100年前の新聞社がTwitterを使ったら……? 過去のニュースをリアルタイムでつぶやく「百年前新聞」、社主に聞く裏側
「速報◆25日、東京・浅草で、「人さらい」で生計を立てている30人が、一斉検挙される」――一瞬ギョッとしてしまうようなニュースですが、実はこれは100年前の出来事。そんな100年前のニュースを、2013年からTwitterに投稿し続けている「百年前新聞」というアカウントが話題です。編集部は運営者の「百年前新聞・社主」さんに始めたきっかけやニュースの調べ方などについて、インタビューしました。
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「百年前新聞」は、その日からちょうど100年前に国内外で起きた出来事を毎日つぶやく架空の新聞社アカウント。取り扱うニュースのジャンルは政治や経済、犯罪などの真面目な話題から、文豪の一日や映画館の開館など日常に根差したものまでさまざまです。
冒頭で紹介した「人さらい」の速報は2022年の7月25日に投稿されたものですが、その事件自体は1922年7月25日に起こったもの。また、その翌日には、「速報◆26日、信濃川の下流にいくつかの死体が流されてきたとの噂を、新聞が報じる。上流で何かあったか」というニュースが投稿されていますが、現代と違いかなり物騒に思えます。
一方で、「ウィンブルドン」「ツール・ド・フランス」のようなスポーツ大会の結果や、エストニアの青・黒・白の国旗採用(現在も使用)など、現在と地続きのニュースも。
Twitterでは「百年前新聞ってアカウント、最高に面白い」と称賛する声が多く、「当時の倫理観の無さと現代ブラックジョークとウケやすそうなネタの選別の合わせ技」と切り口や題材選びを評価する声もありました。
まるでタイムスリップをした記者が“リアルタイム”でTwitterにニュースを投稿しているかのようですが、一体なぜ「百年前新聞」は生まれたのでしょうか。編集部は「百年前新聞」のアカウントを運営する、「百年前新聞・社主」さんに、「百年前新聞」を始めたきっかけや、題材の選び方についてインタビューしました。
歴史には“教科書や年表には書かれていない生活”が埋もれている
――「百年前新聞」を始めたきっかけを教えてください。
百年前新聞・社主さん: もともと歴史好きで、高校生のときから歴史小説や教科書、資料集をよく読んでいたのですが、そこに書かれていないことに興味がありました。
小説だと、主人公に何か起きたあと、次のページでいきなり「1年後」ということもあったりしますよね。でも本当はそのあいだも、主人公は普通の生活をしていたはずです。だとしたら、歴史上に実在した人物も同じで、教科書や年表には書かれていないところで、いろいろな出来事が起きていたんじゃないかなと思っていました。
当時、講談社の『20世紀全記録』という1000ページ以上もある本があったんですが、そこには1900年の1月から毎日、世界で起きた出来事が記されていました。それを見ると、もちろん知っている出来事もありますけど、知らない出来事のほうが圧倒的に多いわけです。
例えば、太平洋戦争が始まった1941年を見てみると、4月の日ソ中立条約、6月の独ソ戦、11月のハル・ノート、12月の真珠湾攻撃と、戦争への道を進んでいく様子が見えます。でも『20世紀全記録』を見ると、同じ年の2月には李香蘭の歌謡ショーが盛り上がったり、10月の競馬ではセントライトが初の三冠馬になったりもしているのが分かります。
教科書だと「ただ戦争に向かっていく暗い時代」というような雰囲気で書かれている部分に、日常の楽しみが隠れていたように思ったんですね。よく考えてみたら、戦争が始まりそうだからといって急に社会全部が暗くなるわけはなくて、その中で人々は楽しみを見つけていたんだと思います。
そんなとき、1914年のサライェヴォ事件について調べていたときに、「あれ?」と思いました。サライェヴォ事件っていうのはオーストリアの皇位継承者がセルビア人青年に暗殺されて、第一次世界大戦のきっかけになった事件です。たしか世界史の教科書だったと思うんですが、「6月末に事件が起きて、その1カ月後の7月末、戦争が始まった」というような記述がありました。
