「日本人は貧乏になった」社内で群れているサラリーマンは、あっという間に路頭に迷う時代が来た

「日本人は貧乏になった」その残酷な事実に気付かない人が多すぎる

ニューヨークでは「ラーメン一杯2000円」が当たり前

——『アンダークラス』で技能実習生の問題に着目したいきさつを教えてください。

僕の仕事場は新宿・歌舞伎町の近くにあるのですが、この数年、人の流れが目に見えて変わってきました。

朝方、24時間営業のハンバーガーチェーンで、大きなバックパックを背負った配達員が眠りこけている。その隣には、たくさんの荷物が入った手提げ袋を抱えた若いホームレスが力尽きたように休んでいる。外には店内に入れずに一晩中、歩いている人がいる。しかも、ハンバーガーチェーンやコンビニで深夜から早朝に働いている店員は、ほとんどが外国人。いびつな風景だと感じました。

日本は、いったい、どんな国なのか。なにかがおかしい。そんな違和感が、外国人労働者や、技能実習生に注目したきっかけでした。

もう一つが、海外での体験です。

数年前、ニューヨークに行く機会があり、ラーメンを食べました。日本では通用しないマズいラーメンが一杯2000円。小皿料理を注文し、ビールを飲んだら5000円を超えました。これはアメリカの経済が成長を続け、物価も給与水準も上がっているからです。一方、日本は経済が低迷し、物価が下がり続けています。日本はもはや先進国ではない、と感じたのです。

「日本人はとっくにお金持ちじゃなくなった」

——作中に登場するベトナム人技能実習生の「日本人はとっくにお金持ちじゃなくなった」というセリフが印象的でした。

それが外国人の実感だと思いますよ。

4年前、取材旅行で訪ねた香港で、紹介制の高級レストランに行きました。店の前にはリムジンがずらりと並び、店内にいるさまざまな国の人たちは一目で裕福だとわかりました。日本人のわれわれが、明らかにもっとも金がない存在でした。

活気にあふれた香港から東京に戻ると、日本全体が寂れたシャッター街のように見えました。にもかかわらず、ほとんどの人が日本が転落した現実に気づいていません。

2000年代に入り、タイやベトナムなどの東南アジアの国々も一気に経済成長しました。日本が1950年代から70年代に約20年もかけて達成した高度経済成長を、わずか5年から10年程度で成し遂げつつある。少し前まで、アジアの国々に対して、日本が面倒を見ている発展途上国というイメージで捉えていた人が多かったのではないかと思いますが、いまその国々が日本を上回りつつある。

——この数年、「日本食がおいしい」とか「日本の伝統文化がスゴい」というテレビ番組が人気ですが、経済が後退した反動なのかもしれませんね。

コロナ以前は、インバウンドが増えていました。もちろん日本への憧れをもって来日する人もいたとは思います。しかし、もっと違う理由があるのではないかという気がしていました。

一昨年まで高校時代から北米に留学した息子の友だちが、よく日本に遊びにきていました。当初、気を遣って「狭いけど、うちに泊まるか?」と聞いていた。でも「大丈夫。日本は物価が安いから。インペリアルのスイートに泊まれる」と言うんです。確かに、帝国ホテルの値段では、アメリカの中堅ホテルにも泊まれない。日本の物価が安いからインバウンドが増えた。そう考えると日本をめぐる現状が腑に落ちてきます。

雇用状況を見てもそうでしょう。物価が下がり続けるから、もっと安い労働力が必要になる。そこで、格差が激しく、いまも貧しい生活を強いられているベトナムやミャンマーなどの農村から来日する技能実習生という名の労働者に頼るしかなくなった。

「派遣切りのときよりもずっと残酷」

——2019年4月から改正入管法が施行され、受け入れがさらに拡大されました。

2010年以降、団塊世代が大量に離職し、日本の労働人口が一気に減りました。とくに低賃金で、仕事がきついというイメージがついた職種は人手不足に悩まされています。それにデフレのなか、下請け、孫請けの企業は、日本人の派遣労働者を使っていては高コストで収益をあげられない。だからより賃金が安い技能実習生が必要とされている。そこまで日本は追い詰められているんです。

——登場人物のひとりが「万が一、リーマン・ショックのような事態に直面した際、大量に受け入れた海外の人材をいきなり切り捨て、母国に帰れ、と命じるのですか。派遣切りのときよりもずっと残酷で、外交問題になりますよ」と発言しています。コロナ禍のなか、技能実習生はリーマン・ショック時以上の苦境にあります。

