本当は「全社員の4割を削減」だった──スマートニュース、レイオフ騒動の深層

本当は「全社員の4割を削減」だった──スマートニュース、レイオフ騒動の深層

ニュースアプリ「SmartNews」提供のスタートアップ・スマートニュースが揺れている。一部報道では「海外拠点の社員の4割をレイオフ(一時解雇)し、日本でも希望退職を募る」とされていた。

だがDIAMOND SIGNALの取材で明らかになったのは、従業員の過半数を抱える日本も含めたグローバルで4割の社員数を削減するという大規模な計画だった。バリュエーション(評価額)2100億円超の日本発ユニコーン企業が向き合う苦境について、関係者の証言をもとに深掘りする。

人員削減の対象は「海外拠点の4割」ではなく「全社員の4割」

米ニュースメディアのTechCrunchが1月13日に報じたところによると、スマートニュースは海外拠点の社員の4割を削減し、日本でも希望退職を募るという。この報道の後追いをするかたちで日本経済新聞など日本のメディアもほぼ同様の内容を1月13日に報道している。だが実際のところは以下の通りとなる。

スマートニュースは1月13日、海外拠点も含めた全社対象のオンラインミーティングを実施。代表取締役会長兼社長CEOの鈴木健氏らがレイオフ・人員削減について説明をした。前述のとおり「米国・中国の社員の4割」と報じられていたが、実際にこの場で語られたのは、日本も含めたグローバルでの社員の人数を4割削減するというものだった。同社の社員はグローバルで現在約900人。実に360人もの大幅削減となる。

同社は米国ではサンフランシスコ、パロアルト、ニューヨークに、中国では上海と北京にそれぞれオフィスを置いている。米国では即日、一部のオフィスを閉鎖。対象者のレイオフを実施した。中国でも同様に、即日対象者が言い渡された。日本では法制度上レイオフというものが存在しないため、希望退職プログラムを立ち上げた。このプログラムを選択した社員には、勤続期間に応じて給与の数カ月分の退職金が支払われる。また転職などの支援も受けられる。

そのほか全社ミーティングでは、レイオフの発表に加えて、経営陣から経営戦略上のミスに対する謝罪、さらに人員削減後の戦略などが語られた。なお今回の人員削減に合わせて、鈴木氏は自身の役員報酬を減額する。

経営陣の指す「We」という言葉に、誰が含まれているのかすら分からない

ミーティングに参加したある関係者は、その内容自体には納得感を示し、「(経営陣が社員らに対して)歩み寄ろうとしている姿勢は分かった」とする一方で、「社員に対するメッセージとして『We(我々)』という言葉を使って状況を説明していた。だが、そのWeという言葉に、メンバーの誰が含まれているのかすら分からないのが苦しい」と胸の内を吐露する。

スマートニュースでは社員に対して、国内で実施するプログラムはあくまで「希望して手を挙げた社員」のみを対象にしていると説明している。だが複数の関係者によると、部署によってはすでに社員1人ずつに今後のポジションの有無を説明するメールが届いている状況だ。

あなたの今後のポジションはない──そんな事実上の退職勧奨とも言えるような内容のメールを受け取った社員もいるが、その一方では自ら手を挙げても、プログラムからリジェクト(プログラムの適用拒否)をされる人もいると関係者は語る。つまりはあくまで希望退職の体裁をとりつつも、実際には会社としての「リストラ対象者リスト」がすでに用意されているのではないかというのが現場スタッフの温度感のようだ。

スマートニュースの社内Slackでは、経営陣やマネジメント層に関しての体制変更を求める声、早期退職プログラム対象者向けの情報共有など、さまざまな声が飛び交っているという。

人件費は月6億円から12億円に倍増、極秘の内部資料で明らかに

前述のとおりスマートニュースの社員はグローバルで約900人。このうち7割はコロナ禍以降の採用であり、2022年だけでも200人の社員が増えている。さらに言えば、今回のレイオフ発表後に入社した社員もいる状況だ。同社の入社タイミングは毎月月初と月半ば。そのため1月13日のレイオフ発表後である、1月16日に入社した社員もいるという。直前までレイオフに関する情報が限られた範囲でしか共有されなかったようだ。

