は琉球を支配下に置き、琉球王国で広がっていた豚肉食を採り入れていた。江戸時代は、肉食の禁忌が最も強かった時代だが、外様の薩摩藩では独自の肉食文化を発達させていた。

 牡丹鍋発祥説もあり、牡丹鍋が継承されてきた兵庫県の丹波地方では、味噌仕立ての牡丹鍋が定番である。『日本外食全史』(亜紀書房)でも書いたが、江戸時代の18世紀以降は「ももんじ屋」を名乗る獣肉店が江戸の町にもあり、イノシシ、シカなどの獣肉を基本的に味噌仕立てで出した。

 味噌は江戸時代に全国区になったが、獣肉の臭みを消すとともに旨味を加え、身体を温めるので、おそらく獣肉は味噌味が定番だったのではないかと思われる。もしかすると、味噌の存在が、肉料理を日本に浸透させたかもしれない。

 そう考えると、何がルーツにせよ豚肉と味噌、野菜を入れる豚汁が、日本人のソウルフードになるのは自然な流れと言える。

食事の支度に欠ける時間は短くなる傾向に

 豚汁は、使われる食材の種類が多くて栄養価が高く、低価格で簡単に作れることから、日常の総菜として定着したのではないか。

 昭和時代にキャンプの定番料理だったのも、包丁さえ使えれば調理できる料理だったからだろうし、非常時の炊き出しで作られてきたのも、あり合わせで応用が効くうえ、栄養バランスがよく、身体を温めるからだろう。

 そうした料理が近年、専門店ができるほど人気の外食になったのは、家庭料理の衰退と和食文化の復興という二つの側面があるのではないか。

 家庭料理の世界は今、大きな転換期にある。少し歴史を振り返ってみよう。

 高度経済成長期に、主婦となる女性が増加し庶民の経済力が上がったなどいくつかの要因により、家庭料理は一気に高度化し、バラエティが豊かになった。肉の価格が低下し、豚肉も日常の食卓に載せられるようになった。と同時に、豚汁にすれば栄養バランスはよくなる一方、肉の量は少なめで済む、という点も庶民の生活にマッチしていたのではないだろうか。

 しかし豚汁は具材の種類が非常に多い。豚肉以外の定番材料と言えば、ゴボウ、レンコン、ニンジン、大根、里芋またはサツマイモまたはジャガイモ、長ネギ、こんにゃくあたりだろうか。わが家では薄揚げを入れ、鍋に入る余地があれば白菜も加える。豆腐を入れる地域もあるようだ。

 いずれにせよ、多くの食材が今は「処理に手間がかかる」、と不人気のオンパレードである。その手間と、たくさんの食材を切る作業で時間がかかる。私も豚汁を作る際は、材料を切り揃えるだけで1時間もかかる。

 2010年代の時短ブームの影響もあり、近年は食事の支度にかける時間は短くなる傾向がある。また、世代が下がるにつれ、和食以外の食事を日常的に摂ってきた人が増えるため、豚汁どころか味噌汁もひんぱんには食べない人が珍しくなくなっている。

 豚汁に使われる里芋や味噌といった、和の食材や調味料の消費量は減る傾向が長年続いてきた。和食の存在が家庭内で薄れてきたからこそ、豚汁もあまり日常的に家庭で食べられなくなってきたのかもしれない。

 だからこそ、和食を中心に出す定食屋、牛丼屋が繁盛し、豚汁の専門店まで登場し人気を博すようになったのではないか。多忙な現役世代が増え、そもそも家で料理して食卓を囲むことが困難な人も増えている。

日本の土台「和食文化」を見直す流れ

 一方で、食のトレンドを見ていると、最近和食文化がターニングポイントにある、という印象が強い。昨年は、ぐるなびの「今年の一皿」に「ご馳走おにぎり」が選ばれ、巷でもおにぎり専門店が増えて行列ができるなど、おにぎりが外食・中食として流行した。パックご飯もヒットしている。

 また、ハンバーグが定食として出されて流行する、出汁を利かせご飯と合わせるスパイスカレーが誕生し流行する、日本発祥のから揚げがブームになるなど、外国から入ってきた料理や歴史の浅い料理がヒットする。

 和菓子の世界でも、洋菓子の要素を加えた、回転焼きやベビーカステラ、たい焼きが人気になる、ネオ和菓子と銘打った洋風の新作和菓子が続々と発売されるなどしている。

 特にスイーツの世界では、日常の風景から遠ざかりつつあった和の食文化を取り戻そうと、メーカーなどが奮闘して人気を得ているケースが目立つ。家庭の外を中心に、和の食文化はアップデートされて、人気が高まっているのだ。

 外国の食文化の存在感が強くなり過ぎたことを反省するのか、変わり過ぎた社会から距離を置き、原点回帰を求めたいのか、和の文化を見直す傾向が強くなっている。

 若い世代ほど、昭和の流行を「懐かしい!」と採り入れて流行するなど、自分たちの土台を見直す傾向が強いように思う。

 地味な家庭料理だったはずの豚汁がブームになるのも、自然な流れと言える。多くの日本人が実体験に基づくかどうかも関係なく「懐かしい」と感じるものにこそ、私たちの土台はきっとあるのだ。

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