2018年のパーソナルコンピューティング動向を冷静に振り返る
2018年のコンピューティング動向は「過渡期」を強く感じた1年だった。その過渡期において注目すべき点が、「エッジAI」と「プライバシー保護」だ。
個人的な話から入ると、2018年は新しいパソコンをやっと我が家に迎えた。2017年は、27年ぶりにパソコンを1台も買わなかった年だったので、「やっと」だ。Windows PCなのか、それともMacなのかは制約を設けずに検討したつもりだが、結果、選択したのは「MacBook Pro」の13インチモデルである。
Windowsの操作性も改善が進んでいるものの、資料やデータを検索しながら文字を操って仕事をする筆者としては、フォントのレンダリングと段組のレイアウトを画面上で高品位に表現できるMacを最終的に選んだ。こうしたスペックに現れにくい品質での違いは、20年前も今も変わらない。しかし、一方で根本的な機能や生産性に違いはないことも確かだ。
ただ、あらためて最新のクアッドコアプロセッサを搭載したMacBook Proを使って感じるのは、一般的なCPUのパフォーマンスと別の軸に進化の道を探る必要がありそうだ……というところだろうか。
もちろん、パソコン用CPUの進化は続く。Intel Coreは次世代になると内蔵GPUのアーキテクチャが「Gen11」となり、第6世代Core(Skylake)の「Gen9」以来、久々に更新され、最大で1TFLOPSを超えるパフォーマンスになる予定だ。
しかし一方で、筆者が文書と写真を扱っている限りにおいて、パソコンの処理能力に不満を持ちそうな予感は将来的にない。MacBook Proの内蔵SSDが読み書きともに毎秒2.5GBを超える爆速ということもあるだろうが、90年代にこの仕事を始めたころ、よもやこんな予感を抱くことになるとは思わなかった。
●ニューラルネットワーク処理の比重が高まった1年
従来とは異なる軸のパフォーマンスについては、パソコン用ではなく、特に電力効率が求められるモバイル用SoC(System on a Chip)に新しいトレンドが積極的に取り入れられている。
中でも重要になりつつあるのが、今年さまざまな製品で大幅に強化されたニューラルネットワーク処理能力に特化したプロセッサだ。
Appleならば独自SoCに内蔵された「Neural Engine」、Googleならば別チップ仕立ての「Pixel Visual Core」、Huaweiならば独自SoCに内蔵された「NPU(Neural network Processor Unit)」などだが、ARMが機械学習専用プロセッサ「Arm ML」のライセンスを始めたことで、さらに多くの端末へと広がっていくだろう。
ソフトウェア開発のフレームワークも充実してきている上、モバイルデバイスだけではなく、IoT(Internet of Things)向けのエッジデバイスにも入り込んできている。
かつてはパソコンという汎用(はんよう)性が高く、高性能なデバイスの上でエンジニアたちが新しいソフトウェアをこねくり回し、まるで遊び場のように使いこなしながら新しいジャンルの文化が生まれてきた。
しかし、そうした遊び場は既にスマートフォンや、スマートフォンとアーキテクチャを同じくするタブレットが中心となり、今やそこにIoTが絡む形でトレンドが生まれるようになってきた印象だ。
恐らく、これからの10年はニューラルネットワーク処理に対する比重が高まり続ける。ものの数年でCPUとGPUを合わせたトランジスタ数を超える規模の回路が、この種の処理用に強化されていく可能性は高い。
一つには、「やりたいこと」あるいは「できるはずのこと」に対して、既存のプロセッサの能力が圧倒的に足りていないという事実があるからだが、別の視点で考えても、戦略的にこの分野に投資する意味が大きいためである。
●ニューラルネットワーク競争はGAFAの覇権争い
この動向を俯瞰してみると、端末内でのニューラルネットワーク処理……いわゆる「エッジAI」と呼ばれるジャンルの発展は、近年「GAFA(ガーファ)」の略称で呼ばれるデジタルプラットフォーマー同士の覇権争いが顕在化させた面も小さくないと考えている。