それまで「サライェヴォ事件の直後すぐ戦争が始まった」と思っていたのですが、その間には1カ月の時間がたっていたわけです。これは長い1カ月だったのか、それとも一瞬で過ぎ去った1カ月だったのか。この疑問が「百年前新聞」を始めるきっかけだったように思います。
「百年前新聞」を始めたのが2013年12月ですから、ちょうど間に合った感じですね。調べてみると、サライェヴォ事件から1カ月、各国首脳は手をこまねいていたわけではなく、自国の立場を表明しながら戦争回避の努力も続けていました。こうしたことが分かるのが、「百年前新聞」を続けていて楽しいところです。
「新聞だけが情報源じゃない」
――ニュースはどのように調べているのでしょうか。また、ニュースの選定基準についてもお聞きしたいです。
百年前新聞・社主さん: 過去の新聞記事をそのままツイートしていると思っている方も多くいらっしゃるようなのですが、実は元データは新聞に限りません。先ほど出てきた『20世紀全記録』も使いますし、Wikipediaや手元の本も使います。論文も読みますし、文豪の日記を元資料にすることもあります。ほかにも国立国会図書館の資料を検索したり、帝国議会の議事録も丁寧に読んだりしています。いずれにせよ、内容に間違いがないようには気を付けています。
ただ、やはり100年前の記録なので「この年に起きたことは間違いないのに、何月何日か分からない」ということも結構あります。特に海外の本の発行年月日は意外と分からなくて、丸一日調べて、結局記事にするのを断念したこともありました。
その他にも、そっちの資料とこっちの資料で日付がずれていたり、内容が矛盾していたりするのはしょっちゅうです。別の資料で裏付けを取って整合性が取れるほうを採用するのですが、実はこの作業に時間がかかって投げ出したくなります(笑)。あとはこれは私の問題なのですが、苦手な分野だと事実関係を間違ってしまってお叱りをいただいたこともありました。
また、文字だけだと何が何か分からないような場合には、自分で関係図を描くこともあります。こういう図を描くのは楽しいですね。
こうやって調べていくと無限に時間があっても足りないので、実際に記事にするのはその一部です。ニュースの選定基準は明確ではありませんが、「面白いかどうか」は大切にしているかなと思います。
「昔はそんなことあったんだ!」とか、反対に「今も昔も変わらないなー」とかがあると、やっぱり興味深いです。「自転車に乗れなかった萩原朔太郎が乗れるようになった!」ってなったら、見ていて楽しいですよね。こういうところからちょっとでも歴史のことが好きになってくれたらいいなって思います。
少し苦労するのは、どうしても現代の視点から判断せざるを得ないところです。難しい話なのですが、ベネデット・クローチェという歴史学者は、「全ての歴史は現代史である」と言いました。歴史上の出来事の判断には必ず今の価値観が入り込むという意味なのですが、「百年前新聞」もその宿命から逃れられません。
「その当時有名ではない人物にまつわる出来事は記事にするべきか」と考えると悩むのですが、書いてしまうことが多いですね。ある意味、開き直って「百年前新聞」を読んでいる人が面白がってくれればいいかと思っています。
300単位を取得しながら、プログラミングで起業までした大学時代
――プロフィールに「歴史が仕事」とありましたが、歴史に関するお仕事をされているのでしょうか。また、大学は法学部とのことですが歴史はどこで勉強されましたか。
百年前新聞・社主さん: 本業は私立高校の社会科教師です。大学では法学部政治学科でした。今では政治学も好きなのですが当時はなぜかあまり興味が持てず、歴史、音楽、美術などをいっぱい取ったんですね。もともと勉強好きだったおかげもあって、4年間で307単位を取得しました。2回卒業してもまだ余るくらい持っていたので、よく友達に「1単位いくらで買う?」と冗談で言っていました(笑)。
あと、これは勉強とは言えませんけど、ゲームの「Civilization」シリーズですね。石器から始まり宇宙開発に至るまで技術開発を進めて、自国の文明を発展させていくゲームです。「麻薬ゲーム」といわれるくらい高い中毒性で知られていますけど、高校のときにハマりました。ほかにもコーエーの「三国志」シリーズや「大航海時代」シリーズも好きでした。
