福岡の17歳が撮った映画に上映依頼が殺到の訳 起立性調節障害の女子校生が自身の半生を撮る

福岡の17歳が撮った映画に上映依頼が殺到の訳 起立性調節障害の女子校生が自身の半生を撮る

映画「今日も明日も負け犬。」。朝起きられない病気「起立性調節障害」の女子高生が監督となり、自身の体験をもとにJKチーム28人で作った同作は、映画甲子園「高校生のためのeiga worldcup2021」で日本一に。制作中から反響が大きく、地元福岡のメディアなどで取り上げられてきた。

審査員に「すごくセンスのある画づくり」「プロの編集かと思わせるくらいレベルが高い」と評されるほど完成度の高い映画、その裏側をつぶさに追ったメイキング映像…。劇場での上映会には幅広い年代の男女が詰めかけ、あちこちで涙をぬぐう姿も見られた。

「17歳で自分の映画を撮るなんて、まったく考えていなかった」という監督の西山夏実さん。クラスメイトとの出会い、そしてコロナ禍の休校を機に、思わぬ展開が広がっていく。病気と葛藤を抱えながら、辛い現実にぶつかっても、彼女が逃げずに全力で駆け抜けてきた理由とは―。

今年3月に福岡県の公立高校を卒業した監督の西山夏実さんと脚本の小田実里さんが、秘めていた胸の内を明かしてくれた。

監督の西山さんが映像制作に興味を持ったのは、小学2年生の頃だ。

「最初は、友達にちびまる子ちゃんの実写版を演じてもらい、私がタブレットで撮影・編集して、身近な人に見てもらっていました。おばあちゃんが喜んでくれるのがうれしくて楽しくて、映像づくりが好きになりました」(西山さん)

中学はソフトボール部に所属。学校も部活も大好きで、朝一番に学校に行く、元気で陽気なタイプだった。しかし、中学1年が終わった春休みから突然ご飯を食べられないように。それでも学校へ通っていると、教室で倒れて救急搬送された。

検査の結果、判明した病名は「起立性調節障害」。病名こそあまり知られていないが、自律神経の不調で思春期に発症しやすく、実は中学生の10人に1人がかかると言われている。

主な症状は、朝起きられない、立ちくらみ、頭痛、倦怠感など。朝起きられないことで、学校に行けず、「さぼり」「怠け者」とレッテルを貼られがちだ。しかし、その原因は身体にあり、西山さんの場合、朝は異常な血圧低下や心拍上昇のため起き上がれず、夜は血圧が上がって眠ることができない。

そのため、たまに登校できても保健室登校で、眠れない深夜に孤独を深めていった。「治療法が確立していないので、何十カ所も病院を回りましたが、5年以上たった今でも病気は回復していません」(西山さん)

友人と映画を撮る決意

どうにか受験を乗り越え、地元の学力トップ高に進学。張り切って部活にも入ったものの、やはり午前中は体調がすぐれず、学校さえなかなか行けずに退部。1年次の冬、クラスメイトの小田さんが教室で何か書いている姿が気になり、サッと紙を取って授業中に読んでみた。

「すごい文才!」。心情を吐露した文章が西山さんの心に刺さり、涙があふれた。小田さんは「西山が紙を返しに来たとき泣いていて、すごくビックリしました。私も部活をやめて孤独に陥り、気持ちを書いてはけ口にしていただけで、人に見せるつもりなんてなかったのに…」と振り返る。

「小田に自分の本を書いてほしい。そして、私が50歳くらいで映画監督になれたら、映画化したい」

そう思った西山さんは、自分の中学時代の辛い経験を小田さんにすべて話した。

そして2020年4月、2年生になってすぐコロナによる休校で時間ができると、小田さんは一気に本を仕上げた。

できあがった本は「予想をはるかに超える出来栄え」(西山さん)。本に出てくる家族や友達などお世話になった人たちに読んでもらうため、100冊だけ印刷。その一部をサイトで売ってみたところ、同じ病気の当事者たちの目に触れて「もっと病気のことを広めてほしい」という熱い声が複数寄せられた。

「自分たちのためにやった活動が、誰かの支えになると初めて気付きました。たしかに私が当事者として一番辛かったのは、まわりの人たちの病気への無理解。それなら映画にして広めたいと思いました」(西山さん)

西山さんは小田さんの家に行き、1枚の紙を見せた。「映画甲子園2020で日本一を取る」と題し、本を映画化すると記した企画書だ。メンバーはまだ小田さんのみ。

「日本一になるけん、やろう」と誘う西山さんを「いいよ」と受け入れた小田さんは、携帯のロック画面を「西山が日本一になる」に。「絶対にやらねばと決意しました」(西山さん)。

