日産自動車と仏ルノー、三菱自動車の会長を兼務するカルロス・ゴーン逮捕はなぜ今なのか?ルノー・日産の経営統合との関係は

ゴーン逮捕はなぜ今なのか——ルノー・日産の経営統合との関係は

東京地検特捜部が日産自動車と仏ルノー、三菱自動車の会長を兼務するカルロス・ゴーン容疑者(64)と、代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕した。

報道によると、逮捕容疑は2011年6月から2015年6月まで、実際のゴーンの報酬は合計約99億9800万円だったのに、約49億8700万円だったとの虚偽の記載をした有価証券報告書を、5回にわたり関東財務局に提出した疑い。

5年間で100億円を手にしていたのに、50億円しかもらっていないと公表していたという守銭奴ぶりには驚くほかない。しかし、ここで冷静に考えたいのは、なぜこの銭ゲバスキャンダルが、このタイミングで浮上したかということである。

日産が刺したゴーン

読み解くヒントが2つある。

一つは東京地検特捜部がゴーン容疑者の事情聴取を始めた直後の日産の発表だ。

「カルロス・ゴーンについては、長年にわたり実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載していたことが判明した」

「当社の資金を私的に支出するなどの複数の重大な不正行為が認められた」

日産はそういったコメントを出し、ゴーンの日産会長と代表取締役の解職を取締役会に提案するとした。

日産は、併せて「不正行為について数カ月にわたって内部調査を行ってきた」と経緯も明らかにしている。要するに日産はゴーンを刺しているのだ。

かつて経営危機に陥った日産の救世主となったゴーンに対して、日産はなぜこのタイミングでクーデターを起こしたのか —— 。

「経営統合も選択肢」と発言

ルノーの筆頭株主である仏政府は2015年ころからルノー主導の日産との経営統合を強く求めてきた。これにルノーの最高経営責任者(CEO)で日産会長のカルロス・ゴーンは強く反発、「仏政府がルノーの株主にとどまり続ける限り、日産はいかなる資本構成の移動も受け入れない」などと主張してきた。

「仏政府は意向に沿わないゴーンをルノーCEOから退かせるだろう」 

それが多くの関係者の見立てだったが、2018年2月、ルノーはゴーン続投を発表した。ゴーンが仏政府と手を握り、「仏政府vs.ゴーン・日産」から「仏政府・ゴーンvs.日産」という構図に変わったのだ。

続投を決めたゴーンは仏メディアの取材に「(ルノーと日産の関係について)全ての選択肢がありタブーは無い」と発言。さらにゴーンが2月にルノー最高執行責任者(COO)に指名したティエリー・ボロレもインタビューで、「仏政府の中には完全統合すべきだと公言する人たちもいる。それは事実だ」と述べた。ルノーと日産の経営統合も選択肢のうちだ、と話したのだ。

日本では「耳障りのいいこと」

ところが、ゴーンは10月27日、仏ルノー・日産自動車・三菱自動車の資本関係見直しについて言及。もともとゴーンは6月に開かれた三菱自動車の株主総会で「三菱自動車がルノーの完全子会社になる可能性はゼロだ」と語っていた。さらに10月のインタビューでは「私は過去の発言を数カ月後に翻したりしない。言った言葉はそのままだ」と述べた。つまり、日本側では経営統合はない、と断言しているのだ。

この流れだけを見ると、ゴーンは途中で変節したように思える。10月上旬の仏経済紙のインタビューでは、「(資本関係の見直しについて)まだ(決定は)早すぎる」と答えており、資本提携の可能性は否定していない。

「海の向こうでは本音を語り、日本では日本人にとって耳障りの良い事を言っている」(日産関係者)とみられている。

「どんな手を使っても」と経産省

ゴーンは仏政府と手を握り、ルノー主導による日産、三菱自との再編を狙っていた。しかし、東京地検の捜査が忍び寄る中で、その背後に日産や三菱自のルノーに対する反発があると感じ、突然、「完全子会社化はあり得ない」と語って、事なきを得ようとしたのではないか。

より想像をたくましくするのは、3社の経営統合問題が騒ぎとなった2018年初めの経済産業省幹部の言葉である。同幹部は「どんな手を使ってでも阻止する」と語った。経営統合に反発する日産・三菱自と「仏自動車大手NISSAN」誕生に警戒を強めた経産省が手を握り、ゴーンの追い落としを画策したのではないか。

「銭ゲバ50億円事件」の背景はそんなことではないかと思えてならない。(敬称略)

