進化を続ける自動車用ブレーキで、さらなる安全性を追求!最新のABSユニットでは、1秒間に50回程度のポンプ駆動が可能

第130回 進化を続ける自動車用ブレーキで、さらなる安全性を追求

自動車には必ず「ブレーキ」が付いています。では、そのブレーキの役割はどのようなものでしょうか?多くの方は「走っているクルマを止めること」と答えるのではないかと思います。とりあえず正解ではあるのですが、実は現在の自動車が備えているブレーキは、それだけに留まらず、たいへん多くの役割を担っているのです。

ブレーキの基本的な役割

まずは、ブレーキの基本的な役割と構造からおさらいしておきましょう。ブレーキとは、運動体の速度を落とすための機構に対して広く使われている言葉で、日本語では「制動装置」と呼びます。たとえば飛行中の航空機は、基本的にエンジンの出力調整によって加速/減速を行いますが、着陸などの際には、フラップを使って空気抵抗を増やすことで、積極的に減速します。このためのフラップは、「スポイラー」や「エアブレーキ」と呼ばれます。船の場合は、高圧水流を進行方向に噴射するようなブレーキ装置が研究されていますが、まだ実用化はされていません。航行中の速度調整は、やはりエンジン出力の調整によっていますが、湾内に進入し、接岸する場合などは、スクリューを逆回転させたり、もしくはスクリューのピッチを変えることで推進力を弱めて減速しています。

 自動車に限らず、車輪を使って地面の上を走る乗り物のブレーキは、なんらかの「摩擦材」によって車輪の回転力を弱める仕組みが主流です。少し難しく言うと、車輪の回転を維持しようとする運動エネルギーを、摩擦によって熱エネルギーに変換する装置、ということになります。

 自動車のブレーキは、4つの車輪にそれぞれ1つずつ備わっています。構造としては、車輪と同軸上に取り付けた金属製の円盤を、左右から摩擦材で挟みこむことで回転力を弱める「ディスクブレーキ」と、車輪取り付け部(ハブ)の内部に設けた円筒状の「ドラム」に、内側から摩擦材を押し付ける「ドラムブレーキ」が主流です。ディスクやドラムに摩擦材を押し付ける力は油圧を利用し、またエンジンの作動によって生じる負圧を利用することで、ブレーキ操作に必要な力を軽減する仕組みを備えています。バスやトラックなどの大型車の場合、補助ブレーキとして、排気ガスの経路に設けたバルブを閉じることでエンジンの作動抵抗を増やして駆動力を弱める「排気ブレーキ」や、液体のかくはん抵抗を利用する「流体式リターダ」なども備えています。

■ スキル要らずで、緊急事態に対処できる?

 ブレーキ機構が発揮できる力は、想像以上に大きなものです。たとえば、クルマが停止している状態で思い切りブレーキを踏み付けていれば、そこからアクセルペダルを全開にしてもクルマは動き出しません。また、走行中に思い切りブレーキを踏み込むと、ディスク/ドラムと摩擦材の間の摩擦が、タイヤと路面の間の摩擦を上回って、タイヤは回転を停止してしまいます。これが「ブレーキロック」と呼ばれる状態です。

 濡れていない舗装路面の上なら、ブレーキがロックした状態でも、制動力そのものはある程度まで発揮されるのですが、困った問題が生じます。車輪が回転しておらず、タイヤは路面の上を滑っている状態なので、ハンドルを操作してもクルマの進路が変わらないのです。実際の状況に置き換えて考えてみましょう。山道を運転していたら、突然、進路上に落石が起こりました。当然、急ブレーキをかけますが、距離的に間に合うかどうかわかりません。対向車はいないので、ハンドルを切って避けることも試みますが、タイヤがロックしているので進路が変わりません……。

