日本で“発掘”された世界一有名なフェラーリ デイトナ「365GTB/4」、日本の納屋で40年ぶりに発見

世界で1台のフェラーリ、日本の納屋で40年ぶりに発見

イタリアの高級スポーツ車メーカー、フェラーリの「365GTB/4」シリーズのうち、世界に1台しかない公道走行用のアルミニウム製車両が約40年ぶりに日本の納屋で見つかり、今月9日に競売にかけられることがわかった。

フェラーリは1969~73年の間、1200台以上の365GTB/4を生産した。365GTB/4は2人乗りのグランドツーリングカーで、最高時速は約280キロ。「デイトナ」という非公式の愛称が付けられている。

フェラーリは、米フロリダ州デイトナで開かれるデイトナ24時間耐久レース出場に向けて軽量合金バージョンを5台生産。このうち公道走行用の車は今回発見された1台だけ。

同車の車体番号は12653で、車体全体にアルミを使用している。1950年代から自前の工場でフェラーリの車体組み立てを担当してきた著名デザイナー、セルジオ・スカリエッティ氏が手掛けたものだ。

同車が完成したのは69年。71年に日本の販売店に輸出され、日本の車雑誌「カーグラフィック」の72年1月号で取り上げられた。何人か持ち主が変わった後、80年ごろに最後の所有者の納屋に収まった。

イタリア北部マラネロにあるフェラーリの工場で今月9日、同社史上最大規模のオークションが行われ、発見された状態のまま修復を施さずに出品される。競売元のRMサザビーズによれば、170万ユーロ(約2億2千万円)の落札額を見込んでいるという。

日本で“発掘”された世界一有名なフェラーリ デイトナ、その運命と舞台裏

2017年9月、フェラーリ創立70周年を祝うイベント会場で、岐阜の納屋から“発掘”された1台のフェラーリが180万ユーロ(約2億3300万円)で落札された。高騰するクラシックカー市場とその価値について、越湖信一が考察した。 

落札金額は約2億3300万円!

2017年の夏、「日本発の“納屋物”クラシックカーがオークションにて高価落札」というニュースが世界中に流れ、「フェラーリ 365GTB/4(通称“デイトナ”)」にスポットが当たった。

その詳細に関してはすでに数多く報道されているが、改めて個体の素性を説明すると、1969年に製造されたそのデイトナは、まずイタリアの自動車雑誌『オートスプリント』誌のオーナーへ新車として納車された。その後、ヴェローナ、ラヴェンナ(ともにイタリアの都市)に住むオーナーを経て、1971年に日本へ輸出される。それから日本国内のオーナーを転々とした後、長きにわたって岐阜県在住のオーナーの元で放置されることになった……。

そして2017年の今年。そのデイトナが奇跡的に発見されたとして、納屋に置かれていたと思われる状態そのままの写真とともにRMサザビーズのオークションリストに載った、という次第だ。一夜明けると、さあ大変。まるで長年活動を休止していたロックスターが復活したかのように注目を集めることになった。

そのデイトナは去る9月10日、フェラーリの本拠地であるマラネロのフィオラノ・サーキットにて開催されたフェラーリ創業70周年記念イベントの一環としてのオークションに登場した。それも、オークションの大きな目玉としてだ。世界各国に向けて大々的にプレスリリースも発信された。

そのオークションの現場に、私は幸運にも同席することができた。見事に全身を埃だらけにしたデイトナがオークション会場の正面に鎮座し、入札は開始された。するとフェラーリの創立70周年を祝うように気前のよい入札が相次ぎ、金額はまたたくまに急上昇。

入場料(5万円ほど)を払って会場内で入札するだけでなく、電話やスカイプを使って会場外から入札する参加者も多かったが、あっという間に1億円を突破し、RMサザビーの定めていた参考価格である1.8億〜2.1億円も超えてしまった(!)。

結果的に、最終金額は180万ユーロ(約2億3300万円)となり、デイトナのオークションにおける最高落札金額を更新した。

デイトナの舞台裏

この落札結果は多くのニュース記事を生み出し、フェラーリのクラシックカーの価値に対する神話をさらに強固なものとした。フェラーリは早くから社内にクラシックカー部門を設け、マーケットの戦略を練っていた。クラシックカーとして高い人気を持つフェラーリのブランドパワーをより強固にするためである。

つまり、クラシックカーの市場価値を上げることで、新車販売のためのブランドパワーも持ち上げる。それだけではない。クラシックカーのレストア・ビジネスとしても大きな売り上げを確保しようというのだ。