GAFAとは、スコット・ギャロウェイの著書で広く知られるようになったテック企業4社、つまりGoogle、Apple、Facebook、Amazon.comの頭文字を並べた言葉だ。最近はこれにNetflixを加えて「GAFA+N」と表現されることもある。
エンドユーザーの視点で見ると、ニューラルネットワーク処理を用いたアプリケーションは、2つに大別できる。クラウド側で処理・サービスが提供される「クラウドAI」と、使用している端末や、IoTを取りまとめるエッジデバイスのようにデバイス間のハブとなる機器が処理・機能を提供する「エッジAI」の2つだ。
2つはどちらが優れているというよりも、それぞれに得意分野が異なる。
例えば、文献を参照したり、大量の映像データベースの分析を行ったりするならば、クラウド上での深層学習を活用した方がいいだろう。一方で、スマートフォン内蔵カメラの撮影時にリアルタイムで映像分析、適切なフィルターを自動適用するなどの用途ならば、エッジAIのアプローチでなければ不可能だ。
より多くの計算能力を使い、深層学習をかけられるクラウドAI方が「驚くような結果」をもたらしてくれることが多いことは、Google I/Oなど開発者向けイベントでの発表を見ても分かるだろう。
一方で、クラウドにどこまで利用者のデータを送り、受け取った相手がそれを「解析していいのか」の許可を出すべきなのか、については議論がある。
日本ではさほど大きな問題になっていないが、米国ではIT企業幹部が何度も議会証言に立つなど、この1年で大きな動きがみられた。
きっかけは、Facebookの個人情報が不正利用された事件だ(ケンブリッジ大学教授が診断系のFacebookアプリで収集した約8700万人の個人情報を、2016年の米大統領選でドナルド・トランプ陣営に協力したデータ解析企業Cambridge Analyticaに売った問題。これによるFacebookでのフェイクニュース拡散が大統領選に影響したと批判が高まった)。
●彼らは何を売っている会社なのか
ハードウェア製品こそがパーソナルコンピューティングの中心だった時代には考えられなかったことだが、インターネット上の広告によるフリーミアムモデルが進化してきた結果、自分たちが得ている情報やサービス、製品のコストを、誰がどのようにして負担しているのか、真剣に考えながら自分が使う製品やサービスのプラットフォームを決めなければならなくなってきたのかもしれない。
クラウドAIの開発が進む中、利用者から提供される行動情報を個人情報と結び付け、それをマネタイズする手法が(以前から行われていたのだが)衆目を集め始めたことで、「プライバシーを売り物にする企業」と見なされ、風当たりが強くなっているプラットフォーマーが出てきたからだ。
前述したGAFA+Nのうち、Appleはハードウェア製品、Amazonはインターネット店舗(あるいはモール)、Netflixは映像ストリーミングサービスが主業務なのに対して、GoogleとFacebookは広告事業で成り立っているという点が異なる。
FacebookはGAFAの中で最も小規模な企業だが、最も大きく成長し、また利益率の高い企業だ。その価値の源泉は「実名登録」を基本として、現実社会でのつながりが強い人たちが交流するという特徴を生かした精度の高いターゲティング広告にある。
Facebookの売り上げは、その会員数が増加するにつれて指数関数的に伸びており、22億人が使うようになったFacebookの2017年度売り上げは406億ドルに達した。そのうちのおよそ98%は広告によるもので、2016年度に対する成長は47%増と強烈だ。純利益は56%増の159億ドル。営業利益率は驚くべきことに50%を超えている。
彼らがここまで効率の良いビジネスを行える理由は明らかである。年齢、性別、交際ステータス、学歴、職場、職歴、役職、イベントへの参加履歴や訪問する店、趣味趣向など、Facebookユーザーのプライバシー情報と連動した広告の掲示を行えることに加え、「いいね!」対象の書き込みや画像、動画などから、ユーザーの趣味趣向、関心、思想、政治的な立ち位置なども検出できるためだ。
単なる属性値を超えた「ひととなり」を推測した上で広告を当てていけるため、Facebookは他社よりも1.5倍精度が高いと自慢している。
しかしFacebookの問題は、その強みの裏返しでもある。というのも、個人のプライバシーを売り物にして収益を挙げている企業というレッテルを剥がすことが極めて難しいからだ。