悠木亮平(ゆうき・りょうへい):ジャーナリスト。新聞社や出版社で政官財の広範囲にまたがって長く経済分野を取材している。

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ゴーン容疑者の会長解任に「コメントしない」=日産に先送り要請と報道も-仏ルノー

日産自動車が22日、臨時の取締役会を開き、金融商品取引法違反の疑いで逮捕されたカルロス・ゴーン容疑者の会長解任を決定したことについて、同容疑者が会長兼最高経営責任者(CEO)を兼務するフランスの自動車大手ルノーの広報担当者は「日産の決定についてはコメントしない」と述べた。

 ロイター通信が関係者の話として伝えたところによると、ルノーの取締役会は日産の臨時取締役会を前に、ゴーン容疑者の会長解任を先送りするよう日産側に要請していたという。

元日産自動車取締役・奥野信亮氏インタビュー 「ゴーンは自分さえ稼げばよい」「イエスマンだけ残り、ガバナンスに問題」

 日産自動車の元取締役で自民党の奥野信亮(しんすけ)元総務副大臣(74)=衆院比例近畿=が産経新聞のインタビューに応じ、カルロス・ゴーン容疑者について「外資系の経営者だ。『世界は自分中心で動いている』『自分さえ稼げばよい』という感じがする」と語った。今回の事件の背景に関し「社内にイエスマンだけが残り、ガバナンスの問題につながった」とも指摘した。

 奥野氏は昭和41年に日産に入社し、販売促進部長などを経て平成8年に取締役に就任。11年に当時の子会社の総合物流会社の社長となった。転身は、ゴーン容疑者が日産社長に就任する約2カ月前のことだった。

 「日産の業績が悪く、(フランスの自動車大手)ルノーから『最強のコストカッター』がくると話題になっていた。当時の副社長に『(奥野氏が)いたら大げんかになる』と言われ、子会社に行った。日本は、みんなが納得できる収入を得て『幸せになろうよ』という文化だ。文化が違う」

 奥野氏は日産本社を去った理由をこう振り返る。

 ゴーン容疑者はコストカットと子会社株式売却による経営再建を進め、日産は「V字回復」を果たした。奥野氏は「やれることをやり、成果を出した。われわれ(旧経営陣)も悪かった」と評価した。

 一方で、ゴーン容疑者の経営方針の欠点として、取引先会社との付き合い方をあげた。例えば、以前は複数の保険会社と取引関係にあったが、ゴーン容疑者は一番安い1社に絞ったという。奥野氏は「切られた他社は『それなら日産とは付き合わない』となる。コストは削れても、車は売れなくなる」と解説する。

 奥野氏は13年にMBO(経営陣による企業買収)の形で日産から完全独立した。奥野氏は当時のゴーン容疑者について「買収額を提示したら、素直に受け入れた。金に換えられるからよかったのだろう。ビジネスライクだ」と指摘する。

 日産関係者と話す際、よく話題に上るのはゴーン容疑者の高額報酬という。奥野氏は「日本企業は外国人に弱すぎる」と主張。「受け入れる際には『ゴーンに任せる』となり、社内は何も言えない状況だった。モノが言えそうな人は外に出され、イエスマンだけが残った」と振り返る。

 受け入れを決めた「当時のトップがバカだった」とも語った。(沢田大典、佐々木美恵)

 【インタビュー詳報】

 率直な感想?(カルロス・ゴーン容疑者は)外資系の経営者だな。海外の子会社の金で住宅を買ってもらっていたというが、事実なら、悪いやつだ。「世界は自分中心で動いている」「自分さえ稼げばよい」という感じがするよね。日本は違うだろう。みんなが納得できる収入を得て「幸せになろうよ」というのが日本文化だ。基本的には、文化の違いですよ。

 日産の取締役だった平成11年、副社長から「ゴーンがくるんだけど、お前がいたら大げんかになる」といわれた。「そうだね」といって、ゴーンが日産社長になる2カ月前に辞め(子会社の社長になった)。上の人たちも配慮してくれたんだね。

 「最強のコストカッターがくる」と話題になっていた。ゴーンが日産に来るのは(フランスの自動車大手)ルノーのチョイス。「強欲」という評判は当時は聞かなかった。経営会議などで議論はしたが、社長が「決めてきた」というのだから、しようがない。当時のトップがバカだった。

