2024年は辰年。干支の中で唯一、“空想上”の動物が主役の1年が始まる。辰年に考える、タツノオトシゴの生存戦略

オスが“出産”する不思議な魚。辰年に考える、タツノオトシゴの生存戦略

2024年は辰年。干支の中で唯一、“空想上”の動物が主役の1年が始まる。

直立して泳ぐ姿が印象的な「タツノオトシゴ」は、その独特な見た目から竜にちなんだ名前がつけられた魚だ。

「タツノオトシゴは尾びれがなく、長くて物につかまれる尻尾があって、他のタツノオトシゴとぎゅっと巻きつき合っていることもあるんです。そんな姿を見ていると癒やされて飽きません」

タツノオトシゴの愛くるしい様子を嬉々としてこう語るのは、上智大学理工学部の川口眞理准教授。タツノオトシゴの進化が専門の研究者だ。

12年に1度の辰年の始まりに、タツノオトシゴの不思議な生存戦略をのぞいてみよう。

オスが数十~数百匹の赤ちゃんを“出産”

タツノオトシゴは、温帯から熱帯の大陸沿岸の藻場やサンゴ礁などに生息しており、現在46種が確認されている。日本でも沖縄を中心に12種ほどが生息している。水族館でゆらゆらと立ったまま水中を漂う姿を見たことのある人もいるだろう。

魚らしからぬ形に目が向きがちだが、最も特徴的な生態は「オスが “出産”する」ことにある。

タツノオトシゴの繁殖方法はかなりユニークだ。

ペアとなるオスとメスは、繁殖期間中には毎日挨拶を交わすために出会い、くるくると回ったり、尻尾を絡ませ合って“ダンス”をしたりしてコミュニケーションを取る。メスはオスの「育児嚢(いくじのう)」と呼ばれる袋に卵を産みつける。オスは卵を受け取ると精子をかけて受精させ、そのまま出産まで抱えて過ごす。育児嚢はお腹にあるように見えるが、肛門よりも尾側、尾部に位置している。

メスがオスに卵を産みつけている姿がハート型に見えることから、タツノオトシゴは「愛のシンボル」と言われることもあるそうだ。

驚くことに、メスはオスに卵を産みつけたあとは卵の世話は一切しない。卵が外界で生きていけるようになるまでの子育ては、オスに委ねられる。オスは数週間の“妊娠”期間を経て、タツノオトシゴをそのまま小さくした形の赤ちゃん(稚魚)を体外に放出(出産)する。1回の妊娠でオスは数十~数百匹の稚魚を“出産”するが、種によっては1000匹以上産むものもいるという。

生き残りをかけ、オスが育児用の“袋”を獲得

それにしても、タツノオトシゴはなぜオスが出産や子育てをするように進化したのだろうか。

魚類といえば、ある程度捕食されることを前提にしてたくさんの卵を産んで種の存続を図っていると思われているだろう。しかし、魚類の中には卵を保護する種もいる。そのような種では、オスだけが子育てをすることが多い。卵を守る方法はさまざまで、巣を作ってその中で守るトゲウオや、口の中で守るテンジクダイ、自分の体の表面に卵をくっつけて守るコモリウオなどがいる。

川口准教授は

「体の表面に卵をつけて守る魚種の1つとして出現したのがヨウジウオ科の祖先です。ヨウジウオ科の魚がすみかとしている藻場やサンゴ礁には、多種多様な魚が生息しています。オス同士も競争が激しいので、割り込んできた他のオスが受精させた『他人の子』を守っていることもありえます。受精卵を自分の体につけておけば、自身の子である確率が高まり、敵からも保護できて胚の生存率が高まると考えられます」

と説明する。

ただ、体の表面にあると卵は目立ってしまう上、保護できる数も限られる。

「そこでヨウジウオ科の魚種の進化過程では、表皮で卵を覆うようになったのでしょう。こうして、『育児嚢』という新たな器官を獲得していったのではないかと考えられます」(川口准教授)

