トヨタが「失ったもの」と「今置かれている状況」…「我の強いエンジニア」はなぜ必要か【86、スープラ、メルセデスEQS】

トヨタが「失ったもの」と「今置かれている状況」…「我の強いエンジニア」はなぜ必要か【86、スープラ、メルセデスEQS】

 「スポーツカーは売れない。若者のクルマ離れが進み、時代はエコカーやEV(電気自動車)なのに、どうせオッサンしか買わない―。

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 トヨタが'12年に発売したスポーツカー「86」は、こうした下馬評を覆し、世界累計販売台数が20万台を超える大ヒット車となった。その「86」と、本格スポーツカー「スープラ」の復活を相次いで手がけたのが、元トヨタチーフエンジニアの多田哲哉氏(65歳)だ。

 日本一の大企業・トヨタの一技術者ながら、子供の頃から抱いてきた「理想のスポーツカーを作る」という夢を形にしたその苦闘を、ノンフィクション作家の清武英利氏が描く『どんがら トヨタエンジニアの反骨』が2月17日に刊行された。

 書ききれなかった裏話と、転換点にある自動車業界、そしてトヨタへの思いを、同書にも登場し、「スープラ」開発で多田氏の右腕となった元トヨタエンジニア・甲斐将行氏とともに語り尽くす。

 どんな経緯でスポーツカーの開発が進んだのかについて振り返った、前編『トヨタ「反骨のエンジニアたち」奇跡の逆転劇…「儲からないスポーツカーの担当にされてお気の毒様」から【86の誕生】【スープラの復活】へ』から続く。

「86」をiPhoneのようなクルマにしようと考えていた

 多田 ただ一方で「俺はユニークなものを作りたいんだ。会社のことなんか知るか」という考えだけでは、うまくいかないんですよ。「86」も「スープラ」もトヨタの仕組みを逆手にとって作った部分がたくさんあるので、会社の考え方を理解しないと、そういう「裏技」には辿り着けない。最初からアウトローを決め込むのも、あまりいいことではないと思うんです。

 清武 もうひとつ印象的だったのは、多田さんたちが「86」を、乗る人が自由にカスタマイズできる「iPhone」のようなクルマにしよう、と考えていたことです。多田さんの自由な発想は、iPhoneの生みの親であるスティーブ・ジョブズにも通じるんじゃないかと感じました。無理難題ばかり言うから、部下に「ジャイアン」と綽名されていたところも似ている気がします。

 多田 でも、ジョブズは社内では敵だらけで、たまたま最後にうまくいったから良かったけれど、ひとつ間違えば大失敗に終わっていたかもしれない。知られていないだけで、多分そんなふうに消えていった「ワンマン上司」はたくさんいますよ。

「我の強いエンジニア」はなぜ必要なのか

 80点狙いで危ない道を避けて通るほうが、生き残れる確率は高い。ただ私の場合は「Z」での仕事に行き詰まって、精神的にどん底に落ちた経験があったので、危険な道でも怖がらずに進めた面はあったでしょうね。

 清武 かつてはトヨタにも我の強いエンジニアが何人もいました。多田さんの恩師で先代「スープラ」を開発した都筑功さんや、「セリカ」などを開発した元副社長の和田明広さん、現会長で「プリウス」の開発責任者だった内山田竹志さん、「bB」を開発した北川尚人さんなどが『どんがら』にも登場しますが、最近のトヨタにはそうしたエンジニアが少なくなってきているとも聞きます。

 一方で、自動車業界にはEV化や自動運転の波がやってきていて、トヨタはそこにうまく食らいつけていないようにも見える。それは「こういうクルマを作るんだ」と強力に引っ張っていくエンジニアがいないからではないか、とも思います。

 甲斐 僕は「スープラ」の開発が終わった後、'20年にトヨタを辞めて、マグナ・シュタイヤーという完成車メーカーに転職してドイツへ移住しました。BMWやアウディから委託を受けて設計・製造を担うのですが、そこで驚いたのは、ドイツの技術者は本当にクルマ好きだらけで「俺はいつかこんなクルマを作りたい」と熱く語る若者ばかりなんです。

 そしてその情熱が、ドイツの自動車の質を押し上げているんじゃないかと思います。たとえば、いま自動車業界の話題をさらっている、メルセデス・ベンツのEV「EQS」。ドライバーの視線や発話、クルマの速度、気温といった情報をセンサーで感知して、車内のディスプレイへ自動的に情報を表示したり、自動でエアコンを調節したりする。もちろん自動運転にも対応しています。

 ドライバーの視線を追跡する機能くらいなら、今は大抵の新車についています。でも、それをここまでフル活用して、乗る人にまったく新しい体験を提供できているメーカーは、メルセデス以外にはないんですよね。

 多田 私も先日「EQS」に試乗させてもらったんですが、そのとき痛感したのは、これまで私たちが追求してきた「速い」とか「キレキレで曲がる」といった「いいクルマ」の基準の延長線上には、もうクルマの未来はないんだな、ということです。'30年には純ガソリン車の新車は買えなくなる可能性が高いわけですから、スポーツカーに乗って楽しむことは、言うなれば乗馬のようなものになっていくのかもしれない。

トヨタが失ったもの

 清武 先述したトヨタの北川さんは、'01年にソニーと共同で「pod」というコンセプトカーを作っていました。人間の表情を読み取ったり、ドライバーとコミュニケーションをとったりするクルマで、もし「pod」が製品化されていたらトヨタは今頃、世界一先進的な自動車会社になっていたかもしれない。でも、そうはならなかった。

 日本企業にも高い技術力はあるはずです。なぜ今、海外の後塵を拝しているんでしょうか。

 多田 クルマというのは、実は最先端の技術ばかりが詰まっている製品ではなくて、こなれた技術を集めて、いかに一つの商品を仕上げるかという産業なんです。だから、世界一の技術があれば世界最高のクルマが作れるわけではない。大事なのは「こんなクルマを作りたい」というビジョンがあるかどうかです。

 トヨタにも「EQS」を上回るクルマを作れるポテンシャルはあるはずですが、残念ながら、そこに力を入れているようには見えません。'21年に発表したトヨタ初のEV「bZ4X」は、すぐに大きな不具合が見つかり、販売停止になってしまった。こうした様子を見ると、先行きが少し心配になってしまいます。

 甲斐 ドイツで働いている僕が気になるのは、自分以外に日本人技術者が全然いないことです。僕の会社にもアジア人はいるんですが、中国人、韓国人、台湾人、ベトナム人、インド人、パキスタン人という感じ。トヨタも含め、日本の技術者は内向きになっているのではないでしょうか。

 多田 われわれが「86」を作った頃よりも、日本の自動車会社はさらに厳しい状況に置かれていると思います。今の技術者は大変だと思うけれど、『どんがら』を読んで、トヨタにもこんな無茶をした奴らがいたのか、もっと自分たちも失敗を恐れずチャレンジしてもいいんじゃないか、という気持ちに、現役の自動車エンジニアたちがなってくれたら、私たちとしては本当に嬉しいですよね。

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