中国製・高速鉄道がインドネシアで開通!早速乗ってみた…「新幹線が逆転負け」したその実力は?

中国製・高速鉄道がインドネシアで開通!早速乗ってみた…「新幹線が逆転負け」したその実力は?

 10月2日、インドネシア初の高速鉄道が開業した。首都ジャカルタとバンドン市の間の約140kmを結ぶ高速鉄道は非常に重要なインフラであり、この建設はインドネシアにとっては一大プロジェクトだ。実はこれ、日本との競争に逆転勝ちして中国が建設を受注したもので、中国にとっては広域経済圏構想「一帯一路」の一環という位置づけになっている。先日筆者はインドネシアで、開業したばかりのこの高速鉄道に乗る機会があった。実際に乗ってみると、中国の影響が予想以上に強い。どんなところに驚かされたのかというと……。(中国・ASEAN専門ジャーナリスト 舛友雄大)

● 日中が激しく争ったインドネシア高速鉄道建設

 2010年代前半、日本と中国はアジアを舞台に、高速鉄道をはじめとするインフラ輸出分野で激しい競争を繰り広げていた。野心的なリーダーとして登場した中国の習近平国家主席は、2013年から一帯一路構想を強力に推進し、日本が主導するアジア開発銀行(ADB)と競合するアジアインフラ投資銀行(AIIB)を立ち上げた。

 これに対し、日本は2010年からアジア諸国にある複数の日本大使館に、インフラプロジェクト専門官を派遣するようになっていた。2015年には当時の安倍晋三首相がADBと連携して、質の高いインフラを整備するために今後5年で約1100億ドル(当時のレートで約13兆2000億円)を投じると表明。官邸は和泉洋人首相補佐官を中心に前のめりの姿勢でインフラ輸出を主導し、民間企業が消極的に見えるほどだった。

 「新幹線を輸出する」――この事業は関係者にとって、愛国的な熱を帯びていた。それだけに、インドネシアの高速鉄道建設を中国が逆転受注したことは、日本の政府関係者に衝撃を与えた。インドネシアのジョコ大統領が派遣した特使との会談中に、菅義偉官房長官(当時)が怒った表情を見せたのもよく知られる。筆者もインドネシア人外交官から、当時なぜか日本政府関係者との食事会で中華レストランを指定され、暗示めいたものを感じたと聞いたことがある。ネット上で、日本の対インドネシア世論が厳しくなるきっかけともなった。

 日本は安全性を、中国はスピーディーな工事やコストの安さをアピールしていた。決定的だったのは、中国側がインドネシア政府に対して政府保証(融資などが焦げ付いた時に、国が代わって返済すると約束すること)を求めなかったことだとされる。

 だが、結果的には、予定していた2019年の開業には間に合わず4年遅れることになったし、予算も当初予算を約12億ドル上回り、インドネシア政府は国庫からの支出を余儀なくされた。筆者が、建設中の2018年にインドネシアで取材した際は、土地収用の問題が大きくなっていると実感した。また、外国人労働者の流入を警戒するインドネシアにおいて、中国人労働者の存在もセンシティブな問題となっていた。

 今回のインドネシア高速鉄道の開業は、中国政府にとっては、投資額が下火になり「債務のわな」(中国への借金が膨らんで返せなくなること)問題が浮上する中であっても、一帯一路は成功しているとアピールするための絶好のプロジェクトとなった。2022年にG20バリサミットが開かれた際は、習近平国家主席がわざわざオンラインで「視察」した。今年9月には、開業前に中国の李強首相が自ら試乗した。

● 開業直後のインドネシア高速鉄道に乗ってみた

 先日、ジャカルタ滞在中に、筆者もインドネシア高速鉄道に乗ってみることにした。開業直後のキャンペーン料金は、ジャカルタ→バンドンが片道15万ルピア(約1440円)で、通常料金はまだ発表されていない。採算が取れるのか、見通しはまだまだ未知数だ。

 10月21日の早朝、ジャカルタ中心部のホテルから配車アプリ「Gojek」で手配した車に乗り、高速鉄道の駅に向かった。高速鉄道の駅はジャカルタ郊外にあるからだ。

 市内の高層ビル群の間から太陽が上っている。もやがかっているのは大気汚染のせいなのだろうか。高速道路の舗装が良くなく、車はガタガタと揺れる。「ブーン」とけたたましいエンジン音を響かせてバイクの群れが並走している。車窓から「私のご飯」という看板が見えた。この国で日本のソフトパワーは根強く、こうして日本語で書かれた宣伝文句を目にする機会も多い。

 車が目的地に着き、ドアを開けると迎えてくれたのは野良猫だった。見上げると、ピカピカで、空港と見まがうほどの巨大な建物がそびえ立っていた。ジャカルタ側のターミナル、ハリム駅だ。郊外にある巨大駅、まさに中国の高速鉄道を思い出させる。

 乗客とおぼしきインドネシア人たちが、あちこちで記念撮影をしている。SNSにアップするのだろう。人生で初めて高速鉄道に乗るという人も少なくないはずだ。

● 郊外にある駅は中国の高速鉄道の駅にそっくり

 駅構内に入ると、レストランやカフェはまだ開業していないところが多かった。一刻も早く高速鉄道を開業したかったのだろう。看板など、駅構内の案内はインドネシア語で、英語も併記されている。