タツノオトシゴを含めてヨウジウオ科に属する魚のオスは皆、育児嚢を持つ。他の魚にこうした器官は見当たらず、これまで育児嚢が確認されているのはヨウジウオ科の魚のオスだけだ。

育児嚢には、体表に卵をくっつけているだけの単純な形態から、体表が伸びてポケットのように卵を収納する形態、完全に袋状になった形態まで5つのタイプに分かれている(下図参照)。タツノオトシゴの育児嚢は完全に袋状になったタイプ(下図タイプ5)で、体の左右の皮膚が伸びて中心で融合している。 

進化の過程も複雑だ。卵を体にくっつけて逃げていた原始的なヨウジウオ科の魚は、タイプ1からタイプ5まで順番に誕生していったかと思いきや、川口准教授は「さまざまなタイプの育児嚢をもつ種が独立に何回も生まれているんです」と解説。進化の過程は一本道ではないという。

驚くほど短期間で進化

ヨウジウオ科の祖先が誕生したのは、約7200万年前。タツノオトシゴの誕生は約2000万年前だと考えられている。魚類の誕生が3億年以上前だったことを考えると、タツノオトシゴの仲間たちは、驚くほど短期間で育児嚢という新たな器官を獲得したと言える。

短期間にさまざまなタイプの育児嚢を持つ種が生まれたことは、ほんのわずかの遺伝子の違いが育児嚢の形状に影響を与えていることを意味している。

ただ実は、ヨウジウオ科の魚の育児嚢の形状を決める遺伝子はまだはっきりとは分かっていない。川口准教授は、まさにこのメカニズムを遺伝子レベルで解き明かそうと研究を進めているという。

「今後数年で育児嚢の発生や進化にまつわるさまざまなことが分かるのではないかと期待しています」(川口准教授)

オスが子に栄養を供給?

また、タツノオトシゴの育児嚢は、単なる袋というより、まるで哺乳類の「胎盤」のような役割を果たしていることが近年の研究で明らかになってきた。

タツノオトシゴの育児嚢には毛細血管が張り巡らされており、卵は一つ一つ、柔らかなゼリーのような組織に包まれている。この中でオスが子どもに栄養を与えているかどうかは、長年の謎だった。

ただ、近年の研究によって、タツノオトシゴのオスはふ化するまで卵を抱えているだけではなく、子どもに栄養を与えていたことが明らかになってきている。

「栄養をどのように与えているのか、詳細はまだ分かっていませんが、オスが子の栄養となる成分を分泌していることはほぼ間違いなく、今後の研究の進展が楽しみです」(川口准教授)

全ての種がワシントン条約の対象に

驚きの生態をもつタツノオトシゴだが、いま、人間の活動によって絶滅の危機に立たされている。

「東南アジアなどでは、しばしば底引き網漁が行われてきましたが、底引き網はタツノオトシゴも含めて海底にいる生き物をまるごと取り込んでしまいます。そのため、タツノオトシゴの混獲は後を絶ちませんでした」(川口准教授)

またタツノオトシゴは、漢方薬として高値で取引されている事情もある。

国際自然保護連合(IUCN)は、絶滅危惧種レッドリストに、クロウミウマやタカクラタツなど日本近海にも分布しているタツノオトシゴの仲間を「危急」の種として指定。タツノオトシゴは全ての種がワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、1975年効力発生、2023年時点で当事国は183カ国)の「付属書II」に記載されており、条約の当事国は、タツノオトシゴの輸出には許可を必要とすることになっている。

ただ、アジア地域では不法取引が後を絶たないとの指摘もあり、タツノオトシゴの保全が十分にされているのかどうかは、分からない部分もある。

こうした事態に対し、タツノオトシゴの研究者や水中写真家、ダイバーらが中心になり、生息地の保護や漁業の管理などの保全活動に取り組むほか、水族館や企業などでタツノオトシゴを繁殖させる動きもある。

12年に1度の辰年。新年の始まりに、タツノオトシゴに思いをはせてみては、いかがだろうか。

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