『アンダークラス』の連載は、2018年から19年でした。当時はまさか、新型コロナウイルスが流行するなんて、思いもしていなかった。

実際、コロナ禍の影響で、働く場を失い、国にも帰れない外国人労働者がいる。豚や果物を盗んで逮捕された不良外国人について報道されましたが、ぼくには起こるべくして、起こった事件と感じました。

本来なら受け入れを拡大する前に、技能実習生の働き方や生活をサポートする体制や、悪徳ブローカーを取り締まる仕組みをつくるべきでした。しかし実際には、国はなんの対策も打たなかった。だから奴隷のような環境で働かされる技能実習生や、働き口をなくして犯罪に走らざるをえない人が出てしまっている。

——そうした技能実習生の状況に対して、世間の関心が薄いように感じます。

それは技能実習生や外国人労働者の問題が、自分とは無縁だと考えているからです。かつて中間層と言われていた人たちは、いまだに自分たちは安泰だと思っている。不都合な現実を直視したくない気持ちはわかりますが、長引く不況に加え、コロナ禍で勤務する会社がいつまで持つかもわからない。現に「洋服の青山」が160店舗を閉店し、400人の希望退職者を募るとニュースになりました。

ずっと会社に守られ、企業の看板を背負って仕事をしてきたサラリーマンが、社会に放り出されたとき、なにができるのか。

近い将来、これまで技能実習生にまかせていたような仕事をせざるをえない人も出てくるはずです。日本の貧困は、そこまで行き着いてしまった。

日本はもはや先進国ではない。まずは、その現実を直視するところから考えていかなければならないのではないでしょうか。

社内で群れているサラリーマンは、あっという間に路頭に迷う時代が来た

コロナ禍の経済危機が、外国人労働者などの弱い立場の人を襲っている。最新刊『アンダークラス』(小学館)で、外国人技能実習生の問題を取り上げた作家の相場英雄氏は「外国人労働者の問題だと思わないほうがいい。むしろ大企業に勤めている人ほど事態は深刻だ」という――。

高度経済成長期は若手社員でも月賦で新車を買えた

——『アンダークラス』では、GAFAなどの国際企業の下請け、孫請けとしての仕事を受ける日本の中小企業の実態についても書いていますね。

実は、私の実家は、新潟県燕市の町工場だったんです。元請けの企業から、どんなふうに注文がきて、どう締め付けられているか。元請けと下請けの利益構造を肌感覚で知っていました。

ぼくが子どもだった高度経済成長期は、設備投資をしても利益が伸びると見通しが立てられました。若い社員が月賦で新車を買えた時代です。ぼくも社員旅行で、みんなと一緒に貸し切りバスで温泉旅館に行きました。

コストカットのしわ寄せが、技能実習生にきている

いまや、ローンを組んでクルマを買う若者なんてほとんどいないし、社員旅行を催す余裕がある町工場は少なくなってしまった。

しかも景気が一向によくならない。中小企業は、コストカットをしなければ、生き残れない。そのしわ寄せが、安価な労働力として受け入れた外国人労働者にきていたんです。コロナ禍で、より苦しい状況にある外国人労働者の境遇がひとごとだとは思えなかった。

実家の町工場は、1985年の円高不況で倒産しました。当時18歳で上京したぼくは、新聞社の奨学生として働きながら専門学校に通いました。朝夕刊の配達に集金、それに勧誘のノルマもありました。ノルマが達成できずに、賄いの食事を抜かれたり、「使えないヤツ、文句を言うヤツは出て行け」とも言われ、住んでいた寮を追い出されたりした経験もあるんです。

ぼくは日本人だから言葉がわかったけど、技能実習生は悪徳ブローカーに借金を背負わされ、自分が置かれた状況も言葉もわからないまま、路上に放り出されるんです。その悔しさや不安は想像にあまりある。あまりに扱いがヒドすぎる。

時事通信に「キーパンチャー」として入社したが…

——作中に新聞奨学生を経験した青年が登場しますが、相場さんの実体験だったのですね。

そんな体験の影響か、ぼくは、家がなくなる、仕事がなくなるという危機感が非常に強いんです。専門学校卒業後は、時事通信にキーパンチャーとして入社しましたが、3年目から記者に転属したい、と希望を出し続けました。

