「プーチンの個人資産凍結」より痛恨だった制裁。意味がわかると怖い「ロシアが使える外貨は、中国・760億人民元のみ」の恐ろしさ
世界の先行きを探るうえで、できるだけ先入観をもたずに、数値やデータ、フェアな視点で、考えていく姿勢をもちたいものです。昨今は資源価格の高騰が止まらず世界中でインフレが起こっていますが、さらなる大きな変化の序章に過ぎないのかもしれません。金融マーケットはこのような複雑な世界情勢が数値で現れる世界です。金融アナリスト戸田 裕大が金融市場を解説します。
ロシアに対する経済制裁の概要
そもそもなぜEUやアメリカはウクライナを支持しているにもかかわらず派兵には消極的なのか。
それは、ウクライナはアメリカが加盟するNATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)と呼ばれる軍事同盟に加盟しておらず、またNATOがロシアに対して直接対峙すると、第三次世界大戦に発展してしまうシナリオが懸念されているからです。
そのため国際社会は、資金援助または武器の送付などウクライナへの間接的な戦争支援に限定しています。
そのなかでも中長期的に大きな効果を期待されているのが「ロシアへの経済制裁」です。制裁の内容としては、主に「資産の凍結」「取引の制限」「領空の閉鎖」、それらに伴う「事業の撤退」の4つですが、特に金融領域である「資産の凍結」「取引の制限」について詳しく見ていきたいと思います。
まずはロシアのプーチン大統領や、ラブロフ外相など政府要人に対する資産の凍結についてです。
一説にはプーチン大統領は途方もない隠し資産を所有しているとする報もありますが、真偽は不明です。
権力を行使すれば富を築けることは間違いないと思いますが、国家予算や戦略に影響を与えるような莫大な個人資産を有しているとは想定できないため、政府要人に対する資産凍結は経済的な意味合いよりも、シンボリックな意味合いが強いと考えています。
ロシアの富裕層オリガルヒへの資産凍結が与える影響
次にオリガルヒと呼ばれる新興財閥に対する資産凍結について見ていきます。ロシアには国有企業の民営化の過程で多くの資産家が形成されました。2021年度のフォーブス誌に掲載されているビリオネア、10億米ドル以上の資産をもつロシア人は118人いて、これらの大半が資源や金融関連のオリガルヒです。
なお118人の資産額の合計は5,860億米ドルで、これはロシア中央銀行の外貨準備残高とほぼ同金額になります。したがってオリガルヒへの資産凍結は大規模なもので、効果も大きいという認識です。
またアナウンス効果としても小さくないものと考えています。海外とロシアとの商取引においてはオリガルヒが大きな影響力をもっていることが想定されますので、たとえばG7(Group of Seven:フランス、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダおよび欧州連合で構成される政府間の政治フォーラム)各国の大手企業がオリガルヒとの新規事業を進める可能性はぐんと低くなります。
将来にわたって、オリガルヒとの取引は政治的なリスクが高いと判断される一つのきっかけになるでしょうし、それがロシア株の下落圧力として機能しているように思います。なぜならモスクワ証券取引所に上場する多くの企業とオリガルヒとの関連は強いからです。
インフレ時の為替介入に必要な外貨準備の65%を凍結
次にロシア中央銀行の外貨準備の凍結についても見ていきましょう。
外貨準備とは、自国の通貨価値の防衛や対外債務の返済のために貯蓄してある外貨のことです。たとえば日本の場合、2022年5月15日執筆時点で1ドル=130円前後ですが、仮に1ドル150円170円と円安が止まらなくなると、自国通貨、日本円の価値が下落しているので相対的に物価が上昇し、インフレが止まらなくなります。
このようになると非常にまずいので、その際に為替介入と呼ばれる、政府が自国通貨である日本円を買う行為を行います。そのための財源が外貨準備です。
2021年6月末時点のロシア中央銀行の外貨準備額は5,853億米ドルです。これは大きいのか小さいのかと問われれば、非常に大きな金額といえます。
2022年3月末時点の日本の外貨準備が1兆3,561億米ドルで、ロシアの2.35倍の数字ですが、ロシアと日本の経済規模は日本のほうが大きく3.41倍ほどありますので、経済規模で比べればロシアのほうがより多くの外貨を保有していることになります。
ところが各国がロシアの外貨準備を凍結したことで状況は一変しました。
通常、外貨準備は海外の中央銀行に預けているのですが、その資産が凍結対象になってしまったのです。
米ドルやユーロ、英ポンドに日本円など、凍結された資産は全体の65%に及びます。おそらく現在使用可能な外貨準備のほとんどは「金と人民元」です。
すると使用可能な外貨は5,853億ドルのうち35%の2,048億ドルとなります。しかも金は外貨ではなく、換金に制限が掛かる可能性もありますので、実質的には人民元760億ドルだけが即時に使用可能となります。
真に恐れるべきは自国通貨高ではなく自国通貨安
外国為替の大口取引を担当していた筆者の経験では、760億ドルという金額は巨額ですが、大きな機関投資家1社がもつポジションは数十億ドル単位に上ることもありますので、彼らがロシア売りに回る場合にはかなり心もとない金額と感じます。
こういったことも経済制裁初期においてロシアルーブルが売り込まれた要因の一つだったのでしょう。
自国通貨高に関しては為替介入上の大きな問題はありません。なぜなら日本ならば日本円、ロシアならばロシアルーブルを財源に、米ドルなり外貨を買えばそれで為替レートを支えることができるためです。
つまり、自国通貨高を防衛するための為替介入は財源に大きな制約がないということになります。
一方で自国通貨安を支える為替介入は困難を極めます。なぜならば外貨を持っていないと自国通貨を買い支えることができず、豊富な外貨がないと為替介入の財源がすぐに尽きてしまうからです。
自国通貨高ではなく自国通貨安こそが国家存亡の危機になるということを、ぜひ覚えておいてください。