前述したFacebookの個人情報が不正に利用された問題に対して、Facebookはさまざまな説明をしてきたが、マーク・ザッカーバーグCEOは発覚から数日間沈黙し、その後にやっと今後の対策について投稿(投稿に謝罪の言葉はなく、後にCNNのインタビューで謝罪)したことなどで、「彼らはプライバシーなど考えたことがないのだ」と思われ、Facebookへの嫌悪感が広がってしまった。
●「独占は悪ではない」が「支配的立場の乱用は悪」
もっとも、嫌悪感とは感情的に消費者が忌避する気持ちであり、企業犯罪というわけではない。個人情報の流出やその不正利用は問題だが、個人情報をマネタイズすることに対して眉をひそめる気持ちとは別ということだ。
SNSのトラフィックに対するシェアの高さも同様で、Facebookは全体の7割のシェアを持つが、寡占しているからといって悪なわけではない。寡占が進み、より多くの人が使う方が、利用者にとっても高い利便性を持つことは言うまでもない。
しかし、そうしたシェアの高さを利用して、顧客がプライバシーを提出しなければサービスを利用できないような仕掛けを作ってしまうと、「支配的立場を乱用して利用者に望まない取引を強要」したことになり、法令違反の可能性が高くなる。
FacebookはAPIを用意した上で、他社がFacebookユーザーのさまざまな行動属性などを参照して、何らかの広告表示やアプリケーション動作の判別に使えるようにする計画を持っていたといわれている(ザッカーバーグ氏がそのことを示唆する投稿を行った)。
しかし、ここまでプライバシー保護が甘い会社というイメージ、批判がついてまわっていると、なかなか実行に移すのは難しいだろう。
●Googleは何を「収集」しているのか 便利さの代わりに差し出すもの
Facebookと同じように微妙な立場にあるのがGoogleだ。
Googleの検索市場のシェアは圧倒的で、StatCounterの調査(2018年11月版)によると92.4%にものぼる。ちなみに2位のBingのシェアはたった2.4%しかない。
そしてGoogleはその検索に連動した広告で大きな価値を生み出し、それを無料のクラウドサービスとして消費者に還元している。サービスの利用動向などから、ユーザーの興味や関心を読み取って広告に生かすことで、主業務である広告事業の価値を高められるからだ。
FacebookやGoogleに限ったものではないが、こうしたプラットフォーム事業は限界費用がほぼゼロな上、ユーザーが多ければ多いほど価値が高まる特性を持っている。そのため、事業規模が膨らんでいくほどに企業としての競争力も高まり、他社が追い付きにくくなっていく。Googleはまさにその状態で成長しており、恐らくは今後もさらに強くなる。
しかし、そんなGoogleが唯一手を焼いているのが、プライバシー保護に関する議会の追求だ。
議会が追及しようとしているのは、「Googleは一体、利用者からどんなデータをどんな頻度でどのぐらい集めて、それをどのように利用しているのか」という、とてもシンプルなことだ。
Googleの答えもシンプルで、「全てユーザーに了解を取った上で送信している」となる。しかし、果たしてどれだけの人がAndorid、あるいはGoogleの無料クラウドサービスを使ったとき、何が送信されているのか、あるいはどのようなモニタリング、アナライズの仕組みが入っているのか、全体像を把握できているだろうか。少なくとも筆者はよく分からない。
「Google ニュース」はどんなニュースを普段見ているかをトラッキングし、ユーザーに最適な、読みたいと思うコンテンツを教えてくれる。恐らく思想については把握しているに違いない。
「Google マップ」は普段通っている店を追跡し把握しているので、出先でランチを食べたいときに好みの店を見つけてくれる。ダイエットしていることも把握しているかもしれない。
「Google アシスタント」はお世辞抜きに、現状で最も自然な会話ができるデジタルアシスタントだろう。日本語はまだ不十分だが、それでもライバルよりははるかに素晴らしいし、英語ならばお決まりのフレーズでなくとも続けざまに「会話」できるようだ。それに、Google アシスタントは「僕がAndroidで管理している情報ならば、何でも把握していてくれる」。