 改札で、アプリで買っておいたチケットのQRコードをかざす。紙のチケットでも入場できるのだが、周りのインドネシア人も老若男女みなQRコードで入場していた。インドネシアのデジタル化のスピードは目を見張るほどで、人口の若さを反映してキャッシュレスが当たり前になっている。特にコロナ後は、日本の先を行っていると感じる場面もあるほどだ。

 駅の構造が中国国内の高速鉄道そのもので、懐かしく感じる。まず、2階で荷物のX線検査がある。インドネシアではテロが起きたこともあるため、そこまでの違和感はない。青の巨大掲示板で運行情報が表示されているのも、まさに中国式。一方で、インドネシアらしい意匠の内装も見られた。いずれにせよ、これだけ中国式がスタンダードとして浸透すると、これから路線を伸長する際にはなかなか他の国が入ってこられないのではという気がした。実際、バンドン以東の高速鉄道延長計画でも中国の参画が有力視されている。

 プラットホームが巨大なのも、日本の新幹線と違うところだ。日本のようなホームドアはない。発車まで先頭車両と記念撮影をする人がいたので、ピーッと笛が鳴り響き「あと10分で出発ですよ!」と駅員らしき人が注意していた。

● 中国語通訳者、警備員、清掃員が同乗

 車両に乗り込んでみると、車内は先進的だなという感じがした。座席番号が印刷ではなく、液晶なのかキラキラと光っていたのだ。天井から小さな液晶画面がいくつもぶら下がっていた。ただ、座ってみると気のせいか新幹線と比べて狭い気もした。

 アナウンスが面白い。毎回最後に、「Whoosh, Whoosh, Yes!」(ウーッシュ、ウーッシュ、イエス)というのだ。最初にこのアナウンスが流れた時には客席から笑いが漏れた。Whooshは乗り物のスピードを表す擬音語で、この高速鉄道の正式名称ともなっている。YouTuberの挨拶のようで、妙に耳につく。これはバズるのではと思った。

 車内をうろうろしていると、うわさに聞いていた常駐の中国語通訳者を発見。アユさんという女性で、中国南京に3年留学していたという。中国語もかなり流暢(りゅうちょう)だ。同乗するインドネシア人車掌と中国人技術者の間で翻訳が必要なため、通訳者が乗っているのだ。アユさんは、車内には警備員が4人、清掃員が4人乗っていると教えてくれた。

 先進的な高速鉄道と対照的に、窓の外に目をやると、ヤシの木や棚田といった牧歌的な光景が広がる。そうこうしているうちに、車内電光掲示板に「現在時速349km」の表示があった。これなどは、十数年前に上海のリニアモーターカーに乗った時に見た表示とそっくりだなと思った。

 客席に中国人技術者がいたので話しかけてみた。すでにインドネシアには数カ月滞在しており、現地人へのトレーニングが終わらないと中国に帰国できないんだと嘆いていた。この高速鉄道は中国でも「最高規格」だと胸を張っていた。駅の形状を含めた細かい点はインドネシアの美的センスに合わせたのだという。そうして座席に描かれた雲のような模様を指さした。これはインドネシアでメガムンドゥン(Mega Mendung)といい、西ジャワ・チレボンで有名なバティック(インドネシアの民族衣装)のモチーフだ。

 「これから中国は東南アジアで高速鉄道をどんどん敷いていくんでしょうか?」と尋ねてみると、まずは、「中国では高速鉄道が4万km敷かれていて、海外の路線全てを足したよりも長い」と中国の優位性についての指摘があった。ただ、「各国の需要にもよる」とあくまで控えめだった。中国としても、これまでのように大盤振る舞いし、海外で高速鉄道を作れる時期は過ぎ去ったということだろう。

● 乗務員は中国語が必須?

 自分の席に戻ると、バティックを着てにこやかに笑みを浮かべた乗務員が歩いてきた。「乗務員は中国語必須」という情報がインドネシアのSNSに出回り炎上していたので確かめてみたかった。「ニイハオ!」と中国語で声をかけると、「ニイハオ、シエンション。ニイジャオシェンマ?(こんにちは、お客様。お名前は?)」と返ってきた。

 詳しく話を聞くと、乗務員は福利厚生の一環として無料で中国語研修が受けられるとのことだった。他の乗務員もあいさつくらいはできるそうだ。

 そうこうしているうちにバンドン側のターミナル、テガルアール駅に着いた。あっという間だ。改札は6つあるが、3つしか使っておらず、大行列ができていた。オペレーションはまだまだ試行段階という気がした。

 この駅は周囲に何もないような郊外にあり、構内にレストランやカフェなどはまだ一つもできていなかった。駅員に聞くと「(外に)屋台ならある」と教えられ、あぜんとした。

 駅のチケット販売機にエラーが出たようで、インドネシア人スタッフと先ほどの中国人技術者がケータイで翻訳サイトを介してやり取りしつつ修理をしていた。どうやらWeChatグループがあるようで、そこで具体的なトラブルシューティングのためのやり取りが行われているようだ。

 開業からそろそろ2カ月がたつ。遅れが出るなどの小さなトラブルやオペレーションの不手際はあるようだが、開業したばかりの路線ではよくあることで、今のところ大きな問題は起きていない。中国がこれからも東南アジアで高速鉄道ネットワークを整備していくかどうかは、インドネシア高速鉄道がどれだけ財政面・運用上共に安定して運行していけるのかが一つの試金石となりそうだ。

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