粗が多いAIの課題を解決する富士通の2つの新技術

粗が多いAIの課題を解決する富士通の2つの新技術

「富士通は世界最先端のコンピューティング技術を有していると自負している。そして、AIにおいては、説明可能な技術群をいち早く実用化し、AI品質における問題に着目した世界初の技術も開発している」(富士通研究所の原裕貴社長)

 富士通は、2019年度の研究開発戦略を発表。そのなかで、富士通研究所が取り組んでいる2つの新たな技術を公開した。

 ひとつめは「High Durability Learning(ハイ・デュラビリティー・ラーニング)」である。

 あまり聞き慣れない言葉だが、High Durability Learningは、さまざまな環境や状況に対して、高い耐久性を示し、よい結果を出し続けることができる「高耐性学習」を実現するAIモデルを指すと、同社では説明する。

 富士通研究所の原裕貴社長は「AIの品質問題に着目した世界初の技術になる。富士通は、AI品質においては、データの選別から性能監視や再学習まで幅広く課題を把握して研究開発を推進しており、AIが持つ課題の解決に取り組んでいる」と語る。

 学習データから構築したAIモデルは業務で使い続けるにしたがって、社会情勢や市場動向、環境変化などにより、入力データの傾向が構築当初の学習データと比べて変わってしまうことが多い。その結果、AIの推定精度が低下するといった問題が発生する。

 たとえば、金融分野における信用リスクの評価では構築当初には91%の精度であったものが、経済構造の変化、為替や物価、金利の変動などにより、わずか1年で69%にまで精度が下がってしまうという例がでている。

 「運用中の精度検証や再学習が必要になるため、それに多くのコストがかかるという問題もある。現在、全世界でこの課題に対する議論が行なわれている」(富士通 Data×AI事業本部の渡瀬博文本部長)とする。

金融の信用リスク評価が89%で維持

 富士通研究所が開発した新たな技術は、精度の劣化を抑え、再学習などのコストを削減しながら、AIモデルの安定運用を可能にするのが特徴だ。

 ここでは、AIモデルを学習する際に用いる学習データの分布と、運用時の入力データの分布を「形状」としてとらえ、学習時から運用時へのデータの変化の傾向を把握することで、運用時の入力データに対する正解付けを自動的に実施できるようになるという。

 精度劣化の自動監視機能によって、劣化予測誤差は3%に留まり、精度劣化の自動修復によって、金融分野の信用リスク評価の場合には、69%の精度劣化を89%で維持。AIモデルを高い精度で長期間維持し、さまざまな業務において安定したAI運用を実現できるとした。

 信用リスク評価以外にも成果があがっており、小売業においては季節性やイベントなどにともなう商品デザインの変更によって、商品画像分類の精度が66%まで劣化するのを、自動修復によって94%を維持。運送業では伝票入力形式の変更による文字体の変化による伝票文字認識が、そのままでは82%にまで精度が劣化するものが、自動修復によって92%を維持したという。

 「これは、新たなAI運用を実現する画期的なものであり、現在、さまざまな分野で検証を行なっている。2020年度中には、富士通の目的指向型プロセスとフレームワークである『Design the Trusted Future by Data×AI』に組み込んで実用化を目指す」(富士通研究所 人工知能研究所の岡本青史所長)という。

データの増加でコンピューターが性能不足に

 もうひとつの技術は、「Content-Aware Computing(コンテンツ・アウェア・コンピューティング)」である。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)におけるAI利用の増加によって、データ量が増え、計算量が爆発的に増大。その結果、コンピューティングの性能不足が発生し、現場のニーズの応えられないという課題が生まれている。それを解決する新技術だとする。

 「行動分析のために同時に分析可能なカメラの数を10倍に増やしたいが、GPU性能が不足するため詳細に分析できなかったり、工場作業の効率化を目的に撮影した4Kカメラの画像の学習に、1日分のデータだけで約10日かかり、分析できなかったりといった問題が起きている。その結果、計算の厳密性を捨てて、高速化を優先するといったことが行なわれていたのが実態であり、結果の精度を担保しながら利用するのは困難という状況にあった」(富士通研究所 ICTシステム研究所の赤星直輝所長)とする。