さて、今回のオークションに登場したデイトナの舞台裏を、ここで少しばかりお話したいと思う。

1971年にこのデイトナを中古並行車として輸入したのは、いまはなき「シーサイドモーター」。デイトナは当時から大人気で、皆が競って買いに来ていた、と思うかもしれながいが、悲しくも現実はまったく逆だった。

スーパーカーブームが到来するのはまだ先の話で、世の中はアメ車の全盛期。マニアは注目すれど、クラッチは重いしギアも入りにくい。高回転まで回さないとパワーも出ないような小さなイタリア車に、大枚を叩く者はそうはいなかった。

シーサイドモーターの手に余ったデイトナは、業販ルートを通じて岐阜のカーショップへ流れることになる。オークション資料によればその買い手は「Goro Guwa of Gifu」となっているが、それは「ABCオート」不破五郎氏のことである。

そして次のオーナーの時代には、なんと悲しいことに素人仕事でレッド(ロッソ・キアロ)のボディはライムグリーンに塗り替えられてしまったのだった……。

デイトナの運命

なぜそんなことを知っているのか、と思われるかもしれないが、実はこのデイトナ、業界内では有名な1台であり、細かな情報にも事欠かないモデルなのだ。いまとちがい少し前の日本ではフェラーリは恐ろしくレアな存在で、そのクルマの特徴を言うだけで素性が解ったものだ。

ハナシを戻そう。最初のオーナーの手を離れ、次のオーナーへとバトンタッチされた時の価格は恐らく500万円にも満たないものであったようだ。そして、1977年に日本にはスーパーカーブームがやってくる。このデイトナも一躍スターとなった。アイドル歌手さながらに、それなりのギャラをもらい日本全国のスーパーカー・ショーを行脚した。

そんなある日、デイトナに不幸な出来事が起きた。スーパーカー・ショーにおける搬出中に、トヨタ2000GTと接触事故を起こして、フロント左側を破損してしまったのだ。小さな事故だったが、フロント部分は華奢だったのでレンズ類は割れるし、ボディもへこんでしまった。

そこでアクリルのグリルやモール類は新たに作成。当時、希少なウインカーレンズも在庫があったのだ。ボディは腕のよい職人が叩いて直したようだが、その時にアルミ製だったということを彼は関係者に語ったようだ。そのコメントが、後にこのデイトナの運命を変えることになる。

スーパーカーブームも終わり、オーナーが変わり、その時点でボディもオリジナルに近いレッドに戻されたようだ。しかし、残念なことにミッションを破損してしまい、デイトナはこれから長い冬眠に入ることになる。

しかしバブル期にこのアルミボディ製デイトナに再び脚光が当たった時があったという。エンスージアストの調査で、この個体が世界に唯一のスペシャルボディ・デイトナのロードバージョンであることが明らかにされたからだ。

世界中のコレクターからオファーが入ったのだが、当時のフェラーリは、このアルミボディ製デイトナの存在をオフィシャルに認めていなかったようなのだ。そのために、このアルミボディ・フィーバーも幕を閉じてしまった……。

忘れ去られていたわけではなかった!?

そして再び、この個体は長い間“岐阜のアルミボディ・デイトナ”として知る人ぞ知る存在で納屋に眠ることになる。事実をまとめるなら、このデイトナは忘れ去られて人知れず眠っていた、と記したいくつかのニュース記事は正しくない。

日本における最後のオーナーは、いい縁談があれば手放そう、と思い出したように関係者にアプローチしていたようなのだ。クラシックカー・ブームが頂点に達したとも言える昨今、ここのデイトナを何とかしてやろうと考え、積極的に動いた人間がいてもなんら不思議はない。その人物はオークションに出展するということを前提に、そのオーナーからデイトナを譲り受けたようだ。

デイトナの市場価格を鑑みるなら、今回の落札価格は結構なお値段であることが解る。そしてオークションで高額落札されるということは、関係者すべてが幸せになれるということでもある。

メーカーであるフェラーリのクラシックカー相場はますます強気になり、オークションハウスは多くの手数料を得る。もちろん売り手も高額をゲットするし、買い手も多くの報道で有名となった個体のオーナーとしての満足感を得た上で、世界が認知した2億円を超える評価額が価値を保証する……。

そういう観点からみると、今回のオークションは賢明なプロデューサーが描いた、良く出来たショーであったのではないだろうか。もし、このデイトナの埃を落とし、フツウに売ったらどうであったろうか? オフィシャルな記録がない(ホンモノがどうかわからない)アルミボディで、ミッションは壊れて不動、ペイントも厚塗りで、インテリアも傷んでいる。この要レストアなデイトナが高額で売れるだろうか?

