イーロン・マスクが唱える「自由なTwitter」の功罪 買収がもたらす“変化”とは

イーロン・マスクが唱える「自由なTwitter」の功罪 買収がもたらす“変化”とは

 イーロン・マスク氏が、Twitterの全株式を買収し、運営に携わることとなった。買収は年内に完了し、その後は非上場化が行われる、と見られている。

 マスク氏は「Twitterは街の広場のようなもの」とコメントしている。すなわち、誰もが自由に話せるべき場所にしたい、という考えだ。

 では、この「自由」とはどんな意味を持つのか。シンプルに実現されるものならばいいのだが、過去に起きたことを考えると、そこまで話は単純ではないだろう。

 筆者が考える「可能性と懸念」をまとめて見たい。

マスク氏の狙う「Twitterのオープンソース」的運営

 マスク氏の狙うところはシンプルだ。

 現状のTwitterはオープンではないので、それを改革することで自由な対話空間を作ろう、ということだ。

 それを象徴しているのが、「Twitterのアルゴリズムをオープンソース化する」という点である。

 この点については、Twitterの創業者であるジャック・ドーシー氏も「Twitterは使う、もしくは使わないアリゴリズムは誰にとっても開かれているべきだ」と反応している。

 現在のTwitterは昔ほど単純ではない。

 標準設定の状態では、投稿された順にツイートが並ぶ訳でもない。2016年以降、TwitterはアルゴリズムによってTwitterが「その人に合っている」とするツイートが目立ちやすいよう並べ替えるようになっており、間には広告も挿入される。「トレンド」として注目されるものがピックアップされる結果、トレンドに関するツイートはより増え、言及量が増えてさらに注目が集まる。ヘイトスピーチや医学的に正しくない情報には印がつく。

 また、「不適切」とされるツイートを繰り返した場合はアカウントの凍結などが行われるが、その基準とプロセスも明確にはなっていない。国や地域によって認識に違いがあっても不思議ではないが、そうした違いがどうなっているのかも分かりづらい。

 オープンソースになったからといってすべてがクリーンになるわけではないが、少なくとも「どのようなアルゴリズムで動いているのか」は可視化できるようになる。

 そして、マスク氏は、Twitterの買収をSEC(米国証券取引委員会)に届け出た翌日である、4月14日にトークイベント「TED」に出演し、その中で次のように述べている。

 「GitHubに学ぶことができます。誰かが『ここは問題だ』といい、別の誰かが『いや、そうではない』という。Linuxなどと同じように、問題を強調して変更を提案できるわけです」

 すなわち、単に可視化するだけでなく、そのアルゴリズムの妥当性についての議論も可視化し、改善を進めていけるのがポイント、ということだろう。

自由は混沌も呼び込んでしまう

 この点は、筆者もマスク氏に同意する部分がある。指針がクリアになること、それが作り上げられる過程が可視化されることは重要だ。

 ただ、自由であることは混沌を呼び込むことでもある。

 Webでの「医療情報」の例を挙げよう。

 Webでは元々自由な発言ができる。その中で過去には「たくさん参照され、たくさん見られているものが、信頼性が高い情報である可能性が高い」という発想で進められてきた。

 だが、根拠のない(もしくは悪影響のある)健康情報が、健康食品や健康グッズなどの販売、特定の主張の拡散などを目的に増えていき、ネットで正しい情報を見つけるのはどんどん難しくなっていった。Googleはサーチエンジンの最適化を進めたが、コロナ禍の中では、結局「正しい情報を出す」ことを最優先に、「医療情報パネル」を作ることになった。

 筆者はこの判断を支持しているが、一方で、医療情報を提供するサイトがGoogleに集約されてしまい、多様性が減っている……という見方もできるとは思う。

 多くの人々は自由な利用を求めているが、一方で、自由には責任も伴う。だが、多くの人が「責任ある使い方」「責任ある使い方のための努力」を求めているか、というと、そうでもないのだ。多数にとってのトラブルを防ぐためには、恣意的な運用が必要になってしまうこともある。

 では、「自由になったTwitter」は、そこにどう答えていくのだろうか? 今の、指針が見えない形が正しいとは思わないし、一度混沌にまみれてから再び秩序が構築されていくのかもしれないが、果たしてその過程に人々は耐えられるだろうか。

