マスク生産世界最多「中国BYD」返金騒動の真因 カリフォルニア州では契約通りに納品されず

マスク生産世界最多「中国BYD」返金騒動の真因 カリフォルニア州では契約通りに納品されず

 マスクの価格や需給はもはや全人類の関心ごととなっているが、世界最大のマスクメーカー「BYD(比亜迪)」のことは知っているだろうか。中国通の人ならば、「あれ?BYDって中国のEVメーカーだよね」と不思議に思う人もいるだろう。

 2月にサージカルマスク生産に参入した同社は、今では1日2000万枚を生産し、中国の2018年のマスク生産量(45億4000万枚)も軽々と超える生産体制を築いている。

 BYDにはソフトバンクグループの孫正義会長兼社長をはじめ、世界中から注文が舞い込んでいる。ところがアメリカでは同社にマスク10億ドル(約1072億円)分を注文したカリフォルニア州が、契約通りに納品されないことを理由に、返金を求める騒動が起きている。

マスク4億枚を買い付けたカリフォルニア

 孫正義氏は4月11日、BYDからマスクを月3億枚輸入し、利益を上乗せせず日本の医療機関などに供給するとTwitterで発表した。ほぼ同じ時期、カリフォルニア州もBYDから医療用マスクを10億ドル(約1072億円)分調達すると公表した。

 同州が最近公表した契約内容によると、BYDとはN95マスク3億枚を1枚3.3ドル(約354円)、サージカルマスク1億枚を1枚0.55ドル(約59円)で購入することで合意。1枚3.3ドルという価格は、他の州の調達価格に比べてかなり安いという。

 ところがカリフォルニア州は5月6日(現地時間)、BYDから期日通りにN95マスクが納品されないため、すでに支払った4.95億ドル(約531億円)の半額の返金を求めると明らかにした。時を前後して、アメリカ当局が中国製マスクメーカーの輸出許可を一部取り消したため、BYDとの関連を巡ってさまざまな情報が飛び交ったが、その後、詳細が少しずつ判明している。

 そもそも、高機能医療用マスクの「N95マスク」は、アメリカ労働安全衛生研究所(NIOSH)の規格に合格したマスクだ。中国メーカーの「N95マスク」の大半は、実際には中国の同様の基準をクリアした「KN95マスク」であり、NIOSHの認証を受けていない。そのため厳密には「N95マスク」は名乗れないのだが、“N95同等”と注意書きがされていたり、一般名詞的に「N95マスク」と呼ばれることが多い。

 中国メディアによると、孫正義氏やカリフォルニア州が調達するとしている「BYDのN95マスク」も正確には「KN95マスク」だという。

 アメリカ食品医薬品局(FDA)は当初、感染症対策におけるKN95マスクの有用性を認めていなかったが、アメリカ疾病対策センター(CDC)が、N95マスクが圧倒的に不足している現状も考慮し、「KN95マスクはN95マスクの代替品になる」との見解を表明した。

 これを受け、FDAは4月3日に従来の方針を変更し、中国で承認された「KN95 マスク」が「N95」と同等の効果を持つとして、医療現場での使用を認めた。そこから多くの中国企業がKN95 マスクをアメリカに輸出するようになった。

 ところがFDAは5月7日までに再び方針を変更。「アメリカの検査で、基準を満たしていないマスクが大量に見つかった」との理由で、アメリカに医療用マスクを輸出する中国企業80社のうち8割の輸出許可を取り消した。引き続き輸出を許可されたのは14社で、中国メディアによるとBYDはその中に含まれている。

米国基準の認証取れなければキャンセル

 つまり、BYDのKN95マスクはFDAの検査はクリアしており、中国製マスクの輸出取消とBYDのカリフォルニア州への納品遅延は関係なさそうだ。

 ではトラブルの真因はどこにあるのか。原因の一端が、両者の契約書で明らかになった。BYDはカリフォルニア州から、納品するKN95(N95)マスクに関してNIOSHの認証を5月8日までに取得することを求められており、認証が取れなかった場合は、先に受け取った代金を返還すると取り決めていた。