キーパンチャーとは記者が殴り書きした原稿を社用のワープロで入力する仕事です。まだパソコンはおろか、個人用のワープロもなかった時代だったので、キーパンチャーは重宝されていました。

しかし入社2~3年目には、キーパンチャーの仕事はなくなりそうだと感じました。ワープロを個人で購入し、プリントアウトした原稿をファクスで送信してくる記者が現れはじめたのです。他のキーパンチャーたちは仕事が楽になったと喜んでいましたが、ぼくは怖くてしかたなかった。

電気自動車に変わったら、この町工場はいったいどうなるのか

その後、経済部の記者となり、日本銀行、東京証券取引所などを担当しました。小説家を志して会社を辞めたのが、15年前です。タレントのゴーストライターなどの仕事をもらって食いつなぎ、やっと小説だけで生活ができるようになった。

元々、記者だったとは言え、いまは特別な情報を持っているわけではありません。一般の読者と同じようにニュースに接して覚えた違和感……この国がひずむ音と言えばいいか、そんなテーマを小説として描いてきました。

——技能実習生の存在を通して感じたのが、格差や貧困、グローバリゼーションの加速、産業構造の変化など、国のひずみだったわけですか。

そうです。たとえば、地元の燕市には自動車の特殊なパーツを製造する町工場がたくさんあります。けれども、これから、どうなるのか。

グーグルやアップルがモーターと電池だけで動くクルマや、完全自動運転のクルマを開発したら社会の仕組みが大きく変わる。町工場は立ちゆかなくなり、たくさんの人たちが働く場を失ってしまうでしょう。

副業を推奨する企業が増えている本当の理由

それは町工場や中小企業に限った話ではありません。かつてのように一生懸命に勉強し、いい大学に入り、就活をガンバって、いい企業に就職できたとしても、10年後、20年後、その企業が倒産するかもしれない。

コロナ禍以前から、副業を推奨する企業が増えていましたが、ざっくばらんに言えば、会社ではいつまで面倒を見られるかわからないから自力でなんとかしろ、という話でしょう。

——そんな状況にコロナ禍が拍車をかけ、ますます先が見通せなくなっています。

コロナはボトムアップ型です。ぼくらが経験したバブル崩壊や、リーマン・ショックなどの金融危機は、まず大企業が立ちゆかなくなり、末端の国民に影響が派生していった。あるいは、3・11はダメージが局所的でした。でも、コロナは、末端の弱い人から打撃を受けている。そして、被害が日本全国に広がっている。

いま、町場の飲食店への補償や支援にばかり注目が集まっていますが、ほかの業種も苦しい。大企業であっても、いつ大規模な人員整理を行ってもおかしくない。

若い世代には「群れるな」と伝えたい

にもかかわらず、ぼくと同世代の会社員は驚くほど危機感を抱いていません。何十年も会社に守られてきたから、競争力もない。もしも彼らが突然、会社から放り出されたらどうするのか。明日食べるもの、ローンや家賃、子どもの学費……。それまで当たり前だった生活がままならなくなる。自分が、いままでひとごとのように見ていた技能実習生たちと同じ立場に置かれる可能性を想像もしていないんです。

何よりも、コロナ禍は、国が国民を守ってくれないことを明らかにしました。菅総理が言ったように“自助”でなんとかするしかない。

ぼくは、いつも若い世代にこう伝えているんです。群れるな、と。

ぼくは通信社で働いていた時代、同僚だけでは絶対に酒を飲まなかった。同じ社内の人間が集まると、上司の愚痴や人事の話題にしかならないでしょう。同調して、忖度(そんたく)してしまうし、刺激も新たな気づきもない。そこで、取材相手か、他社の記者とばかり飲んでいました。他業種の人から知らない情報を聞けば、視野が広がるし、違う角度から社会の動きや時代の変化が見えてくるから、勉強になる。

ふだん接する情報も同じです。どのニュース番組を見て、どの新聞、雑誌を読むのか。正しい情報なのか、そうでないのか。自分で確認し、社会の動きや時代の変化を察知していくしかない。自分で、自分を守るためには、そうした毎日の積み重ねからはじめるしかないのです。

---------- 相場 英雄(あいば・ひでお) 小説家 1967年、新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりドラマ化され、ベストセラーに。 ----------

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