高校生活と撮影をどうにか両立

映画づくりに協力してくれる高校生をインスタグラムで募ると、26人が集まった。同じ高校の生徒に加えて、過半数は初対面の女子高生たち。総勢28人で「JK映画制作チーム」を発足。主演の夏実役は1年次のクラスメイト・古庄さんで、もともと西山さんが唯一病気のことを深く話していた友人だった。

映画のテーマは、起立性調節障害。とくに、病気のことを正しく表現することにこだわった。

「正確に伝えなければ、とんでもないことになってしまうという自覚がメンバー全員にあり、本や記事をもとに勉強会をして覚悟を持って臨みました。とくに夏実役は、ちょっとした演じ方の違いで当事者が不快に感じたり、まわりが白けてしまったりする可能性も。リアルかつ間違えないようにという緊張感が最初から最後までずっとありました」(西山さん)

スタッフは現役高校生のため、撮影に充てられる時間は限られている。平日の放課後から終電まで、土日は丸1日、あとは長期休みに詰め込んだ。西山さんは、さらに編集作業がある。

映像制作が好きだったとはいえ、西山さんが映画をつくるのは初めて。ほかのメンバーも素人ばかり。「本を脚本に書き換えて、撮影場所を探し、衣装や撮り方を考えて・・・。すべて手探りで、撮影までにしなきゃいけないことだらけ。とにかく必死でした」(西山さん)

撮影中は、SNSで積極的に撮影の様子を発信。地元のメディアにも取り上げられ、起立性調節障害の当事者をはじめ、さまざまな人から声が届くようになると、西山さんの気持ちに変化が表れた。

「応援してくれる人が増える一方、やはりポジティブなコメントばかりではなくて…。病気の私が映画をつくることで、『自分も頑張れる』と救われる人もいれば、『自分にはできない』と傷つく人がいるとわかりました。だから、夢があるって素晴らしいというトーンではなく、同じ目線に立って寄り添える映画にしたいと思うようになりました」

そして撮影中には、当初掲げた映画甲子園で「日本一になる」という目標より、「映画館でお客さんに直接届けたい」という思いが強くなった。予定していた2020年の甲子園への出品は延期して、もっと時間をかけて丁寧に作ろうと決断。「当事者に寄り添うような映画を、劇場でお客さんに届けるために、みんなで完成を目指しました」(西山さん)

小田さんは脚本を仕上げると、ロケ場所の撮影許可を取ることに奔走した。相手は行政や警察がらみが多く、窓口が平日昼間しか開いてないこともあり、夕方まで授業がある高校生活とのやり繰りは難しかった。許可してほしいと電話をかけても、何度もたらい回しにされたり、高校生には協力できないと取り合ってもらえなかったりしたという。

「1カ所許可を取るために何度もお願いに行き、数カ月かかることも。でも妥協はしたくなかった。いきなり怒られることもあって、正直ちょっと大人が怖くなりました(笑)」(小田さん)

負け犬だけど負けたくない

8カ月にわたる撮影中、印象に残っているのはどんなことだろう。西山さんは「めちゃくちゃあって迷う」としばらく考えた後、踏切のシーンをあげた。夜、踏切のカンカンという音がした後、制服を着た夏実が裸足でフラフラと歩き、ボーっとどこかを見つめているシーンだ。

「私が7キロくらい痩せて精神的にどん底だったときの再現です。メイクの子が見事に病んでいるメイクをしてくれて、主演の古庄のちゃんと演じようという思いもひしひしと伝わってきて。もう自分にしか見えなくて、撮影前にフラッシュバックして、近くのベンチでヤバいくらい泣いてしまいました…。日没前に撮影する予定が延びて、結局は夜の描写になりました。メンタル面で撮れなくなったのはそのシーンだけ。今でもふとしたときに思い出したりします」

小田さんにとって思い出深いのは、2021年3月クランクアップの日。「撮影は楽しいことばかりではなく、辛いことや乗り越えなきゃいけない壁のほうが多かった気がします。クランクアップの日はついに西山の体力が限界にきて、現場でぶっ倒れてしまい、かける言葉がみつからなくて。でも西山は『ここで撮影しないと、何もできなかった自分に戻ってしまう。負けたくない』と自分を奮い立たせて、撮影をやり切りました。みんなで泣きながら頑張ったねと喜び合った日のことは鮮明に覚えています」