 ゴーンを最初に見たのは11年5月。日産の役員食堂でひとりでピラフを食べていた。

 〈12年3月、奥野氏は別の日産子会社と合併するためにゴーン氏と交渉。最初は難色を示していたが「1億円の利益を出す」「リスクは奥野氏側へ」などの条件で合意した。しかし1週間後にゴーン氏の側近から「利益は6億円」とハードルを上げられた〉

 そういうこともあって、13年に日産から(子会社を買い取り)独立した。ゴーンは売らないと感じていたが、交渉したら割と素直に「いいよ」と。彼は自分の成果を出さなきゃいけないから、金に換えられるものはどんどん換えた。ビジネスライクだった。

 日産でのコストカットは、僕らでも分かるアイデアだった。どんどん切った。でも、日本文化にそぐわないものがあった。ダメだよ、と思ったものもある。損害保険や自動車保険は、複数の会社と、お互いに助け合うというやり方をしていた。でも、ゴーンはいちばん安い1社だけ。他は切ってしまう。他社は「もう日産とは付き合わない」となり、車が売れなくなる。だから一時期、業績が悪化したでしょう。

 ゴーンは自分の気に入らない人は捨てていく。抵抗する人は外に出す。周りにイエスマンだけが残る。自分と同じ意見の人ばかりだと世界が狭くなる。これがガバナンスの問題につながっている。

 事件後、日産関係者とは話していない。こうなる前によく聞いたのは「しっかり経営している。ただし、給料が高すぎる」ということだ。日産に限らず日本企業は外国人に弱すぎる。日本人経営者にも同じように払えと思うよ。日本人の経営者を育てていかないと。

 日産がルノーとの関係見直しなどを検討しているんだってね。腹の据わった人間が何人いるかだな。外部から人材を引っ張ってこないとできないとも思う。僕に「いつ、日産会長として戻るのか」と言ってくる人もいる。もちろん笑い話だよ。   (沢田大典)

【プロフィル】奥野信亮

 おくの・しんすけ 昭和19年生まれ。慶応大卒。日産自動車取締役、総合物流会社、バンテック会長を経て平成15年の衆院選に自民党から出馬し初当選。衆院当選5回。父は奥野誠亮元法相

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ゴーン逮捕に元下請け工場経営者が激白 。「異常な値切りで皆潰れていった」

 連日報じられている通り、今月19日、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏が、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で逮捕された。

 今回明らかになった同氏の不正報酬は、2011年から2015年で約50憶円。その後、直近3年分でも30億円が過少記載されていたことが明らかになるなど、その全貌が見えるまでにはしばらく時間がかかるだろう。

 事件を受け、帝国データバンクが20日、企業概要データベースの中から、日産自動車と国内主要連結子会社16社と直接取引がある取引先を調査・分析したところ、全国全業種合計で3,658社にのぼることが判明(個人経営、各種法人等含む)。

 ゴーン氏逮捕の衝撃は今後、こうした多くの関連企業に、深刻な影響を与える恐れがある。

 事件発覚以降、ゴーン氏に関する有識者の見解や分析が、連日各メディアから溢れ出る中、当時、日産や関連企業の下請け工場の2代目経営者として現場に立ち、結果的にその工場をこの手で閉じてしまった筆者にとっては、正直なところ、何を読んでも何を聞いても「虚無感」しか湧いてこない。

 あの頃、関連企業から強要されていた異常なまでの値引きは、一体何だったのか。ゴーン氏にとって、我々下請けは、どんな存在だったのか。

 彼に対するやり場のない怒りと、当時、過酷な状況にしがみ付いてくれていた従業員への申し訳ない思いが、今回の事件を通して今、再び込み上げてくるのである。

 2008年のリーマンショックや、2010年のギリシャ財政危機、2011年の東日本大震災などの影響により、日本は当時、異常なまでの円高の中にあった。

 1ドル75円台。日本の経済を支える製造業界では、大手が一斉に人件費の安い海外へ工場を移転し始めていた。

 これにより、それまで大手から受注していた多くの下請け企業が、存続の危機に晒されるようになっていった。

 ようやくもらえた小さな仕事も、やればやるだけ赤字を出すほど安工賃。今後の仕事に繋げるために断ることすらできない「蟻地獄」のような日々を送る工場もあった。

 筆者の父親が経営していた工場も、そんな下請けのうちの1社だった。

 日本の各大手自動車メーカーや系列企業から金型を預かり、研磨して納品していたその工場は、職人が最大でも35人。大手のくしゃみでどこまでも飛んでいくような極小零細企業だった。

