香港情勢を甘く見た中国、巻き返しに出る可能性も

香港情勢を甘く見た中国、巻き返しに出る可能性も

 11月24日に投票が行われた香港の区議会議員選挙は、民主派の圧勝という予想外の結果となり、世界中に大きな衝撃を与えた。とくに、親中派の勝利を信じていた習近平政権には、大きな誤算となった。

 さらに、19日に米議会を通過していた「香港人権・民主主義法案」にトランプ大統領が署名し、米中間に新たな火種が生まれた。

次の焦点は行政長官選挙と立法会選挙

 香港政府が、4月に、容疑者を中国に引き渡すことを可能にする逃亡犯条例改正案を立法会に提案し、これに抗議する市民が街頭に出たのが6月である。デモに参加する人々の数は増えていき、6月16日には200万人にも達した。民主派は、①条例改正案の撤回に加え、②デモの「暴動」認定の取り消し、③警察の暴力に対する独立調査委員会の設置、④抗議活動で拘束された者の釈放、⑤行政長官選挙の民主化の5項目要求を掲げている。

 その後もデモは続き、遂に9月4日、林鄭月娥行政長官は条例改正案を正式に撤回した。しかし、民主化を求める市民の抗議活動は続いていった。10月5日には、「覆面禁止規則」が施行され、それがまたデモを過激化させるという悪循環になり、10月8日には、現場で負傷した男子大学生が死亡した。その3日後の11日には、警官の発砲で男子学生が重態になり、抗議活動が毎日続くようになり、17日には香港理工大学を学生が占拠して警官隊と攻防を繰り返す事態に発展した。

 このような中で、区議会議員選挙のキャンペーンが10月18日から始まり、11月24日に投票が行われたわけだ。選挙期間中には、民主派、親中派双方の候補者や選挙事務所が襲撃されるなど混乱が続いた。このため、選挙が予定通り行えるかどうか不安視されたほどであった。

 区議会議員選挙は、親中派の特権階級による間接選挙である行政長官選挙と違って、市民が直接投票する普通選挙であり、民意が反映される。18区議会の452議席を選ぶが、それ以外に、親中派に27議席を割り当てる仕組みとなっている。

 今回は、過去最多の約1100人が立候補し、投票率も71.2%と過去最高であった。そして結果は、民主派が388議席で約85%の議席を獲得する圧勝であった。親中派は改選前には7割を占めていたが、59議席と惨敗した。その他は5議席である。2015年の前回の選挙(総議席数は431)では、民主派が120議席、親中派が293議席、その他が18議席だったので、地滑り的な大変動が起こったと言ってよい。まさに民主化を求める市民の声が反映されたのである。

 行政権のトップと国会(立法会)を選ぶ選挙は普通選挙ではないために、今回の区議会議員選挙の結果がなおさら重要になる。

惨敗で浮上する立法会選挙の仕組み変更の可能性

 行政長官の選挙は、1200人の選挙委員による間接選挙で、内訳は、業界団体別の選挙で選ばれた926人、立法会枠70人、区議枠117人、中国全人代・人民政治協商会議枠が87人となっている。今回の区議選の結果で、117人枠の大半を民主派が占めることになるが、これは選挙委員全体のわずか1割程度であり、業界団体の中の民主派を合わせても、過半数にはほど遠い。しかし、何の影響もないわけではない。

 また、立法会の選挙は、定数70議席のうち、比例代表による直接選挙が35議席、業界団体別の選挙が29議席、区議枠が6議席である。民主派は現在25議席であるが、次回選挙でどれくらい上積みできるかが重要である。

 区議会議員選挙は小選挙区であり、死票が多くなる。民主派は議席で8割を超えたが、得票率で見ると57%であり、親中派が41%である。立法会の直接選挙は比例代表制であるので、区議選と同じ得票率ならば、民主派が20議席、親中派が14議席となる。区議枠の5議席を確保すると、民主派議席は25議席。そこで、過半数にはあと10議席以上必要で、親中派が占める業界枠29議席の中から10議席をもぎ取るのは困難である。

 しかし、万が一、そのような事態になれば、習近平政権としては取り返しのつかないことになる。香港で制定される全ての法律が反中国的なものになってしまう危険性があるからである。

