あの「まんが王国」が老舗出版社を買収した必然

あの「まんが王国」が老舗出版社を買収した必然

 巣ごもり需要で拡大が続く電子コミック配信会社が、老舗出版社の買収に動いた。

 電子コミック配信サービス「まんが王国」を運営するビーグリーは10月8日、出版社のぶんか社グループ(ぶんか社、海王社、新アポロ出版、文友舎、楽楽出版)を買収した。ぶんか社は1948年創業の老舗で、女性向け漫画に強みを持つ。中小規模の出版社ながら、2018年にTBSテレビ系でドラマ化された『義母と娘のブルース』など人気作品を持つ。

 ぶんか社グループは17年に民間投資会社の日本産業推進機構が買収。「当時は紙媒体が中心で、デジタルへの移行に課題があった」(日本産業推進機構)が、その後は電子コミック強化などの取り組みが奏功している。

 直近のグループ全体の売上56億円に対し、デジタル関連の売上は25億円と45%に上る。主力のぶんか社は売上高44.9億円、営業利益は8.6億円(19年12月期)と堅調に推移している。

 株式の取得額は53億円だが、ぶんか社グループの負債の返済分も含めて、ビーグリーは銀行から70億円を借り入れて充当する。ビーグリーの前19年12月期の売上高は104億円、営業利益は8億円であることを鑑みると大きな投資となる。

 今回の買収について業界からは「電子コミック配信会社による出版社買収や、異業種との連携が増える口火が切られた」との声が聞こえる。

■ユーザー囲い込みにあの手この手

 IT技術を基盤に電子コミック配信サービスを手がけてきたビーグリーが出版社買収に踏み切った背景には、市場の競争激化が大きく影響している。

 足元の電子コミック市場は右肩上がりが続く。19年度の電子書籍市場(電子雑誌も含む)は3750億円で前年度比2割増となった。このうち、電子コミックが2989億円(同25%増)と大半を占める。今20年度の電子書籍市場は電子コミックを中心に4442億円(前年度比48.6%増)と高い成長が続く見通しだ(インプレス総合研究所の推計)。

 加えて、新型コロナによる外出自粛などの影響で巣ごもり需要が増えたことで「まんが王国」の課金収入は大きく拡大している。ビーグリーが8月に発表した今20年12月期の中間決算は、売上高55億円(前年同期比10%増)、営業利益5.6億円(同97%増)と高い成長を遂げている。

 好況の一方で、電子コミック配信サービス間でのユーザーの獲得競争は厳しさを増すばかりだ。通常、電子コミック配信サービスは各出版社や電子書籍の取次事業者と漫画作品の配信契約を結び、自社のWebサービス、アプリを通じて配信する。

 ただし扱う作品は横並びになりがちで、どのサービスも大きくは変わらない。各社は特定作品を独占的に先行配信することなどで差別化し、ユーザー獲得、囲い込みに力を入れている。一方でコンテンツを提供する出版社側からすると、多くの読者に作品が読まれ、より有利な契約条件を提示する配信サービスに独占配信を許諾するほうがメリットとなる。

 大ヒット漫画『鬼滅の刃』(集英社刊)のような作品では、独占配信の許諾が得にくい。各サービスは自社の読者層と親和性のある過去の作品を発掘したり、ウェブトゥーンと言われる韓国の電子コミックを国内配信するなど工夫を凝らしている。

■オリジナル作品のために専任編集者を配置

 差別化の手段が限られる中、カギを握るのが電子コミック配信サービス発のオリジナル作品だ。許諾が必要な出版社の作品と違い、オリジナル作品であれば独占先行配信などを自社の裁量で進めることができる。

 すでに成功例は出てきている。女性向けを中心とした電子コミック配信サービス「めちゃコミック」を運営するアムタスは、パートナー出版社や編集プロダクションに制作を委託する形でオリジナル作品の連載に力を入れてきた。その中から誕生したヒット作品が『青島くんはいじわる』だ。

 同作品は「一話単位の販売だが、単行本に換算すると累計100万部以上」(アムタス親会社のインフォコム広報)を達成している。作品販売による売上増はもちろん、Web広告などで独占先行配信を積極的に訴求することにより多くのユーザー獲得につながっている。

 「一般的な作品と比べて、独占先行配信のオリジナル作品は、広告によるユーザー獲得の効率が非常に高い」と、アムタスの山下正樹社長は言う。

 ビーグリーも社内に専任編集者を数名抱え、オリジナル作品を制作している。しかし大きなヒット作に恵まれず、ライバルに遅れを取っていたことは否めない。今回、ぶんか社を買収することにより、約60名の編集者がグループに加わることは作品の制作面で大きな後押しとなる。

 これまでビーグリーは『コミック配信会社からコンテンツプロデュースカンパニーへ』という方針を掲げてきた。同社の吉田仁平社長は「(ぶんか社買収で)コンテンツ制作機能を補完した。ヒット作を生み出すための作品の裾野が広がったほか、まんが王国のユーザーの嗜好やトレンドを作品作りに反映していくこともできる」と意気込む。

 来21年12月期からは、ぶんか社がヒット作品を生むことによる収入増と、オリジナル作品の独占先行配信などによる「まんが王国」へのユーザー流入増の両面で、グループ全体としてのシナジー効果を目指していく。

 今回の買収劇の裏側には、紙のコミック、漫画雑誌の市場が縮小する中での中小出版社の苦境もある。電子コミック市場の拡大により、大手出版社は過去作品も含めた電子コミックの販売増で収益性が向上しており、自社でも配信やアプリサービスを展開することで業績堅調な会社が多い。一方で小規模な出版社ほど資金面や人材、技術力がネックとなり、デジタル化への対応が遅れている。

 また、紙媒体と電子コミックでは、販売時のお金の動きも大きく異なる。紙媒体では日販、トーハンなど取次が金融機能を有しており、出版社ごとに条件は異なるが、取次に納入した段階で出版物の代金を一部受け取ることができる。返本分の返金リスクがあるとはいえ、この仕組みの中では新刊の出荷を続けることで現金を得ることができる。

 一方で電子コミックの場合、利益率は紙よりも高いものの、売れた冊数(話数)分だけの金額が、販売時から数カ月先に入ってくるという形態が一般的だ。デジタル化の流れは、出版社のキャッシュフローが紙媒体の流通の場合と比べて悪化する要因となっている。

■紙と電子を両方手がける新たな出版形態

 電子書籍取次の最大手メディアドゥホールディングスは、昨年秋にポプラ社傘下のジャイブ社を、宙出版社から少女コミックレーベルを刊行するネクスト編集部を買収している。マーケティングやシステム開発、経理など管理面の機能を一元化し、傘下の出版レーベルは編集機能に特化して紙と電子の双方で出版を手がけるという、新しい出版形態の「インプリント事業」を開始している。

 業績好調の中で差別化のためのコンテンツ拡充に打って出たい電子コミック配信サービスと、紙の市場縮小という難局からの脱却を計る中小出版社。双方のメリットを考えると、買収や資本提携の流れは今後も続く可能性がありそうだ。

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