 BYDのKN95マスクは5月8日時点で、NIOSH認証を取れていない。両者は5月上旬に協議し、契約内容を「カルフォルニア州が先に支払った4.95億ドル(約531億円)の半分を返金」「認証を5月31日までに取得し、納品日を5月22日までに確定する」と修正した。5月末までに認証が降りなければ注文はキャンセルされ、全額返金となる。

 カリフォルニア州はBYDからKN95マスクとは別にサージカルマスク1億枚を購入しているが、こちらはNIOSHの認証は必要がなく、同州によると数千万枚をすでに受け取り済みとのことだ。

 つまり、FDAは「KN95マスクをN95マスクの代替とみなす」方針であるのに対し、カルフォルニア州がより厳しいNIOSH認証という条件をBYDに求め、その審査に合格できていないことが、納品遅れにつながっているようだが、認証が遅れている理由や、商品が出荷されたかについて、カリフォルニア州は説明していない。

 BYDは11日、北京メディアの新京報に「カリフォルニア州との取引は納品が延期になっただけでキャンセルではない。当社はソフトバンクグループともマスク生産で提携し、アメリカの他の州からも注文を受けている。今は残業してマスクを作っており、カリフォルニア州の件は事業への影響は大きくない」とコメントしている。

 マスク騒動で、世界で一気に知名度を上げたBYDだが、そもそも、なぜBYDはマスクメーカーに変貌したのか。1月下旬の春節期間に新型コロナの感染が爆発した中国では、2月の操業再開時に従業員のマスク着用が義務付けられた。中国の2018年のマスク生産量は約45億枚で、多くが輸出に回っており、1、2月にはあらゆるマスクが不足した。この頃は日本からも多くのマスクが中国に寄贈された。

 従業員のマスクを確保しないと工場が再開できないため、一部の大企業はマスク生産を始めた。iPhoneの組み立て工場として知られている鴻海精密工業は従業員向けに、自動車メーカーの広州汽車は自社従業員のほか広州市の企業向けにマスクを作った。一方、BYDは医療用マスクの生産に乗り出した。

 中国の報道によると、BYDの王伝福総裁は1月26日の幹部会議で「マスクが足りず、操業再開に支障が出る。2週間以内にマスクの生産体制を作った部署には総裁賞を贈る」と発言。この言葉で各部署が一気に動き、1カ月足らずで深圳市政府から製造承認を得て、生産ラインを100本整えたという。

 1日の生産枚数が500万枚に達した3月には、同社のマスクは政府に買い取られ、イタリアや韓国などへ寄贈されるようになった。その後、孫正義氏ら海外からの注文が次々に舞い込み、4月時点で1日の生産能力は2000万枚に拡大した。

BYDの業績はEV市場失速で低迷している

 BYDは中国EV業界のリーディング企業で、4月にはトヨタ自動車との合弁会社設立も発表したが、この数年は政府のEV購入への補助金削減の影響を受け、業績が低迷している。EV市場の失速とコロナ禍のダブルパンチで、同社の2020年1~3月期の純利益は、8割近く落ち込んだ。

 マスクは緊急対策的に始めたものだったが、世界に新型コロナウイルスが広がる中で需要が急拡大し、BYDに投資するウォーレン・バフェット氏も同社のマスクをつけた写真を公開するなど、ブランド力向上に一役買っている。

 BYDの2018年度の売上高は1300億5500万元(約2兆円)で、カリフォルニア州との契約10億ドル(約1072億円)は、年間売上高と比較しても小さくない。今や世界最大のマスクメーカーになったBYDが新型コロナ終息後もマスク生産を続けるのか、事業の位置づけは明らかになっていないが、ここまで順調だった同社のマスク事業にとって、カリフォルニア州とのトラブルは最初の試金石になりそうだ。

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