翌4月には、福岡の映画館で上映イベントを実現するため、クラウドファンディングで支援を募った。病気に関する理解を広めたいという思いに、全国の372名から352万円が寄せられた。高校3年生になった西山さんたちは休む間もなく、今度はイベントの準備をする怒涛の日々が始まった。

「お金がない状態で映画館を仮予約しちゃって、クラウドファンディングをしたら352万円もの大金が集まり、うれしい反面かなり焦りました。実は編集作業が2分しかできていない段階だったので。3カ月後の上映に向けて、人生で一番プレッシャーを感じて、作品が完成したのは上映の3日前でした」(西山さん)

映画甲子園では最優秀作品賞に

7月3日、念願の上映イベントでは、2日間で2000名の観客に作品を届けた。「ようやく上映できて、お客さんの表情や涙を直接見ることができました。私たちの思いが伝わっていると感じる感想もたくさんいただき感無量で、皆さんに感謝しかありませんでした」(西山さん)

さらに12月、当初目標として掲げていた映画甲子園の最終選考へ。見事、最優秀作品賞を受賞して日本一になり、8部門で10の賞に輝くという快挙を成し遂げた。

「上映会でお客さんに直接届けることができて、皆さんから大切なものをいただいたので、すでに満足していました。だから、正直なところ私の中では評価にこだわる気持ちは薄れていたのですが、日本一になるという企画書によって協力してくれた人がたくさんいたので、恩返しとして1位になりたいという思いはありました。無事に日本一になることができて、すごくホッとしました」(西山さん)

日本一を達成後、数々の団体や学校から上映依頼が舞い込んでいる。6月には関東で上映会を開催し、推薦によって海外での上映も始まった。10月には、世界中から3000作品が集まる全米学生映画祭への参加が決まっている。

「作品が広まっていくことは純粋にうれしい。毎日のように何百何千ものコメントがSNSに届いています」(西山さん)。「どこで観られるのかという問い合わせも殺到していて、観たいと言ってくださる人に届けることが使命だと思っています」(小田さん)

ふたりは今年3月に高校を卒業。小田さんは大学生になった。「最近は歌詞を書いたりしています。西山に出会って、自分の中にあるものを見つけてもらった。その力を磨いていきたい」。映画については「病気を題材にしていますが、病気でなくても、集団にいても孤独を感じてしまう人、まわりと違うことで苦しんでいる人などが、それでもいいんだと思えるような、そして違うことは当たり前だと皆さんが思ってくれるような作品になっていたらいいなと思います」

西山さんは進学せず、今は治療に専念している。

「映画がひと段落して、やっと治療に専念できるようになりました。映像制作の道を目指すんでしょうとよく言われるけれど、これからのことは真っ白なんです。小さい頃から映像が大好きで、いつか映画をつくりたいと思っていたのに、いざ全部やり切ると、1周回って何がしたいのかわからなくなりました。それに、ずっと親に心配をかけてきたので、身体を大切にしてほしいという親の気持ちはちゃんと受け止めたいなと。身体をいたわりながら、自分の道を見つけていけたらと考えています」

人の心に寄り添いたい

何も決まっていなくても、西山さんに焦りはない。「中学時代、病気で学校に行けなかった期間はムダで、そのとき書いていた闘病日記は忘れるために捨てようとしたこともありました。でも、日記があったおかげで本ができて映画が生まれました。ムダだと思っていることほど、実は大事なんだと思えるようになりました」。

「最近、私たちの映画を知って、学生やサラリーマンやいろんな人が何かを始めたというメッセージが届いています。いろいろな人の日常に寄り添い、誰かが何かをしようと一歩踏み出すきっかけになれるとうれしいです」

中学2年生で起立性調節障害を発症し、孤独を抱えた友の文章に心揺さぶられて、17歳で自らの実話をベースにした映画の監督になった西山さん。「病気のことを広めてほしい」という当事者たちの声に突き動かされ、病と闘いながら、ときに社会の理不尽に打ちのめされても、チーム一丸となって映画を完成させた。

「映画を撮り始めて体調が悪化し、3年生への進級が危うく、撮影もうまくいかず…悪いことが重なって心身ともに極限まで追い込まれたことも。小田に友人として悩みを相談する余裕もなくなりました。でも、1枚の企画書から始まり、多くの人を巻き込んでいる責任はとてつもなく大きい。途中でやめるという選択肢はありませんでした」(西山さん)

これはたんなる高校生の美談ではない。彼女たちの魂が込められた「今日も明日も負け犬。」が広まり、さまざまな人の心にそっと寄り添っていくことを願わずにはいられない。

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