「サム・アルトマン解任騒動」とは何だったのか Microsoftも得はせず

「サム・アルトマン解任騒動」とは何だったのか Microsoftも得はせず

「なにがなんだかわからない」

 11月17日(現地時間)から始まったOpenAIを巡る騒動を、そんな思いで見ている人も多いのではないだろうか。

【全てはここから始まった】OpenAIが突如発表したサム・アルトマン氏辞任のリリース

 ぶっちゃけ、筆者も「なんだこれは」という気持ちでいる。

 OpenAIとサム・アルトマン氏になにが起きたのか、そして、今後どうなるのかを、不透明なりに考えてみたい。

「OpenAI・5日の乱」とは

 騒動の流れを追ってみよう。

 11月17日、OpenAIは突如、サム・アルトマン氏が退任すると発表した。同時に、OpenAIの共同創業者で会長兼社長であるグレッグ・ブロックマン氏も退任する。

 同日午後1時46分、アルトマン氏は「OpenAIでの時間を愛していた。(中略)詳細はまた後日伝える」とX(旧Twitter)にポスト、これが全ての始まりとなった。

 OpenAIは非営利組織であり、運営を統括する「取締役会」もまた非公開である。アルトマン氏が(一時的に)退任したのは、この非営利組織のトップとしての地位だ。事実上の解任と思われる展開は、この取締役会で起きた。

 「取締役会とのコミュニケーションにおいてアルトマン氏が率直さを欠き、取締役会の責任遂行を妨げている。取締役会は、アルトマン氏が引き続きOpenAIを率いる能力を信頼していない」

 確実であるのは、非営利で研究組織としての意味合いが強いOpenAIの運営について、大きな意見の齟齬があったのだろう、という点だ。ブロックマン氏のXへのポストによれば、同じく共同設立者の1人であるイリヤ・サツケヴァー氏から解雇が伝えられたという。

 リリースにある「欠けていた率直さ」が具体的に何のことを指すのか、現在も分からない。また、OpenAIの拡大を目指すアルトマン氏と、AI活用の安全性を重視するサツケヴァー氏との間で確執があったのでは……などと伝えられてもいるが、それが正しかったかどうかも分からない。

 だから、本記事でも「本当はどんなことが原因だったのか」の真相追求はしない。上記の理由にしても「そうかもしれない」というレベルにすぎないからだ。

 明確であるのは、この解任劇が「OpenAIに所属する大半の人々の支持を得たものではなかった」ということ、そして、サツケヴァー氏も解任劇に加担したことを後悔していた、という点だけである。

 OpenAIに参加する人々とアルトマン氏・ブロックマン氏に手を差し伸べたのは、米Microsoftだった。

 11月19日午後11時53分(日本時間20日午後4時53分)、Microsoftのサティア・ナデラCEOはXに「アルトマン氏とブロックマン氏が同僚とともに、高度なAI研究チームを率いることになった」とポストした。

 アルトマン氏が独立してAI関連企業を作るのでは……と思われていたが、そこにMicrosoftという組織が出てきたわけだ。これには多くの方が驚いたことだろうと思う。

 だが、さらに別の展開が起き、この話もなくなる。

 11月21日午後10時(日本時間22日午後3時)、OpenAIは改めてリリースを出し、アルトマン氏のCEO復帰を発表した。

 アルトマン氏とブロックマン氏は取締役会には入らないもののOpenAIに戻り、同社を離脱してアルトマン氏らに合流すると思われていた人々も、そのままOpenAIに残ることになった。

 要は元のさやに戻ったのだ。

「Microsoftが漁夫の利を得た」わけではない

 当初は「Microsoftが関与しているのでは」とも予想されたが、それは違うようだ。

 OpenAIは2019年3月、傘下に営利部門である「OpenAI LP」を設立している。ChatGPTをはじめとするビジネスはこの部門が運営している。ただ、営利部門はあくまで非営利組織としてのOpenAIの傘下にあり、OpenAIの運営は非公開の取締役会が責任をもつ。

 2023年1月、営利部門はMicrosoftから100億ドルの出資を受け、営利部門株式の49%をMicrosoftが取得している。同時に営利部門の株式は、今後の公開に向け準備中、との話が出ていた。

 クラウドコンピューティングサービス「Azure」を持つMicrosoftとの同調の結果としてChatGPTが運用可能となり、さらに、Microsoftを介してGPTシリーズを提供できることがOpenAIの影響力強化につながっているのだが、非営利組織としてのOpenAIにMicrosoftは直接関与しておらず、今回の退任騒動には直接関与していない。

 海外での報道によれば、Microsoftがアルトマン氏らの解任を知ったのも発表の1分前とされており、彼らにとっても寝耳に水だった、というところなのだろう。

 アルトマン氏らをMicrosoftに迎える、という話にしても「どんな組織にするのか」「どの部門に、どんな待遇で迎えるのか」といった詳細は未発表。Microsoftとしてのプレスリリースも、各自のコメントを出すだけにとどまっていた。