それもそのはず。Andoridのダッシュボードを引き出せば、そこには端末の利用状況が表示される。端末内にとどまらず、サービスとして提供されているのがポイントだ。
ここであらためて、「Googleはどこまで利用者の情報を把握しているのか」と問うが、「そんなの、全部デフォルトではオフなんだから、自分で許可している情報でしょう」と思う方は少なくないかもしれない。
ところが今年9月、Andoridのスマートフォンで位置情報をオフに設定していても、定期的に現在いる場所を記録していることが明らかになった。
位置情報をオフに設定するとアプリには提供しなくなるが、Androidに組み込まれたロケーション機能は動き続け、それぞれを無効にしなければ定期的にユーザーがいる場所の履歴を記録していく。「Google 位置情報サービス」や「端末を探す」などが該当し、その用途に「なるほど」と思う部分はあるものの、誤解を生みやすいことは確かだ。
定期的な位置情報の履歴が分かれば、いつもどの辺りを、どんな交通機関で移動し、どこでランチを食べ、カフェに入ってお茶をして、友達と遊びに行き……何てことを全て把握できることになり得る(もっとも、そんなデータを送っていたらバレる可能性があるので、勝手には送らないと思うが)。
そして、一番大切なのはGoogleがそうして集めたデータをどう使っているかなのだが、結果として利用できる機能ぐらいしか、われわれに明確なところは知らされていない。
利便性のためには喜んで行動履歴の情報を提出しても「広告のために使われるのは嫌だ」という人はいるだろう。あるいは広告を出してもらっても構わないが、スケジュールや連絡先、SNSへのアクセス情報などは除外してほしいなど、(機能とは別に用途別の)オプトイン、アウトもあるといいかもしれない。
●エッジとクラウドは必ずしも「優劣」ではないが……
一方、Googleが先日、自社のAndroidスマートフォン「Pixel 3」以外でも利用可能とした画像内情報検索の「Google レンズ」をはじめ、このところ発表しているサービスはいずれも魅力的なものが多い。世界で最も強力なAI企業が作る無料のハイパフォーマンスなサービスなのだから、それが便利でないはずがないだろう。
GoogleはクラウドAIだけでなく、スマートフォン、エッジデバイス、両方に向けてニューラルネットワーク処理用プロセッサを開発し、エッジAIも同時平行で提供している。エッジから集めた情報もクラウドで同期して活用できれば、クラウドだけでAI機能を実装するよりも前に進めるからだ。
現在のGoogleは極めて支配的立場にいて、ちょっとしたことで疑われやすいため、慎重に物事を進める必要はある。しかし、前述したようにエッジとクラウド、どちらのアプローチが良いかは実装する機能によって異なる。今年、大きな話題になっているプライバシーの問題を脇に置くならば、本来は使い分け、後からデータを統合する方がいい。
もっとも、今年急速に高まった「個人情報を売っている奴ら」という世間のアレルギー反応に対して、明確に反論できるロジックが確立しないうちは、エンドユーザー向け商品においてクラウドAIを全面に押し出すやり方は訴求しにくくなっていくかもしれない。
例えば、Googleが世界中の人たちの顔を保存している……なんてことは考えにくいが、一方で消費者は「自分の子どもの顔をGoogleは知っている」と思うかもしれない。あるいは学習の道具としてGoogleのサービス(例えば、Google ドキュメント)を使ったり、あるいは学校支援のサービス(Google Classroom)を使ったりしていると、「うちの子の成績や学習データをGoogleは知っているのよね」となってしまう。
また、カレンダーに海外出張の予定を入れた後にホテル予約の広告が現れ始めたり、訪問した店の履歴など位置情報を活用して先回りした広告を表示しているかも、と思い始めたりすると、仕組みが分からない人ほど気持ち悪がって距離を置きたくなる(むしろ、因果関係がハッキリとしていた方が対応しやすい)。
プラットフォーマーにとっての最も大きな懸念点は、「プライバシー保護について無頓着な企業である」という烙印(らくいん)を押されることだ。
