世界初量産化、ソニー&パナの資産宿る印刷方式「OLEDIO」とは何か

世界初量産化、ソニー&パナの資産宿る印刷方式「OLEDIO」とは何か

ソニーとパナソニック、有機ELテレビで提携交渉。

2012年5月、新聞やTVニュースを賑わせたこの一報を、覚えている方は多いと思う。「ソニーとパナソニックが次世代テレビでタッグを組む」と聞けば、AVファンが興奮しないわけがない。かくいう筆者も、東芝・キヤノンのSED共同開発報道以来、久しぶりに胸が高鳴った記憶がある。

ただ、その期待も空しく、両社の共同開発はわずか1年半で終了。有機ELパネルは両社別々に開発が進められることになった。その間、韓国LGグループはいち早く大型有機ELパネルの量産技術を確立。2013年には世界初の55型有機ELテレビを、そして2015年には世界初の4K有機ELテレビを発表し、有機ELパネル開発におけるリーディングメーカになった。結局自社での有機ELパネル開発に見切りを付けた国内のテレビメーカは、LGからパネルを調達して有機ELテレビを製品化する方向に舵を切った。

このように書くと「日本の有機ELパネル開発は終わった」と思われがちだが、実は前述したソニーとパナソニックの技術資産をそのまま引き継ぎ、パネル開発を継続してきた企業がある。それが、現在世界で唯一“印刷式”の有機ELパネルを量産するJOLEDだ。

JOLEDは今年3月、量産ラインで製造した独自の有機ELパネル・OLEDIO(オレディオ)を千葉事業所から出荷。OLEDIOは、LGの4Kディスプレイ「32EP950」やアストロデザインの業務用4Kディスプレイ「DM-3430」への採用がすでに決まっており、高性能な仕様が要求される映像制作の場で、今後OLEDIO搭載ディスプレイが活躍すると期待されている。

国産パネルOLEDIOはどのようなものか。そして従来の有機ELパネルと何が違うのか。株式会社JOLED 製品事業本部 第1応用技術部 応用技術課 課長の宮下裕文氏に、OLEDIOの強みや今後の展開を聞くと共に、気になるOLEDIOの映像を体験してきた。

ソニー、パナソニックの有機EL開発部門を統合して誕生したJOLED

OLEDIOの話に入る前に、JOLEDのこれまでをおさらいしておこう。

JOLEDは2015年、有機ELパネルの量産開発加速、および早期事業化を目的として、ソニー、パナソニック双方の有機EL開発部門を統合して誕生した企業だ。

“開発部門を統合”という言葉の通り、両社の関連技術者や技術資産――例えば、世界初の有機ELテレビ「XEL-1」や、業務用有機ELマスターモニター「BVM-E250」「BVM-X300」等の開発で培われたソニーのノウハウ(トップエミッションやマイクロキャビティ構造)、パナソニックが研究開発していたRGB印刷式の製造ノウハウなど――は、このときJOLEDに移された。JOLEDでは、これら人材と技術を源泉とし、設備負荷が少なく、中型で高精細なOLEDが作れる印刷式に開発を特化することで、他の有機ELパネルメーカーとの差別化を行なっている。

取材対応していただいた宮下氏は、もともとはパナソニック出身の技術者。JOLEDに移るまでは、CES2013、CES2014で披露された印刷式の56型4K有機ELディスプレイの開発などに携わっていたという。社風の異なる部隊が合体することに多少戸惑いはあったそうだが「出身は違えど、中身は同じ技術屋。いざ統合するとパネルの高精細化はもちろん、フレキシブル化や次世代TFT“TAOS(タオス)”の開発も速まった」と話す。

そして会社設立からわずか2年、デバイスや有機材料、印刷設備等の課題をクリアし、世界初となる印刷式による22型4K有機ELパネルを発表。パイロットラインによる少量生産からのスタートだったが、JOLEDパネルの高い性能が評価され、ソニーの医療用ディスプレイやASUS「ProArt PQ22UC」、EIZO「FORIS NOVA」などに採用された。

今回取り上げるOLEDIOは、2019年に稼働し、2021年に量産開始した石川県・能美事業所のライン(第5.5世代マザーガラス:1,300×1,500mm)で製造された最新パネル。

ラインでは10型から32型まで製造可能だが、現在は比較的多くの需要が見込まれる「32型」「27型」「22型」をラインナップしている。いずれのサイズも解像度は4K/3,840×2,160ドットで、22型の場合、精細度は204ppi。現状、20~30型の中型サイズで4K解像度を実現した量産有機ELパネルは、OLEDIOだけだ。

