「犬」に吠えられると一目散に逃げる「クマ」の心理 なぜ「野生のクマ」は「犬」にだけ弱いのか
日本中で人がクマに襲われる被害が相次ぐなか、犬がクマを撃退する事例がいくつも報告されている。飼い犬に吠えられて逃げ出すクマの動画がSNSで拡散されたり、軽井沢町では民家エリアに近づいたクマを森に追い返す「ベアドッグ」が活躍していたり。しかし、クマはなぜ、自分よりも小さな犬を怖がるのだろうか。『ざんねんないきもの事典』シリーズの著者で、動物学者の今泉忠明さんに解説してもらった。
なぜ、クマは犬を怖がるのか。今泉さんにその理由をたずねると、「正確には、怖がるというより、避けたがっている。かつて里山に暮らしていた野良犬の記憶が残っているのでしょうね」と返ってきた。
「クマが野良犬の縄張りに入った場合、犬は追い出そうと立ち向かってきます。どんな犬も単独ではクマにかないませんが、2~3頭以上の群れをなして集団で攻撃してくる。これがなかなか厄介なのです」
野良犬たちの戦術は、こうだ。まず1頭が、クマと正面から向かい合う。そして他の仲間はクマの後方に陣取り、隙を見て後ろから足にかみつく。アキレスけんを切れば獲物の動きが止まることを、本能的に知っているからだ。そして怒ったクマが後ろの犬を攻撃しようとすると、今度は最初に正面にいた犬が、再び後ろから足にかみつく……。
■野良犬に「かく乱」されてきたクマ
クマはあっちを向いたりこっちを向いたり、犬たちにかく乱されるというわけだ。もちろんクマが本気で突進すれば、包囲網は抜けられる。しかし、多少なりともケガをするリスクがある以上、犬との接触を事前に避けようとするのは、当然の反応だろう。
では、飼い犬と一緒に歩いていればクマを撃退できるのかというと、そう簡単ではないようだ。今泉さんは「近年のクマは犬が厄介な動物であることを忘れつつある」と、警告する。
日本では、1950年に制定された狂犬病予防法のもと、野良犬の駆除が進められてきた。今泉さんによると、10年ほど前にほぼすべての野良犬が姿を消したといい、その結果、犬に襲われた経験のないクマや、母グマから犬を避けるよう教わっていない子グマが増えているというのだ。
ここ最近、犬の散歩中にクマに襲われる事件が頻発している背景には、このような“犬を知らないクマ”の存在があると、今泉さんは分析している。
「『人ともちがう、なにか見慣れない生き物が来たな』と関心を持たれてしまい、犬の存在がクマを引き寄せている可能性があります。また、鉢合わせた際に犬が激しく吠えると、クマが興奮して突進してくることも考えられる。犬を連れていることで、むしろクマの被害に遭うリスクが高くなる恐れがあるのです」
■クマ出没は「野良犬駆除」の結果
さらに踏み込むと、「野生動物が人里に下りてくるようになったこと自体が、野良犬の駆除の結果だ」というのが、今泉さんの持論だ。
かつて、クマだけでなくシカ、イノシシ、サルなどにとっても、野良犬は厄介な存在だった。そのため、野良犬が暮らす里山は、自然界である山と、人が住む町の間の“防波堤”となり、野生動物を人のそばに寄せつけない機能を持っていたのだという。
「野良犬を駆除したことで狂犬病は撲滅できたけど、代わりに獣害が増えてしまった。人間の都合だけで自然に手を加えてはいけないという、典型的な例です。一度壊した生態系は、なかなか元には戻らない。大変な時代になってしまったね」
今泉さんによると、最近のクマは犬だけでなく、もはや人のことも怖がらなくなりつつあるという。人が山に捨てる残飯の味を覚えたことで、クマよけの鈴の音を聞くと、エサを期待して逆に寄ってくるケースが指摘されているのだ。
人間側の都合によって、クマはその生態をどんどん変化させ、私たちに牙をむくようになった。自然界からの“しっぺ返し”が収まる日は、来るのだろうか。