DIAMOND SIGNAL編集部が独自に入手した資料によれば、2021年1月時点のスマートニュースの月次業績は、売上高が22.4億円で総コストは約23億円(内訳は人件費が6.2億円、売上原価が5.7億円、マーケティング費が8.4億円、その他のコストが2.7億円)。だが2022年6月には売上高が23.6億円にも関わらず、総コストは37.5億円にまで膨れ上がった。コストの中でも大きいのが人件費だ。2021年1月時点で6.2億円だった人件費は、2022年6月には13.3億円にまで膨れ上がった。

スタートアップの成長を語る際に、「Jカーブ」という言葉がある。これは外部から資金を調達して“燃料”とし、赤字を出しつつも事業を拡大し、その後大きな成長と利益を得るというモデルを指す。この際、業績を線グラフにすれば、まさに「J」の字のごとく一度下降して再び上昇することから、Jカーブと呼ぶ。こういったモデルがある以上、目先のP/L(損益計算書)に耳目が集まりがちな上場企業とスマートニュースのような未上場スタートアップでは「赤字」に関する評価や、性質が異なる側面がある。

たとえば「マーケティング費用を圧縮すればすでに黒字化」という状況で、大きなリターンを得るためにあえてマーケティングに投資を重ねたとする。その結果、その年度が赤字決算になったとしても、スタートアップのステージによっては狙い通りの成長を示すこともあるわけだ。

だがそういったスタートアップ特有の事情を踏まえても、スマートニュースの赤字のインパクトは大きい。2022年6月の時点で、膨らむ人件費をカバーできず、月次で約14億円の赤字を出している。対売上で比較すればコストは売上の159%(約1.6倍)という計算だ。スマートニュースの前期(2022年12月期)の決算公告はまだ確認できていないが、前述の資料から推定したところ、前期は2022年11月末時点で60億円以上の赤字になっている状況だ。

スマートニュースは2021年に251億円の資金調達を実施している。スタートアップが調達した資金を燃料に走り続けるのは、たとえ調達環境が悪化しようともままあることだ。だが事業が想定どおりに伸びていない中で、ランウェイ(調達した資金で事業を継続する期間)の限界も見えてきた。2023年末には資金が枯渇する可能性も出てきた。そのためあらゆるコスト削減を行うも、最終的には「人」の削減に着手せざるを得なくなったというのが実情のようだ。

アクセル踏みすぎ、クーポン成功の余波──業績不振の本当の原因は?

ではそもそも、スマートニュースが全体の4割もの人員削減に踏み込まざるを得なくなった業績不振の理由は何なのか。鈴木氏は全社ミーティングや社員向けのメールにおいて、コロナ禍直後の2020年には好調だった広告ビジネスが2022年以降停滞したこと、また金利上昇や円安といったマクロ経済の影響などが原因だと説明した。

では社員側はその説明をどう受け止めているのか。ある関係者は「不況下で米国メガベンチャーが続々レイオフをしており、そういう人材を採用するチャンスと思ってアクセルを踏み込みすぎたのではないか」と推測する。

前述のとおり、スマートニュースでは2022年に約200人の新規採用を実施している。それはまさに、マクロ経済の影響で米国を中心に大手テック企業が続々レイオフを実施した時期とも重なる。特に米国を中心に優秀なエンジニアが市場に放出されたことをチャンスととらえて採用に動いたが、結果として市場環境が戻らなかったため、増えた人件費を想定通りに吸収できなかった。とどめに円安の影響で、ドル建てでの支払い額も実質的に大きく増えてしまった。

もちろん、そんな短期的な戦略の結果だけでこのような大規模な人員削減をすることになったわけではないだろう、という声もある。

コロナ禍以前のスマートニュースの広告事業において、圧倒的な成功事例となったのは、2018年に開始したクーポンの提供だ。クーポンの利用回数は、サービス開始から1年4カ月後には1億回を突破。テレビCMも奏功して、「CMがユーザーを呼び、クーポンがアプリの利用時間を増やし、その状況がクーポンを提供する広告主を続々と呼ぶ」という好循環を生み出した。