高解像・高精細に加え、100万:1という有機ELならではの高いコントラストも特徴。ピーク輝度は、32型と27型が540cd/m2、22型が350cd/m2。sRGB比は130%をカバーし、DCI-P3 99%、BT.2020の場合でも約80%と、忠実かつ広色域な色再現性も備える。なお色深度は10bitで、対応するリフレッシュレートは現状60Hzまでとなっている。

蒸着式よりも性能・製造プロセスで優位な“TRIPRINT”

前述した仕様もOLEDIOの特徴だが、OLEDIOが他社と大きく異なるのが、“印刷式”という製造方法だ。

有機ELパネルの製造(発光するEL層の形成)には、大きく分けて蒸着式と印刷式の2つがある。現在、市場に出回っている有機ELパネルのほとんどは蒸着式。例えば、テレビ用に使われている大型有機ELパネルは白色蒸着、スマートフォンやタブレット、ノートPC用に使われている小型有機ELパネルはRGB蒸着で作られている。

蒸着とは、材料を加熱、気化させることで付着させる方法のこと。有機ELパネルの場合、発光のもとになる有機材料をパネル面に付着させる際にこの手法を用いる。白色蒸着の場合はRGBの有機材料を1色ずつ積み上げて発光層を形成。発光そのものは白なので、カラーフィルターでRGBをそれぞれ取り出す。一方RGB蒸着の場合は、RGB3色の膜を各色決められた場所に付着させることで、RGB個別に発光するサブピクセルを作っている。

蒸着には、パネルと蒸着源を入れるための巨大な真空装置、そしてパネルの必要な部分だけに膜を形成するためのメタルマスクが欠かせない。特にRGB蒸着は3色を個別に付着させるため、蒸着作業を1枚のパネルに対して3度行なう必要があり、さらに画素数に応じた精細なマスクとマスクの正確な位置合わせも重要になる。

宮下氏は「位置合わせの課題はサイズが大きくなるほど、そして画素数が増えるほどハードルが上がる。そしてパネルが大型化すると、蒸着源とパネルの距離が離れることになり、膜の形成にムラも生じやすくなるため、RGB蒸着は高精細・大型化に限界がある。気化した材料が真空装置の内壁やメタルマスクにも付着するため、材料の利用効率が低い」と話す。また白色蒸着についても「RGB蒸着ほどマスクの位置合わせはシビアではないが、カラーフィルターによる発光遮断により、色純度と発光効率が相反する上、TFT基板の下から光を取り出すボトムエミッションは構造上、小型化が難しい」と話す。

これら蒸着式に対し、JOLEDの独自印刷技術「TRIPRINT(トリプリント)」は性能と製造プロセスの点で優位性がある、というのが彼らの見解だ。

まず性能面での優位性に関しては、RGB3色の塗り分けによる高い色純度、光のスペクトルを最大化するマイクロキャビティ構造、そして光の取り出し効率に優れるトップエミッションの3点を挙げる。

「OLEDIOのサブピクセルは、スマホのようなペンタイルでも、大型テレビのようなWRGBでもない。映像表示に理想的とされるRGBストライプになっている。高精度にRGB各色が塗り分けられており、色純度の高い映像表示が可能だ。マイクロキャビティは光の共振効果を利用したもので、各色から最も強い光を取り出すよう、有機層の膜厚を最適化することで輝度と色純度を向上させている。そしてTFTに遮られない方向に光を取り出すトップエミッションによって、低消費でありながら明るい映像を実現している」とメリットを説明する。

製造面においても、独自の印刷技術と装置を使用。RGBサブピクセルは印刷で一括成形され、必要な箇所だけに材料を塗布できるため材料ロスがなく、工程数も圧倒的に少ない。また大気圧環境下で製造するため、大型の真空装置やメタルマスクも不要。同一印刷ヘッドで異なるパネルを製造できる、サイズの拡張性にも優れる。印刷式を採り入れる企業が今後増えれば、材料や設備の開発も加速し、最終的なパネルコストも蒸着式より抑えられるとする。

このように聞くと、今主流の蒸着式よりも良いことずくめなわけだが、これまで他社が印刷式を導入しなかったのには理由がある。そもそも印刷式はほかに実績がない。そのため、デバイスはもちろん、印刷の材料やプロセス、印刷設備など、製造に関わるすべてをいちから開発し、量産品質まで引き上げる必要があるわけだ。

この関連技術とノウハウがJOLEDのコア部分でもあるため、詳細は企業秘密とのことなのだが、宮下氏は「印刷装置がキーポイントだった」と話す。

「印刷式の場合、粉末状態の有機材料を溶解、インク化した上でヘッドで塗布する。固体→液体→固体と、状態が変化しても安定して使える印刷材料も大事だが、ヘッドから3色のインクを正確に吐出する位置や成膜精度、そしてムラなく成膜・乾燥させて固体化させるノウハウなど、印刷装置とプロセス開発に時間を擁した」という。なお能美にある印刷装置は、パナソニックプロダクションエンジニアリングと共同開発した設備を使っているそうだ。