ついにはプレイするだけでは足らなくなって、技術開発ツリーを独自に書いてみたり、自分で文明発展ゲームを作ったりしました。プログラミングの部活で友達にも遊んでもらったんですが、歴史的な背景を雑に扱うとゲームに説得力がないというか、おかしなことになってしまうんですね。そうしたときに歴史上の出来事の細部を調べたのが勉強につながったかもしれません。
大航海時代を舞台にしたゲームを作ろうとしたときは、実在した航海士たちを片っ端から調べました。そんなことをしているうちに、結局未完成で終わりましたけど(笑)。大学生になってプログラミングで起業したりもしたんですが、今だと「百年前新聞」の記事を自動投稿するアプリは自分で作りました。今でも役に立っているなって思います。
「戦争は日常生活の中にじんわりと染み込んでいく」
――過去の新聞の情報を発信するというのは、大変面白いコンセプトだと思うのですが、なぜ「百年前」にしたのでしょうか。
百年前新聞・社主さん: 一番はサライェヴォ事件から開戦までの1カ月に興味があったからです。あと、150年前(江戸時代)だと旧暦の計算が大変だし、50年前だと歴史の感じがしないという理由もありますね。
それから、これはちょっと歴史学的な話になってしまうんですが、歴史学者のエリック・ホブズボームは「長い19世紀」「短い20世紀」という概念を提唱しました。詳細は省きますが、そこでは第一次世界大戦が始まった1914年を時代の転換点としているんですね。
じゃあ、1914年に大戦が始まったその瞬間、まったく違った時代に突入したのかというと、そんなはずはない。歴史上の時代はゆるやかに変化していくはずです。ですので、第一次世界大戦のときの社会の変化をリアルタイムで追いかけていくことで、「20世紀」を捉えなおすことにもつながるかなと思いました。
実際やってみると、世界大戦がどれだけ大変なのかも分かりました。第一次世界大戦は1914年7月から1918年11月まで続いた戦争で、教科書ではせいぜい5~6ページくらいです。でも、ご自身が2014年7月と2018年11月のときに何をしていたか思い出してもらったら分かると思うのですが、意外と長いですよね。
私はこの期間に転職もしましたし、おいも生まれました。たぶんほとんどの人がいろいろな変化を経験したはずです。そう思うと、教科書の行間ではさまざまなことが起きていたわけです。そうしたことを感じやすいという意味でも、100年前の世界大戦をTwitter上でなぞることが正解だったと思っています。
この期間、毎日記事を書き続けたことで、時代がじわじわと変化していくことを実感しました。第一次世界大戦が始まったとき、1870年の普仏戦争から40年以上もたっていて、若者たちは戦争の悲惨さを知りません。だから最初はあっけらかんとして明るく戦場に向かうんですね。見送る方も同じです。
でも時間がたつにつれて、戦場は凄惨さを極めていきます。戦車が投入され、毒ガスが使われ、飛行機が空を飛びました。戦場の兵士の意識が変わるのは当然でしょうが、戦場ではない銃後の人々もゆっくりと意識が変わっていくんですね。
例えば「百年前新聞」でもニュースにしたのですが、1918年のカリフォルニアでは「リス週間」のイベントが開かれました。子どもたちに向けた、農地を荒らすリスを捕まえようというイベントなのですが、これは「リス戦争」と呼ばれ、ポスターにはドイツ兵士風のリスのイラストが描かれました。つまり、子どもに「リスを捕まえることはドイツと戦うことと同じ」と教える意図があるわけです。
ほかにもフランスでは幼児向けにABCを教える絵本で、Aは「大砲(artillerie)」、Bは「爆弾(bombe)」などと描かれています。これも日常生活の中にじんわりと戦争が染み込んでいって、ゆっくり時代が変化していく例かなと思います。
ただ現場では逆に、敵兵同士が助け合う場面もあったみたいです。パッシェンデールの戦いという悲惨な戦いがあったのですが、ドイツ兵が泥に沈んでしまった敵兵を助けている写真があるんですね。もちろんレアケースでしょうが、人はそう簡単に人を殺すことなんてできないとも思えるし、少しの希望を感じます。こういう事例が伝えられたのも、100年前を選んでよかったと思う理由です。