 もしもこのような状況におちいってしまったら、どうすればいいのでしょう?一昔前のクルマなら、ハンドルを切ったまま、思い切ってブレーキを離すのが正解です。前輪が再び回転を始めれば、クルマは進路を変えようとしますから、落石を避けられるかもしれません。しかし、とっさにそれだけの判断と操作ができるドライバーは、そう多くはないでしょう。そこで考案されたのが、ブレーキのロックを防ぐABS(Anti-lock Brake System)です。

 ABSの基本構成は、4つの車輪それぞれの回転速度と回転加速度を検知するセンサ、ブレーキの油圧回路に設けたポンプと、それを駆動するアクチュエータ、バイパス回路、制御用コンピュータです。センサが車輪のロックを検出したら、アクチュエータを作動させてその車輪のブレーキの油圧をわずかに緩めることで、車輪を再び回転させます。

 このような制御を行うことによって、特別な運転技術は必要なく、ブレーキペダルを強く踏み込んでいるだけで、最大に近い制動性能が実現するのです。登場間もない頃のABSは、圧雪路や砂利道などでは、かえって制動距離が伸びてしまったり、また、サーキットでのスポーツ走行の時には邪魔な動きをする、といった難点もありましたが、現在のABSでは、制御の高度化、緻密化によって、それらの問題も大きく改善されています。最新のABSユニットでは、1秒間に50回程度のポンプ駆動が可能ですから、いかに高度なブレーキ制御を行っているかがわかるでしょう。

 さて、ABSが普及し、高性能化すると、その機構を小改良することで、新しい効能を実現する装置が開発されます。その筆頭がTCS(Traction Control System)で、濡れた路面などでアクセルの踏みすぎによって起こる車輪の空転を、ブレーキによって抑え込むものです。車輪が空転している状態は、言い換えると、「駆動輪の回転速度が、従動輪に比べて極端に高い状態」になります。車輪の回転速度と回転加速度はABS用のセンサで検出できますから、その状態を検出したら、空転していると判断される車輪のブレーキをかけることで空転を抑え、タイヤと路面の間の摩擦を復活させるのです。

 機構的には、「ドライバーがブレーキを踏んでいなくても、ブレーキ装置が機能する」仕組みの追加が必要になりますが、ABSユニットに小規模な追加で済むこと、また、後述するESC機能も実現できることから、採用が進められています。

■ より安全な車体制御技術 −ESC−

 さらに高度な制御を行うことで、車体の横滑りを防止する装置も考案されました。メーカーによって呼び名が異なっていて、たとえばトヨタはVSC(Vehicle Stability Control)、日産やスバルはVDC(Vehicle Dynamics Control)、メルセデス・ベンツやフィアットなどはESP(Electronic Stability Program)と呼んでいますが、いずれも内容は同じものです。同機構の代表的なサプライヤが構成する普及委員会では、ESC(Electronic Stability Control)を統一呼称として用いていますので、ここでもESCを使います。

 ESCは、日本語では「車体横滑り防止装置」となります。高速走行中には、慣性の法則によってクルマ全体に大きな力がかかっています。その状態で急ハンドルを切ったり、カーブを曲がっているときに急ブレーキを踏んだりすると、遠心力がタイヤと路面の間の摩擦力よりも大きくなってしまい、タイヤが路面の上を滑り始めて、クルマ全体が横滑り状態になってしまいます。ESCは、このような状態を回避するための装置です。

 具体的には、どのように作動するのでしょうか?

 車体が横滑りしている状態は、「クルマが曲がろうとする力が過大、もしくは不足している状態」と見ることができます。いわゆる「スピン」状態は、曲がろうとする力が過大な状態で、逆にカーブなどを曲がり切れず、外側に飛び出してしまうのは、曲がろうとする力の不足によって起こる状態といえます。

 少し難しい話になりますが、クルマ全体が曲がっていく力は、前後のタイヤが曲がろうとする力(コーナリングフォース)の大きさの差によって生まれます。カーブを曲がっているとき、前タイヤのコーナリングフォースが後タイヤより大きくなるほどクルマは強く曲がろうとしますし、逆に差が小さくなれば、クルマは直進状態に近づいていきます。