 だからこそ中国は、今回の結果を驚愕の念をもって受け止めた。中国では、区議会議員選挙の結果に関する報道は一切ない。北京政府は、これまで通り親中派が勝つと確信していたようである。それは、デモ隊の暴力行為で経済活動を阻害され、不満がたまっている「サイレント・マジョリティ」は民主派に投票しないだろうという安心感があったからである。この楽観主義は、事態を正確に分析することに失敗したことを意味し、読みは完全に間違っていた。

 そこで、習近平政権は、今後、立法会選挙の仕組みを変える可能性すらあり、香港の自治権を制限する方向に動く可能性がある。「一国二制度」は認めても、香港はあくまでも中国の一部であり、北京に刃向かうことは許さないという立場である。

ポピュリズム横行する民主主義と「幸福な監視社会」中国の相克

 そのような北京政府の前に立ち塞がっているのが、国際社会、とりわけアメリカである。中国の監視社会の酷さは、ウイグルへの弾圧が典型であるが、習近平による非公開演説や収容者の家族との想定問答集などの内部文書を11月16日にニューヨークタイムズが入手して公開した。その中で、習近平が「容赦するな」と喝破したことが暴露されている。これは「幸福な監視社会」が牙を剝くと、どのような弾圧社会になるかを示しており、世界に衝撃を与えた。

 そして、アメリカ議会では、10月15日に下院で可決された「香港人権・民主主義法案」が、上院でも11月19日に全会一致で可決された。この法律は、香港で「一国二制度」、つまり「高度な自治」が機能しているかどうかを毎年検証し、議会に報告することをアメリカ政府に義務づけるものである。もし人権侵害などが確認されれば、香港への優遇措置を見直すことが可能となり、民主派を支援する内容となっている。

 この米議会の決定に対して、中国は内政干渉だとして猛反発し、対抗措置をとることを明らかにした。そこで焦点になっていたのが、法案に必要な署名にトランプ大統領が応じるか否かであった。一般的に、大統領の選択肢としては、①拒否権を発動する、②10日間何もせずに自然成立を待つ、③署名するという三つがあるが、①の場合は、両院で3分の2の多数で再可決されることは確実なので、結果的には意味がない。ただ、中国に対しては恩を売ったことになる。しかし、米国内で人権を無視する大統領という悪評が立つことになる。

 今のトランプは再選されるために役立つことは何でもやる、再選にマイナスになることは何もやらないという一貫した姿勢である。結局、27日には、「香港人権・民主主義法案」に署名し、その結果、法案は成立した。これに対して、中国は、「重大な内政干渉だ」として、報復措置をとることを示唆した。

 署名後に、トランプは、「中国や香港の指導者が見解の違いを友好的に乗り越え、長期的な平和と繁栄につなげるよう願う」という声明を出し、「この法律には大統領の外交政策における憲法上の権限行使を妨げる条項がある、私の政権は外交関係において、この法律の条項が大統領権限と矛盾しないようにする」と述べて、中国への一定の配慮をのぞかせている。

 しかし、交渉が進む米中貿易協議への悪影響も懸念される。中国が態度を硬化させ、アメリカとの合意に達しなければ、12月15日には、アメリカは中国からの輸入品に新たに関税を上乗せすることになる。対象にはスマートフォンやパソコンが含まれており、米中双方に大きな影響が出る。そうなれば、「交渉上手」だと自負するトランプの人気にも陰りが見えてこよう。

 習近平政権にとっては、香港や台湾を中国の不可分の領土として中国共産党の支配下に置くことが政策目標であり、その基礎が崩れるような事態は何としても避けたいのである。しかし、米中貿易摩擦をこれ以上に悪化させたくないので、アメリカを刺激しないように慎重に行動してきた。香港に直接介入しなかったのも、そのためである。

 しかし、アメリカが法律まで制定して香港の行方について「内政干渉」するに及んで、北京政府としても何らかの対抗措置を考えざるをえなくなっている。それがどのようなものになるか、これから2週間の中国の動きを注目しなければならない。

 世界の覇権をめぐる米中の争いで、軍事や経済については、中国が猛烈な勢いでアメリカに追いついている。問題は、民主主義という価値観について、どのような立場をとるかということである。世界中でポピュリズムの嵐が吹き荒れ、民主主義の統治能力が問われるなかで、「幸福な監視社会」を実現させた中国である。共産党の支配のほうが安定性を含め、統治が上手く機能しているのではないかという意見が世界中で力を持ち始めている。そのような状況で、香港で民主派が勢力を伸ばしていることは、政治制度が覇権争いの重要な柱であることを再認識させている。

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