 工場には、手持ち無沙汰な職人が「草むしり用」の軍手をして、新しい雑草が生えてくるのを待っている。忙しいのは営業だけだ。

 無論、当時はゴーン氏の不正など知る由もなく、閑古鳥の鳴く日産系列の取引先工場にも足しげく通っては、「仕事をください」と何度も頭を下げ、相手の言い値で作業をする日々。

 小さな工場内は、回転工具の機械音で会話もままならなかった最盛期からは想像もできないほど静かで、金型を砥石でこする「シャーシャー」という往復音だけが、やたらと大きく響いていた。

 業界全体の仕事量が薄くなっていることは重々承知していたが、抵抗せねばどんどん安くなる工賃をなんとかやっていけるギリギリで維持させるべく、毎度のように担当者のもとへと出向く。突如告げられた「1時間300円分の工賃カット」を考え直してもらおうと1か月願い倒しても、聞き入れられなかったこともあった。

◆ゴーン氏就任後、受注価格は半値近くにまで落ちた

 こうした中、企業体力のない下請けは、順に潰れていった。当時、筆者の工場の元請けや、古くから付き合いのあった工場の一部からも、月末になると不渡りの噂や「廃業のお知らせ」と書かれた手紙が届くようになる。その中には、潰れるにはもったいない独自の技術や設備を持った工場も多くあった。

 来月はどこだろうか。あの会社は大丈夫だろうか。ウチはいつだろう。当時の下請け工場には、異様な雰囲気が漂っていた。

 筆者の工場では、先述の通り、国内の各自動車メーカーの系列企業と取引していたのだが、メーカーの工場はもちろん、その系列企業にも、母体の社風がそのまま反映されており、仕事の厳しさや金額などにはそれぞれの特徴があった。

 当時の日産工場や同社系列工場の印象は、真面目で工場マンとしてのプライドをしっかり持った社員が多かったのと、仕事の指示内容が大変細かかったこと、そして、とにかく「安かった」ことだ。

 同じ仕事を、ゴーン氏が日産の社長に就任する前と後とで比べると、半値近くにまで落ちたものも多い。

 一方、下請けに冷たい態度を取る元請け社員も多い中、日産工場で働く社員たちは、皆紳士的だった。

 筆者の工場では、同時期に4人の日産工場の社員と付き合いがあったが、当時の業界の体質に対して、誰一人感情的な意見を言う人はいなかった。が、そんな彼らでも、雑談でゴーン氏の話になると苦笑いになり、「人の話を聞く人じゃないですからね」、「無茶なコストカットも多いですよ」と愚痴をこぼしていたのを覚えている。

 工場閉鎖1か月前、“先輩工場”と同じように「廃業のお知らせ」を得意先へ一斉に流した後、真っ先に連絡をくれたのは、工場最盛期から長年世話になっていた日産のある社員だった。

「長い間、お疲れ様でした」

 FAXで送られてきた最後の発注書。いつもの「よろしくお願いします」の代わりに、昔から変わらない太字でひと言、そう書かれていた。

 こうして工場閉鎖から数か月後、当時から物書きとして活動していた筆者は、皮肉にも東京モーターショーでゴーン氏本人を取材する機会に遭遇する。

 目の前で「コスト削減」「V字回復」「世界のNISSAN」を、人差し指突き上げ声高に唱える彼に、今と同じような、言葉にし難い深い虚無感に襲われたことを思い出す。

 自動車という乗り物は一般的に、約4,000種類、3万点もの部品からできている。その1つひとつは、製造ラインという運命共同「帯」に乗った、エンジニアや現場職人らの技術と努力が造り上げた結晶だ。

 ゴーン氏が50億円以上もの不正を働いている最中、廃業や倒産に追い込まれた多くの関連企業や、大勢の解雇者の存在がある。あの頃、「帯」から消え落ちていった日本の技術力に、ゴーンは今何を思うのか。いや、せめて何か思ってくれるだろうか。

 トップにいた自らの不祥事が今、3,658社の将来に暗い影を落としていることを、少しでも考えてくれているのだろうか。

【橋本愛喜】

フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。

日産、ルノーの会長指名拒否か 経営関与で綱引きも

米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は22日、日産自動車の筆頭株主であるルノーが日産の取締役会にカルロス・ゴーン容疑者に代わる会長を指名する意向を伝えたものの、日産が拒否したと報じた。日産はルノーが指名する資格はないとした。

 日産の西川広人社長はルノーとの提携関係を継続する考えを示しているが、日産の社内では経営に対するルノーの影響力が強すぎるとの意見もある。ルノーによる日産の経営への関与を巡り、両社の綱引きが激しくなりそうだ。