今ある同型ディスプレイとは、比較にならない表示品質

では、実際のOLEDIOはどのようなものなのか。量産ラインで製造された32型、27型、そして22型のOLEDIOを同社のデモルームで見ることができた。

部屋に置かれた32型と27型は、最終製品をイメージした格好で、22型はプラスチックのスタンドに立てかけただけの簡素な外観になっていた。ほぼパネルだけの22型を見ると、1.3mmというパネル厚や、重量500gという薄型・軽量性が体感できる。

画面には、PCのビデオボードからHDMI出力された4K映像を表示。セットメーカーが後付けする映像エンジンなどはなく、「映像処理などは何もしていない、OLEDIOの素の状態」とのことだったが、量販店で展示されているような同型ディスプレイとは、比較にならない表示品質に目を奪われる。

精細度は最新スマホ並み。パネルに顔を近付けても画素格子は見えず、波打ち際の泡やビーチにたたずむ人々の顔、ビルのタイル模様など、映像の細部までハッキリ見て取れる。青空のグラデーションも滑らかに繋がっていて、ラスベガスを空撮したシーンでは、夜の漆黒とイルミネーションの光の対比が美しく、スペック以上の明るさを感じさせる。明部も色抜けせず、米粒ほどのテールランプや看板のネオンにもしっかり色が乗っていて、その煌めきはまるで宝石のよう。

特に32型4Kの映像はひときわインパクトがある。これほど素性のよいパネルを使えば、さぞ高画質なテレビが作れるだろう。テレビメーカには50型オーバーの大画面だけでなく、20~30型サイズの製品ラインナップも本気で検討して欲しい。

個人的な注文があるとすれば、パネルの表面処理。現在のOLEDIOはノングレア加工になっているのだが、この処理によって、本来持っているであろう鮮鋭さやコントラスト感がネグられているように感じた。モニター用途を考えての選択だとは思うが、そもそも暗室使用であればグレアでも良いはずだし、現在多くのテレビの表面がグレア加工だ。「クライアントの要求に応じて表面処理の変更は可能」とのことなので、今後コンシューマを想定する際は、グレアのパネルを用意して欲しいところだ。

TCLと共同で大型パネルを開発中。OLEDIOのテレビ採用も期待したい

OLEDIOの最大サイズは現在32型だが、将来的には、更なる大型化も検討している。

その第一歩が、2020年6月に結んだ、中国の大手パネルメーカーTCL CSOT(TCL華星光電技術有限公司)との資本業務提携だ。

これは印刷式を業界のデファクトスタンダードとすべく、TRIPRINT技術をはじめとする蓄積技術、および知的財産を技術ライセンスとして展開するJOLEDの戦略であり、資本力を持つTCLグループとタッグを組むことで、大型テレビ向けの印刷式有機ELパネル開発を実現、加速しようとしている。すでに中国本土からTCLの若い技術者らが多数来日し、順調に共同開発が進められているという。

「パネルの大型化には、現在開発している“TAOS”(Transparent Amorphous Oxide Semiconductor:透明アモルファス酸化物半導体)も鍵になってくる。今のLTPS TFTは電流を流す性能(移動度)が高い一方、大面積で均一な多結晶を形成するのが難しく、製造コストも高い。TAOS TFTを使えば、有機ELを駆動するのに十分な移動度を持ち、かつ大面積に均一に膜を成膜しやすくなり、低価格なパネルの実現も可能になるだろう」と期待を寄せる。

ディスプレイ技術の進化は速く、JOLEDが設立された6年前と比べ環境は変わってきている。

当時65型で100万円した4K有機ELテレビも、今では20万円弱で購入できるエントリーモデルが発売されるようになっているし、当時はまだなかったミニLED搭載機がタブレットやPCモニタ、テレビに採用されはじめるなど、OLEDIOを取り巻く環境は優しくない。

ただ前述した通り、OLEDIOの表示性能は今存在する自発光パネルの中で間違いなくトップレベルにあると感じる。OLEDIOはモニター用途だけでなく、車載やサイネージなども見込んで開発されていることは重々承知しているが、AVファンとしては、むしろこのパネルをテレビ等に使わずして一体どこに使うのか? というのが素直な気持ちだ。もしメーカが採用しないとしたら「大型以外は高画質モデルを作るつもりはない」と言っているようなものと思う。

今後OLEDIOが多くの用途に採用され、国産有機ELパネルとその技術が広く活用されることを期待したい。

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