激安居酒屋「一軒め酒場」が“600万円ロボット”を実験導入したワケ

激安居酒屋「一軒め酒場」が“600万円ロボット”を実験導入したワケ

全自動でお酒をつくってくれる

 池袋駅西口にある大衆居酒屋チェーン「一軒め酒場」。その一角で、1月23日からアーム型ロボットがドリンクをつくり、お客さまに提供するというサービスを開始した。これは3月19日まで行う実験で、ここで集めたデータを検証するのだという。

 同店を経営するのは養老乃瀧株式会社(本社/東京都豊島区、代表/矢満田敏之)で、ロボットを開発したのはQBIT Robotics(本社/東京都千代田区、代表/中野浩也、以下QBIT社)だ。

 養老乃瀧は1938年創業、1958年より本格的に事業展開を開始した大衆居酒屋チェーンの草分け(2020年1月末現在、総店舗数409店舗)。またQBIT社は、「人とロボットが協働する社会を目指すロボティクス・サービス・プロバイダー」で2018年1月に設立された。

 このロボットのサービスを同社は「ゼロ軒めロボ酒場」と呼んでいる。プロジェクトが立ち上がった背景について、同社取締役の土屋幸生氏が解説してくれた。

 「当社のコーポレートスローガンは『笑顔の集う場所へ』です。これに向かって全社一丸となって取り組んでいます。しかしながら、人手不足ということが深刻になってきていることから、ロボットによってそれを解消することができないか、さらに人とロボットが協働できる現場オペレーションを開発しようと、ロボット運用の実証実験を行うことにしました」

 養老乃瀧では2019年1月から1年間「生産性向上プロジェクト」に取り組んできた。その活動の過程でQBIT社と交流が生まれ、ロボット、AI活用のプロジェクトを進めてきたという。

お客さまへの接客もAIで

 ロボットへの注文の仕方は、まず店内のレジでロボットがつくるドリンク(生ビール、ハイボールなど6種類、すべて1杯300円)を購入することを申告。すると、QRコードがついた紙が渡される。

 ロボットの前に行き、QRコードを読み取る機械に入れてそれを読み取るとロボットが作動。ロボットはアニメキャラクターのような声を発して、タブレットでお客さまに表情を見せる。

 アームがくねくねと動きながら手際よくドリンクをつくり、ビールは40秒、カクテル類は100秒で提供する。この作業時間は人が行う場合とほぼ同等とのことだ。ロボットがつくる杯数を当初「1日50杯」と目論んでいたが、実験を始めて2週間ほど経過して(2月7日段階)、これとほぼ同じ杯数となっている。

 AIの活用は天井にカメラを4つ設置。これによってお客さまの位置、表情、年齢、性別を識別・判断し、ドリンクをつくりながら、それぞれにふさわしい現状の表情をタブレットに映し、お客さまの属性に合った言葉を発する(ロボットがお客さまに一方的に話すので「発話」という)。

 この「発話」を多くのお客さまに行うことによって、お客さまの表情をその都度記憶して、どのようなことを発話したら笑顔になるのかをフィードバックする。

 お客さまの「笑顔」が加算ポイント、「いまいち」の表情が減点ポイント。こうして点数が上がればスコアリングとして上に上がり、「お客さまにマッチしたより良い対応ができるようになる」という学習機能を持っているそうだ。

“人間臭さ”以外の部分を担当させる

 「ロボット」というと無機質なイメージを抱きがちだが、このアーム型ロボットはむしろ可愛らしさを感じる。筆者はロボットが導入されてから同店を3回訪問、計7回ロボットに注文したが、お客さまへの発話が一律ではなかった。

 男性には「お兄さん」、女性には「お姉さん」と呼びかけながら発話する。筆者への発話は若いお客さまに対するものと比べるとおとなしい感じだった。

 今回の実験検証では「人とロボットの協働」ということがキーワードになっているが、これについて前出の土屋氏はこう語る。

 「居酒屋は『ヒューマンビジネス』です。この営業はロボット単体ではありえません。“人間臭い”部分が必ず必要となる。そこで、ロボットが担う部分をロボットがその役割を果たす。人間は人間臭い部分を担当する。ロボットが担うことができる部分がもっとあるかもしれないので、それを探し出していきます」