 同紙はルノーが日産にゴーン容疑者の不正に関する詳細な情報提供を要請したが、日産が拒否したとも報じた。

ゴーン容疑者ら 子会社で“特別な権限”

日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者が逮捕された事件で、ゴーン容疑者に無償で提供されていた海外の住宅を購入したオランダの子会社において、ゴーン容疑者とグレッグ・ケリー容疑者が「特別な権限」を持っていたことがわかった。

ゴーン容疑者は、オランダにある日産の子会社が購入したブラジルとレバノンにある住宅を無償で提供されていたことがわかっている。ゴーン容疑者とケリー容疑者は、この子会社の役員に就任していて、他にも、日本人を含む複数の役員がいたがこの2人だけが、他の役員の承認や同意がなくても単独で契約を結ぶことなどができる権限を持っていたことが、子会社に関する資料や関係者への取材でわかった。

子会社は投資目的とされていたが、ゴーン容疑者とケリー容疑者が、日産が出資した約60億の資金を私的な目的に使うための会社だった可能性があるという。

また、日産がゴーン容疑者の姉に約10万ドルを毎年支払っていたこともわかった。日産とゴーン容疑者の姉はアドバイザー業務の契約を結んでいたが、実態はなかったという。

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カルロス・ゴーンが苦しめた人々の声続々、変わらぬ “俺様ぶり” に怒りの再来

「ゴーン氏のモラルがわからない。高額報酬に批判があり、それを嫌って約50億円のお金をもらっていないように見せかけたってことでしょう? 

 批判されたくなければもらわなければいいのに、嘘つきじゃないですか。お金を公明正大に使っていたら、工場を閉鎖したり、従業員を解雇しなくても会社を立て直せたんじゃないのか、と思えてきて悔しい……」

 と憤るのは、かつて東京都武蔵村山市・立川市にあった日産自動車村山工場で働いていた元従業員の60代男性。

閉鎖された工場

 工場閉鎖を断行したのは、金融商品取引法違反の疑いで東京地検特捜部に11月19日に逮捕された同社元会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)。

 1999年、約2兆円の負債を抱えていた日産に乗り込むと、再建計画「日産リバイバルプラン」を発表し、同工場など国内5工場の閉鎖を決め、取引先の部品メーカーなどの見直しを行い、日産グループ全体で約2万1000人の従業員を削減した。

 ゴーン容疑者はこのとき、「(リバイバルプランを)成功させるためには、どれだけ多くの努力や痛み、犠牲が必要となるか、私にも痛いほどわかっているが、ほかに選択肢はない」と述べている。

 業績をV字回復させて日産を立て直したことは間違いない。しかし、その言葉が心底から発せられていたものかは疑わしくなってきた。

 同工場はJR立川駅から車で約15分。139万平方キロメートル、東京ドーム約29個分という広大な敷地でスカイラインや初代グロリア、マーチ、キューブなど主力車種を生産していた。2001年に車両生産工場は閉鎖され、一部残されていた製造部門も'04年に完全閉鎖した。

 ゴーン容疑者は報酬隠しのほか同社の資金を私的に利用した疑いもある。

 会社の金でフランスやブラジル、レバノンなど世界6か国に高級住宅を購入、自身の結婚式費用も捻出したとみられている。自分の財布と会社の財布の区別もつかないのか、元従業員らからはゴーン容疑者に対する“恨み節”が噴出する。

 当時、日産自動車栃木工場に勤めていた元従業員男性は、

「リストラされた人の多くは50〜60代だった。親の介護や子どもの学校などのため転居できずに会社を辞めた人もいます。再就職がうまくいかなかった人や、退職金で飲食店を始めた同僚もいましたが、彼らはゴーン氏逮捕のニュースをどんな思いで受け止めたのか」

 と思いを馳せる。当時50代だった知人がリストラされた、と話す元下請け会社の男性は、

「その知人は下請け会社に再就職したけれど、日産時代のことは一切話さないんです」

 と切られた従業員の心の傷の深さをほのめかす。

追い込まれた従業員

 村山工場でフォークリフトのエンジン設計などを担当し、全日本金属情報機器労働組合日産自動車支部で書記長だった境繁樹氏(75)は、

「リバイバルプランが発表されたとき村山工場では約3000人が働いていた。私たち組合の調べでは710人が神奈川県横須賀市の追浜工場に異動、1010人が栃木県上三川町の栃木工場に異動するなど、車種や業務に合わせて転勤を余儀なくされました」