総理大臣が「ニコニコ」 今と昔の報道の違い
――百年前と現在とで報道に関して大きく違うと思う点は何ですか。
百年前新聞・社主さん: いくつかありますが、当時の新聞を読んでいると、プライバシーは守られていないなと思います。ちょっと取材に応じただけの人なのに簡単に名前を出してしまうし、場合によっては所属や年齢、住所も大っぴらにしてしまいます。
あと、100年前の新聞記事には勢いがあります。1920年に起きた南海電車の衝突事故を伝える記事は次のようになっています。
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電車が突然脱線し車首を上り線路に向け乗客総立ちとなりて大騒ぎ(略)アハヤと云う間に正面大衝突を為したる
(大阪毎日新聞 1920年10月20日)
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「総立ちとなりて大騒ぎ」のあたりなんかは、情景が思い浮かびますよね。ほかにも1922年の帝国議会が閉会したことを伝える記事では、野党側に有利に運んだことが記事になりました。そのとき記者が上機嫌の加藤高明に取材をしているのですが、
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記「お目出度う」加「ニコニコ」
(時事新報 1922年3月27日)
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とあります。今だったら考えられないですよね。新聞記事に「ニコニコ」って。客観性に欠けるかなと思うときもありますが、読んでいて様子が思い浮かぶのは100年前の記事ですね。
反対に、昔も今も同じだなと思うこともありますよ。物価の上昇に怒っていたり、新発売のお菓子の広告が載っていたりするようなところは今と通じると思います。
たまに、ちょうど100年前と今がシンクロするときがあります。2020年、新型コロナウイルスの関係で学校の4月入学をやめて9月入学に変えたほうがいいのではないかと話題になりましたよね。入試の時期が寒すぎるというのも理由の1つだったと記憶しています。
実はちょうど100年前の1920年、東大が9月入学をやめて4月入学にするニュースがあったのですが、このときの理由が「試験の時期が暑すぎる」でした。ぴったり100年で内容も理由も似ている話題が出るなんて、ちょっと不思議な因縁のようなものを感じますね。
「『百年前新聞』の姉妹アカウントを始動する予定」
――最後に、今後の展望について教えてください。
百年前新聞・社主さん: 「百年前新聞」は現在、完全に趣味だけでしているのですが、9年間でフォロワーの人もかなり増えました。
今後の展開としては、「百年前新聞」の過去記事を探せるデータベースを何らかの形で公開したいと考えています。数年前の記事でもいまだに誤字を直したり、読みやすいように修正を加えたりしているので、いつかかなえたいですね。
それとは別に、「百年前新聞」の記事を実際の新聞風にレイアウトした紙版を作りたいと思っていて、これは思い付いてから数年たちました(笑)。あとプログラミングが好きなので、第一次世界大戦を舞台にしたゲームも作りたいんですが、道半ばです。
また、来年1月から「百年前新聞」の姉妹アカウントを始動する予定です。構想だけは前からあったんですが、ようやく準備が整ってきました。完全に準備できたら「百年前新聞」のほうで告知しますね。
今年は10月くらいにイタリアで、11月にはトルコで、12月にはロシアで何かが起こりそうな予感があります。来年は9月ぐらいに関東地方で大きな出来事が起きそうな……。それまでにぜひフォローして、歴史をリアルタイムで感じてください。
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今から100年前に生きていた人々はどんな生活を送っていたのか、今から100年後を生きる人々は現在の私達の生活をどう捉えるのか。過去から現在を相対化し、未来の生活を考えていくための参考となる「百年前新聞」は、Twitterで毎日更新中です。