そんな個体を日本で発掘した納屋物として、ミステリアスにフェラーリの70周年イベントでデビューさせ、皆に夢を与えたのだ。フェラーリ・クラシケの担当者を動かして鑑定を行わせ、このアルミボディはオリジナルであったと“お墨付き”を得て。

ボディの埃は決して取ってはいけない。もし運搬中に埃が取れてしまったら、ディテイラー(磨き職人)に頼んで“自然な汚れを付けて”もらわなければいけないから、慎重な取り扱いが必要だ。綺麗にするより、自然に汚す方が難しいのだ。

そして仕上げは納屋での撮影だ。いかにもミステリアスな納屋のような雰囲気を醸し出す必要がある。よく見るとRMサザビーの発表した写真にはいろいろなエフェクト処理が施されているのが解る。なぜなら、私の知っているこのデイトナが長年置かれていた現実の“車庫”と、このオフィシャル写真とは大ちがいなのだから。今風に言えば“インスタ映え”させたデイトナといったところだろうか。

歴史を感じる世界の名車たち/AUTOMOBILE COUNCIL 2019(外国車編)

桜咲く春4月、今年も「オートモビルカウンシル2019」は開催されました。

会場は千葉市の幕張メッセ、近くなので暇つぶしに行ってまいりました。

テーマは、夢の街「プリシャス スプリング タウン」、

美しく貴重な車たちが集うヘリテージカーの祭典です。

出展業者は80社以上、展示車両は約130台、往年の名車がこれだけ集まるとは見事です。

来場者数は3万5千人、先日行われたモーターサイクルショー(15万人)に比較すれば少ないものの、旧車人気の高さに驚かされます(2019.04.07)

イタリア フェラーリ 365GTB/4 デイトナ 1968年

フェラーリ史上もっとも美しいとされる2シータースポーツカー、

V12 DOHC 4390cc 352ps 6連キャブ 280km/h

生産台数は1406台といわれ、非常に貴重な名車、

2年前のこと、フェラーリ創立70周年記念イベントで、1台のフェラーリが2億3千万円で落札されたらしい。

その車こそ365GTB/4 デイトナ、どういう訳か岐阜県の納屋に永いこと眠っていたといいます。

このところ旧車が高騰、一昔前の財産化しているようです。

当時の価格1500万円

世界に1台のあのフェラーリ365GTB/4 デイトナはどうなった??

世界で1台の

Ferrari 365GTB/4 デイトナ

正確に言うと、世界で1台のアルミボディのデイトナですが、

結局、9月9日にイタリアのマラネロで開催されたオークションでおいくらで落札されたか気になりませんか?

€1,807,000

約2億4000万円

予想落札価格のレンジが、

€1,400,000から€1,700,000

でしたから上限は超えてきましたねぇ。

誰が買ったんでしょうねぇ。日本人だったら面白いのですがおそらく違うのでしょうね。

先日この車を記事で紹介した後で名古屋の読者の方からご連絡をいただきました。

なんと「この車を買わないか?」

との話が昨年にあったそうです。岐阜の納屋に埋まってたそうです。

お値段はズバリ

8,000万円だったそうです。今思えば安い!😁

結構、名古屋では有名な話だったそうです。

単純計算で言ってしまえば、右から左に流して1億5,000万円の儲けですからぁ。

これぞ濡れ手に粟なのか。クラシックの世界における無知ほど怖いものはないですねえ。

現オーナーが価値を全く認識してなければ、最悪スクラップで悪い業者だとボディの屑アルミ代で引き取られたかもしれない代物ですからね。

実際は外人が買いに来てとのことなので8,000万円以上の価格で売れたんでしょうがねぇ。

一部の写真はサザビーズでも紹介されていましたが、こんな車内の状態の写真が出回っていたそうで。

8,000万円と言われても間違いなく躊躇しますよねぇ。

上の写真では車内のフロアマット、ドライバー側が青で助手席側が赤ですが、サザビーズの写真では逆になってます。カメラマンが入れ替えたんでしょうね。

完全に納屋の中の粗大ゴミですね。相当な期間、動かしてないことがよく分かります。

ところがこの車には「岐阜」ナンバーが付いてましたよ。もちろん年代物なので

「岐」でナンバーはお約束の「365」でした。

こちらの写真はエンジンですが、とてもエンジンかかる状態じゃないですねぇ。

これから新しいオーナーのもとで完全なる復活を遂げてほしいですねぇ。

ちなみにオリジナルで良好なコンディションの1973年のデイトナのスパイダーが同じくこちらのオークションで、

€2,479,000でした。3億2000万円でしたのでこの岐阜にあったデイトナ、完全に復活すればかなりのお値段になるのでしょうね。レストアに億単位かかるのかもしれませんが。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