CMへの投資とクーポンビジネスでROI(費用対効果)が最大化されたであろうタイミングで当時のマーケティング責任者は会社を離れたが、後任チームがその後「次の一手」の戦略を決めあぐねている間にコロナ禍がやってきた。コロナ禍直後の2020年、世界がニュースを求めた結果、米国の月間ユーザー数は前年比2倍に増加した。これこそが採るべき「次の一手」と決意した同社は、米国市場への進出を強化することになる。2021年の大型資金調達を発表した際、鈴木氏が米国展開を強調していたのはそんな背景があったからだ。

だがユーザーの増加に広告費の増加は連動しなかった。ある関係者はこういった背景に触れた上で、「そんな経緯がありつつも、強いマクロ経済の閉塞(へいそく)感に苦戦した結果が今の状況だ」と分析する。

エンジニアを中心に前向きな転職状況、NFTの新事業はMBOを視野に

ここからは企業としてのスマートニュースではなく、その社員の状況に触れていこう。米国や中国では全社ミーティングがあった当日の1月13日から、エンジニアを中心とした社内メンバーがLinkedInなどのSNSで自身やチームメンバーのレイオフを知らせ、「どういったスキルのエンジニアがいるので、興味がある人はコンタクトを取って欲しい」といった旨の投稿を行っている。また社内Slackに加えて有志によるNotionが立ち上げられ、採用に関する情報を共有するような動きが活発だという。

海外ではレイオフの存在自体が認知されているため、特にエンジニアなどは、「自身がレイオフの対象である」と公言し、SNSなどを通じてスタートアップや大手テック企業からの職のオファーを得るように動くことがある。

日本では誤解されがちだが、レイオフされる対象の多くは「評価・能力が低いとして解雇された人材」という評価が付くわけではない。企業が選択と集中を行う結果、「現時点では必要ではなくなった能力の高い人材」や「能力はあっても給与が高く、ステージと釣り合わなくなった人材」などもその対象になる。そういった社員は、注目を集めるスタートアップやメガベンチャーからも声がかかるため、こういう状況で積極的に活動をするのだという。

日本オフィスで自身の状況を発信している人間はまだ限定的だが、転職の情報共有などの動きは日に日に活発化しているようだ。また「選択と集中」ではまだマネタイズまでに時間がかかるからと消極的な選択肢が採られがちな新事業についても、事業継続に向けた動きがある。DIAMOND SIGNALでも先日取り上げたスマートニュース子会社・スマートニュースラボが手がけるNFT事業については、今回のレイオフに先駆けてMBO(役員陣による買収)の計画があるという複数人の証言を得ている。

スマートニュースが企業として苦しい状況にあるのは事実だが、社員については勢いのあるスタートアップと優秀なエンジニアが出会う機会が増える可能性もある。大型資金調達も経験したあるスタートアップの人事責任者は「こういうケースは心のケアなども必要になることがあるため、慎重にしている」と前置きをした上で、「知っている人材に関しては(動向を)チェックしているところだ」と語った。

なお、本件に関してスマートニュースに問い合わせたところ、広報より「以下のコメントを出す以上の取材は受けられない」との回答を得た。

当社では、世界的に不安定な経済情勢のもと、事業の健全性を維持し、将来の成長を確実なものとするために、希望退職制度を伴う組織再編を実施することとなりました。今回の組織再編に関連して、米国におけるSmartNewsの事業、および海外拠点に変更はありません。

スマートニュースは2022年6月に創業10周年を迎えた。前後して創業した未上場スタートアップの中では時価総額2100億円超という、頭1つ抜けた存在であることは間違いない。そして同時に、広告ビジネスという世界経済のあおりを受けた事業者の1社であることも間違いないだろう。

経営陣、そして同社に残る社員、離れざるを得なくなった社員らは、それぞれの立場で今、厳しい現実と向き合っている。だからこそ、今後はまたそれぞれの立場で、再びの飛躍が求められることになる。

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