●具体的には言わなくとも「われわれは違う」と伝えたいApple
そしてFacebookやGoogleに対し、「最もプライバシーを順守しているのは我が社である」と言ってはばからないのがAppleだ。
Appleのティム・クックCEOは、Facebookの個人情報が不正利用された問題が起きた際、プライバシー保護の姿勢をあからさまに批判したものの、Googleに対して直接的な批判はしていない。
しかし、Appleは一般論として「個人情報を収集して利益に換える事業」に対して、繰り返し批判をしてきた。欧州委員会がGDPRを施行し、EU域内消費者の個人情報保護を強く打ち出してからは、さらにその語気を強めている。個人情報を使って商圏を強化、拡大している企業に、自分たちの管理する地域で自由にはさせないとばかりに奮闘しているのだ。
10月24日(現地時間)、クック氏はベルギーのブリュッセルで開催された第40回データ保護プライバシー・コミッショナー国際会議(ICDPPC)にて、「この状況をむざむざと見過ごすべきではない。これは監視なのだ。膨大に積み重なった個人情報は、それを収集する会社だけを豊かにし、利用者であるわれわれを不快に、そして不安にさせる」とスピーチした。
言うまでもないことだが、Appleはそのほとんどの収益をハードウェア製品の売り上げから得ている。サービス事業も伸びてはいるが、いずれもApple製ハードウェアをより便利、快適に使うための脇役でしかない。
それ故に、Apple製ハードウェアはデフォルトでクラウドにパーソナルデータをアップロード、分析する機能を実装していない(唯一の例外は音声認識だろうか)。例えば、写真の画質を向上させたり、あるいは背景と被写体を分離したりする画像認識はカメラ上で、写真を分類する処理は端末側で行っている。
極めて単純な処理だが、Apple Watchは通知に対して直接応答したり無視したりといった処理が行え、このときの操作は機械学習モデルに反映され、使うほどに振るまいが最適化されるという。
もちろん、Appleも「iCloud」というクラウドサービスを用意しており、またGoogleやMicrosoftなどのサービスにiOSから接続することもできる。つまり、利用者自身がクラウドにデータをアップロードすることに関して制限は加えていない。批判はあくまでもユーザーの行動データを広告価値に換えることに対して、明確な線引きをしていないことに対するものだ。
●Googleは機能と利便性で押し切ることができるか
本業がハードウェア製品と自社ハードウェアに関連したサービスであるAppleは、広告に依存した事業スタイルを採る必要が全くない。大多数のキャッシュフローは、自社製品やサービスの売り上げから得られたものだ。
一方でGoogleは10億以上のユーザーが存在するサービスを8ブランドも保有している。インターネットにアクセスする際にはもちろん、Androidを用いる場合に彼らのサービスは必要不可欠であり、その支配力は教育現場やライトなオフィスワークの領域にまで広がりつつある。
このまま大きな問題に至らず、ただひたすらに低コストに利便性だけを追求していき、決して市場での支配的立場を乱用しなければ大きな批判を受けにくいとはいえ、データ利用規則をうまくかいくぐるため、エッジAIを強化した上で、ユーザーにエッジで収集したデータをクラウドにアップロードする手順を簡素にし、一度ユーザーに許可を願い出て「OK」をもらうだけでエッジとクラウドのデータを統合できるような仕掛けを作るだろう……とみている。
一方で冒頭で触れた通り、SoCの進化の方向性は、かなり定まってきたのではないだろうか。
端末の機能としてニューラルネットワーク処理を強化したいAppleはもちろん、GoogleにしてもエッジAIは重要な位置付けにある。当面の間、エッジでのニューラルネットワーク処理能力を競う時代が続くだろう。半導体の微細化などによるトランジスタ数の増加の多くが、このジャンルに投入されると予想する。
●パソコンよ、どこへ
ところで、こうした進化の方向からは蚊帳の外になっているように思えるのがパソコンだ。この1年でスマートフォンやタブレットがニューラルネットワーク処理能力を大幅に強化していったが、パソコンにそうした新しい動きはない。
