免震化で被害なし 耐震化は被害 明暗分かれた建物 能登半島地震

免震化で被害なし 耐震化は被害 明暗分かれた建物 能登半島地震

 最大震度7を観測した能登半島地震では、家屋損壊被害が6万棟を超え、今も多くの人が避難生活を送る。南海トラフ地震が懸念される東海地方で、今後必要な備えは何か。今月4、5日、耐震工学が専門の名古屋大名誉教授・福和伸夫さんの現地視察に同行した。

 4日に訪れたのは石川県輪島市。観光地の朝市通り付近では、店や住宅が倒れたり、2階が1階をつぶしたりし、柱や壁があらわになっていた。「柱と梁の接合部のくぎが少ないですね。最近の住宅のように金具で補強していれば……」。壊れた木造家屋を前に、福和さんが言った。

 1981年5月までの旧耐震基準では震度5強程度で損傷しないことが求められたが、同6月からの新基準では6強~7程度で倒壊しない性能が必要となった。木造では2000年、金具による接合部の固定法なども厳格化。しかし、同市で新基準を満たしていたのは46%。福和さんが歩いた範囲では倒壊家屋の多くは旧基準とみられ、耐震補強の形跡も確認できなかったという。

 一帯では火災も発生。焼け跡の縁の路地も倒れた家屋で塞がれていた。本来、道路が延焼を防ぐ役割を担うが、家屋が路上に倒れると、火が広がるため、「延焼防止の点でも耐震化は重要」という。愛知県では住宅の9割が耐震化されているが、県によると、不十分な住宅約27万戸は能登地方と同様の中山間地に多い傾向といい、福和さんは「南海トラフ地震級の災害では都市部の救援が優先されがち。過疎地こそ対策を」と強調する。

 また、周辺では、液状化でマンホールが路上に浮き上がっていた。横倒しになっていた7階のビルの下部を見ると、地面に沈み込んでいることが確認できた。

 焼け跡では、海鮮丼店を女性(68)に出会った。避難中の小路さんが店の跡に来たのは、地震後、この日が初めて。目に涙をためながらも、「名古屋からのお客も多かった。もう一度輪島の海の幸を皆さんに食べてほしい」と再起を誓った。

免震化で損傷なし 耐震化で損傷

 5日は、震度6強を観測した七尾市の恵寿総合病院を訪ねた。入院患者の転院を余儀なくされた病院もあったが、ここでは、地下に揺れを吸収するゴムを設置した免震構造の本館に損傷がなく、医療の提供を継続できた。隣の棟は多くの損傷が目に入り、差は歴然だった。

 神野正博理事長によると、他の病棟も耐震化はしていたが、天井がはがれ、物も散乱したため入院患者を本館に移した。同病院では、本館の新築を検討していた11年に東日本大震災があり、免震化を決断した。この地震でも棚の上の物すら落ちなかったという。神野理事長は「免震化して良かったと心から思うが、高額なため病院が自力で進めるのは相当難しい」と話す。

 耐震化では揺れを免れることはなく、福和さんは「揺れで設備が壊れたら診療はできない。病院は揺れない建物にすることが重要」と訴える。愛知県によると、県内の病院の免震化率は14%。国は免震化に特化した補助制度は設けていないが、福和さんは「甚大な被害が想定される南海トラフ地震に備え、免震化への補助を用意すべきだ」と提言する。

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