ドル円相場再び145円台、「異常な円安」が止まらない“本当の犯人”
● 日銀だけが「緩和維持」で 円キャリー取引が再び活発に
円安が再び進んでいる。ドル円レートは6月30日には約7カ月ぶりに145円台まで下落した。このところ持ち直し7月12日には約1か月ぶりに139円台をつけたが、円安基調は変わっていない。
円安が進む原因は極めて明白だ。円で資金を調達してドル資産で運用する「円キャリー取引」が活発になっているからだ。
これは本来は非常にリスクの高い取引だ。将来円高になると、金利差収入を超える為替差損が発生し、損失を被る危険がある。世界の主要国は、インフレ退治のために金利を引き上げてきた。したがってキャリー取引にはリスクが伴う。
ところが、主要国の中で日本だけが金融緩和を維持してきた。そして日本銀行は新体制に変わっても、大規模緩和を継続すると明言している。このため、投機家は安心して円キャリー取引をおこなうことができる。つまり、日銀が投機家の利益を保証することによって、円キャリー取引をあおり、円安を招いているのだ。
だが、異常な円安が止まらないのは、ほかに構造的な要因があるといわれている。その見方が妥当かどうかは、後で検討する。
● 再び円買い介入はあるか FRBはさらに利上げの予想
今の状況を、昨年9月22日の円買い介入時と比較してみよう。
9月8日に財務省と金融庁、日銀が情報交換会合を開き、神田真人財務官が「あらゆる措置を排除せず必要な対応を取る準備がある」とした
14日に1ドル144円台まで円安が進むと、日銀が為替介入の準備のために市場参加者に相場水準を照会する「レートチェック」を行なった。そして、介入が行なわれた。
今の為替レートはレートチェックが行なわれた時点とほぼ同じなので、いつ円買い介入が行われてもおかしくない状態だ。
昨年も円キャリー取引が円安を進行させた。日本円は2022年の春から秋にかけて著しく減価し、介入前の9月には1ドル=151円台をつけた(図表1参照)。
その後、日本が介入に踏み切ったことで円安の動きが収まった。12月には、日銀がイールドカーブコントロール(長短金利操作)の長期金利の上限を引き上げた。さらに23年3月にはアメリカで中堅地方銀行の経営破綻が続き、これによってアメリカの長期金利が低下したために円高への動きが起きていた。
しかしそれも収まって、再び円キャリーの投機が復活したのだ。しかも現状では、アメリカのインフレが容易に収まらないため、今後もFRB(米連邦準備制度理事会)が政策金利をさらに引き上げるという予想が強い。
● 実質実効為替レートは71年頃の水準 いまの減価は構造的な原因?
日本円は長期的なトレンドで見ても、減価を続けている。国際決済銀行(BIS)が算出する「実質実効為替レート」をみると、2023年5月における指数は76.2だ。
これは、ピークだった95年5月の191.35に比べると、約4割の水準でしかない。そして、固定為替レート時代の71年頃の水準だ。これほど大きく減価したのは、先進国通貨では日本円だけだ。
そして、こうした異常な落ち込みにもかかわらず、減価が止まらない。
13年から始まった異次元緩和の過程でも、市場為替レートは、21年までは1ドル=100~110円のレンジにあった。また実質実効為替レートを見ても、13年から21年までは大きな変化はなかった。
ところが、22年に急激に円安が進んだ。そして元に戻る気配がない。何か異常なことが起きているとしか考えられない。こうしたことから、今の円安は金利差だけによるのでなく、構造的な要因によるとする意見がある。
根拠として挙げられるのは、第1に、円安でにもかかわらず経常収支の黒字が縮小したことだ。確かに、22年の経常黒字は11兆円と、14年以来8年ぶりの低水準に落ち込んだ。しかし、これは原油など資源のコスト上昇による効果が大きい。(ただし、日本の製造業の国際競争力が落ちていることは事実だ。しかし、これが円安の原因になっているわけではない)。
第2に挙げられるのは、円安になったにもかかわらず輸出が増えないことだ。本来なら、円安が輸出を増加させて貿易収支が改善し、その結果、円高になるはずだが、そうならないというのだ。
円安でも輸出が増えていないことは事実だ。しかし、これは最近、始まったことではない。海外生産比率が増加したこともあるが、もともと円安になっても、ドルベースの輸出額は増えない。輸出数量は、円ベースの輸出価格でなく、契約通貨(主としてドル)ベースでの輸出価格で決まるのは自然な現象だ。
円安で輸出が増えるというのは、円ベースでの輸出額のことだ。ドルベースの輸出価格ドルベースでの輸出額が一定であっても、円安になれば円ベースの輸出額が増えるのは当然のことだ。
● 円安への安易な依存が企業活力を奪い 「円安政策」から脱却できなくなった
日本経済が円安から脱却できないのは、日本が円安に安易に依存するようになったからだ。1990年代後半から「円安政策」が取られるようになり、2003年に大規模介入による円安政策が始まった。そして13年からの異次元緩和で、さらに円安を進める政策が加速した。
前述したように、円安になれば、円ベースでの輸出額は増える。円ベースの輸入額も増えるが、企業は原材料価格の上昇を売り上げに転嫁し、最終的には消費者が負担する。したがって企業の利益が増える。
このように何もしなくとも自動的に利益が増えるので、日本企業はイノベーションを行なう意欲を失った。日本企業の競争力が低下したのは、このためだ。
低金利は、ゾンビ企業など効率性の悪い企業の存続を助けることにもなる。昨年来の円安進捗にかかわらず日銀が金利を引き上げられないのは、低金利に依存してきて日本企業の体力が低下してしまったため、低金利でないと生き延びられない企業が増えてしまったからだと考えることもできる。その意味では確かに、日本企業の劣化という構造的要因が円安の原因になっている。
為替レートの動きは、これまでに比べて異常なもののように見える。それはコロナ禍からの経済回復やウクライナ戦争による資源価格急騰で起きたインフレに対抗してアメリカをはじめとする世界の中央銀行がかつてないハイペースで利上げを進めたからだ。
それにもかかわらず、日銀だけが従来からの金融政策を動かしていない。そのために生じている現象なのだ。
● 円安の弊害は明白すぎるが 金融政策は動かない
円安が続けば、日本人は海外の製品をより高い価格で買うことを余儀なくされる。したがって、日本人の生活は貧しくなる。円安とは、ドル表示での日本人労働者の賃金を引き下げることだから、こうなるのは当然だ。
それだけでなく日本で働こうとする外国人も減ってしまう。2022年に急激な円安が進む中で、外国人労働者が日本を敬遠したり、日本人の若者がワーキングホリデーを利用して海外に流出したりする動きが報道された。
現在の為替レートは、こうした報道が盛んに行われた頃に比べて、格別、円高になったわけではない。だからこうした状態は、その時と同じように残っている。今後は人口の高齢化によって人手不足がますます深刻化する日本で、これは深刻な問題だ。
このように円安の弊害は明白すぎるにもかかわらず、多くの日本人が、円安は国益であるかのごとき錯覚にとらわれていた。ただ22年の円安の過程で、多くの日本人がそれまでの錯覚から目覚めた。しかし、金融政策に影響を与えることにはなっていない。
