英語にない!在日アメリカ人が「いただきます」の深さに仰天し摂食障害を克服した話
私の名前は、アン・クレシーニ。北九州市立大学准教授で、周囲から「アンちゃん」と呼ばれ、在日22年になるアメリカ人だ。大学で教鞭をとっていることから生徒だけでなく、出会った人から「どうしたら英語がうまくなりますか?」「勉強しているのに英語が話せないのはなぜですか」という質問を頻繁に受ける。
2022年版の「EF英語能力指数ランキング」(※1)では、日本は111カ国中、80位だった。アジア圏内では24カ国中の14位、能力レベルは低い、という結果だった。近隣諸国では、韓国は世界36位、中国は62位にランクインしている。
ランキング結果が出るたびに持ち出されるテーマだが、どうして日本人は英語が身に付かないのだろうか? 大学を卒業するまで10年間も英語を勉強する。書店にいけばさまざまな工夫が施された英会話の書籍もたくさん出版されている。オンライン英会話もあるし、YouTubeでの学習という選択もある。これだけ英語教材にあふれているにもかかわらず、英語学習に関する状況は私が日本に来た頃からあまり好転していないように感じる。
一方、「英語教育は本当に必要なのか?」という疑問を投げかける人もいる。「そもそも、英語の能力は、社会に出て働く上で、それほど求められていないのではないか」「英語よりも、国語の学習や、各自の専門分野の研磨に費したほうが得策ではないか」という視点だ。もちろん、その意見にも一理あると思う。しかし、大学の英語教員として、こういった声に複雑な気持ちになる。
企業の方と話すと「グローバル人材の獲得が必須」という言葉を聞くことが多い。もちろん、「グローバル人材=英語できる人」ではないが、やはり英語はできるにこしたことはないだろう。それなのに、日本は英語力が上昇していかない。この理由は一体どこにあるのか。グローバルとはそもそも何なのか、他言語を習得する意味とは? 22年間に日本に住み、日本語を学び続けて、体感したことをお伝えしてみたいと思う。
22年前、日本語と日本文化に戸惑う日々
1997年、私は婚約者(現在の夫)の仕事の関係で、日本に初めてやってきた。それまで日本語に接する機会もなく、当時は日本に関する情報もイメージもほとんど持っていなくて、父が乗っていた日本車が丈夫だったことから「全然故障しないものを作る国」という印象を持っていた程度だった。
いざ来日してもわからないことばかりで困惑の日々が続いた。結婚して住居を構えたのは、兵庫県神戸市の1Kの小さなアパートだった。備え付けられていたのは和式トイレ。使い方がわからず、ドア側に顔を向けて用を足していた。どうしてお尻側にトイレットペーパーが備え付けられているのだろうと思いながらも周囲に聞くこともできなかった。来日してしばらくの間は、日本の習慣や食文化に馴染めず、落ち込む日々が続いた。
しかも、私は10代の頃から続く摂食障害に悩まされていた。最初に摂食障害になったのは中学生の頃。2カ月で20キロものダイエットに成功し、一気に周囲の人気者になった。
「もし再び太ったら、友だちは私のもとから去っていくに違いない。食べ物は私を太らせる敵だ」
ダイエットに成功したにも関わらず、私はずっと太ることへの恐怖というトラウマに苦しめられてきた。このトラウマは日本に住むようになってからも続いた。
在日7年目の2004年、私は外国人向けの日本語能力試験の1級を取得した。日常生活にはまったく困らない程度に日本語が使いこなすことができるようになり、買い物どころか、難しい役所の手続きさえ、一人で出来るレベルにまでなっていた。日本語をマスターし、さらに大学の准教授になって、日本で3人の子どもを出産した。傍目には、順風満帆な人生にみえていたに違いない。しかし、現実は真逆だった。出産・育児を期に一旦回復の兆しを見せていた摂食障害が再発してしまった。食べることへの恐怖心は消えることがなく、私は自分を激しく責め続けた。
さらに、潰瘍性大腸炎を罹患し、体調的にも精神的にも、どん底に陥った。「このまま死んでいくんじゃないかな」とまで思い詰めた。まさに、地獄のような日々だった。
「いただきます」の意味が私を変えた
そんな地獄ともいえる暗闇の中にいた頃に、私たち家族は、北九州市から福岡県宗像市へ移住した。そして、親友となるマキコさんと出会った。マキコさんは、日本の食文化に明るく、何とかして私を助けようとしてくれた。「食べ物は敵」という思考と潰瘍性大腸炎で、体調がすぐれない日々を過ごす私に、いっしょに日本食を作ろうと誘ってくれたのだ。難しい料理ではなく、簡単な日本の日常食をマキコさんは私に教えてくれた。