 ドナルド・トランプ元大統領はTwitterを恣意的な政治宣伝に活用し、そこから「米連邦議会議事堂襲撃事件」が起きた。結果として彼のTwitterアカウントは永久凍結されたわけだが、これもまた、「一定の線を超えたことによって恣意的な運用が必要になった」例だろう。トランプ元大統領はTwitterに戻ってくるつもりはないようだが、「自由」になることでまた似たような混乱が起きるのではないか……と危惧する人々はいる。

 マスク氏がトランプ支持かはよくわからないが、「Twitterが言論の自由を検閲したため、『Truth Social』(ひどい名前だ)が存在する」とツイートはしている。

 現状、Twitterは「言及が多いものがさらに目立つ」構造になっている。そのことは、本来の対話よりも「極端な論争」を加速する部分がある。「自由化」は一時的に、そこに油を注いでしまうかもしれない。一方、オープンソース化や基準の明示などは、偏りを是正し、課題の解決につながるかもしれない。

 影響を読むのは難しいが、「改善」と「悪化」、双方の可能性があることは理解しておく必要がある。

「広告とユーザー数の成長」からの脱却が狙いか

 マスク氏は「Twitterとエコシステムの収益構造を変える」ことで健全化を狙っている部分もある。

 例えば「Botの排除」だ。

 広告などへの誘導を目的としたBotによる自動ツイートは多数あり、それがTwitterのタイムラインを荒らす例は多い。言及量が増えているように見せるため、Botを使って支持者が多数いるように見せかける行為も増えており、政治的な意図や国家の関与を示す例も見受けられる。

 これらのことには、これまでもTwitterは対処をしてきた。だが、完全な排除には至っていない。

 そして「アルゴリズムによって話題のアンプ(拡声器)になる」という現在のTwitterの特性は、Botの横行を招く結果にもなっている。

 Twitterは広告によって運営されており、利用者数の増加(単純なユーザー数増加と、頻繁に利用するユーザー数増加の両方)が、ビジネス価値の拡大に直結する。

 場が荒れることはTwitterの本意ではなく、Bot対策に積極的なのは事実だろうが、注目を集めることがTwitterの運営にプラスであるのは間違いなく、Botは人が集まりやすい部分、すなわち「話題」があるところに現れる。現状のエコシステムにはBotが集まってしまう、という点も否定はできない。アルゴリズムが多分に「アンプ的」であるのも、結局広告で運営する場合には、その方が利用量を増やしやすく、有利に働くからだ。

 これを解消するには、「株主の成長に対するプレッシャー」から抜け出す必要はある。

 Twitterを1つのメディアとして考えた場合、安定した長期的な価値の維持が重要だ。だが、「成長による株価の上昇」を期待する株主が多かった場合、安定よりも短期的な成長が求められ、経営方針がそちらに傾くことは多い。

 純粋な広告運営から有料アカウントの導入へ、という話も出ているが、これは、過去に新聞などのメディアがたどった道と同じである。全員から費用を徴収することはできないが、コアな有料会員+無料会員という構造を作り、収益の軸を有料会員に置くことで、「メディアとしての安定」を狙っているわけだ。このような方法論をとることは、短期的な成長を捨てることにもなり、株主の反発を招きやすい。だが、メディア企業にはよくある選択肢の1つとはなっている。

 結局、オープンソース化も含め、マスク氏の判断は「ユーザー数の成長を唯一の指針とする」ことからの脱却が軸にある、と言えるかもしれない。

「マスク氏の考える自由」に賛同できるかがポイント

 筆者は、少なくとも「ツイート後すぐなら編集できるようにすべきだ」というマスク氏の考えに賛成する。オープンソース化も基本賛成だ。

 とはいえ、マスク氏がどうBotの排除を進めるのかは分からないし、オープンソース化したアルゴリズムが真に「自由」かも、その姿が見えて、更新が始まってみないとわからない。

 今後のTwitterは「マスク氏の理想とする自由を実現する場」になるということであり、彼がそこにどこまで長期的にコミットし続けるかにもかかっているだろう。ただ、オープンソース化も含め、その過程を「可視化できる」ことは、人々が続けるにしろ離れるにしろ、いい判断基準になるのではないだろうか。

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