閑古鳥から始まったスーパー「アキダイ」1号店 社長の声かけから生まれたにぎわい

閑古鳥から始まったスーパー「アキダイ」1号店 社長の声かけから生まれたにぎわい

 野菜高騰などのニュースがあるたびテレビに頻繁に登場する、東京都練馬区の食品スーパー「アキダイ」。同区を中心に7店舗を展開し、活気のある接客や品質の良さで、年間39億円を売り上げます。しかし、社長の秋葉弘道さん(55)が23歳でオープンした1号店は閑古鳥が鳴いていました。八百屋の仕事に魅せられた青年はどのように逆境を乗り越え、店を成長させたのか。前後編で迫ります。

「人前でしゃべれるようになりたい」で天職に出会う

 埼玉県出身の秋葉さんが八百屋の仕事に出会ったのは高校生のころ。アルバイトを募集していた店舗で、若い店員が大人の客に元気に売り込んでいる姿を見て「これだ!」と思ったそうです。今でこそテレビにも多く出演し、元気で話し好きのキャラクターで知られる秋葉さんですが、幼少期は口下手な性格だったと言います。

 「子どもの頃は人前で喋ることは基本、避けてきました。中学3年生の時にやらされた体育祭の応援団長をきっかけに、言葉のキャッチボールの楽しさに目覚め、もっと人前で喋れる人間になりたいと思うようになったのです。高校からは生徒会長など、あえて人前で喋るステージに立つようにしました。八百屋さんでのアルバイトも、そのひとつだったんです」

 これが結果的に、天職との出会いとなりました。

 アルバイトでは手取り足取り仕事を教えてもらえるわけではありませんでしたが、先輩や社長のやりとりを聞いて商売の基本を覚えていきました。積極的な姿勢が評価され、2年目の夏には高校生でありながら売り場の値付けを任されるようになります。

 「社長から桃の原価表を渡されて、『好きなように値段つけて売っていいよ』と任されました。接客を工夫して130ケースを完売し、『明日は150ケースに挑戦するからもっと持ってきてください』と言ったりしてね。それが自分の原点ですね。商売は本当に楽しいと思った。もちろん楽じゃない仕事です。外で働いているんですから、当然夏は暑いし冬は寒い。だけど、お客さんとのやりとりや、売れたときのうれしさ、まわりから必要とされることなど、商売の喜びを感じられました」

20歳で「10年に一人の天才」に

 商売の楽しさをアルバイトで覚えた秋葉さんは、高校卒業後、計測制御機器の大手メーカーに就職します。

 「一部上場企業でもあったので、仕事環境や待遇にも不満はありませんでした。ただ、大きい会社は自分がいなくてもまわるし、自分らしさを出すことがなかなかできない。敷かれたレールの上を走っているようで、自分の人生はこれでいいんだろうかと疑問が生じていました」

 1年余りでメーカーを退社。「やっぱり自分には八百屋しかない」と、高校時代にアルバイトをしていた青果店の社員となりました。バイト時代より仕事の幅が増え、仕入れも担当するように。朝6時半に青果市場に行き、買い付けた野菜や果物をターレーで運んで、店ごとに仕分けしてトラックに積み込む作業を担いました。

 「仕分け作業が終わると、市場を回って物を見たり、市場の売り子さんと話したりして、青果の知識を高めていきました」

 こうした努力で、野菜の目利き力や、天候や生産地の情報をふまえた価格交渉の力を身に着けていった秋葉さん。やがて、店舗を実質的に任されるようになります。

 「売り上げが落ちた店を任され、どうしたらいいか悩みもありましたが、必死になって何ヶ月も模索するうちに、売り上げの作り方がだんだん分かってきました」

 試行錯誤の末、秋葉さんの店舗は売り上げも利益率も不動の1位に。この時わずか20歳。社内からは「10年に1人の天才」と言われるようになります。そして、店舗と同時に仕入れも担当するようになり、毎日夜2時に市場に行き、自宅に帰れるのは夜11時過ぎという過酷な日々を過ごします。

 「苦しいこと、嫌なこともありましたが、不平不満を言うのは嫌いだったので表には出しませんでした。ただ、自分だったらこうしたいという思いが強くなり、21歳くらいの時から独立を考えるようになります」

回り道の末に独立を決意

 1年後、秋葉さんは自分の店を出すために青果店を退社。すぐには開店せず、運送会社でルート配送のドライバーとして働き始めます。「自分は本当に八百屋さんを一生の仕事としてやっていきたいのか、他の仕事もしてみて冷静に考えたかった」という理由でした。

 ここでも秋葉さんは、持ち前の意欲で配送を手早くこなし、時間を持てあますようになります。そこで秋葉さんは、午前3時半から6時半まで、週4回、青果市場でアルバイトを始めます。

 「開業資金も貯めたいし、行ったことがない市場の仕組みも見たいと思って。そうやってるうちに、やはり自分のお店をやりたくてしかたがなくなってきました」

 あえて遠回りをしたことで、開業の決意を固めた秋葉さん。出店する場所を探すようになります。しかし、十分な資金もない20歳そこそこの若者に貸してくれる大家はなかなか見つかりません。ようやく見つけたのが、現在のアキダイ本店の近くにあたる、練馬区関町北の物件でした。

 「それまではほとんど門前払いで相手にされませんでしたから、ちゃんと話を聞いてもらえてうれしかったですね。その物件は半年借り手がついていなかったこともり、借りることができました」