 そのため、従来はAI処理の高速化を図るために、専門家が演算精度の切り替え箇所などを、データや実行環境ごとに調整し、解決していたという。

自動で性能不足を解決

 新技術では、学習の度合いに合わせて、最適な演算精度を自動制御して高速化。また、多様な実行環境に対して演算速度を安定化させることができるようになり、自動的に性能不足を解決できる効果がある。

 「内部データの分布に応じて、最適なビット幅を動的に選択する『ビット削減技術』と、並列学習効果の低下による回数増加を予測し、打ち切りを自動調整する『同期緩和技術』で構成。計算の中身を自動的に分析して、無駄な厳密性を落とし、計算を最大10倍に高速化。試行錯誤で時間がかかった最適化を自動化できることから、専門家だけでなく、誰でも使えるものとして提供できる」とする。

 今後は、広く普及しているAIフレームワークに組み込み、ディープラーニングを使ったAIサービスの実行基盤としての活用提案をするという。

 このように富士通研究所では、AIの課題を解決するために、最新のコンピューティング技術などを活用している。

 富士通研究所の原社長は「富士通は世界最先端のコンピューティング技術を有していると自負している」と自信をみせ、AIにおける課題解決に貢献することを訴える。

信頼され、成長するAIの提供を目指す

 そのほか、富士通研究所では、いくつかの研究事例を発表した。

 米カーネギーメロン大学と共同研究している「細やかな表情変化を高精度に検出するAI技術」は、検出対象となる表情筋ごとに最適化された表情認識ができ、画像から「うれしい驚き」「苦笑い」「嫌悪」などの表情を読みとることができるものだ。顧客や従業員の細やかな表情変化を捉えることで、サービス品質の向上などに応用できるとしている。

 「疾病による多様な歩き方を定量化する歩行特徴のデジタル化技術」では、ジャイロセンサーを足首に付けて、歩き方を定量化。小刻み歩行や鶏状歩行などの9種類の主要な異常歩行の特徴から、筋骨格、脳神経、循環器などの疾病の影響で現れるさまざまな歩き方を判断。疾病の経過などを知ることができる。

 また、2021年に稼働予定のスーパーコンピューター「富岳」についても説明。「京」のマイクロアーキテクチャーを継承するとともに、HBM2メモリーを採用し、高いメモリーバンド幅と演算性能を実現。さまざまな分野での応用を想定している。

 富士通 代表取締役副社長兼CTOであり、富士通研究所の会長を務める古田英範氏は、「富士通のAIは説明可能で、透明性、精度、品質を備え、社会から信頼され、成長するAIを提供することを目指している」とする。

AIに対する倫理にも取り組む姿勢

 世界的な流れとして、AIに対する説明責任や倫理が重視されており、富士通の取り組みもその流れに合致したものといえる。

 富士通研究所も創設メンバーの1社として参加したAI4Peopleが、2018年11月に、欧州委員会のAI倫理ガイドラインをベースに、AI倫理5原則を発表。富士通もこれを受けて、2019年3月に、富士通グループAIコミットメントを発表している。

 富士通グループAIコミットメントでは、「AIによってお客様と社会に価値を提供します」「人を中心に考えたAIを目指します」「AIで持続可能な社会を目指します」「人の意思決定を尊重し支援するAIを目指します」「企業の社会的責任としてAIの透明性と説明責任を重視します」という5か条を制定。

 「富士通がどのようなスタンスで、AIに取り組むかをまとめたのがAIコミットメント。示しているのはシンプルな内容だが、AIに取り組む上では意識しなくてはならないことばかりである。これによって、人間社会が求める信頼に応えることができる」(富士通研究所の原社長)とする。

 また、富士通グループAI倫理外部委員会を設置し、多様な分野のスペシャリストが参加。客観的な意見や考え方を、富士通グループのAI倫理指針にフィードバックする役割を果たすという。すでに第1回会合を開催したところだ。

 富士通は、AIに関して30年以上にわたって研究してきた経験がある。そして、国内におけるAI特許出願数では2位であり、同社のAIであるZinraiも、さまざまな領域で利用されている。AIとコンピューティングのリーダーでもある富士通は、AIに対する姿勢を明確にすることで、この分野のリーダーとしての存在感をより高めようとしている。

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