 と振り返る。

 境氏によると、転勤するしかない従業員は家族の生活などを考え、その多くが単身赴任を決めたという。

 しかし、例えば栃木工場で会社が用意したのは狭くて不便な独身寮だった。会社に尽くしてきたベテラン従業員はみな6畳ひと間に押し込められ、冷蔵庫を置くスペースもなく、トイレ・風呂・洗濯機は共同使用という生活を送った。

 耐え切れずにマイホームを手放して家族で引っ越した者もいれば、仕事を辞めた者もいた。ストレスなどから離婚した夫婦も少なくなかったという。

「結局、'01年4月までに元村山工場出身の退職者は620人以上にのぼった。60歳まで勤め上げた定年退職者は100人程度にすぎなかった。つまり、従業員のほとんどは退職に追い込まれたんです」

 と前出の境氏。

 大規模リストラ後、会社は労働力不足を補うため派遣や非正規労働者の雇用を進めたが、ゴーン容疑者はリーマン・ショックに直面した'09年に派遣社員や非正規社員など2万人のクビをまた切った。

「ゴーン氏は、従業員の生活を向上させようという観点が全くない人間だった」(境氏)

ゴーンの俺様ぶり

 怒りの声を上げるのは従業員だけではない。村山工場の跡地を訪ねると、元“日産の街”でも恨み節が……。

「工場閉鎖で大勢の人が泣きました。従業員とその家族だけでなく、部品を作っていた下請け工場、地域の飲食店や商店など日産に関わっていた人がみんな涙した」

 と話すのは、日産通りにある飲食店の70代店主。

 現在、通りで工場稼働当時から営業を続けているのはほんの数店舗だけという。

「日産がダメになって街が死んでしまった。急に過疎が進み、今もそれを引きずっています。ゴーン氏は村山工場をためらいなく潰し、閉鎖後も気にかけることはありませんでした。事件は悔しいし、許せない! ちゃんと日本の裁判で裁いて刑務所に入れてほしい。じゃないと納得がいかない!」(前出の店主)

 栃木工場の別の元従業員は、

「就任当時、ゴーン氏が“再建するぞ”と張り切って仕事をしていた姿を見ていただけに非常に残念です。汗水流して働いて会社を守ろうとした思いは、根底では私たちとは一緒ではなかったんだな、と思いました。会社から“働け、働け”で、これまで働いてきた私たちは怒りますよ」

 カリスマ経営者の素顔は、“銭ゲバ”だけではない。ゴーン容疑者の俺様ぶりを示すエピソードがある。

「就任してすぐうちの会社にゴーン氏が視察に来ると言い出し、そのとき赤絨毯を用意しろと要求されたんです」

 と明かすのは日産関連会社の男性役員(70代)。ハリウッドスターじゃあるまいし、冗談だろうと思ったら、どうやら本気。社内で慌てて準備したという。

「ゴーン氏は視察当日、本当に赤絨毯の上しか歩きませんでした。しかも、ちょろちょろっとだけ。何様のつもりなんだ、と思いましたね。日本で仕事をしているのに日本語を覚えないし、通訳がいるので会話に困ったことはありませんが、信頼関係は何度会っても築けませんでした」(前出・関連会社役員)

 さて、村山工場の跡地周辺をずいぶん歩いた。工場があったことを偲ばせるのは敷地の一画だった場所にある公園内の“スカイライン発祥の地”という碑文だけ。

 前出・飲食店店主は言う。

「私は日産の車が好きだし、日産の街っていうことが誇りでした。でも、もう元には戻せない」

 ゴーン容疑者の罪は重い。

ゴーン容疑者、退任後報酬認め「違法ではない」

 日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)の役員報酬を巡る有価証券報告書の虚偽記載事件で、ゴーン容疑者が東京地検特捜部の調べに対し、高額報酬への批判を懸念し、報酬の一部を役員退任後に受け取ることにしたことなど、事実関係を認める供述をしていることが関係者の話でわかった。ただ、「退任後の支払いが確定していたわけではなく、報告書への記載義務はなかった」と逮捕容疑は否認しているという。

 同社前代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)も調べに対し、同様の説明をした上で、容疑を否認している。

 ゴーン容疑者はケリー容疑者と共謀し、2011年3月期~15年3月期の5年分の役員報酬を約50億円過少に有価証券報告書に記載したとして金融商品取引法違反容疑で逮捕された。

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