 すなわちMicrosoftとしても、「緊急事態なので瓦解しないようにコメントは出したものの、どう扱うか決めてから発表したわけではない」のだ。

 だから22日(日本時間)に「アルトマン氏CEO復帰」が決まると、Microsoftも即座に賛同の姿勢を見せた。

 GPTシリーズをはじめとしたOpenAIの技術が使えなくなるのは、Microsoftにとっても大きな打撃だ。「今動いているもの」は契約関係でなんとでもなるだろうが、開発中のものや今後出てくるものはそうではない。

 「結局Microsoftが漁夫の利を得た」という論評が多いが、筆者の意見はちょっと違う。OpenAIのリソースを自社内に取り込んで有利な地位を得たいというより、彼らは単に「あわててなんとかしようとした」だけなのだ。

 9月21日、Microsoftはニューヨークで、同社の「Copilot」技術に関する発表会を開催した。筆者はその場に参加していたのだが、サティア・ナデラCEOが冒頭に発した言葉が強く心に残っている。

 「どういえばいいのか……今はすごくクレイジーな状況なんです。1社が市場を支配し、革新と活力を与えようとしている。まるで90年代の再来です。ソフトウェアのイノベーションをもたらし、このジャーニー全体を楽しむことができる場所にいるのは、非常にエキサイティングなことです」

 ここで出ている「1社」とはMicrosoftのことではない。OpenAIのことだ。OpenAIの動きに多くの人々が一喜一憂し、彼らが提供するコア技術の上に、Microsoftの施策も成り立っている。Microsoft自体も、ChatGPT発表以降の1年で提供したものとは思えないほど、矢継ぎ早にサービスを追加し続けた。結果としてサービス名と内容の関係が非常に分かりにくくなり、名称変更と整理が始まっているのはちょっと皮肉なことだが。

「元のまま」が結局ベスト、騒動は衝動的なトラブルか

 アルトマン氏らがOpenAIに戻らなかった場合、Microsoftとの関係はどうなっていただろうか? これはなかなか興味深い話なのだが、実現しなかった以上「たられば」でしかない。

 ただ意外と、ナデラCEOは胸をなで下ろしているのではないかな、とも思う。

 というのは、Microsoftが単純にOpenAIを取り込むと、また「独禁法問題」が飛び出してくる可能性もあったからだ。

 OpenAIとMicrosoftの関係は絶妙なバランスにある。研究開発組織としてのOpenAIにMicrosoftは直接的影響をもたらしていないが、そこからサービスを展開する営利部門は実質的に支配している。そして、OpenAIがAIの学習を進めるにも、推論をサービスとして提供するにも、MicrosoftがAzureで提供する強力なサーバ群が必須になる。

 一方で、OpenAI自体が他社とサービスを提供したいと考えた時に、Microsoftが関与できない形も必須だ。その方が選択肢は広がり、ビジネス的にも有利である。

 Microsoftの快進撃を支えているのはOpenAIであり、OpenAIのビジネス導入を支えているのもMicrosoftである。この関係は両社にとって、是が非でも維持しなければいけないものである。

 OpenAIにとってMicrosoftは、演算力を与えてくれる貴重なパートナーだ。演算力は別のところでも得られるものなのだが、他社に切り替えるとなれば相応の時間がかかり、その間の研究が止まる。OpenAIにあるのは、極論「人材だけ」であり、歩みを止めれば他社に追い付かれてしまう。

 だとすれば、「OpenAIがMicrosoftに依存していても、OpenAI=Microsoftではない」今の形は理想的なバランスなのだ。

 今回の騒動でOpenAIのガバナンスについて疑念が広がったことは、OpenAIにとってもMicrosoftにとってもマイナスである。早急に解決に向かったのは、「新体制になることを誰も望まなかった」からだし、「混乱はマイナスしか生まない」からでもある。

 だとすれば、可能な限り素早く収拾を図るのは必然であり、そのための近道は「アルトマン氏らがOpenAIに戻る」ことだった……ということなのだろう。

 今回の騒動は、AGI(汎用人工知能)実現の方向性に関しての衝突、ともいわれる。ありそうな話だ。

 だが、AGIの実現はいつかも分からない。近づいている可能性もあるし、単なる「より賢い反応をするAI」が出てこようとしているにすぎないかもしれない。その方向性でもめていた可能性はあっても、AGIの実現にはMicrosoftのサーバ群が必要であり、いきなり他社に切り替えることもできない。

 正直こんなことはOpenAIもMicrosoftも分かっていたはず。

 だからこそ「お家騒動」が飛び出してしまったのは、論理的な考察の結果ではなく、衝動的な何かだったのではないか……と筆者は考えてしまうのだ。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