 ゆくゆくはキッチンの中に入れて、ドリンクをつくるほか、鍋を振るなどの調理の役割も想定しているという。

 また、現状のロボットがドリンクをつくる一連の行為はエンターテインメントにもなっていて、ほとんどのお客さまは動画撮影をしている。このようなロボットならではの存在感も「人とロボットの協働」ではないか。

飲食業ロボットはどんどん安くなる

 今回の「ゼロ軒めロボ酒場」で使用されているロボットは、デンマークに拠点を置くUniversal Robotsの製品で主に精密機械の生産ライン向けに開発されたもの。壊れない、高品質、安全性がきちんと備わっているという点から、この分野では世界一のシェアを持つ。

 アームは6軸で構成されており、人の腕より多様にかつ機敏に動くことができる。これを活用することで養老乃瀧向けのものはわずか2ヵ月半で出来上がったという。

 ロボットそのものの価格は600万円程度だが、ソフトウエアの開発費やクラウド利用料が加わり、最終的なコストは約950万円となった。これらに投資はQBIT社で行なった。現在は中国製で類似のものが開発されるようになり、ロボットの費用はこの4分の1相当になるという。こうした廉価版が普及することによって、飲食業でのロボット活用はブレークすることになりそうだ。

 QBIT社代表の中野浩也氏はこう語る。

 「現在の産業用ロボットはハイスペックです。居酒屋や飲食業で利用する場合には、それほど高性能でなくても十分です。今回採用したロボットも5kgまでのものを掴んでガシガシ動けるものですが、実際にはプラスチックのコップを握って動く程度で良いのです。このようにして、飲食業の実態に沿ったロボットがでてくればアームがスマートで、しかも安くなります」

 中野氏が考える飲食業における「人とロボットの協業」とはこうだ。

 「ロボットはまだ『人の代替え』にまで至りません。ただし、人間の作業の一部を任せることは可能です。お客さまとの触れ合いも、人間でなければできないもの、ロボットでなければできないものがあります。お客さまによっては、接客してくれるのは人間がいいという人もいれば、ロボットがいいという人もいます」

「養老乃瀧ハッカソン」を開催

 さて、養老乃瀧では「人とロボットの協業」のベースとなるようなイベントを行っている。それは「養老乃瀧ハッカソン」。「居酒屋×IoT」をテーマとして2017年に第1回が開催され、昨年まで3回行われている。

 ハッカソン(hackathon)とは、ソフトウエアのエンジニアリングを指す「ハック」(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせたアメリカIT業界の造語。プログラマーやデザイナーから成る複数の参加チームが、与えられた時間内にプログラミングに没頭し、アイデアや成果を競うイベントのことで、現在は研修活動などでも活用されている手法だ。

 第3回「養老乃瀧ハッカソン」は昨年の10月26、27日の2日間で行われた。テーマは「居酒屋ファンを増やし、また来店したくなるIoT」。ここに17チーム50人が参加、2日目の午後にはこのテーマに沿ったプログラムを各々が発表した。

 ここで最優秀賞を獲得したのは「断末魔レモン絞り」。これは「レモンを絞ると、レモンの断末魔が聞こえるデバイス」である。講評した養老乃瀧代表の矢満田敏之氏は「笑顔が集う場所の居酒屋にとって、シンプルでばかばかしく、誰にとっても面白く笑えるこのプロダクトが最優秀賞にふさわしかった」と語った。

 養老乃瀧の「ゼロ軒めロボ酒場」におけるロボット、AI活用の発端は人手不足解消であるが、「笑顔の集う場所へ」というコーポレートスローガンに則ったものだ。土屋氏によると「目標とするのは、ドリンクを運ぶ、料理を運ぶ、料理がおいしい、というだけではない、総合的に居心地のいい空間づくり」という。

 このような世界の一つを「人とロボットの協働」によってつくり上げようとしている。

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