いま知っておきたいAI活用事例――内定辞退予測、退職予測から、RPA連携の可能性まで

いま知っておきたいAI活用事例――内定辞退予測、退職予測から、RPA連携の可能性まで

●未来を予測するAI 「リクナビ問題」も話題に

 最初は、AIによる未来予測だ。本連載で解説してきたように、現在のAIの多くは、過去に得られた大量のデータを分析し、その中にあるパターンを把握することでさまざまな処理を行う仕組みになっている。その一つの方向性が「予測」だ。

 過去のデータから未来を考えるという行為は、AI技術の発展前からさまざまな形で行われている。しかし、AIは大量のデータに対して高度な処理を行うことで、これまでは不可能だったレベルでの詳細かつ正確な予測を可能にする。

 例えばドイツの通信販売大手Ottoは機械学習を用い、30億件にも達する過去の取引データや、天候、販売状況などに関する200以上の変数の分析を可能にした。これにより、顧客が今後1カ月以内に何を購入するかを、90%の精度で予測できるという。

 今年8月に起きた、就職情報サイト「リクナビ」を巡る「内定辞退予測」も話題になった。これは、リクナビ運営元のリクルートキャリアが、「特定の学生が内定を辞退する確率」を予測したデータを、企業に有料で提供していたというもの。38社がこのサービスを利用していたとされており、トヨタ自動車やホンダといった有名企業が予測データの購入を認めた。ここでは、サービスの是非ではなくその仕組みに注目したい。

 まず、リクルートキャリアの側で、自社が持つ過去の学生のプロフィールと、彼らのリクナビや関連サイト上での行動、就職活動の結果などの膨大なデータを分析し、学生たちがどのような進路を選んでいるかのパターンを把握しておく。同社は顧客企業から、応募者の個人情報(大学・学部・氏名)を提供してもらい、リクナビが保有する情報や行動データ、分析で得られた内定辞退のパターンを組み合わせて、内定辞退率をはじき出していた。

 人事分野におけるAI活用では、退職予測の事例も多い。AIを活用して「もうすぐ辞めそうな社員」を把握することで、彼らを辞めないよう説得したり、待遇改善に動いたりするわけだ。

 その先駆けとなった米HP(ヒューレット・パッカード)では、2010年代初めからフライト(逃亡)リスク分析を行っている。これは勤務評価や昇進・昇給の状況といったデータを基に、離職リスクを数値化するというもの。リスクが高い社員と面談したりすることで、推定3億ドルものコスト削減効果があったといわれている。

 人材大手のパーソルホールディングスや、医療・福祉関連企業のソラストも同様の取り組みをしている。ソラストは入社1年以内に退職しそうな社員を把握するシステムを開発。社員が記入する面談シートの文章をAIが分析し、過去の文章データと比較することで、退職のリスクを数値化している。最近では日本オラクルが提供する「HCM Cloud」のように、離職予測機能を備えた人事管理サービスも増えてきた。

 AIによる予測は、今後ますます身近なものになっていくだろう。

●作業を肩代わりするAI RPA連携の可能性

 次はAIによる自動化だ。あらゆるITシステムは、人間の作業を何らかの形で代替するものだが、AIを使うことでより複雑な作業を広範囲に行えるようになった。

 日本企業が大きな注目を寄せているRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)とAIの連携もトレンドになっている。RPAは、PCを使った定型業務を自動化するツール。例えば「AI-OCR」機能と連携すれば、PDFのデータから手書き文字を認識し、Excelに自動で転記する――といった使い方ができる。

 RPAとAIを連携させた一例として、英国の労働年金省(DWP)の取り組みを紹介しよう。DWPは福祉と年金を管轄する行政機関で、年間2000万人の市民に対し、約1770億ポンド(約24兆円)もの福祉給付金を給付する、英国最大級の政府部門である。そのため業務の効率化が必要不可欠で、この1年半の間に1000人ものITスタッフを雇って業務のデジタル化と自動化を進めている。

 その一環でRPAを導入し、給付金申請と審査業務を自動化。パイロットプロジェクトでは、年間数百万ポンドものコスト削減が見込めるという結論に達したそうだ。

 この成功を受け、DWPは給付金申請の内容を審査するAIの開発に取り組んでいる。既にトライアルを行っており、16台のソフトウェア・ロボットが申請者とコミュニケーションしているという。DWPは、人間の介入なしに自律的にタスクを実行できるシステムを目指しているそうだ。それによって、人間のスタッフはサポートを必要とする人々の対応ができるようになるからだ。

 AIによる自動化の例はまだある。

 建築関連のスタートアップである香港のAricalは、AIが建築物の概念設計を行う「Automated Design Generation」(自動デザイン生成)というサービスを提供している。

 まずAIに、建物の階数や強度、立地などの条件と、そこに課せられる建築上の法規制、市場データといった関連情報を与える。すると、その条件に合致したデザインを数百個~数千個まで瞬時に自動生成してくれる。生成したデザインのデータはそのまま主要な設計ソフトに書き出せるため、人間はデザインを選び、そこから詳細な設計データを作っていけばいい。

 面白いことに、このサービスは間取りのバリエーションまで自動生成し、「実際に建築したらどれくらいの賃料を稼げそうか」を算出してくれる。人間が同じ作業を行う場合は手間も時間も掛かるが、AIならかなりの時間を短縮できる。実際にフィリピンで行われた建設プロジェクトでは、設計・デザインの期間を1年間短縮できたそうだ。

 AIによる自動化は、1つの業務全体を機械に任せたり、人間では実現不可能な価値を生み出したりするレベルに達しようとしている。

●無意識にAIを使う時代に

 AIは「電力」に例えられることがある。業界を問わず利用され、さまざまな形でその発展に寄与すると考えられるからだ。そして、「意識せずに日常生活で使われるようになる」という点も似ているだろう。私たちが普段の生活で電化製品を当たり前に使うように、AIを活用したアプリケーションは空気のように生活に浸透していくはずだ。

 ドイツ・ベルリンで毎年開催されるエレクトロニクス展「IFA」の会場であるメッセ・ベルリンのクリスチャン・ゲーケCEOは、「AIはデジタル世界に完全に統合され、あらゆる場所に存在するようになり、私たちはそれを全く意識せず使うようになるだろう」と予測している。

 同じくドイツの家電メーカーであるミーレの創業者ラインハルト・ツィンカン氏は、その例として自動で動き回るロボット掃除機を挙げている。回転寿司チェーンが誕生したことで、普通の寿司屋が「回らない寿司」と呼ばれるようになったように、いずれ人間が手動で動かす掃除機は「動かない掃除機」などと呼ばれるようになるのかもしれない。

 スマートスピーカーやスマートフォンの音声アシスタントなども、そう遠くない未来、同じように「意識されないAI」の仲間入りをするだろう。「AIって何に使えるの? どんなところで使われているの?」という疑問を持つのは、もしかしたら私たちの世代が最後になるのかもしれない。

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