 つまり、スピン状態になろうとしている場合は、前後のコーナリングフォースの差を小さくしてやる、逆にコースアウトしそうになっている場合は、前後のコーナリングフォースの差を大きくしてやれば、いずれも危険な状況から回復できることになります。

 ABSの機構を利用することで、前後のコーナリングフォースの差を調整し、横滑りを防止するのがESCです。ESCの制御ユニットは、クルマがスピンしそうになったり、コースアウトしそうになるような動きと、そこに働いている力をまとめてデータ化したコンピュータプログラム「カーモデル」を持っています。さらに、クルマの各部に配されたセンサからの情報によって、クルマの状態とドライバーの操作を監視しています。クルマの状態をカーモデルと照らし合わせて先の動きを予測し、危険を感知したら、クルマの姿勢を安定方向へ導くようにブレーキを操作します。

 ESCはその効能が高く評価され、新車への装着を義務化する傾向が世界規模で強まっています。アメリカの高速道路交通安全局(NHTSA)が2006年に行った調査・研究報告によれば、ESCをすべてのクルマに装着した場合、致命的な単独事故は乗用車で34%、SUVで59%低減でき、単独車両の横転事故は乗用車で71%、SUVで84%低減させられると結論付けられています。その結果、毎年最大で9000人以上の人命が救われ、23万人以上の負傷が防止でき、シートベルト義務化以来の大きな救命効果が発揮されると結ばれています。また、同年の米国道路安全保険協会による研究報告でも、ESC義務化によって死亡事故を43%、単独車両の死亡事故を56%、単独車両事故を41%低減させられるとしています。

 これを受けて、NHTSAが制定する米国連邦自動車安全基準のNo.126で、米国内で販売される車重4.5t以下の全ての車両に対し、ESCの搭載の義務化が明記されました。2008年9月以降、新車販売される車両の55%にESCの搭載を義務付けており、以降、2009年9月以降は75%、2010年9月以降は95%と段階的に引き上げていき、2011年9月以降は完全義務化となります。

 EU議会でも、2011年11月以降はEU域内で登録される乗用車と商用車に、そして2014年11月以降はすべての新車に、ESCの装着を義務付けることを採択しました。

 欧米が義務化に踏み切った背景には、ESCの装着率が米国44%、欧州平均50%と、もともと高かったことがあります。ちなみに、同時期の世界平均の装着率は31%でした。ところが、2007年の日本国内での装着率は、わずか14%に留まっています。景気の悪化で新車の販売台数が減っている中、価格を上昇させてしまうESC標準装着義務は論議しにくいのかもしれませんが、ぜひ前向きに検討していただきたいところです。

■ ブレーキでエコ

 さて、ブレーキの進化は、安全性の面だけに留まるものではありません。人気のハイブリッド車では、「回生ブレーキ」によって発電を行うことで燃費を向上させています。

 回生ブレーキは、簡単に言うと制動時に車輪の回転力を利用して発電機を作動させ、電力を発生させて電池に溜めておく機構です。従来は熱エネルギーに変換されて大気中に放出されていた車輪の運動エネルギーを、電気エネルギーに変換する装置、と考えていいでしょう。そうして発電した電力でモータを駆動することによって、エンジンが不得意とする状況での駆動力をアシストしてやり、燃費を向上させるのがハイブリッド車のキモですから、回生ブレーキこそが燃費向上のキーデバイスと言っても過言ではありません。

 ドラムブレーキの摩擦材を「シュー:shoe」と呼びます。初期の自転車にはブレーキがなかったため、靴底を地面にこすり付けて減速していたことが語源といわれています。そのようなものから始まったブレーキですが、今日ではより広範な状況での安全性を高める役割や、燃費を向上させる役割まで果たしているのです。

著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)

1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。

卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。

現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。

著書/共著書/編集協力書

「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)

「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)

「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