ある日、マキコさんと一緒に卵かけご飯の準備をしていた。私はコレステロールが微妙に高いので、黄身を捨てて、白身だけ食べようとした。びっくりした表情を浮かべる彼女はこう言った。
「一体、何をしているの? あなたは日本語の『いただきます』がどういう意味を持っているか、知らないの?」
「いただきます」は日本語の初歩で学ぶ言葉だ。もちろん知っているとばかりに私は堂々と、“Let’s eat! ”と返した。
すると彼女は、こう言った。
「『いただきます』は、“Let’s eat”の意味もあるけれど、それだけじゃなくて、命を捧げてくれた動物や植物対して感謝の気持ちも込められているんだよ」
目から鱗だった。長く日本に住んでいたけれど、その話は初耳だった。その後、調べてみると、「命をいただく」=「いただきます」は、古くからの概念ではなく、比較的新しい1990~2000年初頭に生まれた概念であることがわかった。『食育』の一環から、食べ物を大切にする意味を込め、食に感謝するという考え方が広まっていったことがわかった(※1)。
アメリカでも食育はある。しかし、増加する過度な子どもの肥満に対する予防として、栄養や食べ方など、健康維持のための食育が主流になっている。また、宗教的に食事をするときに感謝の祈りをささげる人は多いが、それは食べ物を与えてくれた「神様」に対してで、もともと「命」であった食べ物に対して直接、感謝をする習慣はあまりないと思う。
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※1:「いただきます」の語源には諸説あるようです。色々調べましたが、 詳しいルーツに関してはわかりかねる点がありました。ですが、「いただきます」が持つ言葉の意味に深く感銘を受けたことは確かです。
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私は親友からの「命をいただく」という話を聞いてから、私の食生活に対する価値観は確実に変わった。改めて自分が食べているものについて考えさせられた。それまで、摂食障害に悩み、「食べ物=悪」と思い込み、ぞんざいに扱ってきた食べ物に対して、違う側面が見えてきたのだ。
「もし動物や植物が私のために命を捧げてくれたなら、その命をもっと大事にしないといけない」
そんな新たな想いが、食べ物を上手に受け入れられない私を支えてくれた。そして、マキコさんはそんな摂食障害の私に寄り添い、日本食のおもしろさや、おいしさを色々と教えてくれた。大っ嫌いだった魚も食べられるようになり、味噌を積極的に摂り入れるようになって、お腹の調子も落ち着いてきた。おいしいと感じるものが少しずつ増えることで、食べることに自信を持つようになり、25年もの間、闘い続けてきた摂食障害を克服することが出来たのだ。
言語を学習は「魔法の杖」
この「摂食障害克服」という大きな経験から、言語には、「コミュニケーション・ツール」以上の影響力があると思うようになった。言語は、そのものも文化であり、その土地の基盤である「価値観」や「世界観」と密接に繋がっているからだ。言語の学習を通して、自分が知らなかった世界観を知ることは、今までの生き方を劇的に変化させる力があることを、自らの経験から痛感したのだ。-
世界には、いろんな考え方や価値観がある。自分にとっての「当たり前」しか知らなかったら、その人の視野はとても狭くなってしまう。他と比較することなしに、自分の国の良いところ、改善したほうがいいところを認識することも出来ない。それは、とてももったいないことだと思う。
私は日本の食文化を知ったことで、摂食障害や健康を取り戻しただけでなく、さまざまな日本語のおもしろさ、日本の習慣、歴史にも関心を持つようになった。そして、アメリカの問題点、また日本の課題についても深く考えるようになった。
自分が今まで見ていたはずの世界が、言語のもつ大きな力を受けて、その姿を劇的に変える。例えるなら、言語の学習は、シンデレラに出てくる「魔法の杖」だ。もちろんこれは英語でなくても、どんな言語でもそれは同じだと思う。「どうせしゃべらないから」「使う機会がないから」ではなく、言語を理解することはさまざまな価値観の扉を開いてくれる。言語教育に携わるひとりの教員として、自らを信じてこのことは伝え続けたいと思うのだ。