 物件は、西武新宿線の武蔵関駅から5分ほどと、アクセスは悪くありません。しかしこの立地が、大きな壁となりました。

開業資金が借りられない

 秋葉さんが開業資金のため、信用組合に融資をお願いしたときのこと。前に働いていた青果店の社長も「10年に1人の天才だから」と掛け合ってくれたにもかかわらず、200万円の融資を断られたのです。

 「当時、中古車を買うための400万円のローンは組むことができたんです。それなのに開業資金の200万円を借りることができなかった。『なんで』って思いましたけど、理由はあとでわかりました」

 足りない開業資金は親戚などからどうにか集め、1992年3月、アキダイの1号店がオープンしました。

 初日こそチラシの効果で賑わいを見せたものの、1~2週間すると、お店には閑古鳥が鳴くようになります。ひどい時には、店頭で1時間半待って来てくれるのがたった1人、というような状況でした。

 「それでも日々の仕事は変わりません。早朝3時半に起きて市場に行って、夜は店が終わってから次の日の準備をして12時半に寝る。そしてまた朝3時半にベッドから這うように出て市場へ行く。それなのに、お客さんは来ない。売れ残った野菜は目の前でどんどんダメになっていく。苦痛でしかありませんでした」

人通りの少なさに「商売は無理」

 かつて「10年に1人の天才」と言われたプライドも、全く役に立たず。来たお客さんに対して接客して売るのと、客を店に呼ぶことの大きな違いを思い知らされます。

 客が来ない最大の原因は、住宅街の真ん中という立地でした。周囲には個人商店がまばらにあったものの、人の流れはかなり少なかったのです。

 信用組合の融資担当者は、この状況を見越していました。融資の判断の際、店舗の開業予定地の前に車を止めて人の流れを見てみると、買い物客のピークとなるはずの夕方4~5時の時間帯にもかかわらず、誰も人が通らなかったそうです。

 「これは、後々になってから教えられたことですが。『この時間帯に人が通らないこの場所で商売は無理』という判断だったそうです」

 店の前は、路線バスの通り道。ここをバスが通るときが特に苦しかったといいます。

 「乗客がお店を見て、『あそこ全然人がいない。すぐ潰れるよ』と噂していると思ってしまって。恥ずかしい気持ちになり、バスが来るたび背中を向けていました。お店をやめたくてしょうがなかったです」

 どん底の中、踏みとどまるきっかけとなったのは、過去にあえて他の業種で働いた経験でした。自分が、好きで八百屋の仕事を選んだということを、改めて思い出したのです。

 「あんなに好きでしょうがなくてやりたかったお店なのに、仕事を嫌いになっていた。これじゃいけないなと。這うつもりで1年間だけ全力で頑張って、やめようと決めました。『こんなに頑張ったけどダメだった』と胸を張って言えるくらい一生懸命やろうと。それが応援してくれた人たちへの礼儀だと思ったからです」

起死回生となった口コミ

 考え方を変えた秋葉さんは、来てくれた客に喜び、商品をカゴに入れるたびに感謝の気持ちを持つようになりました。たくさん買ってくれない客には、知識をいかして商品の良さを一生懸命に説明。客がいなくても、「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と大きな声を出し続けました。すると、少しずつ変化が起きたのです。

 「『お兄ちゃん元気ね』と声をかけてくれる人が出てきて、やがて知人を連れてくれるようになったんです。また、あんなに嫌だった路線バスに向かって、『大根一本10円』と書いたダンボールを振っていました。そしたら、バスからおばあちゃんの団体が下りてきてくれて。今度は、おばあちゃんから聞いた家族も買いに来てくれるようになりました」

 こうして口コミによってお客さんが増えていき、3月の開業当初は1日8万円しかなかった売り上げが、5月には30万円、秋には80万円へと増加。そして1年後には1日100万円をコンスタントに売り上げる繁盛店になりました。

 開業から半年後、一度融資を断った信用組合の担当者が、翌年のカレンダーを持って店を訪れました。「あのときは本当にすみませんでした。一世一代の不覚です。正直、こんなに売れるお店になるとは思いませんでした」と頭を下げたと言います。

 現在も、アキダイの集客の要は口コミです。しかし口コミだけでは、一度来た客も定着してくれません。リピーターを生み出しているのは、おいしくて新鮮な食材を安く販売できる「仕入れ力」だといいます。

※【後編】では、アキダイ最大の強みである仕入れ力、さらに店を守るため決意した大手傘下入りについて聞きます。

大手傘下に入っても貫く「らしさ」 アキダイ社長が引き継ぐノウハウ

 年間300本以上のテレビ取材を受ける、東京都練馬区の食品スーパー「アキダイ」。社長の秋葉弘道さん(55)は、「ここで商売はできない」と言われた1号店の逆境をはね返し、年商約38億円のスーパーに成長させました。原動力になっているのは、おいしい食材を安く提供できる「仕入れ力」だといいます。2023年3月には、この仕入れ力を引き継いで店を守るため、大手スーパーによるM&Aを受けました。

リピーターを生み出す仕入れ力

 1992年に開業したアキダイ1号店がなんとか軌道に乗ってから(前編参照)、秋葉さんは少しずつ店舗を拡大していきます。現在は東京都練馬区を中心に計7店舗を展開する、従業員数約200人、年商約38億円のスーパーに成長しました。

閑古鳥から始まったアキダイ1号店 売上を急増させた社長の接客力

 開業のころと同じく、現在も口コミが集客の要となっているアキダイ。しかし口コミだけでは、一度来た客も定着してくれません。リピーターを生み出しているのは、おいしくて新鮮な食材を安く販売できる「仕入れ力」だといいます。

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