しかし実はパソコンに関して、そんなに(少なくとも当面は)心配することはないとみている。将来的にエッジAIの応用範囲がもっと広がっていけば別だろうが、現状のパソコンではGPUがその代替になっていくと考えられるからだ。
例えば、昨年Appleが「iPhone X」に搭載した「A11 Bionic」のNeural Engineは600GOPS(毎秒6000億回の演算)で、Huaweiの「Kirin 960」も同程度だった。今年の「Kirin 970」は3倍以上となる毎秒1億9200億回の演算が可能となり、AppleのA12 Bionicは毎秒5兆回の演算を可能にした上、同規模の演算ならば10分の1の消費電力で済むようになっている。
ただ、こうした演算能力や処理効率の高さを生かしたアプリケーションが主流になるには、しばらく時間がかかるだろう。
一方でGPUの演算器を用いてニューラルネットワーク処理を行わせる試みはあり、実際、パソコンで深層学習などを行う際にはGPUが使われる。
ニューラルネットワーク処理専用プロセッサの歴史は始まったばかりで、これからが本番と考えるならば、将来的にはパソコン向けのニューラルネットワーク処理専用ボードなどが生まれたり、あるいは内蔵ニューラルプロセッサがIntel Coreに統合されたりするときが来るかもしれないが、いずれにしろずっと先のことだろう。
業務をはじめとした道具としてのパソコン、あるいは高性能な開発者向け、クリエイター向けのパソコンといった地位は、今後も大きくは変化せず、揺らぎもしないと思う。
一方、今年Appleが投入した新しい「iPad Pro」のような、特定の利用シーンを想定した「ポストPC的なモバイルデバイス」は、既存のモバイルPCを置き換えるようになるかもしれない。
もちろん、現在のiPad Proがそれを達成できているとはいわない。新しいiPad Proは極めて処理能力の高いプロセッサを搭載し、恐ろしく美しいディスプレイと薄い筐体、長時間駆動のバッテリーを備えているが、パソコンとは得意分野が異なる。
しかし、幾つかの大きな改良を加えることができれば、モバイルPCが必要な場面はグッと減るかもしれない。その辺りの話は、来年の予想についてのコラムで書いてみることにしたい。
●AppleがNeural Engineに力を入れるもう一つの理由
最後にもう一つ。ニューラルネットワーク処理をエッジで効率よく行う能力を備えたとき、大抵は写真管理やカメラ画質を向上させるため、その機能を用いる。推論エンジンを使って適応的な処理を行うことで、カメラ画質を向上できるからだ。
先日β版が配信され始めたiPad向け画像編集アプリの「Pixelmator Photo for iPad」は、カラー、露出、ディテール、ホワイトバランスなど、多様な写真の要素についてニューラルネットワーク処理を用いて自動最適化を行う機能が実装されている。
実際に使ってみると、確かに極めて優秀で、まるでプロのアシスタントがいるようだ。複雑な現像設定を自動的に行ってくれるので、後は好みに応じて微調整したり、自動設定するジャンルを選んだりすればいい。
とても便利な機能だが、これぐらいならば、専用のプロセッサがなくとも実装は可能だろう。少なくとも、(Neural Engineがない)Macで動かすmacOS用アプリの「Pixelmator」に搭載されても不思議には思わない。
しかし、来年、再来年と考えたとき、Appleはもっと攻めた使い方ができるのではないだろうか。というのも、Appleは端末、SoC、OSの全てを開発するメーカーだからだ。対応アプリは旧世代を含め、複数世代の端末にまたがって有益な機能を提供する必要があるが、OSに組み込まれた機能を新しいSoCに最適化できれば、端末メーカーであるAppleは「新端末の機能」として訴求できる。
Androidでもニューラルネットワーク処理のためのAPIが定義され、異なるアーキテクチャのニューラルネットワーク処理専用プロセッサを使えるようになっているが、特定端末向けにOSレベルから機能を作り込むハードルは高い。モバイル用SoC最大手であるQualcommの動向を含め、どのようにこのジャンルでGoogleがイニシアチブを取っていくのだろうか。2019年はその辺りも興味深いテーマになりそうだ。
[本田雅一,ITmedia]
