トヨタ「スープラ」はなぜ「ハイブリッド車」ではないのか? 開発者・多田哲哉が「あえて時代に逆らった」ワケ

トヨタ「スープラ」はなぜ「ハイブリッド車」ではないのか? 開発者・多田哲哉が「あえて時代に逆らった」ワケ

 トヨタ随一の本格スポーツカー「GRスープラ」は、直列6気筒ターボエンジンを搭載し、300馬力超えのハイパワーを誇る。海外にも熱狂的ファンが多い「80スープラ」の系譜を汲み、豊田章男社長も発売を待ち望んだ一台だ。

 「86」「スープラ」の開発責任者を務めた、元トヨタエンジニアの多田哲哉氏を主人公に、開発の裏側を克明に描いた書籍『どんがら トヨタエンジニアの反骨』が話題を呼んでいる。多田氏によるスープラのプロトタイプ・テストの模様を伝えた前編に続いて、2018年に完成した量産試作車の圧倒的な走りと、多田氏による開発の哲学を描いたシーンを、同書よりお伝えする。

現れた「6色のスープラ」

 オーストリア第二の都市・グラーツにあるマグナ・シュタイヤーの工場で、スープラの量産試作車が生まれていた。首都のウィーンから西南に百五十キロほど離れたところにある。

 マグナ・シュタイヤーはBMWから生産を委託された大きな自動車製造業者で、独自ブランドはもたないものの、ベンツのGクラスやジャガーの電気自動車・Iペースなど、複雑で小、中量の、大手が苦手とする数量の車を柔軟に作る技術をもっている。

 「ほう」という軽い嘆息に包まれて、生産ラインをくぐった赤、黄、黒、銀色など六色のスープラが出てきた。偽装のためのマスキングテープを外し、これだけ色の違う車を一度に並べて比較するのは初めてだった。

 遠目に色味を見てから近づき、大波のように打ち出したフェンダーの深絞りと後部のふくらみ、ボディをゆっくりと調べ、内装の出来やエンジンルーム、下回りを半日かけて確認した。全員の顔がほころんでいる。よくここまで来たな、と甲斐は思った。

 完成するまでに、試作車は数百台も作って、日本、米国、オーストラリア、そして欧州中に送って走りつぶす。甲斐は車が進化するたびにドイツの公道やニュルブルクリンクのサーキット、フランスの田舎道、雪道、イタリアのつづら折りのステルヴィオ峠を試走した。

 特にニュルブルクリンクサーキットを疾走したときには、助手席で心が震えた。

 ――とてつもない次元の走りをするようになっている。

 加速もブレーキもいい。コーナリングのスピードも速い。それでいて心地よい。タイヤがしっかりと路面をつかんでいた。

 ハチロクはアウトバーンで走ると二百十キロぐらいがせいぜいで、しかもその域に到達するのに少し時間がかかる。

 だが、スープラは一瞬で二百五十キロまで出る。高速道路が一本の線のように見える究極の世界だ。あまり速いと危ないから、エンジン出力を制御するリミッターをつけたが、リミッターをカットすれば三百キロ近くまで出るだろう。

時代に逆らう「最後のスポーツカー」

 満足のいく出来だった。多田は「バリバリ音がする純粋なスポーツカーを作りたい」と訴えてきた。スープラは時代に逆行した最後の高性能ガソリン車である。これに対して、BMWは二〇一三年にプラグインハイブリッド方式のスポーツカー・i8を発売しており、それに続くi9を作りたいという野心を抱いていた。

 「トヨタと言えばハイブリッドと最新の環境技術だ。BMWの強みは走りなのだから一緒にハイブリッドのスポーツカーを作れば、最先端の車になる」。そんな理屈である。

 だが、多田は、今はまだ駄目だ、と主張した。

 「いまの大きなバッテリーを積めば車は当然重くなる。スポーツカーにとって一番問題なのは重量で、重いとハンドルを切ったときの楽しさがドンと減る。もう少しバッテリーの技術が進めば、素晴らしいハイブリッドのスポーツカーができるだろう。だが、まだ技術が飛躍する分岐点まで来ていない」

 ――あのとき、自分の考えを通してよかった。

 多田は量産試作車を確認した夜、BMWの技術者ら約二十人でオーストリア料理店に行き、祝杯を挙げた。甲斐やデザイナーチームを率いる先進デザイン開発室長の中村暢夫たちも一緒だった。

 ここからもう少し改善を加えなければいけないが、やれることはやった、と甲斐は感じた。その達成感はスープラが完成したとき、彼に大胆な選択をもたらすことになる。

 完成したスープラは、2019年5月に日本で発売されると、契約希望者が殺到した。同年3月にアメリカのバレット・ジャクソン・オークションに出品された豊田章男社長のサイン入り量産第一号車は、実に210万ドル(当時の為替レートで約2億3000万円)というプレミア価格をつけている。

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