志村けんさん「亡くなるまでの1カ月間」飲み仲間のテレビマン明かす…急逝からまもなく3年
新型コロナウィルスの感染が収束に向かおうとしている中、2020年3月29日に急逝した国民的コメディアン、故・志村けんさん(本名・志村康徳 享年70)が亡くなって3年が過ぎようとしている。
志村さんの訃報は多くの人に衝撃を与えた。
「今でも、志村さんから『今日、飲みに行こう』という電話がかかってくるのではないかという気がしています。志村さんの死はいまだに信じれません」と話すのは、志村さんと公私に渡り20年来の付き合いのあったテレビ番組制作会社プロデューサーのSさんだ。Sさんは、志村さんが亡くなる直前まで一緒に酒を飲み、連絡を取り合っていたという。
「志村さんの番組制作に関わった縁で、収録が終わったり、志村さんの時間が空いたりしたときに、六本木の高級クラブやキャバクラ、志村さんが日課のように通っていた麻布十番のガールズバーでご一緒させていただきました」
当初、志村さんの感染経路を巡って、銀座や大阪・北新地のクラブが疑われ、それぞれのママによる中傷合戦にまで発展したが、志村さん急逝までの約1カ月間の足取りをSさんが証言してくれた。
「3月6日、志村さんはアダルトビデオ制作会社の社長の接待で、銀座8丁目の高級クラブ『B』に飲みに行っています」
志村さんはもともと六本木のクラブやキャバクラに通っていたが、六本木のクラブで親しくなったホステスのAさんが、前年(2019年)に銀座8丁目のクラブに移籍したことから銀座のクラブにも顔を出すようになったという。
「Aさんは18歳の頃、六本木のクラブチェーン『K』でホステスをしている頃に志村さんと知り合い、その後親密な関係になりました。恋人関係が終わった後も、志村さんはAさんの面倒をみていたといいます。3月6日の当日、志村さんはAさんが勤務していた『L』には来ませんでしたが、Aさんがたまたま志村さんの車を見かけ、志村さんにメールしたところ、『Bにいる』という返信が来たそうです」(Sさん)
志村さんは3月10日、バラエティ番組「あいつ今何してる?」(テレビ朝日系)の収録のためにスタジオ入り。これが最後の番組収録となった(放送は3月25日)。
■焼酎のソーダ割を2杯だけ飲んで帰った
「当日、志村さんが眠たそうにしていたので、スタッフが『昨日、遅かったんですか?』と聞いたら、『(前夜)遅くまで飲んでいた』と話したそうです」(番組関係者)
Sさんは、「9日は六本木のバカラバーで朝方4時まで千鳥の大悟(42)と渡辺直美(35)、それにハライチの澤部佑(36)の3人と飲んでいたといいます。2月20日が志村さんの70歳の誕生日でしたが、当日お祝いできなかったので、その日、大悟らと一緒に飲んでいたようです」と言う。
関係者によると、3月15日にめまいにより自宅の階段から転倒。志村さんの主治医がいるクリニックで検査したが、その時は脳にも肺にも異常はなかったという。
「17日には行きつけの麻布十番のバーで飲んでいましたが、『調子が悪い』と言って焼酎のソーダ割を2杯だけ飲んで帰りました」(Sさん)
ところがその後、様子が一変。20日に、主治医の判断で東京都済生会中央病院に緊急搬送。23日に新宿の国立国際医療研究センターに移りコロナ陽性と診断され、集中治療室で治療を受けたが、29日に帰らぬ人となった。
「あれから3年になろうとしています。志村さんは『一番の俺のファン』と常々話していたお母さんのために建てた立派なお墓で、お母さんと一諸に眠っていることと思います」(Sさん)
コント魂で、国民を笑わせてくれた志村さんに改めて合掌!